「いやぁ〜、魔女と休み時間をご一緒出来るなんて光栄っスわ〜」
「うっさいわ、確信犯め」
「確信犯?なんのことっス?」
「とぼけないでよ、逃がす気なんてなかったくせに」
よくわかんないっス、そう言って再びしらを切る彼を横目に、人通りの少なそうな中庭の一角、ベンチを見つけて腰を下ろす。こうして身を完全な男性に変化させて過ごしていると、改めて男女の差、というものが身を通して痛感できる。異世界トリップといい性転換といい、本当、いつも当たり前だったものが反転するときのストレスといったらない。人魚が初めて陸へ上がるときも、こんな感じなんだろうか。ぐだっとベンチに身体を預ければ、押し寄せる疲労感から、どれだけ身体に負担がかかっていたかがよくわかった。
「何か用でもあったわけ?」
「これといった用はないっス」
「そうか。帰っていいか?」
「そう邪険にしないしないでくださいよ、久々に会えた友達と話したいだけっスよー」
「へぇ……」
彼の口から本心を聞き出すことが至難の業だということは、あまりにも今更過ぎることなのでもう気にしない。春風に揺らされてざわざわと揺れる木々の音に耳を傾ける。よりによって一番厄介なやつに見つかってしまったんじゃないか。
「にしても、よく私だって気が付いたよね」
仕草や歩き方も口調も、男らしくなるよう俳優ばりに気合いを入れて演じていた。その完成度と言えば、生れたときから男です、と言われても疑いようのない演じっぷりをしていたと我ながら自負している。容姿に関しては魔法石のおかげではあるが、事実上完全な男性になっていた。魔女である私の面影などなかったはず。まだベンチには腰を掛けず、目前で悠々と背伸びをしている彼へ素朴な疑問を投げかけると、その耳がピクリと動く。
「シシシッ、なんたってハイエナなんでね」
「それは知ってるけど」
「一般人のそれよりも、聴覚だけじゃなく、嗅覚だって優れているんスよ」
得意げに鼻をこする仕草をしてみせた彼。ってことはつまり、流石の魔法石をもってしても匂いなんかはカバーが出来ないと言うわけか。
「アンタとは席も隣だったし、性別からか魔力無いからかは知らないけど、随分と周りとは違う匂いがしてたっスからね。よく覚えてたんスよ」
「変態じゃん」
「よしてください、俺にだって選ぶ権利くらいあるっス」
「あ??」
目くじら立てる私を他所に、何が面白かったのかゲラゲラ笑うラギーに殺気がわく。相変わらずサイズのあっていないせいでダボダボな制服の落ちてきた袖を上げ直しつつ、ラギーは私の隣へとようやく腰を下ろす。
「まあでも、結構探しはしたっスよ」
「別に探さなくて良かったんですけど」
寧ろ放っておいてほしかったんですけど。
「2年生エリアいくら探してもいないからおっかしいなと思ったんスよね」
「まぁ……」
「今年の1年生にも魔力の無い奴がいたって話を聞いて、まさかなぁ~と思って捜索範囲広げてみたんスけど、どうやら正解だったみたいっスね」
「魔力の無い奴がいた……?そう」
しかし、それは恐らく私とは関係ないだろうな。直接学園長へ交渉しに行った結果、復学が決定した身の上であるから、今年はあの鏡の采配を受けてはいない。今年の同級生である面々も、私に魔力がないことは認知してはいないはず。となると、別の人間で魔力のない子が入学してきた?入学式出てないからわかんなかったなあ。
「あれ、それは心当たりないって感じっスか?」
「うん。……ないね」
「あれ、そうなんスか?……まぁ結果オーライてことで。見つけられたんで何よりっス」
「全然何よりじゃないんですけど」
寧ろ、もらい事故的な感覚である。
「まぁた、んなこと言っちゃって〜。独りぼっちじゃどうせ寂しがるの知ってるんスからね」
