
贈り物は下駄箱に
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。早朝から重いため息を零す。水色のパステルカラーの包装紙に、スカイブルーのリボンで飾られた可愛らしいプレゼント。先に断っておくが、これは決して私のものではない。
“瀬名泉さんへ”
なんでよりによって奴なのか。リボンと包装紙の間に挟められたメッセージカードの外側に、丸っこい文字で綴られたその6文字。それはとても女の子らしい可愛い文字だった。
「あ、あの……っ」
「へ…?あ、はい!!」
「これ、渡してください!!!」
そしてなんでよりによって私なのか。目のぱっちりとしたその女の子は、いわゆる美少女というやつで。制服のスカートからのぞく足は細く、振り返りざま鼻をかすめた栗色の巻髪は、甘い香りがした。半ば、押し付けられるようにして託されたこのプレゼント。中に何が入っているのかは皆目見当もつかないわけだが、この綺麗なラッピングを見る限り、彼女の純情な思いが丁寧に込められた贈り物なのだろう。
……勿体ない。
何故あんな美少女があんな性悪を。解せぬ……。嗚呼、でも、そうか。雑誌やテレビに写る彼はあくまで爽やかなイケメンなんだ。そこで不意に、あの“瀬名泉”を思い出す。記憶の中にある優しい少年だった彼が脳裏に浮かぶ。
「……ムカつく」
私も雑誌の中の瀬名泉に先に出会えていたのならば。……いや、そもそも本人に会うことが無かったのならば。
「こんな思いしなくて良かったのかな」
この学校に来たことが間違いだった。あの時学費云々という話を無視して、普通科に行くことを貫いていたのならば。そう考えるとため息を零さずにはいられない。
先ほどの女の子を思い出す。頬を赤く染めながら、震える小さな手で箱を持っていたあの子。記憶の中の幻想かもわからない瀬名泉しか知らない私なら、アイドルという遠い存在である瀬名泉しかわからない私なら、あの純粋な女の子と同じ夢を見ていられたのだろうか……?
「……はぁ」
なんて、もしもの話というのはいくらしても意味がない。預かった贈り物をカバンにしまって、再び学校へと踏み出す。くつ箱にでも放り込んでおけば、校舎内に入れる誰かが代わりに入れたって、無駄に頭の回る奴なら気が付くだろう。頭の上で雀がちゅんちゅんと鳴く音がした。なんだか慰められているような気がする。僅かに顔を持ち上げてみたが、澄んだ青空がひどく眩しく見えたから、暗いコンクリートに目を落とした。
*
下駄箱の前で固まる。
そういえばあいつ名簿何番だ?
ずらりとある名簿番号の羅列に頭を抱えた。教室で調べてから来るしかないか、気が遠くなるな。まだ朝のホームルームまでは時間があるせいか、廊下は静まり返って、明るいにも関わらず少し気味が悪かった。
ふと思い付く。
千秋に代わりに渡してもらえば良いのでは?
「ははは、わかっているお前からじゃないんだろう!任せておけ。……おい瀬名!!歌羽から頼まれたものを持ってきたぞ!!」
嫌な予感がした、やっぱり止めておこう。
早朝な所為か、教室には誰もいなかった。ガランとして清々しい教室の時計を確認する。良かった、まだ瀬名が来る時間帯とは程遠い。安心してゆっくり席に荷物を降ろすと、隣の机が視界に映った。
机に入れておこうか?
そうしたら私も楽だし、何より見つかるリスクもない。けど……。
そうするとどうなるだろう、脳内で勝手に予想を開始する。いつも通り椅子に座って、カバンから教材を取り出した奴は、それを机に入れそうとしたところで、中に何かあることに気が付くだろう。そこでプレゼントを取り出した彼はそれをどうする?そのままにしておく?何事もなかったようにカバンに入れる?それとも幸せそうに笑うのだろうか?
