「凛月!!今日も可愛いね!!」
「あぁ〜ありがとー」
「そんなだるそうな顔も素敵です!」
「うるさい」
いろんな物音が混じり合いガヤガヤと人の話し声で賑わいを見せるそんな明るい教室。ようやくこの地に戻ってくることができた。これも勉強を手伝ってくれた真くんのおかげだ。いつものように凛月にうっとりとした視線を向けながらだらしなくにやける、今日もそんな幸せな日常を過ごす。
「あぁー……ていうか、なんで隣に座ってんの?」
「運命かな!!」
「噛みついて、血、吸っちゃうよ?」
「ご褒美ですねお願いします」
「もうなんなのあんた」
誰の席かわからないが、腰をかけて隣のけだるげな愛しの紅い瞳をうっとりと眺める。怪訝な顔をしながらこちらを睨みつけてくる凛月。そんな凍てつく眼も好きではあるが、あれでは将来眉間に皺が付いてとれなくなってしまうのではないか少し心配だ。
「明日も会うんだし、今日は大人しく勉強でもしておいたら」
「ふふ、わかったそうする」
「はーい、さよなら〜」
*
るんるんとスキップしながら教室を出ていく名前の背中を、雑に手を振って見送る凛月。それを見て不思議そうに首を傾げた真緒が、ゆっくりと席を立ち幼馴染みの元へと近寄っていく。
「なんか名前機嫌がいいな」
「そう?いつもあんなだよ」
「それにしてはどこかさっぱりしてるというか……」
「んー……気のせいじゃない?」
そうか……?不思議そうに首を傾げた真緒はやはりまだ納得がいっていないようで、未だに手を組んではうーんと難しそうな顔で考え込んでいる。
「まぁ、それだけ明日のデートが楽しみってことか」
「さぁ、どうだろうね」
そうしてわざとはぐらかす。ニヤっと上がった凛月の口角を、恐らく真緒は気が付いていない。彼女が嬉しそうな理由に凛月は心当たりがあった。彼にしかわかるはずのない理由があったのだ。
「まぁ、今までとはちょっと違うけど」
もう逃がしてなんかあげるつもりないからね
そう呟いた凛月の声を聞き取ることは、少し距離のあった真緒には不可能だったが、悪戯に口角を上げた凛月の顔を見て、何かがあると彼が判断するにはそれだけで十分だった。なにか企んでいるのだろうか。さて、なにか企んでいるのかは知らないが、なにか面倒事だけは起こさないでほしいものだ。もう少し想像してみようかとも思ったのだが、頭がチクリと痛んだのでやめておいた。
*
「ふふ〜、ただいま!!」
「お、名前おかえり〜!今日は機嫌いいね」
北斗の席にたむろしているスバルと真くんの元に駆け寄る。相変わらずトリックスターのメンバーはいつでも仲良しである。嬉しい気持ちを我慢できずに、真くんの背中は些か頼りないので、スバルの背中に勢いよく飛びついた。案の定その背中は逞しく、少し驚いたような声を上げたものの、スバルは身体の芯をぶらさずに立っていた。
「ふふふ、わかるかいスバルよ」
「スキップして鼻歌歌ってるもん、気付かない奴なんてそういないよ」
「あのね、実はね……」
向かい合って真っすぐ見つめ合うスバルの瞳は、相変わらずにキラキラと太陽のように輝いている。スバルはそんな大きな目をぱちくりとして、次に出る私の言葉を待っていた。
「実は……何があったの?」
「ついに……」
「ついに?」
三人の視線が私に向いている中、すぅっと息を吸い込んで勢いよく言葉を紡いだ。
「凛月と両思いになれたかもしれないんだ!!」
「え、それ今更気がつ」
「わああっ!?明星くんストップストップ!!」
「んぐむぅ?!」
首を傾げ何かを言おうとしていたスバルの口元を、慌てた様子で飛びついた真くんが押さえつけた。そのせいで上手く言葉が聞き取れなかったが、まぁ別に気にしない。
「そうか、ようやくか」
「え?ようやく?」
「ひ、氷鷹くんまで……っ!」
「んんんんんんん!!」
何故だか真くんが泣き出しそうな顔をしている。彼に口を塞がれているスバルの顔色がそろそろ危ない。北斗は相変わらず涼しい顔をしている。この人たちは本当性格やら反応やらバラバラだから面白い。凛月の次ぐらいに見ていて飽きない。
「でも真くん、そろそろスバル危ないよ」
「え、あっごめん明星くん!?」
「っげ、げほ……!死ぬかと思った……」
胸元を青い顔して抑えているスバルの背中を真が慌てて撫でている。それを笑いながら見守っていると、横目に映る北斗の視線がふとこちらに向いた。
「名前」
「ん?」
「良かったな」
呼びかけられた言葉に振り向き視線が交わった瞬間、優しく目を細めた北斗に呼吸が止まりそうになる。なんだかその言葉がすごく暖かく感じられたから、口角をあげて大きく首を縦に振る。
「うん!ありがとう!」
「これで奇行も少し緩和されるといいんだが」
「ははっ、ホッケそれは無理だと思うよ」
「スバル、お話しようか」
