Guided by the mirror


 一方、在学生達の興味の的となっていたもうひとつの異例な存在である、魔力の無い今年の入学生であったユウ。彼は自身のことがどこかで噂されていることなどは露知らず、未だに受け入れきれない現実離れしている目前の現状に、ひたすら立ち尽くすしかなかった。

「なあ、お前ら入学式で暴れてた奴らだろ?」
「あ〜っと……?」
「闇の鏡に呼ばれたのに魔法が使えない奴と、お呼びじゃないのに乱入してきたモンスター」

 先ほど親しみのある様子で、石像にされる程讃えられている英雄達のことを教えてくれていた姿とは一転。「やー、入学式では笑いを堪えるの必死だったわ」そう言って、見下していることをあからさまに、嘲笑うような笑みを浮かべている青年。対して、グリムは「なぬ!?しっ、失礼なヤツなんだゾ!」と憤りを露わにしている。一方で隣のユウは、目前の青年エースの変わりように、ただただ驚き、呆気にとられるばかりであった。

「で。結局、入学できずに2人して雑用係になったわけ?ははっ、だっせー」
「にゃにおぉおう……!?」
「それとも何?そっちの人間は、噂の“魔女”みたく、魔法隠し持ってたりするの?まぁ狸は聞くまでもないけどさ」

 放心状態とは、正にこの事。直接話しかけられたことによってハタとするユウであったが、そうしたところで、“魔女”だの“魔法”だの、ピンとこない言葉を並べられたところで返せる言葉は何もない。相変わらず沈黙するユウに対して、察したエースはまた、意地の悪い笑みを浮かべる。

「ははっ、その様子だと残念って感じね!」
「あ、あぁ……」
「しかも“グレード・セブン”も知らないなんて、どんだけ世間知らずなんだよ」

 なんか知らないけどまた馬鹿にされた。“世間知らず”そう言われても、この世界に来たばかりなんだし、ここの住民の常識だなんて持ち合わせているわけがない。そうして内心開き直っているため、冷静な精神を崩さないユウであったが、視線を落とした先で、わなわなと震えている黒い猫を見つけてしまい、嫌な予感が彼の脳裏を過る。

「ナイトレイブンカレッジ来る前に、幼稚園からやり直すのをおススメするわ」

 ぷくくと小馬鹿にする笑いをこぼすエースと、ぐぬぬぬぬと堪える狸ことグリム。これ以上はまずい、と察する。グリムとは、まだ一日ばかりも経っていないほどの浅い付き合いであるが、その短気さと煽り耐性の皆無さは、嫌気が差す程痛感してきた。このままでは、また怒りのままに暴走してしまう。しかし、目前の煽り性能に特化した青年エース。そんな彼がこちらの状況に鑑み、空気を読んでくれるわけもないこともまた、この数分の間で痛感してしまっていた。

「ぐ、グリム。どうどう」
「ちょっとからかってやろうと思って声をかけたけど、色々と予想を超えてたね」
「ちょっと……」

 これ以上はやめたげて。そう思いつつ戸惑い気味に声をかけてみるも、エースの追撃はやまなく。

「んじゃ、オレは君たちと違って授業あるんで!せいぜい掃除頑張ってね、おふたりさん」

 そうして、踵を返そうと、エースが片足を後ろへ下げたときであった。

「コイツ〜!言わせておけば!もう怒ったゾ!!」

 あぁ、もう。やっぱりこうなった。

 襲い掛かる小さなモンスターに対して、エースは驚いたように目を見開き、間一髪でその青い炎を躱す。こうなってしまえば、事態は悪化する一方。既に戦いの火ぶたが切られたとなれば、魔法も戦う術も持たないユウにとっては、もはや止める術がないのだ。そうとなれば、もはや、戦意喪失である。目前の出来事は成り行きに任せたとして、そこで、ふと気に掛けるのは先ほどのエースの一言。

“そっちの人間は、噂の“魔女”みたく、魔法隠し持ってたりするの?”
 
 噂の魔女。その人物のことなど、この世界に放り込まれてから間もないユウが知っているわけもないのだが、彼にはそう呼ばれる人物に関する心当りがあった。





 それは昨日、訳も分からないまま、学園長クロウリーに導かれ、闇の鏡と呼ばれる鏡の前に立つよう促されたときのこと。

「汝の名を告げよ」
「……ユウです」
「ユウ……汝の魂のかたちは……」

 魂……?かたち……?なにそれ?

