捌.鶴丸国永が嫌い

「……さい、起きてください!」

頭上から降りかかる聞き覚えのあるような声。瞼の外に感じる眩しい光にそっと目を開くと、逆光の中、心配そうに此方を覗き込んでいる刀剣男士と視線が重なった。

「おはようございます、気分の程は如何ですか?」
「あぁー……?……長谷部?」
「はい」

容赦なく視界に差し込む眩しい陽の光に目を細め、必然的に難しそうになっているであろう顔を向けたまま、見覚えのあるその名を紡げば、彼はにっこりと目を細めながら返事してくれた。

「貴女様は、この本丸の、そして私の主である御方とお見受けしました」
「その…とおりで……」

覚醒しきれていない頭を働かせて、何が起こったのかを思い出す。確か鍛刀した後、ぶっ倒れて気絶したんだったか。私が目覚めるより先に、鍛刀が完了して、へし切長谷部が出てきてしまい、今こうして目の前にいるんだと察する。

「……ふぁ!?」

ふと身に感じた浮遊感。ハッと視線を下に向けて見れば、明らかに私の足は地にあらず。そこまでわかれば、それは異様に距離の近い長谷部に、横抱きにされているためだ、と気が付くのにそう時間はかからなかった。

「どうなさいましたか?」
「なんで?!なんでこうなった!?」
「なんでこうなった、と言われましても……」

しかし、長谷部は私が困惑している理由がわからないようで、困ったように眉を下げている。

「どうして持ち上げられてるの?!」
「それはもちろん、我が主を地べたなどで寝かせておくわけにはいかないからです」
「そうか、そういえばそうか」

地べたなんぞで寝るやついないよな。主かどうか以前に、人として、地べたは寝る場所ではない。長谷部が顕現され人間の身に初めて陽の光を浴びた瞬間。同時に、人が目の前に倒れている、一見、殺人現場のような光景を見せてしまったのだと思うと大変申し訳なくなる。情けなさから両の手で顔を覆えば、長谷部は一層困惑の色を深める。

「主!どこか痛いところでもありましたか!」
「いや、平気。心は痛いけど、平気」
「心……それはどうすれば治るものか……。っは!?もしや、地べたから離してしまったことはいけないこ――」
「大丈夫、それは助かった。すごい感謝してる。ちょっと待ってね」

それ以上言われたら、今度こそ、心が薄ガラスの如くパリンと砕け散る。

「待てというならいつまでも」

そっと手を外して、抱かれているせいか、至近距離にある整った顔を凝視する。そうすれば、穏やかな笑みをしている長谷部がいて、違和感を覚えた。

(空様!海様がお呼びです)
(空様、何時までそうしているつもりですか)
(主命により強制連行いたします)

違和感の理由は簡単だった。今までに、へし切長谷部という刀に優しく接された覚えがなかったせいだ。どちらかといえばお説教だとか、含みのある笑みを向けられることがべらぼうに多かったため、こうして優しい笑みとか向けられることに違和感を覚えてしまっていたのだ。

「……私の顔になにか付いてますでしょうか」
「いや、ごめん。嬉しいなと思って」

長谷部はてっきり怖いお母さんタイプの刀とばかり思っていたが、こんな顔もする子だったのか。手で口を押さえつつ小さく笑えば、長谷部は言葉をどういう風に受け取ったのか、僅かに頬を染めて目をそらした。

「……ごほん。しかし主。あのようなところに倒れていて、何があったのです」
「そうそう、鍛刀してて……あ、そうだ!3時間20分の刀!」

勢いよく振り返る。そうすると、そこには残り1分を切った電子板があった。あれ、3時間19分も寝ていたのかな?ふと疑問にも思ったのだが、そんなこと気にしている場合ではない。

「長谷部!降ろして!」
「え、ですが主、まだ……」
「大丈夫大丈夫!おかげで元気だから!」

半ば強引に長谷部の腕の中から飛び降りて、速足に鍛治場の入口へ向かう。おぼろげな記憶の中にある奇跡の数字。一見、夢なのではないかと疑ってしまいそうであるが、しかし、それが間違いではないということは霊力不足で倒れてしまった事実が証明している。期待に胸を高鳴らせながら近寄る。一期だったら粟田口の2名は喜ぶだろうし、江雪なら本丸も落ち着いていいなあ。しかし……

「新しい刀の収集ですか」
「そう……」

運がいいことに機動が最速であり、事務作業もできる、へし切長谷部が来てくれた。ここで手先が器用なご飯を作ってくれる刀が来てくれれば最高だ。昨日の粗末な夕餉が脳裏を過る。あと1分、そのあっという間の時間が、恐ろしい程にゆっくりと感じられた。

