夏の風邪にはご注意を

頭がぼうっとしてしまうのはこの凄まじい猛暑のせいなのか。なんとなく頬が熱い気がする。じりじりと身を焦がすような暑さに身体が溶けてしまいそうだ。

「あ……あの後ろ姿は……」

だからかそうして口角を上げた人物が1人いることに気づかなかった。

「歌羽さーん!!」
「え?あ……」

橙色の髪を揺らす男の子はピン止めをしていた。耳元で光を反射する水色のピン、朝の眩しい日差しのせいでそれは一層綺麗に見えた。目をキラキラさせながら駆け寄ってくるその子につられて足を止める。

「ゆうたくん、おはよう」
「おはようございます!登校中ですか?」
「そうだね」
「良かったら一緒に行きませんか?」

明るい笑顔でそう言った彼が一瞬子犬のように見えたのはきっと、おねだりする如く首をこてんと傾けた可愛らしい姿から少し幼い印象を受けたからだろう。傾げた首に合わせ、長めの前髪がさらりと肩に落ち、猛暑のせいで首に張り付いた髪の毛が垣間見えた。

「うん、いいよ。でもひなたくんは?」
「アニキなら置いてきました」

瞬間楽しげな笑みを一転させ、頬を膨らませるゆうたくん。その姿はお兄ちゃんであるひなたと瓜二つ。似ているようで正反対に近い性格の2人は、どうやらまた喧嘩をしたみたいで。

「相変わらず仲がいいんだね」
「えぇー、そう見えます?」
「うん、すっごく」

思わず笑ってしまうと、目を伏せがちにしてため息を吐いた彼。そんな憂いに沈んだ顔も可愛く見えるから不思議だ。

「ゆうたくーーーん!!!」

後ろから聞こえた声に勢いよくゆうたくんがバッと振り返る。物凄いスピードで駆けてきたお兄ちゃんのひなたが、そのままゆうたくんに飛びつき、あまりの勢いの良さに、弟が倒れてしまうのではないかと肝を冷やす。

「うわっ、なにすんのさ!!」
「先に行っちゃうなんてひどいよー!!」
「アニキがいつまで経っても支度しないからだろ」

俺に隠れて朝からこそこそと……。そうしてまたゆうたくんは片頬を膨らます。「ごめんね」と眉を下げて謝るひなたくんと、やはりその顔は酷似していた。頭のピンとヘッドフォンが無ければ見分けがつかないだろうと、仲良くじゃれつく姿を見ながら考える。しがみ付く兄に眉を寄せて怒っているゆうたくん、こうして喧嘩しているけどやっぱり底では兄が大好きで。きっとそれ故拗ねてしまっているのだろうな。そう思うと微笑ましくて、思わず口元が緩んてしまう。喧嘩するほど仲が良い、そんな言葉がよく似合う。





「あ、歌羽!!」

3年生教室前の廊下を歩いていたとき、背後から聞き馴染みのある高い声が耳に入る。

「なずな、どうした?」
「丁度良かった、お前を探してたんだ」
「へえ?」

手に多くの書類を持って歩いてきたなずな。彼とは身長も近く見かけも中性的で馴染みやすかったからか、直ぐに仲良くなることが出来た。きっと2年生の頃クラスが一緒だったのが幸いだったのだろう。いくらアイドルといえど所詮男しかいないこの学校で仲良くしてくれる彼の存在には幾度も救われた。そんな私たちはクラスが離れた今でも大体昼食を共にしていたのだが。

「今日、急遽昼の放送することになったんだ」
「そうか、放送委員も大変だね。お疲れさま」
「ありがとう。それで今日のお昼一緒に食べれないんだ、ごめんな」

そう言うと彼は少しばかり下にある私の頭を優しく撫でた。ユニットが1年だらけのせいか、最近彼はこれをよくするようになった。いい意味でお兄ちゃんらしくなってきたのだろうけど。

「……別に気にしてないから。私を子供扱いしないでよ」

同学年なんだから。そう言ってやんわりと手から離れると、彼はそうだなと意味ありげな笑みを零した。これは子供扱いされているな。なずなの綻んだ顔を睨んでいると、ふと、その顔が訝しげに顰められる。

「なんか今日の歌羽、顔が赤いぞ?」
「え?」
「熱でもあるんじゃないのか?」

予想外の言葉に目をパチクリさせていると、不意に近づいてきたなずなの白い手。頬にぴたりとくっついた手の甲はひんやりとしていて、思わず肩がビクッと跳ねた。

「なずなの手、冷たっ!!」
「お前の頬が熱いんらろっ!!」

「やっぱり、熱あるんじゃないか?どうしよう…俺今から委員長会議だし……代わりに誰か!」顔に焦りを浮かべて頻りに周りを見渡すなずな。その焦った様子を見て、試しにそっと自分の頬に触れてみるが、あまり熱くないように思えて首を傾げた。

「いいよ、保健室くらい自分で行けるし」
「そうかもしれないけど、心配なんだよ」

つくづく彼は心配性だ。そもそもお昼の件だって、言われなくても放送を聞けば、あ、今日放送なんだな、ってわかることなのに。頬だって全く熱くない、というかよくよく考えてみれば今は夏だ。身体が暑いのなんて当たり前。きっとなずなが心配性故にことを大げさにとらえているだけなんだろう。

「お前、そう言って行かないつもりなんりゃないのか」
「……会議遅れるよ?」
「こら、話そりゃすな!!」

そろそろなずなが怒ってしまいそうだ。ちょっと、小言の多いお兄ちゃんみたいで面倒くさいな、なんてこっそり考えてしまう。彼は真剣に私のことを気遣ってくれているというのに。私の思考も少し捻じ曲がってきたように思えて頭が痛くなる。

「ちょっと、なずにゃん邪魔だよ」
「あ、泉ちん丁度いいところに……あぁっ!!こりゃ歌羽!!」

全くもって丁度良くなんかない、むしろ逆だ。バッドタイミングすぎる。壁に隠れているがその不機嫌そうな声と、“なずにゃん”“泉ちん”その独特の呼称でなずなが誰と話しているかなんて直ぐにわかった。即座に踵を返して駆け出す。

教室に駆け込み、呼吸が乱れていることを悟られないように息を殺して席に着く。こっそり自分の手を頬にあててみるが、やはりそこは微かに熱を帯びているだけだった。なずなが過保護なだけだった、深く考えずに1限の準備を始めた。





「あぁ、みゃったく……。逃げ足だけはほんとはやいんりゃから」
「なに、俺に何か用でもあったの」
「ああ、うん。歌羽の顔が熱くて、熱あるかもしれないから保健室連れていきたかったんだけど、俺これから会議で……あぁ!!そうら会議!!」

ばたばたと走っていく後ろ姿は、男性にしてはやはり線が細い。まるで小動物のようだと思いながら遠ざかる背中を見送る。そこでふと脳裏を過るのは彼と話していた人物のこと。少しだけ見えた彼女の頬は、なずなの言う通り、少しばかり赤く染まっていたように見えて。それがどうも気ががりで小さく声を溢した。

「ふ〜ん……」

馬鹿でも風邪引くんだろうか。

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