参.目指せ二刀開眼

「隊長は長谷部にお願いするね」

はて、幻覚でも見ているのだろうか。そう錯覚してしまう程の光景に瞬きをする。長谷部、そう口にした瞬間に視界に現れた桜吹雪。轟々と舞い上がる美しいそれが、本物の桜ではないと認識するのには少し時間がかかった。

「主の……思うままに」
「ふふ、よろしくね」

感極まっているのを押し殺すように言葉を紡いだ長谷部に、思わず笑ってしまう。先ほどから視界に舞う花びらは、紛れもなく、全て長谷部が散らせているものだった。

「獅子王が引き続き副隊長。隊長をサポートしてあげてね」
「おう!任せておけ!」
「乱ちゃん、2人をよろしくね」
「ふふ、任せてよ!2人をしっかり守っちゃうよ」

相変わらず笑顔が眩しいコミュ力カンスト組。お辞儀をしたまま、中々頭を上げない長谷部に飛びつく。いつも隊長であったまんばは、もうすっかり2人のこれに慣れてしまっていて、黙って2人を受け止めるのだが、長谷部はこれが初めてだった。「おい、くっつくな」とか「離れろ」そんな声を上げていて、その様子がなんだか微笑ましい。

「五虎退、薬研、堀川君も、今日は出陣ね」
「おっ。血がたぎるな」
「はいはーい。でも……主さん、洗濯1人で出来ますか?」
「できます」

心底不安そうに眉を下げて此方を見つめてくる堀川君に笑顔で返す。すると、「期待していますね」とこれまたとびっきりの笑顔で返された。なんだろう、この立場入れ替わってる感。まるで堀川君の娘であるような気分だ。

「ぼ、僕が出陣……」
「ん……?五虎ちゃん?」
「っは!はい……っ!!」

はしゃぐ乱と薬研の後ろ。小さな姿にどこか違和感を覚えた。五虎退が兄弟である彼らの後ろで縮こまっているのはいつものこと。しかし、今はなんだか……。

「五虎退……具合でも悪い?」

そっと、歩み寄って、透き通るような白い肌に自身の手を当てる。私の手が温かいのか、彼の頬が冷たいのか。五虎退の頬からは温もりが感じられなかった。色白く色素のない彼の皮膚が、不安を余計掻き立てる。

「だ、大丈夫!元気です!」
「そう?」

浮かべられた笑顔、それは今までに見てきた愛らしい笑顔。何の変哲もないそれが、無理矢理に浮かべられているように見えた。

「……五虎退。もし、嫌だったら――」
「五虎退、安心しろ。俺たちが付いてるんだ。何も怖いもんなんてねぇさ」
「そうだよ〜!ボクが守ってあげる」

ほら、早く準備しに行こう!そう言って五虎退の腕を半ば強引に引っ張っていく乱ちゃん。それに従い、慌てて後を追いいってしまう五虎退。おかげで伝えたかった言葉を、最後まで言うことが叶わなかった。中途半端に伸ばした手が空を切る。

「……行っちゃった」
「安心しろ、大将。五虎退は俺らの兄弟だ。何も心配することねぇ」
「うん。五虎退が強い子なのは知っている、けど……」

彼らが走り去っていった方向を呆然と眺める。眩しい朝日はいつの間に隠れてしまっていて、どんよりと重たそうな色をした曇天が空に広がっていた。広がる外の景色が嫌に暗く思えた。五虎退が強い、そんなことは知っている。しかし、あの様子、まるで出陣を拒んでいるような、恐れているように見えたのだ。胸の中に靄が残る。

「……大将だって、今回の出陣メンバーしっかり考えて選抜してんだろ」
「うん……」
「なら、迷うな」

ぽん、優しく頭に置かれた手のひら。薬研に視線を向ければ、目と目は交わることなく、後姿を向けて去っていく彼の姿だけが映った。いつの間にか出陣メンバーは部屋を去ってしまっていて。残るのは3振。いつも出陣していたメンバーだけが残るこの空間は、なんだか奇妙な雰囲気になっていた。

「よし、じゃあ始めようか」

何が始まるのか、大体の予想はついていたようで。微笑み返してくれたまんばと鯰尾。その隣で「俺は何をすればいいんだ?」何気に顕現してから初めてお留守番組になった鶴丸は、混乱のあまりに阿呆面を浮かべていた。




「よし、皆準備は良いかな?」

「はい」
「あ、あぁ……」

広い道場にて、おさがりの木刀を片手に声をかけてみる。そうすれば、同じように練習用の木刀片手に、さわやかな返事する鯰尾。その一方で、困惑気味のご様子なまんばと鶴丸。はて、この状況下で、なにをもって釈然としない様子になっているのだろうか。首を傾げる。

「おい、君……」
「ん?なに」
「その木刀にそのジャージ姿……。まさかとは思うが」

骨ばんだ長細い指先で、私の格好を指し示した鶴丸に、眉をひそめる。

「なによ。別に鶴丸をリンチしようとかそういうのじゃないよ?」
「いや、それはわかってるが……」
「そう?ならいいや」
「あんたも、手合わせに参加するのか?」

まんばの台詞に、「そう!それだ!俺もそれが言いたかったんだ!」と嬉しそうに言いながら、まんばの肩に手を乗せた鶴丸。なる程、そっちだったか。ポンと手のひらに拳をのせた。よほど自身の疑問を代弁してもらえたことが感動的だったのか。「よくやったぞ」だなんて、はしゃいでいる。