「長谷部、来るぞ」
「はい」

電子板の文字が0になった。ゆっくりと鍛刀場の扉へと手をかけようと手を伸ばす。その時。

「よっ。鶴丸国永だ。俺みたいのが突然来て驚いたか?」

私がその戸を引くよりも先に、内側から戸が開かれた。ガランと音を立てた先。目に入ったのは真っ白な衣装、金色の鎖の装飾。突然の登場に、頭が追い付いてくれなかった。目を見開いたまま、時が止まってしまったかの如く、びくともせず硬直する私に、真っすぐ笑顔を向けている刀剣男士。ぱちぱち、その金色の瞳が瞬きをしていて、そんな様子をただ、ただ、見つめていた。

「……よっ、驚い」
「ぎゃああああああああああああああああ!!」
「っうぉあ!?」

凍り付いている私に何を思ったのか、笑顔の奴は、再度台詞を繰り返そうとする。その様子にようやく、ハッとして我に返った私は、とっさに足元にあった石ころを、近距離の奴目がけてぶん投げた。

「こ、こりゃ驚いた……」

がむしゃらに投げた石、それをすれすれに避けた鶴丸は、浮かべていた笑みを引きつらせる。ガタンっ、鍛治場の壁に激しい音を立てて石がぶつかった。

「ず、随分と大胆なお出迎えだな……」
「おい吃驚爺、どうしてここにいる」
「そりゃ君が鍛刀したからに……」
「ったく、相変わらず心臓に悪い爺だな」
「君に言われたくないんだが」

よりによって、一番面倒な奴が来てしまった。こいつのために、私は倒れてしまう程の霊力を使ってしまったのかと思うとやるせない。でも、あまり体調は悪く無くて、寧ろ霊力がみなぎるような感覚に気が付き、内心で首を傾げる。

「……ほんとに君、鶴丸?」
「いやいや、今更になって疑われるとは、これまた驚きだな」
「そうよねぇ……」

見た瞬間、石ぶん投げる程敏感に鶴丸の気配を感じ取れたしなあ。そうすれば何故、彼を顕現したというのにも拘わらず、こんなに身体が軽いのだろうか。いくら今まで眠っていたとはいえ、一度は倒れる程にまで失った霊力だ。たった2時間ちょっとででここまで回復するわけ……

「こりゃ驚いたな。まさか空が本丸創設早々、この俺を顕現しちまうなんてな」

刹那、背後から聞こえた声に、反射的に地を蹴った。たった今まで話していた刀と全くの同じ声。されど、どこか落ち着いていて挑発的なその声が、一部の者しか呼ばない空という名を口にする。そうすれば、それが誰か、なんて答えは一つしかないわけで。

「……やぁ、くそじじい元気だったか」
「はっはっは、相変わらず空は元気だな」
「そっちこそ」

それは正真正銘、前の本丸の鶴丸国永、私が大嫌いな刀で間違いない。審神者仲間から譲り受けた木刀を取り出して、勢いよく鶴丸国永に振り下ろせば、それは鞘に収まったままの鶴丸の本体にあっさりと受け止められる。

「俺が……もう1人……いるのか?この本丸」
「主、これは一体……」

勢いよく飛び出した私の背中で、困惑の色を帯びた2人の声が聞こえる。そっとそちらに視線を向ければ、目を丸くしている二振の姿があって、渋々と木刀を下した。

「なんだ、長谷部もいるのか。てっきり短刀達だらけの幼稚園みたいな本丸になってると思っていたんだが。思いのほか頑張ってるな、空」
「うるせぇほっとけ」
「ははっ!相変わらず俺には冷たいな!そこの鶴丸国永、君も災難だったな。こいつは俺のことが嫌いなんだ」
「だれのせいで、こうなったと思ってるのかな?」

怪訝をあからさまに顔を歪めて向き合う。「年中悪戯仕掛けられてたら、誰だってこうなりますわ。誰もが貴様が付いていった菩薩のような寛大極まりない審神者だと思うなよ?」そういえば、鶴丸は悪びれる様子もなく「間違いない」と高笑いをする。

「主……状況を私にもわかるようにご説明頂きたい」
「ごめん。これは鶴丸国永、私の友人である審神者の近侍だよ」
「なるほど。じゃあ君の鶴丸国永は俺だけってことだな!」
「言い方なんかムカつくけどそういうこと」

何だそう言うことか〜。そう言い呑気に頭の上で手を組みながら、こちらへ向かって歩いてくる鶴丸国永。先ほど石をぶん投げられたことに納得がったような口ぶりである。それで私への恐怖心は消えたのか、それともただ単に奴の精神が図太いだけなのか。まるで何事もなかったかのように私の隣に並んでくる。立ち止まると同時に、じゃらん、とその身体につけられた鎖が揺れたのを横で聞きながら口を開く。

「……んで。陸……あんたの審神者は?まさかここまで1人できたわけじゃ……」
「俺ならここだよ」

声の示すまま横を向けば、ニッコリと穏やかな微笑みを浮かべている見慣れた彼の姿があった。律儀に、正式の場で見るような紺色の着物姿をした彼の後ろ。明らか不機嫌に顔を歪めている鯰尾の姿があって、背筋が凍り付いた。
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