裏と表の答えを合わせて

昔から王子様だとかおとぎ話とかが苦手だった。それは恐らく俺自身が捻くれた子供だったからだ。

「わたしが遊んでほしいのはいずみくん、だよ」

そんな俺とは対照的な少女がいた。おとぎ話なんかの絵本をいつも大事そうに抱えては嬉しそうに走ってくる、そんな彼女は王子さまに恋い焦がれていた。とても純粋なこどもらしい子供だった。そんな彼女は俺を王子さまみたいと嬉しそうに話していた。そんな風にしてキラキラと自分を見つめる目が嫌いだった。

「いずみくん、一緒にあそぼうよ」

しかし、そんな彼女の笑顔を見ことは嫌いじゃなかった。守りたいなんて、柄にもなく考えるようになっていた。

「いずみくんってさ王子さまみたいだよね」

ある日気が付いてしまったことがある。俺を王子さまみたいと嬉しそうに話していた彼女が目をキラキラさせる理由。その瞳がおとぎ話をうっとりと眺める目と酷似していてピンと来てしまった。彼女はもしかしたら俺と絵本の中の王子様を重ねているんじゃないか。

「歌羽は、俺が守るからっ……」

足を滑らせて池に落ちた彼女を決死の思いで助けたとき、それは確信に変わった。

「泉くん、まるで王子様みたいだった!物語の中の王子様みたいにかっこよかった……!」

物語の中みたいに、大きくなんてないけど。白馬に乗っているわけでもないけど。豪華な服を纏っているわけでもないけど。彼女はそれでも俺を王子様と称した。

「ありがとう」

その言葉が何故か遠く聞こえた。

再会したときは驚いた。まさか男子しかいないこの学校にやってくる唯一の女学生として俺の前に現れるとは夢にも思わなかったからだ。ごめんなさいと謝って去ろうとした逃げ腰の少女「あんた誰」思わず問えば明らかに動揺した面持ちで口を開く。

「……名乗るときは自分から名乗ってよ」
「うざぁ…瀬名泉だけど」
「瀬名……泉?」

刹那、懐かしい面持ちのまま、その瞳に宿るキラキラとした輝きに、嫌悪感を抱いた。

「あんたみたいな陰気な女、俺興味ないから」

わざと突き放すような物言いをした。そうすれば幻想が打ち砕けてくれるんじゃないかと思った。そうすれば、俺という人間をちゃんと見てくれるんじゃないかと思ったからだ。彼女は恋していたのだろう。きっと自身の憧れる王子と重ねた瀬名泉という幻想に。





「だからこそ、俺をちゃんと見てほしかった。憧れるような王子とやらに重ねた俺なんかじゃなくて。それだけ」

伏目に長いまつげを揺らしながら語っていた顔がゆっくり上げられる。初めて触れた瀬名の胸の内、いろんな感情がこみあげてきてうまく言葉を紡げないでいると、ふとその瞳が私を映していたずらに笑う。

「俺のこと誤解してたでしょ」

確かに、瀬名の言うことは間違ってはない。私を助けてくれた王子様みたいにかっこいい子。そう思っていた。

「絶対勘違いしてた」

再度こちらに身を寄せてくる瀬名。逃げるようにうつむく私の顔を追いかけるように覗き込む。つぶやいたその距離は近くて。

「……してない」
「いいや、あれはそういう目だった」
「ちがう」
「いいやそうだね」

間髪返ってくるはっきりとした物言いに思わずムスッと顔を顰める。こんな生意気でひねくれていて素直じゃないヤツだったのは確かに記憶になかった。想定外だった。それは認めるけれど。だからって幻想だけで何年も1人の男の子に憧れていられるほど頭がお花畑なわけではない。「まぁそういうことで」膝に握っていた手を、ポンと軽く触った瀬名が立ち上がる。

「俺、アンタのこと。ずっと昔から好きだったよ」

息が止まる。

じゃあね。そう言ってぶっきらぼうに頭を撫でて立ち上がる彼。後ろには相変わらず噴水から始めた純水が水面に溶ける音があふれていて。

「せ、瀬名!?」
「ん?」
「えっと……行くの?」

当然のように去ろうとする背中に慌てて呼びかければ、不思議そうに振り返る瀬名に困惑する。こんな話をしておいて、そんな何も聞かずに去ってしまうものなんだろうか。

「なにさ」
「だって、私まだ、何も言ってないよ」
「あぁ、そんなこと」

そんなこと、じゃないだろう。複雑な心情をそのままに顔を顰めて瀬名を見れば、どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべた瀬名。

「言ったでしょ?“答え合わせしたらもう逃げられないと思うけど”って」
「なっ……」
「残念だけど諦めなよ」

そういった彼は、いたずらっぽい顔をして笑っていた。いつもながらの上から目線。生意気でありながら、それがどこか嬉しそうで、吹っ切れたようにきれいな屈託のない笑顔だったものだから、私は何も言えなくて。

噴水の音も風が揺らす木々の音も溢れている空間の中で、その声はどんな音よりもはっきりと私の鼓膜を揺らす。

「……とっくの前から逃げられないわ、馬鹿」

届きもしない背中に向かって小さくつぶやいた。火照る頬を自力で抑えることは不可能で。熱を持つ頬を太陽のせいにするように「暑い」とこぼし、手で火照る顔を仰ぐ。彼のことで支配されてしまった脳内。だから私は、遠くの空で浮かんでいた雨雲に気が付けなかったのかもしれない。

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