弐.ブラック本丸ってなに

乱の質問が珍しく興味深かったのか、私がお味噌汁を吹き出したせいなのか。視線が集中している中でその問いに応える勇気、私は持ち合わせていなかった。口を開かない私に対して、その答えがどうしても気になる様子の乱ちゃんもまた引く様子がない。見かねて「教えてあげるから、後で、改めて私の書斎へ来てね」そう、乱ちゃんに。伝えたはずだったのだが。

「これは何の集団だ?」
「あるじさんの言う通り、聞きたいから来たんだよ」
「……みんな?」
「みんな」
「多すぎるんだけど」

まさか九人全員書斎に来るとは夢にも思わなかった。これなら、あの時みんなの前で言ってしまっても良かったんじゃないか?人数分の座布団を用意しながら考える。

「てか、鯰尾は知ってるでしょ。なんで来たの?」
「ノリ、ですかね」
「なるほど」

私の真横に、躊躇なく座布団を置いて、その上に正座した鯰尾。胡坐をかいている私の太ももを、ぽんぽんと軽く2回叩いてきた。直せ、それがそう意図していることはすぐわかったので、渋々体育座りに治す。きっと、私に正座させたかったのだろう鯰尾は、しばらく間を置いた後「まぁいっか」なんて呑気につぶやいた。

「どこから説明すればいいのか……」
「初めから説明したら良いんじゃないですか」
「よし、わかった」

窮屈そうにまばらに座っている九人。彼らがこちらを真っすぐと見つめている顔つきは様々であった。興味津々と言った様子で目を瞬かせている乱。不安そうに膝の上で拳を作っている五虎退。無表情ながらにもいつもより心なしか背筋を正しているまんば。場は静寂に満ち、緊張感が走る。気分はまるで、怖い話を始める前の紙芝居師である。

「ブラック本丸はね」

ゆっくりと口を開く。

「端的に言ってしまえば、正常に機能していない本丸のこと」
「正常?」
「うん」

薬研に頷きながら答えた。

「君たちは、時間遡行軍による歴史修正を阻止するべく、顕現されたことは知っているよね」
「はい」
「勿論。毎日刀を交えてますからね」

姿勢を正し答えたいつも通りの長谷部と、同じく普段通りに口元を緩めながら言う堀川と、その2人の安定感に、安堵して「そうだね」と小さく笑みをこぼす。

「そして……そんな君たちを顕現し、守り育み、時に制するのが私達審神者の役目」
「顕現時倒れるのも役目ってやつか」
「ねぇ、じじい五月蠅い」

ちらっと長谷部を一瞥すれば、静かに頷いた長谷部は隣にいる鶴丸の膝に音もなく手を添える。そこに僅かながらにも込められている殺気にひやりとしたのか、それで反射的に肩を跳ねさせた鶴丸。「わかった、わかった」それをその横で心配そうに見守る五虎退の横で、小さな白虎が畳の上でくあっと大きなあくびをした。

「その役目を審神者が果たせていないところがブラック本丸。主に、そう呼ばれているんだよ」

「役目を果たせていないって……」
「俺たちに身体的や精神的暴力をしたり、夜伽を命じたり。手入れしてくれなかったり刀解させられたり。色々あるみたいですよ」
「そんな本丸が、あるのか……」

獅子王が信じられないとでも言うように呟く。

「そういったことが原因で刀剣と審神者の関係が崩れ、正常に機能していない本丸がブラック本丸」
「……」

あからさまに動揺しているみんなに、微笑みかけた。

「でも、安心して。貴方達の主は私。そんなのは無縁だから」
「そうそう」
「でもまあ……。そういう本丸もあるってことは頭の片隅に入れて置いて。この世界にも辛い思いした刀もいるかもしれないってこと」

そっと目を伏せる。きっと彼らもこれからの刀生で、どこかでそういった子と巡り合うことがあるかもしれない。台詞を吐きながらも、どこか罪悪感のようなモヤモヤが心に残っていた。後ろ髪を引かれる思いから目を背けるように、自分の小さな掌をそっと見落とした。本当はもっと言わなければいけないことがある、と心の中で分かってはいる。審神者が持っている武器の話。私がこの子達を傷つけてしまう力を持っている話。しかし、いざ言おうと思うと怖気付いてしまう。

「空」
「鯰尾?」

見つめていた手のひらの上に重ねられた馴染みのある大きな手。「大丈夫」優しく微笑んでいる彼はそう言っているように見てた。それがとても心強くて、嬉しくて。そっとその手を握り返す。

「これで分かったでしょ。さっさと出陣の準備しましょ」
「ふふ、はーい!今日も頑張るよ」

主さんなら安心だもんね!そう言っていつものあどけない笑顔を浮かべてくれた乱ちゃん。次々に立ち上がった皆が「俺達にゃ無縁だな」だとか「あー怖い怖い」だなんて気の抜けたような捨て台詞を残して部屋を去っていく。

「おい、君」
「どうした?鶴丸」
「じじいって言うのは言葉の暴力じゃないか?」
「それはノーカン」

間髪容れずそう返せば、鶴丸はわかりきっていたように高笑いし始める。

「んな事言ったら、落とし穴だって完全なる暴力よ」
「確かにな。俺は掘ったことないがな」
「にしても、乱ちゃん。突然そんな単語、どこから覚えてきたの?」

みんなの座っていた座布団を、鯰尾と一緒にせっせと片付けている乱ちゃんに声をかける。

「あるじさん宛の手紙、見ちゃった」

すると、てへっと可愛らしく頭に拳をぶつけて、返ってきた回答。その言葉に、隣にいた鯰尾が、分かりやすく動きを止めた。それもそのはず。私宛の手紙、それを管理しているのはこの本丸でただ1人なのだ。

「鯰尾?」

近侍の鯰尾に、目を向ける。すると、ピタリと動きを止めた鯰尾は、ゆっくりこちらを振り返る。乱ちゃんが先ほどして見せたように、拳を作って頭にコツンと当てる。中性的な顔立ち、様にはなるが。

「後でお話しようね」
「あは、そうなるか」

許してあげはしない。
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