伍.太刀がやって来る

「霊力尽きませんようにどうかもう少し持ちこたえてくれますようにお願いだから倒れたりしないで頑張ってお願いだから生きてぇ……」
「主、大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫」

……多分。





第一関門はクリアだ。手入れの途中で霊力が足りなくなってぶっ倒れてしまうんじゃないか、なんて、半ばヒヤヒヤとしながら行っていたが、なんとか無事に終えることができたようで安堵する。ポンポンしているだけなのに、あれだけ肝を冷やす経験なんてなかなかできるものじゃない。貴重な体験ができた、そういうことにしておこう。

「鍛刀、誰が来るかな」
「どうだかな」
「太刀、来てくれるといいなあ」

無事任務を遂行させた自分に、ご褒美としてほっと一息つきたいとこだが、そろそろ鍛刀が終わる頃だ。鍛刀場へ向かうべく、まんばと並びながら歩く。ポカポカ暖かい日差しが本丸を照らし、温もりを帯びた風が頬を撫でて、心地が良い。正しく小春日和だ。そういえば暫く時計を見ていないが今何時ぐらいだろう?体感的には昼過ぎあたりな気がするが。しかし、気になったところで腕時計も持たずに、壁がけ時計すら用意していない本丸では、それを知る術はなかった。

「太刀がほしいのか?」
「うんー。今はまだ手当ても少ないし、顕現している刀剣も少ないから。霊力余っているうちに大きい子も欲しくてね」
「余っているうち……?さっきの手入れの時と言い、もしかしてあんた……」

「ああー!あるじさーん!やっと見つけた!」
「もう、探してたんですよー」

本丸の影から出てきた2人の人影が見えたと思った瞬間、こちらに気が付きパタパタと駆け寄ってくる2人。乱の弾むような声を聞いて、まんばが言葉を中途半端に飲み込んだ。2人はいつの間にか動きやすい格好に着替えて来たらしくて、身軽そうな内番衣装に変わっていた。解せない、私なんてまだ袴なのに。

「まんばの手入れしてたんだ、ごめんね」
「やっぱり、じゃあ入れ違いだったんですね」
「これからどこ行くのー?」
「これから新しい刀のお迎え行くんだよ、2人も行く?」

問いかけを食い気味に「わーい!」と飛び跳ねながら喜びだす乱ちゃん。行く気満々といった様子ではしゃぐ彼。流石、短刀。元気がいい。鯰尾に向かって乱が屈託ない笑顔を向けると、彼もそれに応えるように優しく微笑み返す。その様子を見てどこかほっとした。

「もう2人共すっかり仲良しだね、流石兄弟」
「え?そうですか」
「もう!兄さん!そこは自信を持って肯定してよ!」

ぷくっとあどけなく頬を膨らませている乱ちゃんに、鯰尾は悪戯に赤い舌をだしてごまかしている。その様子に思わずふっと息が零れた。やはり、兄弟というものはいいものだ。それと同時、自身の無力さに虚無感を覚える。私の霊力の低さでは、この子達の兄である一期一振を迎えることは当分できないことを、不意に思い出してしまったのだ。

「……主、どうした?」
「うん?なんでもないよ」
「……そうか」

隣でずっとこちらを見ていたのだろうか、不意にかけられた言葉に心臓が跳ねる。取り繕って笑い返せば、布のせいで影のかかった青葉色の瞳が、どこか納得いっていないように視線を落とした。

「心配してくれてありがとう。大丈夫だから、ほら。俯かないで」
「別に俯いてなど……」
「ほら、にーって笑って!」
「な、おい!やめろ!引っ張るな!」

無理矢理に笑わせようと、色白く贅肉のない頬の両側を引っ張ろうとすれば、伸ばした手を振り払うようにして抵抗される。それでも懲りずに手を伸ばしていれば、鬱陶しそうに私の手を抑えてくる。しかし、その手首を握る力は動きを封じる程強いけれど、痛むほどではなかった。

「何いちゃついてるんですか、あんたら」
「私たちも仲良しだから。ねー、まんば」
「違う……!」
「山姥切さん、違うって言ってますよ」
「えぇ、つれないな」

ついに両腕を拘束されてしまい、すっかり身動きがとれなくなってしまった。為すすべなくまんばを見れば、そんなこと知ったことか、と言わんばかりにぶっきらぼうに視線を逸らされる。