 瞬きをしながら見つめる目前の不思議な鏡。本来鏡というものとは、自分の常識が間違っていないのであれば、光の反射によって向かい合っているそのままの景色や様子を映し出すものだったはず。なのにもかかわらず、目の前の“闇の鏡”と呼称されたそれが映し出すのは、目の前に立っているユウの姿ではない、謎の男の顔だけであった。

「……わからぬ」

 いや、わからないのはこっちなんですけど。と声を発したいのはやまやま。しかしながら、訳も分からない静まり返った場所で口を開く勇気など、彼は持ち合わせてはいなかった。

「この者からは、魔力の波長が一切感じられない……」
「魔力……?」
「色も、形も、一切の無である」
「……なんですって?」

 訝し気に呟いたクロウリーの横で、どこか冷静な顔つきのユウ。そりゃそうだろ。こちとら一般人だぞ。勿論、心の声である。

「よって、どの寮にもふさわしくない!」
「またですかあ!?」

 魔法の使えない人間を黒き馬車が迎えに行くなんてありえない、生徒選定の手違いなどこの100年で、ただの一度しかなかったはず。そう叫ぶクロウリーに対して、もはや、わからないことだらけの現状に思考を停止させたユウは、あ、一回あったんだ。だなんて淡白な感想を抱いているだけであった。





「その爆発頭をもっと爆発させてやるんだゾ!」
「爆発頭ぁ〜?へぇ、オレとやろうなんで良い度胸じゃん」
「そっちこそ、全身チリチリのトイプードルにしてやる」

 そうやって、思い出している間も、彼らの闘争心はみるみるうちに膨れ上がっていっている様子。じゃれ合う分にはいいが、その拍子に他の人や物なんかを傷つけたりしなければいいが……。





 そういえば、趣深い屋敷に案内された際、巡り合ったゴースト達もそうだ。オンボロ寮の一角にある、磨かれ整えられた廊下の先にある綺麗な扉。あちこちが埃をかぶり汚れている屋敷の中で、人の手が加わったことが明らかなその一角の異質さは、寧ろ不気味にすら思えた。カギで固く閉ざされているそこに歩み寄ろうとしたとき、追い払ったゴーストが、再び大慌てで戻ってきた。

「ここはやめてくれ!!」
「そうだ!そうじゃないと俺たちが怒られちまう!!」

 しかし、掃除のされていないホコリと蜘蛛の巣だらけの上、雨漏りすらあるオンボロ屋敷である。できれば、綺麗なところで休みたいのは誰だって皆同じ。ゴーストには目も向けず、無理やり入ろうとするグリムであったが、それを止めたのは「ああ、そういえば」と言って再度現れたクロウリー。赤子の手をひねる如く、そのしっぽを無慈悲に掴み上げ、指し示すのは綺麗な扉。

「その扉、前からこの寮に住んでいる人のテリトリーなので」
「前からこの寮に住んでいる、人……?」

 どこの寮にも所属できなかったのは僕だけじゃなかったのか。その意も込めて思わず疑問を口にしたユウに対して「ええ、そうです」と当たり前の如く端的な返事するばかり。「離すんだゾ」ぴいぴい喚いていたグリムが解放され、ぐるりと体を翻らせて着地する。

「彼女、もうすぐ帰ってきますから、くれぐれもそこの先には踏み入れないように」
「なんでだゾ、今いないなら俺様が使ったって良いんじゃねーのか?」
「駄目ですよ。彼女も彼女の連れも、怒ると大変怖いんです。住居であった寮に何の許可もなく貴方達を投入した挙句、勝手にプライベート空間である部屋に入れました、なんていったら後で一体何言われるか分かったもんじゃ……」

 ぶつぶつ、何かを呟くその声の全てを聞き取ることは、凡人であるユウにはできなかったが。あまり良いことをいっていないのは何となく察することができた。「とにかく!その部屋に入るようなことがあれば先ほどの話は無しです!即刻退学!いいですね!!」言うや否や、逃げるように姿を消してしまった学長に、どこか焦燥感のようなものを感じ取れたのは気のせいではなかったはず。





 これらの出来事は、その“魔女”と称される人物となにか関連があるのだろうか。そう考えを巡らせているユウの目前に、突然、大きな炎が巻き上がる。あまりの勢いの良さに、思考は強制的に現実へ戻される。当たる位置ではないにしろ、普段このようなシチュエーションに遭遇することなどなかった彼は、思わず脱兎の如く飛び下がる。しかし、その炎はエースの巻き起こした風により、大きく進路を捻じ曲げられる。安堵したのも束の間に、その炎は風邪の向くまま、ハートの女王の石像を呑み込んでしまう。

「こらー!何の騒ぎです!」

 どうやら、もう一波乱ありそうだ。

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