拾肆.うちの鶴丸国永

帰還早々、空の命によって、刀装作りの間まで訪れていた鶴丸国永。その後に続いているのは、今日共に出陣しており、その命を下される瞬間を目撃していた薬研藤四郎だった。とほほ、と肩を落としながら歩む可哀想な後姿に、彼の面倒見の良さが発動したのである。

「おぉっ!?」
「失敗したな」

「うまくいかんもんだなぁ……」
「また失敗だな」

「あちゃあ……」
「……大丈夫か、旦那」

繰り返される刀装作り。部屋の壁に背中を預けて、静かにその様子を見守っていた薬研であったが、刀装作りに励んでいる鶴丸の周りに溢れかえっていく失敗作の数々に、いよいよ黙ってばかりではいられなくなった。粉々になってしまったかつて球体であったものを手に、がくっと首を落した鶴丸。その背中をポンポンと叩く。

「いやぁ、まさかこんな難しいとは思わんかったな……」
「無理もない。旦那はこれが初めてなんだ」
「初心者相手に最上級を10個とは……。うちの主は刀使いが荒いな」
「刀使い、というよりかは、鶴丸の旦那の扱いが荒いように見えるがな」
「はは……違いない」

これだけの失敗作の山があるというのに、金色に輝く球は一つだけ。今までに自分がいくつも消費してきた刀装1つ作るのに、まさか、こんなに苦労をするのだとは思ってもいなかった。心の中で、これからはもっと大事に使おうと密かに決意する鶴丸。そんな思いを胸に、再度気合いを入れて刀装作りに励もうと、溢れかえるほどの資材へと手を伸ばし、霊力を込め集中していく。その時。

「やげ〜ん!鶴丸さ〜ん!!」

弾むような声が2人の耳に入ると同時、通路に繋がる戸が勢いよく開かれる。スパン、小さな部屋に響いた爆音に、てっきりまた刀装を失敗してしまったかと思った鶴丸は「うわぁ?!」と間抜けな声を上げてしまった。

「あ、鶴丸さん。ごめんね?」
「な、なにこれぐらいどうってことないさ……」

とは言ったものの、案の定その手にあった刀装は灰と化してしまっている。

「それで乱。そんなはしゃいで俺っち達に何の用だ?」
「あ!そうそう!あるじさんがね!見たこともないお菓子くれるって!」
「見たこともない菓子?」
「そうそう!ケーキっていうらしいんだけどね!すっごく可愛くて!!とにかく2人ももらいに行こうよ!!」

目をキラキラと輝かせている乱を見る限り、その“けぇき”という菓子は、よっぽど食欲をそそるものなのだろう、そう推察した2名。ごくり、2人の男らしい喉元が大きいものを通すように動く。「早く早く」急かす乱は、今にも甘味の下へ駆け出したくてたまらない、といった感情で一杯らしい。

「そりゃ楽しみだな。旦那もいったん休憩して食いにいかねーか?」
「あぁ……いや。ありがたいが俺はもう少ししてから行くとするさ」

なんせ、この有様だ。「これを放置して休憩に行ってしまえば、後々後悔してしまいそうだからな」そう言って白い歯を見せる鶴丸に、乱ははたとして周りを見渡す。散乱している資材、床に溢れる失敗作、一つしかない金色の刀装。確かに、これは確かに休憩どころではない。乱の顔が陰りを帯びる。

「……僕も、手伝おうか?」

乱が、ぽつりとつぶやいた。

「いや、君たちは早く“けえき”とやらを食べに行くといい」
「でも、つるまるさん。これじゃ……」

長いまつ毛が下を向いた。先ほどから乱が早く甘味を食べたいと思っているのは、誰が見ても明らかである。その顔が暗く伏せられているのは、今彼が、急ぎたい気持ちと、このまま鶴丸を置いてはいけないという思いの渦中にいるからだろう。それは2人もなんとなくわかっていた。俯いてしまった乱に、内心鶴丸は大慌て。中途半端に伸ばした手を、曖昧に空中で彷徨わせていた。自分より随分背の低い乱は、相変わらず俯いたまま。幼い童を泣かせてしまったかのような罪悪感に苛まれながらも、どうしていいかわからない鶴丸を見て、薬研は呑気に笑い始めた。