「むぅ……ところで鯰尾、何で着替えちゃってるの?」
「動き回って汗かいちゃったんで」
「さっき私にあんなこといってたくせに」
「俺は主と違って暇なので」
「ずるい」

ああして出会い頭に兄弟喧嘩していた鯰尾と乱だが、今は顔を合わせて悪戯っ子のように笑いあっている。元々鯰尾は世話を焼くのが好きな子であった。世話を焼く対象である弟たちがいなくて手持無沙汰なところがあったのだろう。鯰尾もなんだかんだ本丸の変化が寂しかっただろうから、こうして兄弟と出会えて仲睦まじい様子を見ると安心する。

「ほら、新しい人迎えに行くんでしょ!あるじさんはやくいこう!」
「おう!」
「なっ!?」

いつの間にか拘束が解かれていた手をぐいぐい引いてくる乱ちゃんに、反射的にまんばの手を反対の手でつかむ。そうじゃないと来ないような気がしたのだ。そうしないと、なんとなく。

「おい、俺まで巻き込むな!」
「あ、ちょうど後10秒ですよ」
「良かった間に合った」
「おい!聞け!」

なにか言いたそうなまんばは、きっと照れているだけだと思うので、手はそのまま引っ張り連れていく。先頭を歩いていた鯰尾が電子板を指差して出した言葉によかった、間に合った、と安堵した。7、6……ゆっくり減っていく数字に思わずごくりと喉を上下させ見守る。

「……来ますよ」
「楽しみ〜誰だろう」

兄弟揃って、同じように目を輝かせながら扉を見つめている2人に思わず笑いそうになる。長い髪といい大きな瞳といい、その中性的な容姿自体がそもそも似ているので、同じ表情をされるといよいよあまりのそっくり具合におかしくなる。一方でまんばは、頑なに離そうとしない繋がれた手にか、溜息をつきながら、私の後ろで静かに鍛冶場を見守っていた。

「まんば、楽しみだね」
「……俺は別に」

見上げたまんばはこちらの視線に敏感に気づくや否や、布を引っ張り顔を隠してしまった。流石に引っ込み思案な元来の性格を正すにはまだ時間がかかるか。皆が鍛冶場の入り口に視線を送る中、ぴったり電子板の数字が0になる。出来れば太刀が来てくれますように、と密かに祈りながら見守っていると、ふと、扉がズズズと音を立てて開かれていく。

「おっわ、な、なんだなんだ!?」
「わぁー!!」

開かれた扉の先には、金色の長髪を暖かな春風に揺らしている刀剣男士の姿があった。新たな顔に、乱ちゃんが嬉しそうに歓喜の声を漏らす。

「お、お前が主か?」
「いやこっちこっち」
「え?!あ……え?女子が2人……?」

何となく予感はしていたけど、やっぱりそうなっちゃうよな。乱ちゃんを視界にとらえるや否や、乱ちゃんに向かっていく獅子王が、自信ありげに放った台詞に慌ててツッコむ。恐らく0人中10人が女子と答えるであろう彼を見て、一目に“刀剣男士”だと判断するのには中々の観察眼が必要だろう。

「この一見女の子にみえるのは俺の弟ですよ」
「ふふっ、乱藤四郎だよ」

よろしくねっ!そう言いながら乱ちゃんが満面の笑みを浮かべて内番姿の衣装をめくり、その中からゆっくりと本体の短刀を取り出して見せる。それに獅子王はぎょっとしたような表情を浮かべた。

「あっちの女子ってわかりづらい方が主ですよ」
「鯰尾、あとで覚えておけよてめぇ」
「え!?あ……へ?!」

何のためにこちとら動きづらい袴で一日過ごしていると思っているんだ。乱ちゃんの放つ美少女オーラにかき消されて、袴にも拘らず審神者として認識してもらえてないではないか。乱ちゃんが戦闘衣装ならまだバレなかったかもしれないのに。不満を抱きつつ煽ってくる鯰尾を睨みつければ、彼は此方に向けて毒気のない笑みを浮かべてくる。絶対確信犯だアイツ。

