まさか、こんな早くに三振目に出会えるとは思ってもいなかった。先ほど鍛刀した子が三番目になるとばかり思っていたのだが、うちの初期刀は想像以上に優秀なようだ。ハタと我に返り、瞳をキラキラ輝かせている少女のような容貌に微笑み返す。
「乱ちゃん、いらっしゃい」
「わあ!やったあ!主さん女の子だ!」
よろしくねえ!と言うやいなや、勢いよく飛びついてくる美少女を、危うく転びそうになりながらも抱きとめる。流れに身を任せて、その背中に手を回すが、男の子とは思えないほどの身体の線の細さを感じて泣きたくなった。
「乱、よくこれが女の子ってわかったね」
「おい鯰尾どういう意味だ」
「あれ、鯰尾兄さんももういるの?」
「やっほー」
抱き着いたまま、乱ちゃんが鯰尾を驚いたように見つめている。それもそうだ、乱ちゃんからしたら、初期刀の初陣について帰ってきたら、別の刀剣男士が待ち構えているんだもの。対して鯰尾は、そんな彼の反応は触れずに、ひらひらと手を振りながら近づいてくる。そんな気の抜けた鯰尾に乱ちゃんはそれ以上何も言わず、口角をにっとあげた。
「もちろんわかるよ!こんな可愛いんだもん!」
「乱ちゃん大好き」
「えへへ、僕も大好き!」
同じ兄弟でもこんなに変わるものなのか。童顔をこれでもかという程に緩ませている乱ちゃんが、本当に妹のように愛しく見えてくる。彼は元々人と距離を詰めるのが上手だったし、お世辞かどうかはともかく女子の喜ぶ言葉の選び方に流石だなと感心する。抱きしめる手をそのままに、可愛い彼とは対照的な鯰尾をじとりと視線を向ける。
「それに比べて鯰尾は……」
「なんですか」
「こんな可愛い女子に向かってなんてことを……」
「自分で言っちゃいます?」
「もう、兄さんは女の子の気持ち、全っ然わかってないんだから!」
「ねー」と顔を合わせて言いあう仲良しな私たちを前に、鯰尾の機嫌が悪くなっていくことを、低くなっていく声色と表情から感じとる。
「はいはい、悪かったですね頭が悪くて」
ぎゅうっと抱き着く力を緩めない乱を、鯰尾が笑顔でさり気なく剥がしにかかる。
「きゃっ、ちょっとなに〜兄さん!」
「そろそろ離れようねー」
「やーだー!」
「わがままいうなー」
一方で強引にはがされそうになった乱ちゃんは、それに逆らうように更にしがみ付く力を強める。相手が弟であるからか、珍しくムキになっている鯰尾。その笑顔が徐々にはがれて表情が本気になっていく様に笑いそうになりながらも、唇に力を入れて堪え、黙って見守っていた。
「なに、お兄さんもボクと乱れたいの?」
「そうそう、だから離してね〜」
「えぇ〜ヤダ〜」
「だぁ!もう!ほら早く!お兄さんが本丸案内してあげるから!」
「えぇ〜主さんと一緒がいいな!」
「い・い・か・ら!とにかく離れて!」
しかし、そろそろしがみ付かれている身体が痛い。乱ちゃんもこう愛くるしい見かけをしていても、歴とした男の子。更には刀剣男士ということもあり、その力は結構強くて。
「い、痛い……」
「え……あぁ!?主さんごめんね」
「ううん、平気」
耐えきれずポツリと言葉を発すれば、その手は慌ててパッと離れる。申し訳なさそうに眉を下げて、労わるようにそっと私に触れてくれた乱ちゃんの顔は心配そうで、思わずその頭を撫でる。すると僅かに頬を緩めた乱ちゃんの可愛さたるや、破壊力がすごくてにやけそうになった。
「そうだ、乱ちゃんどこか怪我とかしてないかな?」
「うんうん、平気だよ!」
「良かった。じゃあ、鯰尾案内頼んでいいかな?」
「はい、お任せください」
じゃあ行こっか。そう言って乱に向かってスマートに手を差し出した。女の子に対するような紳士的行動を目に「あれ、あんなのされた覚えないんだけど?」なんて思いつつ、密かに目を見開く。差し出す鯰尾の手にそっと手を重ねた乱ちゃんと、その2人の後姿は、まるで絵画をみているように見えるぐらい美しかった。
「……」
「ん?」
ふと、鯰尾が振り返って口パクで何かを話していることに気が付く。しかし、それが何を言っているのかわからず首を傾げた。そんな私を他所にその顔は前に向き直ってしまう。あまりにも突然の出来事に、それがなにを意図していたか、私には憶測することができなかった。
*
“警戒心なさすぎ”
いつもの阿呆面でこちらを見ていた審神者は、恐らく自分が口パクで伝えようとした言葉に気が付けていないのだろう。つくづく世話が焼ける人だとため息が零した鯰尾。その様子を見ていた乱は、隣で肩を小さく揺らしていた。
「主さん、可愛い人だね」
「えぇー?どこがさ」
嬉しそうに弾んだ声の乱に、鯰尾は苦々しい声で返事をした。その様子はどこか不機嫌そうに見える。しかし、乱には何故彼がこうなっているか、大体の見当がついていた。
「でも少し用心が足りないよねえ」
「そうだね」
「ふふ、ちゃんと見張っておかないとね?お兄さん」