「たかが1か月の付き合いで君は私の何を知っているというのかね?」
「これでもアンタのことはこの学園の中じゃよく知ってる方だと思うっスけどね」
知ったような口を利く彼の口ぶりが少し癇に障って、食い掛ってみるも、彼はそんなことで動じないとばかりに相変わらずの様子で次の句を口にする。
「魔女が帰ってきた。そんな何の根拠もない噂に踊らされるなんて、自分でも正直馬鹿馬鹿しいとも思ったんスけど」
「そう、じゃあ探さなきゃよかったじゃない」
「でも、俺が探さなきゃ、隠れ上手なアンタのことなんて、きっと誰も見つけられないでしょ」
ふと、春の暖かい風が自身の見慣れない男性の髪を揺らす。それで良かったんだけど、むしろそれが狙いなんだけど。そうして眉をひそめる私に、隣のラギーは気付く気配のないまま話を進める。
「一時期、注目の的になっていたとはいえ、実際に知れ渡っていたのはあくまで“魔女”の名ばかり。実際にアンタの姿形を知っているのは限られていた。その上、声や匂いを知ってる者はほんの一握り」
ほんと、用心深いところは本物の魔女様さながらっスよ。そう茶化される。
「そうと来たら、親友の俺が立ち上がらないわけにはいかないっしょ?」
「どういう理屈、それに何時から親友になったの」
「あれ、違うっけ?」
「1か月お隣だっただけの関係でしょ」
そうして切り捨てれば「ドライっスね〜」とまた茶化される。そう言っている自分だって、腹の中は随分と淡白な性格をしているくせに。ふぅっと大きく息を吸い込んだ。
「……ラギー、そういうのなんて言うか知ってる?」
「ん〜、親切?やだなぁお礼なんていらないっスよ〜」
「違うわ、余計なお世話って言ってるの!」
実際、彼の言う通り。私のことを実際に知っている者はわずか一握り。それは私もよくわかっていた。だからこそ、わざわざ魔女に結びつくような容姿性別を隠して帰ってきたのだ。再び注目を浴びて騒ぎ立てられたくないのもあった。それともうひとつ、もともと私を知っている者たちから離れたかった、というのもある。
「気にかけてくれたのはありがとう。でもそれだけ。これ以上は迷惑」
「……」
「魔女はいないの、もう、どこにも。……いないの」
「アンタ……」
「いいね?」
何かを言いかけたラギーの言葉を無理やり遮る。多少言い過ぎたようにも思えたが、飄々としている彼のことだ。きっとこれくらいはっきり言わないとわかってくれないだろうし、これだけのことで傷ついたりなんかしないだろう。出かけた言葉を呑み込むようにして口をゆっくり閉ざしたラギー。その表情からは先ほどまであった笑みが消えていた。風の音だけが聞こえる空間で胸に刺さる罪悪感。しかし、悪いなんて思ってはいけない。彼が親切心だけで動くような人ではないことなど、すでに分かりきっている。
「……はぁ」
ため息をついたラギー、この子は相当ずるがしこい子だ。一文無しでオンボロ寮に放り込まれて絶句していた私に、一緒に片づけを手伝ってあげると言った後、唐突にマドルを請求してくるほどに。そうだ、忘れちゃいけない。弱みを握らせてはいけないタイプの子なんだ。油断は禁物。
「もうちょっと、信じてくれたっていいじゃないスか?」
「信じてるよじゅうぶん、君の邪知深いことは」
「あぁ〜……こりゃ参ったなぁ」
頭を抱えてベンチの背にもたれかかる横で、ゆっくりと腰をあげる。
「じゃあ、私は行くから」
「えぇー、もう行っちゃうんスか?」
「うん」
じゃあね、そう言って去ろうとする腕を、後ろからガッと勢いよく掴まれる。
「まぁ待った待った。焦りは禁物っス」
「焦ってはいないけど、何さ」
「せっかくこうしてまた会えたわけなんだし、もう少しゆっくり話しましょうよ」