「あぁーっと……主、悪かった」
「いや君は悪くない、それよりも本丸へようこそ」
「俺の名は獅子王。黒漆太刀拵も恰好いいだろ!活躍すっから、いっぱい使ってくれよな!」

へへっ、と声を出して笑うのは、太刀の獅子王である。望み通りの太刀が来てくれたことに内心ガッツポーズを取った。願ったり叶ったりの展開に心の中で喚起しながらも、ふと、とんでもないことに気が付いてしまう。

この本丸には料理できる人がいない。





「空、野菜大体切れたよ」
「主さん、お皿だしてきたよ〜」
「2人共ありがとう〜」

炊飯器、あっちの本丸からこっそり持ってくればよかった。ご飯の炊き方からかまどの使い方まで、色々とちんぷんかんぷんで目が回りそうである。必死にタブレットで検索を掛けてご飯の準備を進める。

「この野菜で何作るんです?」
「もうそのまま炒めてしまおうかなって」
「ははっ、雑!わかりました俺やっちゃいますね!」
「兄さん僕も手伝うよ!」

もうこの際それっぽくなればなんでもいいのではないか、なんて。女子力の欠片もない発想に陥りながら答えれば、私のガサツさに慣れている鯰尾はいつものことだと笑いながら再び刻まれた野菜の方に戻っていく。呆れられたような反応でないのは嬉しいが、これはこれでぐさりと刺さるものがある。

「おい、食卓の用意ができたぞ」
「まんばありがとう!流石やればできる子」
「別に、ただ動かしただけだ……。それで、あとはどうすればいい」
「じゃあついでに机拭いてもらおうかな?」
「わかった。……どれを使えばいい」

その言葉にハッとして辺りを見渡す。そういえば布巾出してなかった。たしか先ほど乱ちゃんが食器をだしてくれた段ボールの中に一緒に詰めてあるはず。そう思い玄関の方へ足を向ける。

「あ、それならそこにまとめておいてありますよ」
「鯰尾やるじゃん、どうしたの」

彼が指を差すところに数枚積み重なってある布巾を見つけて、思わず声を上げる。スムーズな仕事ぶりと言い、気の利く対応といい、流石、私の近侍をよく務めていてくれただけある。いつものえらいもの投げているイメージややんちゃっ子な鯰尾と同一人物とは思えない。

「へへ、見直してくれました?」
「うんうん」
「良かったね、お兄さん」
「うるさい」

ひどい!褒めただけなのに!なんて可愛らしく怒る乱ちゃんと、そう見えなかったと顔をそむける鯰尾の間で、可愛らしい兄弟喧嘩がはじまる。その賑やかな横をそっと通り抜ける。

「これで拭いてもらってもいいかな?」
「わかった」
「そこで濡らしてね」
「そうか、ここだな」

真っ赤なジャージを身に纏っているまんばが、ゆっくりと蛇口を捻ったのを確認して中途半端なままにしてあった釜の元に戻る。あまり目立つことを好まないまんば、もしかして赤く派手な格好は好まないのではないか。そう思い、色違いのジャージもある中から好きなものを選んでもらったのだが、まんばは即座に赤色を選んだ。意外に彼は情熱の色ともいわれる赤色が好きなのかもしれない。前の本丸でも国広兄弟はみんな赤を着ていたし、意識せずに通じているものがあるのかもしれないな。そう思うと自然と頬が緩んだ。

「わっ、わわわわ主!主!」
「ん?」
「なんかぶくぶく溢れそうだぞこれ!?…あちっ!?熱ぅ!?」
「いやあ獅子王大丈夫!?!?」

しまった、彼にお味噌汁見張っているように言ってそのままにしていたのを忘れていた。沸騰させない料理と記憶している味噌汁があふれ出るほどに煮えたっていることにも驚いたが、言いつけ通りにそれをずっとひたすらに見守っていた獅子王もびっくりだ。想像してみると面白いのだが、そんなこと言っている暇などなくて。溢れたお味噌汁の対応や火傷してしまっただろう獅子王の手入れだったり、することはまだまだ山済みなようだ。これは、夕食が出来上がるのには到底こないのだろうと思うと、少し泣きたくなった。
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