陸.審神者はお留守番

「じゃあ、今日はまんば隊長の4振で出陣してもらうね」

前の本丸では、朝食をとってから今日の予定を発表する、というのが日常になっていた。長年続けていたその習慣に倣うべく、朝ご飯を食べ終わって和気あいあいとそれぞれが雑談を楽しんでいる中、口を開く。そうすれば、みんな会話を止めて耳を傾けてくれた。以前の本丸は、人数の多さ故か、静かになるのに時間がかかったのだが、少数だと面白いぐらいにピタリと静まって気持ちが良い。

「何を期待しているのやら」
「誉、取って帰っておいで」
「写しの俺に……そんなことを期待しても…」
「そんなこと言わないで、期待してるよ」

食卓を一緒に囲んではくれるものの、少しみんなとは距離を置いて座っている山姥切の姿。目を伏せながらぼそぼそと、まるで呪文を唱えているかのようにしゃべっている。そんなまんばに声をかければ、彼は此方をチラッと見ただけで、すぐに布を目深に被って顔を隠してしまった。

前の本丸で刀剣男士達への接し方や触れ合い方は多少なりとも学んできたつもりだ。私たち人間よりも遙かに長い時を刀として過ごしてきた彼ら。その腹の中にあるものも、性格も、簡単に変えられないことなど重々承知している。1日やそこらで変わりなどしないことは理解しているつもりだ。しかし、この接し方でいいのか、明らかに距離の感じる彼の対応に、自信が無くなってしまいそうに思う時がある。

「まんば、隊長で良いかな?」
「……あんたの命令だからな」

その瞬間、桜の花びらがひらり。表情の見えない彼の後ろにうっすらと現れた。

「えぇー、俺隊長が良いな?」
「獅子王は今日が初陣だから、今回は我慢してね」
「ちぇー」

「隊長さん、しっかり指揮とってよね!ボクたち戦闘経験ないんだから!」
「あ、あぁ……」
「頼んだぜ山姥切国広隊長!」

離れた位置にいる山姥切を、挟むように獅子王と乱が詰め寄っていく。焦るかな、困るかな、と少しばかり肝を冷したのだが、眩しい笑顔に囲まれたまんばは、困惑しながらも、その背中を舞う桃色の花びらを一層濃いものへと変化させた。その様子に、思わず笑みが零れる。遠く感じるこの距離が全く縮まらないように見えても、実はゆっくりと距離が近づいているのかもしれない。白い隔たりを使い2人の笑顔とかくれんぼしている隊長を見ながら、今はまだ、布でガードされるままでもいいかな、そう思えた。

「4振……ってことは、全員ですか?」
「うん、鯰尾も今日は出陣してもらうよ。良かったでしょ」

昨日、あれだけ戦いたそうにうずうずしていたのだから。念願の出陣に、よっしゃ!と言ってはしゃぐのだろうと思いきや。鯰尾は浮かばない面持ちのまま、何かを考え込んでいる。

「どうした?なんかあった?」
「うーん、空1人で大丈夫?」

その言葉に目を瞬かせる。

「別に大丈夫だよ?」
「そっかぁ、あるじさん本丸で1人ぼっちになっちゃうもんね……。ボクも一緒にお留守番してあげようか?」
「いやいい。それはいい」
「ちょっと、鯰尾兄さん!僕は主さんに聞いてるの!」

間髪を容れずに鯰尾が首を横に振れば、それにキッとした視線を向ける乱ちゃん。最初こそよくある可愛らしい兄弟喧嘩だと思って、笑いながら見守っていたが、なんだか段々と仲が悪いように見えてきた。あれ?もともとこの二振りってこんな感じだったっけ?こうして言い合っているところをそもそも見たことがないような気が……。悠長にそんなことを考えていれば、にらみ合っている二振の間に、慌てた様子の獅子王が割り込む。

「2人共落ち着けって。せっかく出陣できるんだしいいじゃねーか!」
「うんうん、怪我のないように気をつけて行っておいで」

ナイス獅子王。伝わるかどうかわからないが、両方の手のひらを合わせ、控え目にお礼のポーズをしながら獅子王を見つめる。すると、私の視線に気が付いた獅子王は八重歯が見えるほどに二カっと大きく笑うものだから、危うくときめきそうになった。

「鯰尾も、みんなのことよろしくね」
「わかった……。けど、無理しないで下さいよ?勝手に万屋とか出掛けたりしちゃだめですからね?」
「そうだよあるじさん。知らない男の人にはついて行っちゃだめだよ?」
「むやみにうろうろしないで、良い子に留守番しててくださいよ」

こいつら……

「私を何だと思ってるのかな?」

無理矢理笑顔を浮かべた頬が、ぴくぴくと引きつっているのが自分でも分かった。喧嘩し始めたかと思いきや、いつの間にか結託している中性的な顔立ちコンビ。これは仲が良い証拠と思っていいのだろうか。

「だって心配なんだもん〜」
「そうそう、頼りないんです」

もうわからない。

「お前達、本当は仲いいのか……」
「え、なんのことです?」
「いや、なんでもない。ところで主」

どうやら疑問を抱いていたのは私だけではないらしい。「今日あんたは何をするんだ?」その質問に、この子今鯰尾から逃げるために私を使ったか?なんて思いながらも、実のところ聞かれるのを待っていたその言葉に、不敵に笑わずにはいられなかった。




それは昨日の出来事。

朧夜に、ふと昼間くらいに式が届いていたことを思い出した。そういえば、自分の上司に当たるおっさんの審神者から「本丸に到着したら必ず連絡寄越せ」とか言われてたな。既に深夜とも呼べそうな時刻になってしまっているが、どうせあのおっさんのことだ、夜中でも酒やら宴やら、何かしらどんちゃんして起きているだろう。重い腰を上げて、和風の建物に不釣り合いな洋風カーディガンを背中に羽織り、縁側へ出る。

