いやああああああっ!!
耳障りな程の高音を発せる人物、この本丸には一人しかいなかった。九振揃い仲良く居間に集まっていた刀剣達は、その耳をつんざく絶叫へ即座に反応を示す。先日、届いたばかりのテレビという電子機器に釘付けだった九人。ドラマと呼ばれる空想上の物語、その肝心なワンシーンが流れているにも拘わらずに、全員の意識が問答無用とばかりにその声に集められたのだった。
「空!?」
「主っ!?」
「……っ!」
中でも反応が早かったのは、彼女との一番付き合いの長い鯰尾藤四郎。そして、元より、主への忠誠心が高いと評判なへし切長谷部。台詞と同時か、それよりも先か。打たれたように飛び上がり、部屋から出ていく彼等と、それともう一人。それは意外なことに、彼女に怒っているところをよく見かけられている堀川国広であった。声を上げて駆け出した二人とは対照的に、無言で駆け出した堀川の姿に、乱は目を丸くしていた。駆けだそうとして浮かせた腰も忘れ、中途半端な体制でその背中を呆然と見つめる。
「堀川さんまで……。ちょっとびっくり」
「だから言ったろ」
呆れたように息を吐いた薬研が零した言葉に、乱は以前、薬研と交わした会話を思い出す。
(堀川さんはあるじさんのこと、好きじゃないのかなぁ……)
(それはない)
「なるほど……」
あの時の薬研が、はっきりと否定してきた理由がようやく理解できた気がした。いつも空へばかり厳しいような印象を受けていた堀川だったが、どうやらそれは、愛故の行動であったらしい。乱は、自身の兄と言い、堀川と言い、愛情表現が下手な刀ばかりである、と小さく笑いを零した。それを初めから見抜いていた薬研は、メガネをくいっと上げた後、どこか得意げに微笑んでは「俺達も行くか」と立ち上がる。それに続くように乱が立ち上がれば、少しおどおどしていた様子の五虎退も、そんな彼らに続くようにしてその背中へ続くのであった。
「おいおい、大丈夫かぁ……」
「俺達も行くぞ」
「ドラマよりもそっちの方が面白そうだな!よし、行こう」
「……あんた、呑気だな」
心配の色を顔に浮かべながらも、速足に飛び出していった鯰尾達を追おうとする獅子王、山姥切。そんな心配が故に動いている皆とは明らかに目的が違う鶴丸。その様子に呆れながらも、先を行く刀たちの後を追いかけた。すると、浴室へとつながる脱衣所の扉を前にたむろする刀たちが三人の目に入る。その最前列、脱衣室へ入ろうと必死に手を伸ばす鯰尾と、それを抑える長谷部の姿があった。
「ちょっと!!離してくださいよ!」
「落ち着け鯰尾!主は今、湯浴みの最中かもしれんのだぞ!」
「んなこと言ったって!中で何かあったらどうするんですか!!」
切羽詰まった様子の鯰尾に、眉を顰めながら止めるへし切の双方には、まったくもって余裕がない。「ちょっと兄さん落ち着いて!」「こりゃ参ったな……」困惑しているのか、どうしたものかと悩んでいるんか。各々違う面持ちでそれを見守る刀達の合間を潜り抜け、獅子王が慌てて仲裁に入ろうとする。
「おいおい、なにしてんだ!?」
「主さん。お風呂の中にいるみたいです」
神妙な面持ちで、扉を見つめ続ける堀川君。その瞬間、長谷部の拘束を上手く交わした鯰尾が、扉を開かんとする。ガラッと音を立てて僅かに空いた隙間に、引き戸はそのまま開いてしまわれるかと思ったが。鯰尾の腕をよく見もせずにバシッと音を立てて掴んだ堀川によって、それは妨げられる。
「……堀川、離して」
「いいえ。下心ある鯰尾さんを入れるわけにはいかないです」
「は?」
にっこり、屈託のない笑みを浮かべる堀川に、鯰尾は珍しく苛立ったような声を出した。掴まれた腕を振り払うべく手を激しく上下する鯰尾であるが、頑として拘束する手は離れてくれはしない。一見、正反対の感情を持つ表情で、バチバチと火花を散らし対峙する二人。不穏な気配を察した獅子王が、焦ったように声を上げる。
「ま、まぁ安否確認なら主だって怒らねぇんじゃ……」
「前科のある獅子王さんは黙っててください」
「ぜっ!?」
「空を寝室まで連れ込んでましたからね」
「あれはやむを得ず……!って、まだ引きずってたのかよ!」
しょうがなかったんだってぇ……。と情けない声を零しながら、うなだれる獅子王。その肩に、静かに山姥切が手を乗せて慰める。
「じゃあ短刀のボクと五虎退がいく!それなら問題はないでしょ!」
「俺は抜きか?」
「薬研は見た目的にダメ!」
「そう言うなら、乱は中身的にダメ」
「ちょっとm鯰尾兄さん!どういう意味!?」
一方で、またいつもの如く兄弟喧嘩を始める鯰尾と乱に、薬研と五虎退が止めに入る。みんな、実は肝心な主のこと忘れているのではないか。各方面で散らばる火花、その様子を見て密かにそう感じたのは、静かに見守っている鶴丸や山姥切だったが。
「僕が行きますから、みなさんここで待っててください」
「はぁ?!堀川が行くなら俺が」
「長谷部さん」
そう言って、無遠慮に脱衣所へ入ろうと扉を開いた堀川に、一同の意識が集中する。慌てて鯰尾が追いかけようとするが、それを羽交い締めにするように止めに入った長谷部によって阻止される。
「ちょっとなんでですか!?」
「悪いが、鯰尾。俺も堀川と同感だ。お前は主と距離が近しすぎる」
「どういう理由……ってやきもちですか!?ちょっと!!」
じたばたと暴れる鯰尾であるが、鯰尾より背丈の高く、主のこととなれば百人力な長谷部に背後を取られたのが運の尽き。長谷部から逃れられるわけがなかった。抵抗虚しく、鯰尾は長谷部の拘束から抜けられる気配はない。
「じゃあ、いってきます。……僕が良いって言うまで、決して、中を覗いちゃだめですよ?」
にっこり。それは不安な刀を安堵させるためなのか、又は、見ないようにと念を押す威圧的な意味なのか。五虎退の目には頼もしく、鯰尾の目には挑発的なものに、といったようにその見え方はそれぞれ違っていた。笑った堀川が脱衣所の中へと姿を消していく。どこか有無を言わせない様子な堀川に、鯰尾以外に口を開く者はいなかった。
「あれ、鶴が名前についている俺の方が似合う台詞じゃないか?」
「……そうだな」
相変わらず呑気な鶴丸に、心にもない返事を返す山姥切であった。