例えば僕とかもね。そう言って可愛らしく笑う弟に、ああ、やっぱりこいつは確信犯だったのか、と内心鯰尾はそう思いながらもニッコリと笑い返す。一見穏やかな笑みであるが、乱の青空色をした澄んだ瞳には、鯰尾のそれが不敵な笑みであるように見えていた。
「やれるものならやってみな?」
これが理想と現実とでもいうのだろうか。他所から見れば、仲睦まじい兄弟に見えるその光景。しかし、笑いあう2人の間にはなんだかバチバチとした火花が走っているように視えた気がする。その様子を遠くで見ていた山姥切は密かにそう思うのであった。
*
「まんば、怪我無いかな?」
「……大丈夫だ」
鯰尾たちが気になるのか、離れていく2人の後ろ姿を凝視しているまんばに問えば、彼はこちらを一瞥した後、目深に布を被りなおして、そうぽつりと呟いた。
「そうか。じゃあ失礼するね」
彼のアイデンティティと言ってもほぼ過言ではない大きな布を、遠慮なくめくりあげる。そうすれば「な?!」だとか「おい!?」だとかあからさまに動揺し始めるまんばだが、その声を無視して傷を探す。多少強引ではあるが、こうでもしないと、自分から怪我したことを申告してくれないこの子の怪我に気が付くことができない。それは昔に心得ていたことだった。
「うん、軽傷ってとこかな」
「別にこの程度……」
流石に、刀装をつけたとはいえ、1人は酷だっただろうか。砕けてしまったであろう刀装はもう彼の手元に見当たらなかった。案の定、彼の言葉とは裏腹に所々滲んでいる赤色を確認できたので「手入れ部屋に行こうか」とその逞しい腕を掴んで、ぐいっと引っ張る。
「なっおい!大丈夫だと言ってるだろ!」
「大丈夫じゃない」
「……なっ、引っ張るな!」
引っ張ると、それに逆らうように力が籠められた。流石、刀剣男士といったところか。その力はやはり強くて、一見、さほど力が込められていないように見えるというのに、私が引っ張ったところでびくともしない。ゆっくり振り返れば、敵意にも似た視線とぶつかる。
「……俺なんか、別に……」
「……私の刀になったからには、傷一つ残させませんよ?」
「……」
ふと、目が伏せられた。サラサラの髪が風に揺れて、自信のなさそうで悲しそうな瞳は、長めの前髪で隠されてしまう。前の本丸にいたまんばと出会ったのは随分と昔だから忘れてしまっていたが、そういえばあの子も初めはこんな感じだったなあ、と日陰でよく見かけた丸まった背中をふと思い出す。
「まんばくん」
「……」
「手入れ終わったら、一緒に鍛刀した刀、お迎え行こう」
前にもこうして落ち込んでいるまんばに対して何か声をかけた気がするが、如何せん、随分とあれから時が経ってしまっている。なので参考にできる程、事細かくはもう覚えていなかった。
「……写しなんかと会わされても困るだろう」
「何言ってるの、まんばは私の自慢の初期刀なんだから、紹介しないといけないでしょ」
「……」
伏せられていた顔がゆっくりと上げられる。地面を力なく見つめていた目は、今では驚いたように開かれていて。パチパチと瞬きをしている青色と視線がかち合う。昔見たことあるような表情に、いつしか忘れてしまっていた記憶が蘇る。
「ほら、綺麗な頼れる初期刀だって、自慢しないと」
「綺麗とか、言うな」
「……綺麗」
「……っ言うな」
いつの日か、かけた台詞をまた繰り返す。そうすれば動揺する彼の反応が、なんだか嬉しくてまた繰り返してしまう。恥ずかしそうに背けられた顔の後ろで、帰還した際にも舞っていた桜の花びらが一層色を濃くする。その様子がどうしても懐かしくて思わずくすり、と笑ってしまった。
「一緒に行こうね」
「あんたが言うなら……わかった」
「よし、ありがとう」
布を深く被って顔を隠そうとしているが、やはり身体は正直、といったところか。僅かに赤みを帯びている頬が隠しきれていない。そんな彼のまだまだ詰めが甘いところにまた、頬が緩んでしまうのだった。
*
(まーたこんなところにいるの)
(俺なんてどうせ写しだ、ほっといてくれ)
そう言って鍛刀場の建物に背中を預けて地面に座り込んでいる青年の横に並んで座る。彼が来てから、まだ数日ばかりしか経っていなかった日のことである。短刀たちの楽しそうな声が響く本丸で、いつもこうして息を潜めるようにして佇む彼の姿は、どこか寂しそうに見えていた。
(……どうして俺なんかに構う)
(なんでだろうなあ)
しかし、不思議なことにその姿は、陰湿だとか惨めなものには一度も見えたことがなかった。1人寂しそうにいるその姿。不思議とそれは、彼の頭に落ちた桃色の花びらと似合っている。儚くて、それはとても……
(綺麗なんだよね、山姥切は)
*
そう言ったあの時の彼と酷似していた。布を目深に被る赤い線の痛々しい手のひらを、ゆっくりと手に取って歩き出す。
「手入れして、新しい刀迎えた次は何しようかなー」
「楽しそうだな」
「もっちろん」
今度は逆らうことなく私に手を握られたまま歩いてくれる。そんなまんばに振り返って笑いかけてみれば、彼は慣れていないようなぎこちない笑みを一生懸命に返してくれた。