「おい乱、とっとと行くぞ」
「でも……」
「鶴丸の旦那だ、すぐに来るさ。な?旦那」
「……ははっ!薬研の言う通りだ!俺を甘く見てもらっちゃ困るぜ!すぐに終わらせて君たちを驚かせてやろう!」

薬研の目くばせにこくりと頷いた後、得意げに腰へ手を当てて高笑いして見せた鶴丸に、乱の顔は引き上げられた。

「ほんとう?すぐ来てくれる?」
「あぁ、約束しよう」
「わかった!じゃあ鶴丸さんの分ちゃんと用意しておくから!!」

瞬間、ぱぁっと花が咲いたような笑顔が鶴丸に向けられる。それに鶴丸が大きく頷いたのを見届けた乱は、薬研の手を取るや否や「ほら、行くよ!」と言って、元来た道を駆け出して行った。それに早いだの引っ張るなだの文句を言っている薬研の声が、足音と共に遠ざかっていく。そこで一人残された鶴丸は、ふぅ、と重い息を吐いた。

「……色々と、先が思いやられるな……」

なんせ当分、休憩なんて出来やしないだろうから。





「あれ、乱ちゃんに薬研。手なんか繋いじゃってデート?」

バタバタ、廊下を駆けてくる足音は徐々に近づいてくる。衝突してはいけないと、角から少し離れて待ってみる。すると、そこで現れたのは、仲睦まじく手を繋いで駆けてくる薬研と乱の姿だった。飛び出してきた2人は、私の姿をその視界にいれるや否や、ぴたりと急ブレーキをかけて止まった。

「なんだ、羨ましいのか?大将」
「うん、すごく羨ましい」
「ははっ。今度やってやるよ」
「ほんと?言ったね?やらせるからね?」
「わかったわかった」

乱ちゃんと鯰尾が手を繋いでいる様子も何度か見たことがあるが、あの2人は中性的な容姿をしているし、背丈も差があったため、どちらかと言えば、兄弟という方がしっくりきていた。しかし、薬研と乱はどうだろう。容姿は愛らしい乱と男前な薬研は正反対。おまけに背丈も似ているため、どちらかといえばカップルという言葉がしっくりとくるのだ。

「あれ?あるじさん、どうしてこんなところに?」
「うん、鶴丸が大丈夫か心配で、見に行こうと思ってね」
「案の定、苦戦してるぜ」
「やっぱりかぁ……」

薬研の台詞に、あははと乾いた笑いを零す。

「あ、茶の間にケーキ置いてきたよ。堀川君に言えば分けてくれるだろうから、行っておいで」
「わぁ!やったー!!」

刹那、軽やかな足取りで廊下を進んでいく乱ちゃん。その後姿にクスリと小さく笑いを零した。本当に楽しみだったんだなあ。スキップなんかして、あの勢いで誰かとぶつかりでもしないといいが。なんて、危惧してしまったのがいけなかったか。案の定、死角から現れた内番姿の獅子王とぶつかりそうになっていた。

「きゃっ!」
「うぉっ、乱か。悪い!」
「ごめんなさい、僕の方こそ……」
「そんな慌てて、どこ行こうとしていたんだ?」

「ところで大将」

この会話の流れは、獅子王と乱ちゃん揃って、またスキップしてケーキの元へ行くパターンだろう。なんて風に考えながら、乱ちゃんと獅子王の様子にすっかり意識をとられていたせいか。こっそり背中に隠していたものを、薬研に見られていることに気が付けなかったのだ。「それなんだ?」その言葉に背筋が凍り付いた。





「鶴丸、調子はどうだ」
「御覧の通りさ」

目の前に広がる悲惨な光景に思わず息を呑んだ。床にゴロゴロと転がる失敗作の多い事。遥か昔にもこんな光景を目にした記憶があったが、はて、あの時刀装を作っていたのは誰だったか。考えて見るが、すぐに答えは出てこない。

「ったく、君は酷いな。ちょっと口を開いただけでこんな重刑を言いつけてくるなんて」
「軽いもんよ。知り合いなんて自分と手合わせ100本だとか、おやつ抜きとか、地獄の罰みたいなものばかりだったもの」
「……確かに、それと比べればましかもしれないな」

ははは、乾いた笑いが足の踏み場もない部屋に響く。どこか諦めにも似た表情をして中央に座り込んでいる鶴丸。そのもの寂しそうに映る背中にそっと歩み寄る。

「ほれ」
「うぉっ!?」

血の気の通っていないような白色の頬に、そっと汗をかいている冷たいそれをくっつけてみる。すると、予想通りに、鶴丸はビクリと肩を跳ねさせた。金色の瞳が驚いたように私を見上げる。

