手入れ部屋を使えるように整えた私たちが次に向かった先は、母屋から少し離れた場所に立っている、刀を鍛刀するための建物、鍛冶場だった。
「うーん、まんば帰ってくる前に鍛刀したいな」
「はぁ?何言ってるんですか」
整った顔で白い目を向けられるのは中々傷つくものだが、鯰尾のこれにはとっくの昔に見慣れてしまっていた。もっと言えば、比較的顔面偏差値の高い刀剣男士達の冷めた視線を浴びせられ続け、そのこと自体にも耐性が付き始めていたのだ。なので、対して気にすることなく、鍛冶場の入り口前に立ち尽くしていた。
「空の身体は、ほとんどと言って良い程、霊力がないってこと自覚してます?」
「もちろん」
「知ってるなら闇雲に使おうとしないでくださいよ」
呆れたため息交じりの台詞にうーん、と唸る。建物の外側の壁には、びっしりと木炭、砥石、玉鋼が積み重ねられていて、それは最早、地震が来れば大惨事になることが安易に予想のできる程の高さになっていた。こんのすけが言っていたように、山分けされた前の本丸の資材が、既に手元に届いているようだ。3人の審神者がいたせいか、はたまた、刀剣を顕現するあの子の霊力が高すぎたせいか、前の本丸はかなり大きかった。態々大倉庫を専用に立てるほどの膨大な資源。それを3つに分けたとしても壮大な量になることは想像出来てはいたが、まさか、これ程とは。制止する鯰尾の言葉に、少しとどまって考えてはみたが、やはりここは譲れない。ゆっくりと鍛冶場へと足を踏み入れた。
「ちょっと、駄目だって」
「だって資材上限超えて、勿体ないし」
このままであれば、政府からの支給が入ってこない。中へ入ると、内側の壁沿いにも、冷却水が入っているであろう鉄製の容器が大量に積まれてある。隅には掃除用具やら鍛刀に必要な機材が置いてあって、就任1日目というにも拘わらず今にも鍛冶をできるであろう、備えの良さに密かに驚いた。
「まあ、少しだけなら大丈夫でしょう」
「資材なんてそのうちたくさん使うんだから、今は有り余るくらいでもいいじゃないですか」
「そうだけど……まあいいじゃない」
怒気を孕んだような棘のある言葉を右から左へと受け流しながら、懐から鍛刀を担当している妖精を呼び出すための札を、そっと引っ張り出す。久しぶり過ぎて、記憶にぼんやりとしか残っていないやり方を、脳内に蘇らそうと霊符を見つめていると、肩をグッと引かれる。
「ちょっと、なに準備してるんですか!」
「いいじゃん一回ぐらい」
「もう!だめだって!初日早々倒れでもしたらどうするんですか!」
突然声を荒げた鯰尾は、勢いよく、札のある私の利き手を強く掴む。その乱暴な動作に思わず肩が跳ねた。唐突な出来事に動揺している私を他所に、鯰尾は掴んだ腕に力を込めたまま言葉を続ける。
「ついさっきだって初期刀の顕現で霊力使ってるんですよ!」
「そりゃそうだけど」
「ただでさえ慣れない霊力使った直後だっていうのに、ここで無理してどうなるっていうんですか!」
尚更、腕を掴む力が強まる。人の女である私の腕には些か強すぎる力に、骨の軋むような感覚を覚え、思わず表情をゆがめれば、ハッとした鯰尾が気まずそうに手を離した。
「ごめん……」
「ありがと、心配してくれて」
拳を握りながら伏せられた顔はどこか悲しそうに見えて、そっとその頭に手を伸ばす。さらさらとした女子も顔負けの黒髪。俯いている頭の光沢を愛でるように撫でれば、戸惑う様に浮いた手がそっと腕を掴んでくる。それは、私の手を止めさせる気はないようで、触れるだけの大きな手。
「体調も今のところ変りないし大丈夫だよ」
「そんなこと言って、体調悪くなったらじゃ遅いですって」
「二振りや三振り鍛刀したくらいで倒れる程やわじゃないって」