どうやらスバルは私のことを馬鹿にしているらしい。
*
「凛月、ごめん待った?」
「ん〜、いや、今来たとこ」
「そっか、ありがと」
「ん……じゃあ行こうか」
待ち合わせた公園で、ベンチにもたれながら何をするわけでもなく、ぼけっと走り回る子供たちを眺めていた凛月。その様子が凛月らしくて笑いが零れた。きっと正直な凛月のことだ、今来たとは社交辞令ではなく本当のことなのだろう。安堵して、よっこいしょと立ち上がった凛月の後ろに続く。今日は待ちに待ったデートの日だ。映画のチケットは恐らく凛月が持ってくれている。髪型も服装もばっちり決めてきた。走ったせいで少しだけ乱れた前髪を整えるが、少し風が強いらしくすぐにまた崩れてしまいため息が零れそうになる。
「お昼は何食べに行きたいの」
「この前開店したっていう駅のケーキ屋行きたいな」
「え、ご飯は?」
「ケーキ」
「ふ〜ん、まぁ何でもいいからいいけど」
ポケットに突っ込まれたままの凛月の手。やはりガードは堅いようだ。秋になり空気も冷え始めているらしく、外気に晒された指先が僅かに冷たい。
「あぁ名前さ、甘いもの好きだよね」
「うん、好き」
「この先にさ、今流行ってるチョコレート専門のお店があるんだって。ちょっと行ってみる?」
「行きます!!」
「すみません」
突如、背後から聞こえた男性の声に振り返り足を止める。営業スマイルを張り付けたように、にこにことしている男性の手元にあるのはマイクでやってしまったと振り返ってしまったことを後悔する。しかしそれももう手遅れで、視線は私たちをしっかりと捕らえていた。
「なんですか?」
「いやぁ、お兄さんイケメンですね」
「……どうも」
トーンの低くなった凛月の声に、恐る恐る視線を向けてみると、明らかに不機嫌そうな表情を浮かべた凛月がいて、なんだか見てはいけないような気がしてそっと目を反らした。凛月の冷ややかな対応にも拘らず、目の前の男性は穏やかな笑みを浮かべている。
「実は私、雑誌××の……」
その言葉に心臓がドクンと跳ねた。あ、やっぱりそういう人だったんだ。もしかしたら凛月が夢ノ咲のアイドル科だと知って近づいてきたのだろうか。そう思えば増々深まる自責の念、僅かに心臓が嫌な音を立てる。
「はぁ」
「それで、只今街の素敵なカップル特集のため、美男美女のカップルの方々にインタビューをお願いしているのですが」
「そう、ですか」
「彼女さん、とても可愛らしいですね」
男性の視線が凛月から私に向けられて、一瞬ドキリと心臓が跳ねる。プロデュース科であるからカメラだとかはそう物珍しくはないのだけれど、自分に向くなんて経験なんぞ全くないためこの状況でさえ緊張で強張ってしまう。撮影とかしたくない、しかし私の頭の上には、カップルという甘美な響きの単語がぼんやりと浮いていて動けなかった。
「とてもお似合いですね」
「……そうですか」
「どうでしょう、彼氏さん撮影させて頂けませんか?」
褒め言葉の連続に、思わずにやけてしまいそうになる。もちろん社交辞令だということはわかっているんだけど、それでも傍から見てカップルに見えていることが、なによりも嬉しかった。赤い頬を隠すために落とした地面が先ほどより暗い。おや、と思い視線を空に上げると、重たそうな暗い色の雲が空を覆っていた。
「いや、この人、彼女じゃないんで」
「そうなんですか?じゃあこれからとかそんな感じですかね」
「いえ絶対ないんで」
凛月が吐いた言葉が、ふと私の頭を殴る鈍器となる。
「え……あ、その」
「ただの友人です、じゃあ、俺たちはこれで……いくよ、名前」
はっきりと声に出された否定が、耳にこびりついたように離れない。戸惑う男性を無視して踵を返し歩き出す凛月。私を呼ぶ凛月がチラッと私を一瞥してスタスタと歩いていくのを、私は立ち止まって見つめていた。足が動かなかったのだ。
あれ、私…
遠くなる背中に向かって問いかけたいが、口すら上手く動いてくれない。いつも冷たい態度なら慣れているのに。雑な扱いにだって慣れているはずなのに。その言葉だけは脳裏にこびりついたように取れずひどく胸に刺さった。
“名前”
“ん?”
“良かったな”
北斗の言葉が優しい笑顔と共に蘇える。そうか、全て私の勘違いだったんだ。てっきり私は、凛月にやっと振り向いてもらえたと思っていたのが、実際凛月にとって私はただの……
「あの……大丈夫ですか?」
「……すみません」
「あ、待って!」
立ちすくんでいる私を心配してくれたのか、先程の男性が心配そうな素振りをして私の顔を覗く。その瞬間自分の中で何かが壊れて、衝動的に凛月とは真逆の方向へ駆け出す。大丈夫、きっと凛月なら私がいなくなっても気にせず家に帰ってくれる。ぽつり、冷たい雫が気合を入れて整えてきた頭の上に落ちた。