Get into trouble


“グレード・セブンの石像が焦げたらしいっスよ”
“一体どこのやんちゃな1年生の仕業なんスかね”

 あの野郎、いつの間に私のトークアプリ勝手にいじっていやがったんだ。おそらく先ほどの昼休みの間だとは思うが、本当に気の抜けない。同じスラム育ちという境遇ではあるが、あそこまでの手癖の悪さは中々であると思う。……とはいっても世界が違うから、こちらのスラム事情についてよくはわからないけれど。“言っておくけど私じゃないからな”それだけ送ってスマホを閉じた。なんだかんだ返事をしてしまう自分もどうなんだろう。複雑な心境のまま文明の利器へと目を落とす。初めは何これ?魔法道具?と、そのあまりのも便利さに感動を超え恐怖すら覚えていたスマホとやらの扱いも、今となってはかなり慣れてしまっていて、当たり前の如く日常の中で活用している。慣れ、というものもつくづく恐ろしいものである。

 空腹のまま、ようやく午後の授業を乗り切った頃にはもう腹ペコで。お腹と背中がくっつくぞ、だなんて迷信だと思っていたが、強ち嘘ではないんじゃないかと思うほどには腹部の空虚感が物凄いのだ。歩けこそするが、頭の中は食べ物のことで一杯。なんとなく想像こそついていはしたが、女の身体よりも男の身体というものは存外体力を消耗するらしい。きっとその分、腹も空いているんだろう。そんなことばかり考えていたからか、目の前に忽如現れた人影、咄嗟に反応することができなかった。

「……っ」
「おわっ」

 しまった。そう気づく頃には既に手遅れで。

「ごめんな、大丈夫か?」
「すみませっ……」

 軽い衝撃が走る刹那、反射的に両肩を支えられたことによって、大惨事までは避けることができたようだ。かけられる声に応えるべく顔をあげるも、上げた顔が思わず引きつりそうになる。そこにいたのはカリム・アルアジーム。ラギーと同様、1年前に面識のあった数少ない内の1人である。どうしてよりにもよって、こう顔馴染みにばかり接触してしまうんだろう。今日は間違いなく厄日である、そう確信する。

「ん?ちっこいな、お前」
「……そうっすね」

 いや、アンタと差程変わらないと思いますけど。口にはもちろん出さない。容姿は違うとはいえラギーのような例もある。知人と長く接触するのは得策ではない。そうとわかれば早めに退散しよう、とは思うものの、今の私は新入生。両肩にある大先輩の手を取っ払って逃げさる勇気なぞ持ち合わせていていいのだろうか。それに私の感が正しければ近くに……。

「カリム、だからあれほど廊下を走るなと言っただろ」

 ほら、やっぱり。いるじゃない。一番厄介なのが。

「あはは、ごめんごめん」
「ったく、怪我でもしたらどうするんだ」
「そうだな。一年生もケガはないか?」
「大丈夫、です」

 ああ、もう。やっぱりさっき逃げときゃよかった。囲まれてしまえば、更に逃げ出しずらくなることなんて目に見えていたのに。

「僕こそ不注意で申し訳ございません」
「いや、大丈夫だ。それより新入生、元気がないようだけど」
「いえ、そんなこと、は」
「道にでも迷ってるんじゃないのか?」
「大丈夫です!」

 この能天気なカリムなんかはまだいいが、ジャミルも一緒となれば話は別だ。この人物の洞察力といったら底知れない。従っているカリムが駄目な分、ジャミルが鍛えられた感じなのかもしれないが、どんなところから私の正体へ辿りつかれてしまうかわかったもんじゃない。

「遠慮しなくてもいいぞ、此処は広いからな。わからないなら案内してやるぞ」
「お構いなく、本当に、大丈夫なんで」
「そっか?」
「そう!じゃあこれで失礼します」

 蛇に睨まれた蛙となる前に、早々退散するのが吉だろう。面倒見の良さを発動しつつあるカリムを振り切って、彼等の横を通り過ぎようとする。

「……ん?おい、お前」
「……」

 ドクン、と胸が嫌な音を立てて跳ねる。

「……なにか?」
「……いや、なんでもない」
「そうですか」

 あぶねえ何かバレたかと思った。無表情なジャミルへ内心の焦りを悟られないようにと営業スマイルよろしく、笑って一礼し、足早に去る。

「ジャミル、どうかしたのか」
「……いや」

 だから私は、背後に注がれている視線、否定を唱えた口元が弧を描いていたことには気が付けなかったのだ。





「くそー!ちょろちょろしやがって」
「捕まえられるもんなら捕まえてみろ〜だゾ!」

 さぁて、一体どうしたものか。プリン片手、冷静に考える。やっと食事にありつけたのはよかった。時間帯的にも人が来ず、目立たないであろう大食堂に来たのも、そう悪くない判断だった、と思う。