その台詞に自身の顔が一瞬歪んだのが自分でもわかった。彼はすました顔で、まるで何事もなかったかのようにベンチに座るように手を引いて促してくる。間接的に、関わらないでほしい、そう言ったつもりなのに。またすっとぼけては誤魔化してしまうつもりなんだろうか。
「ねぇ、人の話聞いてた?」
「えぇ、聞いてましたよ。しっかりと」
冗談めいた重さの無い台詞、なのに、真っすぐな目はどこか真剣な色をしていて。
「アンタが素性を知られたくないのはわかったっス。だけど、よく考えてみてよ。たかが俺みたいな一生徒と関わってるだけで、今のアンタが魔女だってバレるはずがないでしょ」
「わかんない。だってラギーは、訳ありな人の傍にしかいないじゃない」
「それは心外っス。言ったでしょ、俺だって人を選ぶって」
「だからよ。いつも変人ばかり選んでるんでしょ」
パチパチ、その瞳が瞬く。
「それ、自分の首絞めてないっスか」
「私は変人じゃなくて紅一点な部分が変わってただけ!」
「あぁ〜はいはい、そうッスね」
あんな変人共と一緒にされてたまるか。声を大きくしてしまえば、うるさい、と言わんばかりに、頭部にある大き目の耳をぺたんと髪にくっつく程抑えつけたラギー。そこまで大きな声出してないんですけど。心外なその行動に眉をひそめると、彼はくすり、と小さく笑った。
「ともかく、俺との関わりを完全に断つ必要はないよねって話」
「それは……」
「せっかくできた友達なんス。もう関わらないなんて、寂しいこと言わないでよ」
あれ、今……。思わず言葉をなくす。
「ね?味方は少しでも多い方が良いっスよ」
「どの口が……味方って……」
「そういうこと言わないの」
ふい、と視線を反らした。気のせいだろうか、いまは笑っているラギーの顔が、一瞬、本当に寂しそうに沈んだ気がしたのは。ちらっと再度視線を向けてみるが、いつものように弧を描く垂れ目と視線がかち合うばかりで、その様子から真意を察することはできなくて。
「まぁ今度、旅の話でもゆっくり聞かせてほしいっス」
「……うん、わかった」
「じゃあ、また」
そういって勢いよく立ち上がって「そろそろ、レオナさん起こしてくるっス」言うや否や駆け出すラギーの後ろ姿をぼけっと見送る。もうそろそろお昼休みも終わってしまう。少しばかり早い気もするが教室に戻っておこうか。2年に進級したラギーとは違い、私が戻らないといけないのは1年生の教室。実質、留年ということになるが、学業とは無縁だった1年間を過ごしていたせいか、やりなおすという感覚がまるでない。気分はぼ新入生と変わりがないのだが。
「あ、やっちまった」
昼ご飯、食べ損ねた。唐突に気が付くがもう遅かった。チャイムが鳴るまで残り僅か。やはりラギーの腕を振り切って食堂にいくべきだったと後悔した。
*
「魔女はいないの、もう、どこにも。……いないの」
「アンタ……」
本気で言っているのだろうか。真意と聞く暇もなく「いいね?」そう釘を刺す彼女、否、彼の表情は真剣そのもので。あ、マジなんだ。そう察する。しかし、ニアが1か月ばかりの付き合いでラギーの狡猾、利己的な部分に気が付いたのと同じように、ラギーもまた、彼女の本質的な一部分を1か月の間で把握してしまっていた。
「どうせ、すぐバレるんだろうけど」
思い出してはつい口角をあげる。見た目も性別も変わってしまった彼女であるが、相変わらず1年前と同様に面白い人間である。何かと不器用な彼女のことである、きっとそう遠くない未来で、彼女の素性は公に知れ渡ることとなるのだろうと、青年は高をくくっていたのだ。
「……面白くなってきたっス」
それでも、いざという時のために保険も張っておいた。これであからさまに避けられることはないだろう。そうして駆けるラギーは、満足そうでいて、悪い顔をしていたのだった。