その様子を私は隣で見ている、そう思うとなんだか気が引けてプレゼントのみを手にして歩き出す。そして教卓の名簿リストを確認して、誰もいない教室を飛び出した。馬鹿みたいだ、私には関係ないのに。
つい先ほど登ってきた階段を駆け下りる。周りを見渡しながら進んでいるが、今のところ人影は見つからない。早いところ済ませてこよう。教室で確認してきた瀬名の名簿番号を復唱しながら小走りで玄関に向かう。
その後ろをまさかある人物に見られていたなんて思いもせずに。
昇降口に辿り着くまでそう時間はかからなかった。止まってみれば呼吸が僅かに乱れていて、そんな己の体力不足が情けなくなる。息を整えながら透明な玄関扉の向こうに視線を向ければ、明るい外には人影一つ無い。再度安堵の息を吐きつつくつ箱に向き直る。1.2.3……あった。一番上に見つけたその番号は、簡単に届きそうになくてうんざりした。
私の靴箱の斜め2つ上にあった瀬名の番号。意外と近かったんだ知らなかった。そういえば朝、此所で顔を合わせたことないな……。無論、朝っぱらからあんな顔見たくないけど。ぐっとつま先で立って手を伸ばし、ぎりぎり届いた扉の取っ手を指先でなんとか開く。
「よいしょっと……」
膝を曲げた勢いで跳ね、ローファーの上に箱を置こうと試みる。僅かにはみ出てしまった部分を、再度飛び跳ね指先で押し込みほっと息をついた。よし、終わった。戻って作業を始めよう。そして教室へ戻ろうとした瞬間。
「何してんの」
聞こえた声に驚愕する。
嘘、なんでいるの?校舎の中から来たのであろう廊下に立つその姿を目にし、心臓が大きく跳ね上がり危うく止まるかと思った二秒前。そこで先ほど見上げていた靴箱へ視線を向けてハッとする。瀬名の靴箱の中、あるのはうち履きではなく、外を歩くためのローファーだった。早くプレゼントを贈ろうと必死で見過ごしていた重要なヒント。しかし気づくのが遅すぎた。ゆっくりと忍び寄るような静かな足音に背筋に冷たい風が走る。。
「それ、俺の靴箱でしょ」
最悪だ、何でよりによってこんな時に。バックを持っているということはまだ教室には行ってない、引き返してきたのか。もしくは初めからいた?いや周りはきちんと確認した、きっと前者だ。しかし、今はそんなこと考えている場合じゃない。青い瞳の鋭い視線を浴びて、頭が真っ白になっていく。
「答えないんだ。ふ〜ん……。まぁいいけど」
混乱している頭が言い訳を考える間も無く、瀬名が落ち着いた口調で話す。次に瀬名は停止していた私が退けるのも待たずに、自分の靴箱に手を伸ばした。そのせいで不意に瀬名の胸が近づき、一瞬呼吸が止まる。目を見開く私を他所に、彼は平然とした様子で背伸びもせずにあっさり贈り物を取り出した。あんなに苦労して入れたのに。
「これを入れてたわけねぇ」
「……そう」
もう逃げられないなと諦めて白状した途端、じわじわ募る罪悪感。まじまじとその箱を見つめる瀬名。その顔はいつも通りの仏頂面で、何故か肩から力が抜けた。女の子からの贈り物だと気が付いているだろうに、その反応はいかがなものか。相変わずの彼に感動すら覚える。すると不意に瀬名の視線が此方を向いて、その目が細められた。
「まさかアンタのじゃないでしょうね」
「ちげーよ」
言われると思った。
「瀬名にそんな可愛らしいものあげるわけないでしょ」
「確かに、アンタがこんなセンスあるわけないか」
「私がプレゼントするとしたら爆弾か毒入りの食べ物だ、よく覚えといて」
どうしてコイツの口からは常にポンポンと憎まれ口が飛び出してくるのだろうか。頭の中は最早それしかないんじゃないか。苛立つ感情を抑えつつ、プレゼントを持つ手首を掴んで引き寄せ、反対の手でメッセージカードを指差した。
「これ見える?」
「ちょ、馴れ馴れしく触んないでくれる?!」
案の定、瀬名は心底嫌そうな顔を浮かべて、私の手を振り払おうとする。遠心力に負けずと力を込めて、再度メッセージカードを指差す。
「この!!カード!見える!?」
「見えるに決まってんでしょ!?」
「じゃあ、そういう失礼な質問する前にちゃんと目使ってくれる?」
「わかった。わかったから離してよウザい」
諦めたように抗うのをやめた彼の手から力が抜けた。うんざりとした様子の彼はどこか遠くを見つめている。そっと手を離すと、瀬名は掴まれていた手を「痛いなぁ」と言いながらまじまじと見つめ、それから大げさに擦り始めた。別にそこまで痛くないだろうに。
「本当、あんたって馬鹿力だよねぇ」
「外でファンの子に頼まれたんだよ、だから仕方なくやったの」
「うわ、無視かよ…」
「……じゃあ、それだけだから」
こいつと話していると頭が痛くなってしまいそうだ。半ば投げやりになって、吐き捨てるようにして瀬名の横を通り過ぎる。その瞬間。
「俺に直接渡せばいいじゃん」
ポツリと呟かれた短い台詞。いつもより細く聞こえたその声が耳の底にこびりついて、足を思わず止めた。
「こんなコソコソされる方が、よっぽど気分悪いんだけど」
頬を冷たい風が吹き抜け、瀬名が私を追い越して階段へと向かっていく。いつもより大股で進む彼の背中が遠ざかるのは早かった。プレゼントをしまいもせずに彼はたんたんと歩いていく。一方、地面に足が縫い付けられたように動くことが出来なかった私は、その背中が見えなくなるまで呆然としてその姿を見つめ続けていた。
“俺に直接渡せばいいじゃん”
苛立ったように吐かれたその言葉。なのに、その声が哀愁を帯びていたような気がしたのは気のせいか。確かめる術はどこにもない。いや、その真意がどうであれ、そもそも私には関係ない。関係ないはずなのに、それなのになんだか腑に落ちない。彼の手首を握った手で押さえる胸のざわつきが、何を意味しているのか、それさえ私にはわからなかった。
*
「俺には……会いたくない…か」
階段の窓からは朝の清々しい日差しが差し込んでいた。登る足を止めた階段の途中、触れられた感触がまだ残る手首をそっと撫でながら呟く。そんな蚊の鳴くような小さな声は、静寂の続く階段の向こうへと消えていった。
← | novel top | →