「ぐっ、シャンデリアに乗るのは卑怯だぞ!」

 ただ、勢いよく飛び込んできた客人が、頭上のシャンデリアに飛び乗ってしまうほどにやんちゃだったのは少々想定外だった。というか、あれ、魔獣の類だろう。なんで学園内にいるんだ?疑問符を浮かべつつもプリンを頬張りながら考える。入ってきた黒い狸のような猫のような生物と、それを追うようにして飛び込んできたハーツラビュル寮生らしきメイクをしている、ハートの青年とスペードの青年。その後方から、バテ気味な何寮かもわからない平凡そうな青年。どうやら3人であの狸を捕まえようとしているらしいけれど、どうしてこうなったのだろう。「飛行魔法はまだ習ってないし……なにか挟んだり捕まえたりする……」そんなことをブツブツ呟き始めるスペードの青年。この世界の魔法は習わないと使えないようなもんなんだなあ。私の魔法は戦闘経験を積むごとに自然と習得するシステムであったからなんだか新鮮だ。傍観者ポジションなのをいいことにそんな呑気なことを考えていた。

「はっ、そうだ!」
「なにか良いアイディアが……」

 なにかを閃いた様子のスペードの青年。流石見た目の色合いが暗い分、インテリな感じなのね。ブルー系の見た目の人ってインテリ系なイメージあるもんね。そう思うや否や、赤い宝石を埋め込まれているマジカルペンをゆっくりハートの青年に向けていく様を見て嫌な予感を覚える。そのペンはこちらの世界では魔法士に必須のアイテムらしくて、所謂杖代わりのようなものであるらしい。そうラギーが以前教えてくれた。

「って、おいおいちょい待ち!なんでマジカルペンこっちに向けてんの!?」
「お前を投げればいいんだ!」
「冗談でしょ!?」

 いや、馬鹿だったらしいわ。

「嫌な予感しかしない」
「んだね」
「へ?え……?」

 魔獣が飛び乗り、ぐらつくシャンデリア、そして馬鹿そうな青年たちの不穏な会話。その真下でプリンを食べ続けるのは恐らくよろしくない。そのままこの場を後にしてしまおうか、とも思ったが、この三馬鹿の行く末がどうしても気になる。野次馬精神であった。素早く平凡そうな青年の隣に並ば、誰?そう言いたそうな平凡な青年の視線が注がれる。そんなことはお構いなしに、プリンを一口、スプーンですくい口に運んだ。

「うわわわっ!浮かすな!俺のこと投げる気かよ!?やめろマジで!」
「しっかり捕まえろよ!」

 ハートの青年の身体は、ゆっくりと宙に浮いていく。必死になって制止するその声を、スペードの青年はまるで聞いてなどいないらしく「よく狙って……いくぞ!」そう唱え、マジカルペンを大きく振りかぶる。それと連動して勢いよく動くのはハートの青年の身体。嗚呼、終わったな。悲鳴をあげながら勢いよく飛んでいくハートの青年に合掌する。

「何してんのさ!?」

 隣の平凡な青年がそう叫ぶがもう遅い。一匹と一人の叫び声と共に、けたたましい音を立てて崩落した大きなシャンデリア。塵1つなかったであろう清潔な大食堂に、埃や塵が舞い上がる。本来であれば学校内で魔法を使用したくはなかったが、その埃にまかれてしまいプリンが台無しになるのは避けたかった。「……バギ」風魔法をそっと発動させて周りの埃を払うように誘導する。隣で袖をフィルター代わりにしようとしていた平凡な青年は、構えていたホコリの波が来ないことに一瞬おや?と不思議そうにしたものの、すぐにシャンデリアの大破した様を目にしたことによって、意識の矛先がホコリどころでは無くなっていた。そう、シャンデリアと共に落ちた彼等は無事なんだろうか。

「オエッ!……信じらんねえ!」
「ふにゃあなぁ……」

 あ、すごい。無事らしい。頭に埃をかぶりながらも勢いよく飛び出したハートの青年の足元には大きな毛玉が伸びていた。

「し、しまった!捕まえた後の着地を考えていなかった……!」
「おっま……ばっかじゃねえの!?!?」

 まあ、着地を考える以前の問題だよな。普通こんなでっかいのぶん投げたらこうなるわ。そもそもの話、魔法を使って人を投げる、だなんてあまり聞いたことがない。それができたなら浮遊魔法のほうがまだ簡単なんじゃないだろうか。埃をかぶったまま声を荒げるハートの青年が目くじら立てるのを後目に、シャンデリアへ視線を向ける。見事なまでの完全破壊であった。この様子じゃ核となる魔法石もどうなっているか……。

「グリムは捕まえたけど、シャンデリアぶっ壊したのが学園長に知れたら……」
「知られたら……なんですって?」
「あ……学園長」

 あぁ、嫌な予感がする。やっぱり逃げたほうが良かったかも。そう思うもやはり、後の祭りであった。

| novel top |