
恋と形容するには
「大体あんたっていつもそうやって仕事に責任ないんじゃない。それでグループのリーダーなんて勤められるわけ?」
「そう怒るなって、いや悪かった」
気に食わない。目の前で困ったように眉を下げている守沢も、いつの間にやらやってきて談笑している羽風の存在も、こちらの気も知らずにいる泡瀬の存在も。なんならこの教室のがやがやとした賑わいすら鬱陶しい。
「大体、あんたが誘われたんでしょ。俺が行ったらなんて言われるかわかったもんじゃ……」
「それは大丈夫だ」
「何を根拠に……って、あんたまさか」
食い気味にかぶさる、根拠のわからない自信に満ちた台詞。そこでハタと嫌な予想が脳裏をよぎる。こいつまさか、わざと。
「じゃあ、ということで頼んだ瀬名!」
今度埋め合わせする、そう言って静止の声を待たずに教室を飛び出していった奴。授業が始まるまで間もないというのにどこへ行こうというのだろうか。あれではただ逃げただけのようなものだ。計画性の無さに呆れつつ、隣で楽しそうに談笑する2人。その姿を見たとたんに胸がざわつきだす理由にも残念ながら心当りがあった。
*
「すっかり暗くなっちゃった……」
呆然と空を見上げれば、そこに広がる藍色に立ち尽くす。まるで魔法にかかったよう色彩が交差する天に見とれていれば、後ろから「なぁにしてんの」と声がかけられる。それはもちろん
「瀬名」
今日1日、付き合ってくれた彼のものである。
「あぁーもう、つっかれた」
「そうだよね」
あの量1日持って歩き回っただけではなく、こうして学園に運ぶのまで付き合ってくれたんだ。大きく伸びをする瀬名はようやく重い荷物から解放されたことにせいぜいとした様子であった。これから学校に行く、そう告げたときの瀬名の顔と言ったらまるでこの世のものを見る目じゃないようなひどいものだった。商店街にてようやく買い物を終えた頃にはすでに夕暮れ、そこから学園に向かえば日が落ちる時刻になるのは容易に想像がついて。流石に申し訳ないからと1人でいいと断ったのだが、彼は大きくため息をついて「……あんた1人じゃ持てないでしょ」と言って荷物を一向に渡してくれなかった。
「大体、ここまでの量になるなら郵送にしても良かったんじゃないの」
「そうなんだけど、できるだけ早く作業に入りたくて……」
「だからって、俺があそこで帰ってたらどうするつもりだったわけ」
「え?私が運んでたよ?」
「……」
再度嘆息をこぼす瀬名。訝しげな冷めた視線が向けられる。
「はぁ……守沢といいアンタといい本当計画性がないっていうかなんていうか」
「ちょっと、千秋と一緒にしないでよ」
「似たようなもんでしょー」
全く、振り回される俺の身にちょっとはなってよねー。そう言って、暫く自由に動かせていなかったせいで固まった上半身を戻そうと肩を回している瀬名。その顔は相変わらず仏頂面であって彼らしい。なんだかんだ此処まで付き添ってくれたんだ、ここでもっと良い言い方をしていれば、カッコよく見えるのに。本当に瀬名らしい。
「瀬名ありがとう。すごく助かった」
そう告げれば、わずかに目を見開く。ただ、お礼を言っただけなのに変なの。そんなに珍しいことだろうか。
「来てくれてありがとう」
「いいから。……ほら早く、帰るよ」
有無を言わさずに絡めとられる手。別にもう人混みなんてないし手なんか繋がずともいいだろうに。
「……ねぇ、迷子にはもうならないよ」
「暗いけど?」
「それだけではぐれないから」
街灯あるし、言うほど暗くない。
「……ねぇ」
「っふ、だってわかんないでしょ」
あんたは目離すとすぐどっか行くから。そう言って逃げるように速足で進む彼が、どういう顔をしていたのか、手をひかれるまま後ろに続く私には見えなかった。
*
ガタガタと揺れる電車。本来であれば1人で乗るはずだった電車。なのになぜ。
「あーあ、混んでるなあ」
いるんだろうか。見上げれば背後で号車にぎゅうぎゅうに詰まっている人たちを煩わしそうに一瞥した瀬名の顔がすぐそこにある。そんな彼に電車の端、扉のすぐそこに追い詰められている私。背後の壁とバランスを保つための瀬名の腕とその張本人にすっかり包囲されて身動きが取れない。目前には石鹸の香りがする胸板があって、その距離が気恥ずかしくてバクバクと鼓動が早まっていく。
「ほら、だから来なくていいっていったのに……」
瀬名の家、こっちじゃないでしょ。わざわざ電車に乗って送らなくたって。そこまで遅くないこの時間、普段もこれぐらいに帰ることぐらいざらにある。この体制だって私が人にもまれたり揺れに負けて転ばないように気を使ってくれているんだろうけど……。
「いいでしょ、別に」
「いいけど瀬名が……」
「いいから、黙って送られてればいいの」
なんか文句ある、と言わんばかりに強い意志の宿る目に見つめられたので思わず口を閉ざした。
“歌羽は、俺が守るからっ……”
いつの日かの少年はそう言った。まるで『王子様』みたいだった彼。私の憧れていた優しくてかっこいい物語の中の王子様によく似ていたその人。なぜかその子と目前の瀬名の姿が重なる。同一人物であるせいか、この瞳があのときの意志ある瞳と酷似しているせいか。
「それにここまで来たら電車に付き合うぐらいおまけみたいなもんでしょ」
その瞬間。電車に最寄りの駅へ到着するのを知らせるガイダンスが流れる。開かれるのはすぐそこの扉。
「ここで降りるんでしょ、すぐそこ開くから気を付けてよ」
「わかってる」
扉にある窓の向こうで流れる景色。そこが駅の中に移り変われば、そこは電車待ちの人が多くいた。これは出るのが容易ではなさそうだ。密かに息をつく。バックが引っ掛かってしまわないように前へと持ち直す。するとまた、先ほどまで離れていた手のひらが再び絡みとられて。こんなのまるで。
*
「瀬名」
駅から出たところで、私の腕を引っ張っていた彼を呼び止める。振り返り綺麗なブルーの瞳と視線が絡み合う。そのてのひらは相変わらず繋がれたままで、やはり離される気配がない。この絡まった手と手といい、電車の中での位置取りといい。こんなのまるで……。
「まさか、私のこと好きになったんじゃないでしょうね?」
恋人みたいだ。いつの日か学園で “あんた、俺のこと好きになったんじゃないでしょうね” 瀬名に投げられた台詞。お返しと言わんばかりにそのまんま茶化すように投げてみる。勘違いで高鳴る鼓動、どうにかしたくて、本人の口から否定してほしかった。「なわけないでしょ」「馬鹿じゃないの」そういって切り捨ててほしかった。
「そう、って言ったらどうする」
なのに、返ってきた言葉は意外なもので。そういう瀬名の目はまっすぐと私をとらえていて、どこか真剣な面持ちの彼にまた目を反らせない。言葉を失う私を瀬名はしばらく見つめた後、ふっと口元を緩ませて。
「まあ答え合わせしたらもう逃げられないと思うけど?」
「な……」
「ほら、行くよ」
曖昧な言葉とは裏腹に強められた手を握る力に、いよいよ頭がおかしくなってしまいそうだった。どこか優しい声でそう言われてしまえば当然、私は抗えない。夏の夜はまだ暑い。人もいないのに絡められてひかれる手はどちらのものかわからないくらい汗ばんでいて、その握る強さが、込められた熱が、ただひたすらに私の胸を締め付けるのだった。
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