「差し入れ。ジュースっていう果実の味がする甘い飲み物なんだけど……あ、皆には秘密ね?私の部屋にいつも常備してあるんだけど、みんなの分のはまだ届いてないから」

缶に可愛らしいイラストの描かれてあるそれには「オレンジジュース」とポップな字体ででかでかと表記されていた。口の前で人差し指を置き口止めをする。開け方はわからないだろうと踏んで、プルタブをあらかじめ開けてあるそれを、興味深そうに見渡す素振りをした後、そっと口をつける。

「……おぉ!美味いなこれ!!」
「でしょ。一日一本は飲まないと生きてけなくて……」
「はは、君は甘いものが好きなんだな」

いつものよう明るく笑う鶴丸に頬が緩む。ただ単純に、好きなものを共有できたことが嬉しかったのだ。ふと、鶴丸の瞳が手元の缶に落とされる。長い指がゆるい動作で缶を揺らせば、ちゃぷちゃぷと中で水の跳ねる音がした。長いまつ毛が瞳に影を落として、そのどこか儚い風貌に一瞬見とれる。すると、相変わらずジュースを凝視する鶴丸の首が、疑問そうに横に倒れる。

「どうした?」
「あぁいや……。現世にはこんなものがあって、人はこんな美味いものを食していたんだなぁ、と思ってな」

どこかしみじみと語る横顔をひたすらに見つめていた。刀として永い月日を生きてきた鶴丸。僅か数週もの間、人の身体で過ごしてきたくらいじゃ、流石に知れることなど限られているのだろう。人間であれば当然なことや見慣れたものだって、彼からしてみたらそうではない。今見下ろしている人の飲み物も、自身の長い指も、未だに信じられない夢中の光景のように映っているのかもしれない。

「……これから色々あるよ。楽しいことも驚くことも嬉しいことも沢山」
「……君が見させてくれるのか?」

ふと視線が交わり、口角がニッと上げられる。どこか挑発的にも見えた表情につられて口角をあげる。

「もちろん見せてあげるよ。貴方が望まなくてもね」
「はは!そいつは楽しみだ」
「まあ私がいなくても増えていくよ。鶴丸はもう、自分で動くことができるんだから。見せられるだけじゃない、今は見に行くこともできる。だから、たくさん、見ておいで」

どうか、闘うだけのためにその身を使わないでほしい。人としての身体を、心を得た以上。人しか持ちえない幸福も知ってほしい。審神者として生きることになってからそう経たないうちに、私が彼らに願うようになったその想いは今でも変わらない。その言葉に彼は静かに頷くわけではなく「じゃあ反対に、俺が君に見せることもできるわけだな」なんて悪戯に笑って見せた。少し想定外の反応に面食らうが、それもそうかと直ぐ腑に落ちた。奴は元来そういう刀だ。

「そのためにまずは刀装ね」
「やっぱり君は厳しいな」
「当然よ。なんたって貴方には、最強の鶴丸国永になってもらうんだから」

私がこの世で一番嫌悪を抱いている刀である、前の本丸の鶴丸国永。更に残念なことに、私が知っている中で一番強い鶴丸国永もまた、あいつなのである。それがどうにも解せなかったのだ。数振りのレア刀の中から、よりにもよって鶴丸国永を顕現してしまったことは、きっと意味があるはず。そこでひらめいたのだ。

「だから付き合ってね」
「君のことだ。嫌と言っても付き合わせるんだろ?」
「よくわかってるじゃない」
「やれやれ……まぁいいさ。乗り掛かった舟だ。見ていろ主」

最高の驚きを君にもたらそう。そう言って不敵に笑う鶴丸の顔は、よく見た悪戯を企む、陸の元にいる鶴丸の顔とそっくりだった。それなのに、嫌な気がしないのは何故なのか。それは目の前の鶴丸が私の嫌いな鶴丸とは別人だからなのか。はたまた、私だけを主と呼んでくれる鶴丸だからなのか、答えを知るのはまだまだかかりそうだ。

数日後、私の部屋にこっそり忍び込んで、しまってあったジュースを飲んだ鯰尾。鶴丸を犯人だと勘違いした私が、彼に激怒してしまう話は、また別の話である。
| もくじ |
back to top▽
- 14 -