「俺知ってるんですよ。空が昔、一振り鍛刀しただけで倒れたこと。それから一度も鍛刀したことないことも」
「そ、それは昔の話で……」
なだめるように声をかけてみても、伏せられた顔は上がらない。いつも笑顔ばかりの彼がこうなってしまうことは珍しい。どうしたものかと迷っていると、突然鯰尾が頭をぶんぶんと振り始める。まるで邪念か何かを振り払おうとした後、踵を返して真っすぐ出口へと足を進めていく鯰尾。速足な後姿に嫌な予感がして、その背中に声をかけた。
「鯰尾、どこいくの」
遠ざかる背中に呼びかけているが、動く足は止まらない。スタスタ進んでいく鯰尾に、これは怒らせてしまったのではないか、と冷や汗を流す。彼が口を閉ざして怒るとき、それは本気で怒っている証拠だ。滅多に見ない姿に背筋を凍らながら、慌てて外へと消えた姿を追いかける。
「鯰尾待って!……って、あれ?」
「いますよ、ここに」
追いかけ建物の外に出てみれば、建物のすぐ横で木炭のを抱え込んでいる鯰尾。予期せぬ姿に首を傾げる。
「なにしてるの?」
「空は一度言い出したら、聞いてくれませんからねっ!」
脇に木炭を挟んで、さらにその手に砥石を持とうとしゃがんだ鯰尾。両手で砥石を持ち上げた勢いで、言葉の語尾が少し跳ね上がってしまっていた。そこまで大きくない体格で、大量のものを持ち上げた鯰尾の顔は、意外と涼しそうで驚嘆する。
「ってことは、いいの?」
「ダメって言っても聞かないでしょ」
鍛冶上の中へと資材を運び込もうとしている鯰尾が、もの言いたげな目をしてどこか納得いってないように言う。「その代わり、無理そうだと思ったら直ぐ止めさせますからね!」不機嫌そうにへの字に曲がっている口元に、くすりと笑いを零して「ありがとう」と伝えれば、鯰尾の困ったように眉を下げて笑い返してくれた。
「ってことで、どんぐらい使います?」
「700ぐらいいれようかなって」
「へ……結構入れますね?」
目を丸くし頬を引きつらせた鯰尾に、あはっと笑って誤魔化す。
「私の霊力だから、太刀や大太刀に会えるのは随分先になってしまうと思うの。だから霊力消耗することが少ない最初のうちに大きい刀を1人でも入手して、育てておきたくって」
審神者の霊力によって顕現される刀も異なってくる。それは基本、刀身が大きい子程必要な霊力の量が増えていく。中でもレア刀と呼ばれている刀剣男士達は、大きい霊力を注がなければ鍛刀できないので、私のように霊力の低い人間が鍛刀で出会える確率は恐ろしい程に低いのだ。
「……わかりました。俺が資材中に運ぶんで、先に中で準備しておいてください」
「わかった、ありがとね鯰尾」
「次万屋行くときはどら焼き買ってもらいますからね」
「おけ、任せて」
どこかいたずらっ子の様な笑みを浮かべた鯰尾と微笑み合って踵を返す。まずは妖精を召喚しようと、必要な札を改めて懐から出そうと手を差し入れる。しかしそこには札がなく、ハッとする。ついさっき取り出した霊符、そういえばどこにやってしまったのだろう、不思議に思いながら鍛冶場に足を踏み入れる。
「……おわった」
冷却材に浮かぶ文字の滲んだ札を見つけて、絶望した。
*
札を書き直し、妖精を召喚し、なんとか鍛刀を終えた今。縁側にてぐっだり寝転がっていた。一言ではこの疲労感、到底言い表せないのだけれども、簡単に言てしまうのなら、死にそうなほど疲れた。
「み、水飲みたい……」
「はは、もうくたくたじゃないですか」
「ま、まさかのハプニングが多すぎるんだよ」
「ほんとにそれだけですかぁ?だからやめた方がいいって言ったのに」
