「空言いましたよね?1人でも大丈夫だって」
「はい。申し上げました」
「なのに、これはどういうことですか?」
広い、茶の間となる予定の部屋。そこにはまだ、家具も座布団も何も無かった。その中心で、ぽつり、静かに正座していた。目の前には仁王立ちしている鯰尾藤四郎。あからさまに声を低くして怒っている様子の彼を前に、最早、素直に答えるしかなかった。
「はは!相変わらず仲が良いな、あいつら」
「鶴、余計なこと言うのやめなさい」
堂々と覗き込んでいる客人は、最早、隠れる気が微塵もないようで。にやけている鶴丸を横目に睨みつけながらも、ぐっと膝の上のこぶしを握り締めてこらえる。ここで余計な動きをしたり言葉を発せは、鯰尾の逆鱗に触れる可能性が高いことを嫌々学んでしまっているのだ。そのため、大人しくしている私であったが、意識は白い見物人へいっているため、鯰尾の説教などはあまり耳に入らないのである。
*
それは数刻前。空の友人であり、かつて同じ本丸の審神者として共に生活してきた陸は、緊急の入電を受けて、彼女の本丸へと赴いていた。彼らが今いるのは、本丸と本丸を繋ぐ空間。いわばパイプのような間の空間である。電子パネルを操作しながら、陸は連れて来ていた近侍の鶴丸に話しかける。
「空にも回したし、鍛刀中の刀剣にも霊力は回したし……これでいいのかな?」
「ああ、いいんじゃないか」
「あ、あとついでに本丸の維持の方にも回しておくべきか……」
「それもいいが陸、必要最低限の霊力はくれてやったんだ。あとは空の元に行ってやるか、部隊が帰還できるようにするのが先決じゃないか」
「あ……そうか」
審神者の霊力が空になって倒れてしまう、ということは普通の本丸ではほぼ有り得ない。基本審神者は、一定の霊力を持つ者のみが選ばれてなるものである。選び抜かれた多くの霊力を所有した審神者達、そう簡単に彼らの霊力が尽きるわけないのだ。
霊力がからっぽになる。それは、よほどのことがない限り、有り得ない事態であるため、そうなったときは審神者の身に異常事態が起きていると判断される。
故に、審神者の身体から自動で供給されるようになっている鍛刀時の霊力だとか、出陣時に転送するための神力だとかが、中断される仕組みになっているのだ。審神者の生命に危害が及んでしまわないように、そういった力の供給が自動で中断されるようにできているのだ。審神者にとっては常識とも言えるこれらの知識。しかし、大切な友人が倒れたという衝撃的なニュースのせいで、未だに焦りの色を浮かべていた陸は、そのことに気がつけなかったのである。
そのため、今現在、主である空が倒れてしまっているこの本丸の神力は供給がストップされてしまっている。故に出陣している刀剣男士達は、自力で帰還することが出来なくなってしまっているのだ。
「じゃあ俺が迎えに行ってくるから、鶴は先に空のところ行ってくれる?」
「ああ、わかった」
「鶴、ありがとね」
鶴丸の言葉が無ければ、陸は出陣している部隊の存在に気が付けなかった。穏やかな笑顔を向けてお礼の言葉を言う。心配性な鯰尾藤四郎のことは、同じ本丸で暮らしてきた仲である。空程ではないがその性格を良く知っていた。自分の主が倒れてしまった、という報告はきっと出陣中の部隊にも伝わっているはず。そうとなれば、鯰尾は今すぐ彼女の元へ向かいたい、いても立っても居られないのだろうということは安易に想像ができた。
「鶴がいなかったら『遅い!』って鯰尾くんに怒られるとこだった」
「ずお坊は筋金入りの心配性だからな。早く迎えに行ってやろうさ」
「うん。じゃあ、空をよろしくね」
そう言って鶴丸に頼んだ、この時の陸はまだ気が付いていなかった。自分が遣わした近侍である鶴丸国永と、彼女の仲がすこぶる悪いということに。
*
「えぇ〜と、空ちゃんに鯰尾くん。お話し中ごめんね。本丸維持のためのため霊力補給終わったよ」
「ありがとうございます陸さん。ほんと、うちの馬鹿がご迷惑をおかけしてすみませんでした」
「……」
顔を覗かせている陸がぎこちない笑みをしたまま、私達におずおずと声をかける。対して鯰尾は、満面の笑みを浮かべて陸にぺこり、頭を下げた。説教中に宅配便が来てしまった母並みの豹変ぶりである。その様子をじっと見ていると、白い眼をした鯰尾と視線が交わり、びくりと肩が跳ねる。
「ほら、空も」
「ありがとうございました!」
「空ちゃん、そんな頭下げないで?」
「はっは、こりゃ傑作だわな」
「鶴!!」
土下座スタイルの私に慌てて近寄る陸は、私の顔を上げさせようと緩い力で私の肩を持ち上げようとする。頭の上から聞こえてきた陸の鶴丸によるあざ笑うような声にうっすらと殺気がわいた。こいつ、いつか絶対見てろよ。
「ま、まぁせっかく会えたわけだし!鯰尾くんもそこらへんにしておこう、ねっ?」
「そうだぞ、ずお坊。それぐらいにしておかないと、また空が刀剣男士達になめられちまう」
「鶴丸、お前マジで覚えておけよ?」
殺気が薄っすらどころではなくなってくる。
「おいおい、俺は君のために助け船を出してやっているんだぞ」
「その助け舟は泥船か?助けるか貶すか、どっちかにしろ」
「といわれても、本当のことだしな」
「よろしい、ならば戦争だ」
本丸を共に支えてきたもう1人の審神者から託されたおさがりの木刀を握りしめ、立ち上がろうとした刹那。頭にげんこつが降ってくる。ゴツン、遠慮なく降ってきたそれに思わず頭を抱えてしゃがみ込む。同じように叩かれたのか、前方で「いたっ」と鶴丸の声。見上げれば爽やかな笑顔の陸がいて、その背景からにじみ出ているどす黒いオーラ。見た瞬間、背筋に悪寒が駆ける。
「いい加減にしてよ、2人とも」
はい。見事に重なった私と鶴丸の覇気のない返事は、春の麗らかな空気に溶けるように消えてゆく。背後で鯰尾の呆れたような溜息が聞こえた。