素直じゃないのは互い様

「お、今日は教室で食べるのか?」
「……そうだけ…ど……」

逞しい腕に抱えられた大量のパンやおにぎりといった食料品に絶句した。こいつこんなに食うのかと、疑念を込めた視線を送る。それは羨望の眼差しとは到底かけ離れているはずなのだが。

「ん?なんだほしいのか?」
「いや結構です」
「ははは、遠慮するな」

違う、そうじゃない。そう言い返す間もなく何もなかった机の上に、菓子パンを一つ乗せられる。

「あの……いらないって言ったんだけど」
「そんな小食じゃ大きくなれないぞ?」
「大きくなりたいなんて一言も言ってない」

そもそもの話。大きくなりたい、逞しくなりたいと思う女の子よりも、痩せたいと思う子の方が多いような気がするのだが。等に成長期は済んでいる。背や筋肉等も私には無縁故、横に成長するリスクはできれば起こしたくないのだが。こいつはあれか?私のことを男と勘違いしているのか。溜息をこぼしたいのを堪えつつ、食べ終えた昼食の袋の持って席を立つ。

「ん?どこへ行くんだ?」
「散歩、もう食べ終えたからね」
「早いな、何を食べたんだ」
「コンビニのおにぎり」

クラスにはあまり人がいない。きっとアイドル科という特殊な学級故レッスンやらライブの打合せやらで集まっているのが大半なんだろう。誰もいない席と席の合間を通り、後ろのごみ箱におにぎりの包装を投げ入れる。静かな教室に千秋の笑い声が響いた。

「そうかそうか、米を食べることは大事だな」
「そうだね」
「だがそれだけじゃ心配だ。よし、これももらってくれ」

次々に手の内にあるパンを机に乗せていく千秋。「いやいらないから」そんな私の声はまるで彼の耳に届いていないようで、多種類のパンが5つくらい置かれてしまった。

「ちょっとパン屋みたいになってるじゃんか」
「そうだな」

楽しそうに顔を緩ませた千秋に、「もう」と嘆息がこぼれる。それでも彼は元気を出せと悪意のない笑顔で笑うのだからもう手に負えない。だって彼のこれは良心だから、憎めない、それが一層たち悪いのだ。

「大体なんでこんなたくさん持ってるの」
「実はかくかくしかじかでな。こんなにもらってしまったのだ」
「そう」
「流星ブルー…奏汰にも分けようと思ったのだが、教室にいなくてな」

というわけで、一年生にも分けてくる。そうして返事する間もなく教室を飛び出した彼。一方で残された机の上の食べ物を見て唖然としてしまう。この量を1人で食べろと?本気なのあいつ?彼にとっては単なる良心で、男ばっかのせいか食事の量感覚が狂っているのせいもあるのだとは思うけど、これはやりすぎでは。

「持っていくか……」

もしかしたら誰かがもらってくれるかもしれない。このまま放置しておいたとしても賞味期限切れにしてしまい千秋の厚意も食べ物も無駄にしてしまうのが関の山だ。気合いを入れるようにふっと息を吐いてから、腕でそれらを抱えて教室を出た。どうやら私の小さな腕では、彼みたく多くを持つことは出来ないみたいで。5つという少数にも関わらず今にも零れ落ちてしまいそうな一番上のイチゴパンにもどかしさを覚えた。



「あ、ちょっと」

後輩のもとへ向かう途中、背後から聞こえた言葉に足を止める。振り向く先にいたのは相変わらず仏頂面をした瀬名だった。彼が自分を呼び止めるなんて珍しい、そう思うとつい感慨深いものを感じてしまう。

「もしかして、お前もこれがほしいのか?」
「は?いらないわ。俺はあんたと違って小食なの」
「そうか、お前も小食だったな」

なんとなく微笑ましく思えるのは、先ほど対峙した小食なもう1人の人物が思い浮かんだせいか。堂々と腹から声を出せば「うるさいな」と煩わしそうに顔をしかめながら、視線を彷徨わせる瀬名。それはどこか落ち着かない様子に見えた。

「あいつ見かけなかった?」
「あいつ?誰のことだ?」
「あのバカ女」
「おぉ、歌羽のことだな」

思い返してみれば、彼の口からは彼女の名前を聞いたことが無い。この2人が初めて話しているところを見るころにはもうすでにこんな風に互いをバカにし、いがみ合っていたような気がする。最初こそ驚いて仲が悪いのだと思ってしまったが、それも今となっては仲が良い証拠に思っていた。

「そう。で、見たの?見てないの?」
「さっき教室にいたぞ」
「いなかったんだけど」

顔を合わせては喧嘩ばかりしているが、好き嫌いがはっきりしている2人のことだ。本当にいがみ合っているならば言葉を交わしさえもしないのだろう。それに言い合っているときの2人は、どことなく生き生きとしている。

「行違ったのかもしれないな。もしかして瀬名は歌羽を探しているのか?」
「んなわけないでしょ。逆ね、逆。会いたくないからアンタに聞いたの」

その言葉に「そうかそうか」と大きく頷く。口ではそう相槌を打っては見るが、やはり素直じゃないだけで本心は違うのだろうと気が付けば最後、口元が緩むのは最早しょうがない。素直になれないそんな似た者同士の2人は意外とお似合いではないだろうか。いや、それも今更愚問だな。

「なに笑ってんの……ウザいなぁ。とにかくありがと。じゃあ俺忙しいから」

そう言ってスタスタと離れていく瀬名。言葉とは裏腹にその足は教室とは反対側へと向かっていた。加えて頻りに首を左右に動かすその後姿。ああそうか、俺の言葉は図星だったのか。そうすれば余計口元が緩んでしまい、慌てて手で覆うとするのだが、大量に抱えたパンのせいでそれが叶わない。どうやら素直じゃない度合いについては瀬名の勝ちかもしれないな。少し面白いものを見たと、軽快な足取りで再度後輩たちのクラスへと足を向けた。

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