肆.堀川国広はモンペ

「ふっふっふ〜」

鼻歌交じりに1人廊下をスキップしていた。久々に身体を激しく動かしたせいで、ジャージの下、Tシャツの下にある汗の不快感。顔にべたりと張り付いてしまった髪の毛がそれを更に悪化させていた。何時の間に帰ってきたのか、笑顔の堀川君は「洗濯物してって言いましたよね?」黒い笑顔でそう言った後の二の句は「今日はお風呂、最初に入ったらどうですか」だった。呆れたように息を吐き出しながらも、気を遣ってくれた堀川君に危うくときめきそうになった。それと同時に大きな罪悪感が押し寄せたが。

普通の堀川国広であれば、流石(兼さんの)嫁!気が利く!となるだけなのだが、うちの堀川君は如何せん良く毒を吐くし怖い。そんなんだから、余計ギャップを感じてしまうのだ。

いつもみんながお風呂を入り終えた後、ひっそり静かに、1人湯船に漬かるものだから、こんな早く、しかも皆より先にお湯を浴びられるなんて、どこか背徳感がある。衣服を早々に脱いで、誰がいるというわけでもないのに、小さな手ぬぐい片手に身体を隠して、ガラガラと風呂場の扉を開ける。広い浴室には、大きな浴槽から無限に立ち上る湯気によって、既に温まり、白く曇る湿った空気で満ちていた。





「……ん?」

身体を丁度洗い終えた後。ふと、目の前に浮かんでいる入電の文字に目を瞬かせる。大体こんな風にこちらの意図とは関係なしに表示される入電は緊急のことが多いが、一体なんだろう。首を傾げながら入電した内容を確認しようと操作を行った。

『式が目標空様の元へ無事到着致しました。これより、通信を開始致します。10……9……』
「……は?」

思わず素っ頓狂な声が零れる。ここで?今?全裸なんですけど。通信とか無理だよ?慌てて通信を拒否しようと操作をするが、どういうわけか操作が出来ない。無慈悲にも目の前に浮かび上がっているカウントは一秒ずつ進んでいく。着替えるか?間に合うわけ。布で隠すか?手元にある手ぬぐいは一枚しかない、小さすぎる。咄嗟に振り向いた先、目に入るのは大きな浴槽。

『3……2……1……』
「っひ……」

いやああああああっ!!そんな絶叫と共に室内に響いた水飛沫のはじける音。こんな大きな声を上げたのは、鶴丸の落とし穴に初めて落っこちた時以来な気がした。

「……お前、何してんだ?」
「わからんか、くそおやじ」

こちとら湯浴み中じゃ、馬鹿野郎。不思議そうに死んだ魚のような目を瞬かせる画面の向こうのおっさんに向けて、恨めしく言葉を吐く。勢いよく飛び込んでしまったせいで、浴槽中に満ちたお湯が大きく波を打ち揺れていた。その勢いに身体を揺らしながらも手ぬぐいを抱きしめるようにして身体を隠す。入浴剤のおかげで濁ったお湯の中では、身体を見られることはないだろうけど、気持ち的に身体を隠さずにはいられなかった。

「あ?お前こんな時間に湯浴みせんだろう」
「今日はね、たまたま早かった」
「色々タイミングわりぃ餓鬼だな」
「お前が言うな」

濁ったお湯の中から、ざぶんと音を立てて片手を勢いよく出す。ピンと伸ばした指先を真っすぐおっさんに目掛けて指し、異議を申し立てるが、画面の向こうのおやじは、余裕ありげにやれやれと首を振るばかりであった。その不躾な態度とお湯の熱が相まって、頭に血が上る。苛立ちのあまり、湯銭のお湯をバシバシ叩けば、それに合わせて濁ったお湯が噴水の如く飛び跳ねる。

「大体、なんで、こんな強制通信なんてしてくるのよ!」
「おめぇが連絡遅い上に、妙なタイミングでしか寄越してこねえからだ!馬鹿垂れ!」

その台詞に蘇るつい最近の記憶。そういえばここ最近、おっさんが就寝しようとしているところだとか、朝ご飯の最中だとか、面白いタイミングでしか通信してない気がする。

「だからって強制は酷いでしょ!」
「お前のも同じようなもんだったろ」
「女の子にはプライベートあるんです!」
「おっさんにだってあるわボケ。上司特権だ」

年頃の娘が湯浴みの最中に通信したというのに、目の前のおっさんは悪びれるどころか飄々とした様子である。お湯のせいで見えないでいるが、仮にもすっぽんぽんの娘っ子を前に、このじじい平然としやがって。どうにも解せない。いや、照れたりされてもそれはそれで気持ち悪いが。顔色を変えないおっさんに頬を膨らましながらいると、忙しない足音がだんだん近づいてくるのが聞こえた。

「……主さん!?」


ガラガラと、音を立てて素早く開かれた扉。あまりの勢いの良さに、前回までに開かれたそれは、ぴしゃんと強い音を立てた。

「ノックは!?」

思わずツッコんでしまった。先ほどの叫び声が原因だとは思うが、仮にも乙女が1人湯浴みをしてるところ、無遠慮に扉開けて来るだろうか。

「主さん……良かった。無事そうですね……」
「無事っちゃ無事だけど……」

焦りを露わにして入ってきた、堀川君。私と目が合った瞬間、扉を開いた状態のままの肩から力が抜けるのが見てわかった。怪我したわけでもないけど、どうしてこう、どいつもこいつも平然としやがるんだろう。ある意味傷付く。