鍛刀中、瞬きせずに怖い顔して見張っていた鯰尾はどこへ行ったのやら。からかうような口ぶりの後、私を見下ろしてはははと高笑いし始めた鯰尾。大方、鯰尾の意見を聞かずに疲れ果てた私の姿を見て、ざまあないとでも思っているのだろうが、少しぐらい倒れず鍛刀をやり抜いたことを褒めてほしいものだ。私だって、札が無事で、道具の使い方をしっかり把握していれば、もう少し楽にできたはずだ。
「鍛刀なんか、もう無縁だと思って無知のままだったのが痛すぎた」
「いっつも鍛刀は他2人に任せっぱなしでしたもんね」
「ほんと……、それにしたって女子がするもんじゃないわ」
とは言っても、ほとんどの力仕事は可愛らしい妖精さんがやってくれているわけだが。
「でも本当に太刀が来るなんてついてますね」
「まだわかんないけどね、みっちゃんとか来ればいいけど」
「家事任せられますもんね」
「わかってるじゃない」
3時間。現代的な電子板に表示された数字を見た時は、少し驚いた。時間的には、打刀から薙刀まで出る可能性のある時間だったはず。どうやら私でも、大きい刀を鍛刀することはできるらしい。それが知れただけでも頑張った甲斐があったというものだ。
熱の籠った鍛冶場の中で、更には轟々と燃えている火を横にしてずっといたせいなのか。初めこの本丸へ来たときはほんのり温かく感じた外の空気も、今では涼しく感じる。微量のそよ風すらも、扇風機の送る風のように心地が良いのだ。寝転がった視界の先、鍛冶場の外壁に設置された、和風の建物にそぐわない電子板にある時間が、一秒一秒と減っていくのをぼんやり見つめる。
「2時間半後が待ち遠しいですね」
「まだ30分しか経ってないのかぁ、長い……」
「その間ぶらぶらできるんだから、いいじゃないですか」
「汗が気持ち悪いよぉ……」
こんなことなら、意地でもジャージに着替えておけばよかった。だらしもなく長い袴をパタパタさせる。一期や歌仙がいれば即座に説教コースに連行であろうこの品のない行為も、鯰尾しかいない今の本丸では誰も咎める者はいないので、気にも留めずにバサバサ音を立てて涼む。
「ちょっと、女の人がそんなことしていいんですか?」
「今は説教キャラいないから良き」
「もぉー……んなことしてると襲っちゃいますよ?」
「汗だくだけどいいの?」
あぁ……と迷うような呟きを鯰尾が零す彼に向かって、にやりと口角を上げた。その時、ガランガランと低い鈴の音が本丸中に響き渡る。部隊の帰還を事前に知らせる音に、もうそんな時刻かと、重い体に鞭を打って起き上がる。
「鯰尾」
「はいはい、行きましょう」
まんばが帰ってきた、迎えに行かなければ。帰還位置へと急ぐ。音が鳴ったということは、出陣していた部隊を本丸へ帰還するための転送が始まったという合図である。生憎、うちにはまだ私たち以外誰もいないので、早く行かないと転送口でぽつり、まんばが立っているだけの寂しい絵面が出来上がってしまう。その事態を避けるため、動きづらい袴ながら頑張って駆ける。
「お、良かった間に合いましたね」
「良かった……」
鍛刀の疲れも相まってか、ぜぇはぁと荒い息を整えながら、転送位置で帰りを待つ。すると、突如。風が転送位置の周りに吹き荒れて、近くの緑色した木の葉をざわざわと揺らす。眩しく光る中心に見慣れた白い布が見えた。
「帰ったぞ」
「まんば!おかえ……ん?」
光と風が同時に止んで、はっきりと山姥切の姿を確認した時。その隣に並んでいる、もう1人の人影にようやく気が付いた。
「っあぁ!貴女が主さん?」
その姿に思わず目を丸くする。サラサラの長い髪、青く海みたいに透き通る色をしたまんまるの瞳。まさか、まんばが刀を連れて帰って来てくれるとは思ってもいなかった。予想外の展開に面食らい硬直している私に、少女のような風貌の彼は、優しく微笑みかけてくれるのだった。