「流石に、3人でやって、っていうのは心配だから。初めは私も練習に付き合うよ」
「格好からして、そんな気がしていたが。……大丈夫なのか?」

不安そうな2人と視線が絡み合い、ムッとし思わず唇を尖らせた。確かに、小娘如きが、身体は大の男である2人に敵うわけはない。実際、いくら顕現仕立てで、練度がまだまだの2人相手とはいえ、本気で戦うとなれば、私が彼らに勝つのは難しいだろう。……でも。

「練習ぐらいなら大丈夫。これでも剣術は教わっていたんだよ」

ふと、師範となってくれた、かつて一緒に本丸の主をしていた審神者の顔を思い出す。刀剣男士と共に戦場に立つ人間の後姿。それを何度見てきたことか。彼はとても強かった。練度のある刀剣男士に見劣りしないほどに。

(空、これ持っていけ。……女1人。男だらけの本丸でこれから生きていくんだ。いくら鯰尾がついていくと言っても、自分の身を守る術の1つぐらいはあった方が良いだろ。せっかく剣術教えてやったんだ。活かしてもらわなくっちゃな)

そう言って託された思い出の木刀を、再度強く握りしめた。カッコいいことを言っているようで、男だらけなのは、あの時と今、全くもって変わってはいないのだが。剣術の腕は確かただというのに、こういうところは何かと不器用である。そんな彼から譲り受けたものは、いま、握りしめている木刀だけではない。

「女だと思って手加減しちゃだめだよ?」

自信満々に笑う。すると、鶴丸とまんばはごくり、と固唾を呑み込んだ。

「……おい鯰尾、主ってそんな強いのか」
「いえ、そうでもないです」
「おい、鯰尾はっきり言うな」

いつもの半笑い顔で言ってのけた鯰尾。こいつ、私が鯰尾に手合わせして勝ったことが一度もないからって、あっさり言ってくれやがって。

「まぁいいや。取りあえずこれから練習する二刀開眼の説明からするね。鯰尾、こっち来て二刀開眼したことある?」
「まだないですね」
「やっぱりそうだよね」

すぅ、と大きく息を吸う。

「二刀開眼っていうのはね、打刀と脇差の連携技なんだ」
「ここでいうと、俺と、山姥切さんの連携技ですね」
「脇差がまず敵の刀装を剥がして、続けざま打刀が本体に攻撃。その間に脇差しは体制を立て直して、すぐに攻撃する準備する。っていうのが一連の流れかな」
「それをこれから練習するわけか?」

まんばは自身の手に木刀がないため、道場の端にたくさん用意されている木刀を二本取り出し、取った片方を鶴丸目掛けてひょいッと投げる。それをよく見もせずに、片手で受け取った鶴丸。つい「おぉ」と感嘆の声をもらした。流石、連日一緒に出陣しているだけある。

「本来なら、ゆっくり戦闘の経験を積むと同時に覚えていくものなんだけどね。でもこの本丸には脇差で練度の高い鯰尾がいるから、練習して先取りしておいても損はないと思ってね」

頭に浮かぶのは、2人の審神者の姿。ついこの間、再会した霊力の多い審神者、陸は、入手困難な三日月や一期を早くも顕現したらしい。木刀を譲り受けた戦闘狂の審神者も、あいつのことだ。今頃、相棒の薬研とバッサバッサと敵をなぎ倒しているのだろう。2人とも目にも止まらぬ速度で成長している、そんなこと、会ってみなくてもわかる。ならば私も……

「2人共、おいで」

負けてなんかいられない。木刀を真っ直ぐ2人に向ける。いつか、無愛想な審神者がしてきたように挑発的な笑みを浮かべれば、「やれやれ、お転婆な主だな」横から言葉が返ってきた刹那、こつんと肩がぶつかる。

「娘1人が2人の男相手に戦うところを、見てるわけにはいかないな」
「いや、稽古だから。これ」
「そうですよ、そんなこと言うのやめてくださいよ。叩きのめしづらくなるじゃないですか」
「鯰尾お前もね?稽古だから!これ!」

肩を並べるように隣に立っている鶴丸を見上げる。にやり、悪巧みをしていそうな悪い顔をしている鶴丸と視線が交わった。鯰尾は鯰尾で、完全に私のことを馬鹿にしているらしく、小馬鹿にしたように口角の端を上げて此方を見ていた。そんな2人の顔が小憎たらしく思える。

「そもそも、二刀開眼は1人の相手対象にするんだし、敵が2人いても意味ないじゃない」
「なに、実践に近い方がためになるだろう」
「初っ端から実践に近くするの?」
「こいつらなら問題ないだろう」
「……それも、そうか」

カチカチ、規則正しいリズムで、秒針が進んでいく音がする。そういえば、出陣しちゃった堀川くんが、洗濯ぐらいは済ませておけとか言っていたっけ。いつしようか。いや、きっと考えちゃいけない。フラグを立ててしまうから。そんなことを考えながら、これから始まるであろう手合わせに、胸をワクワク弾ませている自分がいることを微かに感じていた。

「……なんか、めんどくさいことになっちゃいましたね」
「……いつもの事だ」

2人は微笑みながら、練習用の刀を構えた。
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