「良かった……。突然叫ぶから何事かと……ん?」
「えっと、ごめんビックリさせて」
「……なるほど。主さん、そのまま少しだけ待っててくださいね」

目の前のモニター、私の顔。交互に見やった堀川君は、状況を察したらしく、それだけ笑顔で言い残すと、カラカラ静かに扉を閉めて、奥へと消えていった。なんだろう、そう思いながら扉を見つめ続けていると「なんだ、刀剣が来たか」呑気なおっさんの声。「そう」と肯定だけしていると、間もなくして堀川君が再び浴室に入ってくる。靴下を脱ぎ素足になった堀川君は、ためらう様子もなくピチャピチャと濡れた床の上を歩く。真っ白いバスタオルを手にこちらに向かってくる。

「えっと……」
「僕が隠しておきますから、こっちのタオル身体に巻いて下さい」

そう言って差し出されたタオルを、渋々お湯の中から伸ばした水の滴る腕で受け取る。優しい笑顔でにこりと笑っている堀川君が、自身の手にあったバスタオルを大きく広げて、モニターから私を隠すように壁を作る。

「安心してください。興味はないので」
「まだ何も言ってないんだけど?」
「巻いたら教えてくださいね」
「……わかった」

段取りの良いテキパキとした指示に、若干困惑していた。しかし、その有難い助け船に乗らない選択肢はない。一枚のタオルだけの隔てはやはり心許ないものの、ないよりは俄然マシであった。恐る恐る立ち上がり、もらったタオルを身体に巻く。視線が高くなるにつれて、堀川君の頭が見えて一瞬どきりとしたが、宣言通り、彼は後ろ頭を向けたまま、こちらを向く気配はなかった。

「えっと、堀川君ありがとう。……もう大丈夫」
「了解です」
「おわっ……」

その瞬間、堀川君が壁代わりにしていたバスタオルをひらりと舞わせて、私の肩にかけてくる。突然目の前に迫る汚れ一つない白い布に驚きの声が洩れてしまった。私のすぐ横に立った堀川君が、私の肩を自分の元へと抱き寄せる。ふわっと微笑んでから、敵意にも似た視線をおっさん審神者へと向けた堀川君。大きなバスタオル二枚とは、いささか過剰包装な気もするが。

「おいおい、そんな過剰包装しなくても。餓鬼の身体になんざ興味ねぇよ」
「もう大人なんですけど?私?」
「俺にとっちゃまだまだ青臭いね」
「んだと」
「男の言うことは信用できません。うちの主さんは嫁入り前なんです。どこの馬の骨とも知らない輩に肌を晒させるわけにはいきません」

今の格好より、いつもの半袖短パンの方がよっぽど露出度高いけどね。そう思ったが、心の中でとどめておく。話がこじれそうなのもあるが、何より、ちらりと見た堀川君の顔から、不穏な気配を察知したからであった。その証拠に、私の肩から離れようとしない手の平に、かかる力は強かった。

「貴方、誰ですか?」

モニターに映るおっさんに向けて微笑んでいる堀川君。それは一見穏やかな笑顔には見えるものの、よく見ると目が笑っていない。よく見なくてもオーラが黒い、怒気をはらんでいる。その様子、お湯に使ったホカホカな身体も、すぐに冷え切る程であって。堀川君が、最早魔王のように思えた。

「お前こそ誰だ!そんな禍々しい雰囲気放ちやがって!」
「堀川国広君です」
「堀川ぁ!?そいつがか!?」
「はい。堀川国広ですが、なにか?」
「……っ本当、お前の周りの刀剣はいつもモンペ化するよな」

鯰尾だって、元はと言えばあんな心配性なやつじゃねえしよぉ。頭を抱えるおっさんにジト目を向ける。こっちだって好きでああしたんじゃない。

「それより、早く本題に入りましょう」
「本題も何もお前がいるんじゃ……」
「僕がいると何か問題でも?」
「一応重要事項……」
「え?なんて?」
「……あぁー。……よりによってめんどくせぇ刀が来ちまったなぁ」

にこにこと屈託のない笑みを崩さない堀川君。にしても珍しい、おっさんがここまで苦戦しているのをはじめて見た。我が刀ながら、末恐ろしい子である。ぽたり、と湯船に飛び込んだ拍子に頭にお湯を被った時の名残か、髪から滴る雫がふかふかのタオルへと落ちる。

「まぁいいや……。空、お前に命が降りている。急用でな」
「急用の命?なによ」

ふと、おっさんの目付きが変わった。真剣な話をするときに見せる珍しい表情に、訝しげに眉をひそめる。

「刀剣男士4振を引き取ってもらう」
「……へ?」

思わず間抜けた声が零れてしまう。

「明日辰の刻。刀剣がそっちの本丸に現着する予定だ」
「ちょ、そんな急に……」
「少々、問題のある刀でな。詳細については書面を送ってあるから、風呂上がったらゆっくり見るといい。……まぁ、暫くしたら現状報告寄越せよ」

じゃあな、そう言って切られようとする通話。まだ話を呑み込めていない私は、ちょっと待ってと制止の言葉を投げかけようとする。

「おい!お前ら、待てって!」
「そうだ!兄弟の帰りを待て!」

しかし、その時、脱衣所の方からドタバタと騒がしい音が聞こえて、そちらに意識を奪われてしまう。その隙に、無慈悲にも通話はプツンと音を立てて断たれてしまった。

「いくら何でも遅すぎます!堀川も一緒に倒れてるんじゃないですか!」
「そうだよ!あるじさんが心配でもう待ってられない!」
「貴様ら!主は今湯浴み中だぞ!無礼な真似は……なっ……。脱衣所にいない、だと……」

どうやらもう一波乱、ありそうだ。
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