『本丸〇〇〇番へ通信を開始致します……』

届いた霊符に力を注いで空へ投げると、光となって月明かりの下輝きながら舞い落ちていく。そして間もなく音声が流れ始め、プツンと電子的な音声と同時に、目の前に向こうの本丸であろう映像が映し出される、のだが。

「……っは!?ちょっと待て!空おいテメェ」
「やっほおっさん、元気してたか」
「元気なわけねぇだろ!今何時だと思ってるんだこのクソガキ!」

自室であろう布団の敷いてある薄暗い部屋を背景に、ぼさぼさになった頭を抑えながら飛び起きたおっさん審神者。白い着物のような寝衣を纏っているおっさんは、明らかに今にも寝るところでしたよ、といった格好で、どうやらおっさんは、丁度おねんねしようとしていたところだったらしい。不意打ちを暗いぎょっとした顔と画面越しに目が合う。

「だって着いたら連絡しろって言ったじゃんか」
「おせぇわ!!」

怒鳴り声に気づいてやってきたのか、忙しない足音がだんだん大きくなってきて、突然バンとふすまを開く音が響く。「主、どうなさいましたか!?」と焦った平野君の声がして、彼であろう白い着物の一部が画面の端に映し出される。

「ごめんねー平野君。相変わらず働き者だね」
「その声、空さんですか。如何してこのような夜も深まった時分に……」
「あぁー……。おっさんの命令?」
「違うわどあほ」

こてん、モニターをのぞき込むように首を傾げた童顔が、画面にでかでかと写り込む。おっさんの寂しい顔を見ているよりも、こうして平野君の美顔を拝見している方が遙かに良い。ひらひらと手を振ってみれば、眉を下げてクスリと笑う平野君にきゅんとした。

「で、おっさん。何の用なの」
「オメェがちゃんとやれてるか心配してやったんだよ、ったく……」
「何も心配されるようなことないけどね」

静かに平野君が、胡坐をかくおっさんの隣に正座する。

「良く言うぜ、審神者きっての問題児がよ」
「どこがよ、普通!普通!」

やれやれと頭を抱えたおっさんを、なだめる様に平野君が背を支えて小さく笑いかけている。その姿にまたも胸がときめく。おっさんがショタコンなのかどうかは知らないが、ともかくこのおっさんの横にいつもいる近侍の平野君が相変わらず天使であることだけは確かであって、これはおっさんがショタコンになってもしょうがないと合点がいく。

「はぁ……まあいいわ、んなことより本題だ」
「心配だからが本題じゃなかったのね、いいけどさ」
「上と掛け合った結果だが、お前の本丸は暫くの間、6振だ」
「はぁあ!?」

刀剣男士達も寝静まっている時間帯にも拘わらず、つい大声を出してしまい咄嗟に口を塞ぐ。暫く流れる静寂に誰か起こしてしまっていないかと耳を澄ますが、幸いにも物音は聞こえてこなかった。ほっと胸を撫で下ろす。自分の審神者らしからぬ霊力のなさは自覚している。何かしら制限が来るとは思ってはいたが、まさか6振だけなんて。これでは1軍を編成するのがやっとじゃないか。

「んな無茶な……」
「しゃあない、お前ほど霊力皆無な審神者今までに事例がないんだ、しばらくの間だけ我慢しろ」





「……せめて7振が良かったなあ」

一度に出陣できるのは原則6振、この大きな本丸で彼らの帰還をたった1人で待つ。人1人が過ごすのにこの本丸は、いささか広すぎるのだ。

現在4振、残る刀剣男士の枠は2つ。流石御上と話し合っただけあり、依頼札を2枚意外きっちり没収する構えである。しかし、不幸中の幸いといったところか、戦場で手に入れた刀は6振越えても受け入れることができるらしい。そうとなれば、やることはただひとつ。6振になってしまう前に依頼札を使い切ってしまうのだ。

どうか太刀や大太刀といった、出陣では手に入れられないような刀を迎えられますように。脳裏を過ぎる昨日の童顔兄弟コンビの微笑み合う姿、そこでぼんやりと思い浮かんだのは、鯰尾の兄やまんばの兄の顔だった。私の粗末な霊力では無理だとはわかっていても、霊力を一生懸命注いで鍛刀する。

「ふぅ……妖精さん、後は御願いします」

額から流れる汗を腕で拭いながら、小さな妖精に話しかけると、満面の笑みでこくこくと頷いてくれた。その姿に安堵して鍛冶場を出ようと歩み始めた時、自分の身体の異変に気が付く。

「身体、重っ……」

おぼつかない足元、身体がだるくてフラフラする。昨日、初期刀まんばと獅子王へ霊力を注ぎ込んでも平気だったから、今日も2振なんて余裕だと思っていたが、なんだかおかしい。揺れる頭を抑えながら壁伝いに電子板へ向かう。真っ先に目に飛び込んできたのは03:18:36の文字。思いがけない数字に目を見開く。それは、私だけが審神者であるこの本丸で拝むことは絶対ないと思っていた時間であった。

膝がガクガク笑いだす。これは気合を入れ過ぎたせいなのか、偶然か奇跡なのか。それは定かではないがこんな時間の刀を鍛刀したのだとすれば自身の霊力はもう空っぽである、それだけは察しがついて。

『審神者様の霊力放出が警戒レベルに到達致しました。緊急システムを作動します』

やっちまった、本丸に流れるアナウンスを聞きながら意識を手放した。
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