観覧車


「はい、じゃあ瀬名先輩行きますよ」
「ちょっと引っ張んないでくれる?」
「引っ張らないと歩かない牛は誰ですかねー」
「喧嘩売ってんの?」

気が付けば空が真っ暗に染まる時間帯。なんだかんだ言って結局最後は皆で集合してわいわいと遊んでいた。そこで一悶着あって今に至るのだが。

「凛月、そういえば真緒たちどこ行った?」
「んー、ナッちゃんとケーキ食べに行ったよ」
「女子か」

通りで先ほどから姿が見えなかったわけだ。保護者組がいなくてはどうもこのボケの集団がまとまらないのも合点がいく。こんなボケのパラダイスメンバー、ホッケと私だけでは流石に手に負えない。

「もし居てくれたら私はこんな危険なことしなくて良かったのに」

流れ的に凛月・瀬名先輩ペアと回らなくていいと思ったのに。

「ゆうく〜ん、こっち向いてー!!」
「ッヒィ!?泉さんお願いだからこっち来ないで!!」

「キラキラがあっちにも!!」
「おいスバルどこに行くんだ」

「あぁ〜名前眠いからおんぶして」
「寝言は寝てからにして」

取りあえず混沌の元凶ともいえるだろう2名を場を治めるため連れ出してはみたが、最早嫌な予感しかしない。いや、だがこれで真くんの負担が9割無くなったのは確かなはず。

「これで使命は果たした……」
「ちょっと、なにその仏顔」
「ふふふふふ」
「ちょ、怖いんだけど…」

空はすでに闇模様。こうなれば深夜テンション発動だ。まだ時刻は2桁になっていないがこの際良しとしよう。

「凛月」
「ん?」

日が落ちたからか、眠たそうに伏せられていることがほとんどな赤い瞳が、ぱっちりと開いている。凛月って意外と目大きいんだな。そんなことを考えながら

「なんのアトラクションでも付き合ってあげるよ」
「え、本当?」
「うん、あ、瀬名先輩も一緒ね」
「俺なんも言ってないんだけど」
「へぇ、そっかわかった」

こうなりゃやけだ。「勝手に決めないで」と文句を言ってくる瀬名先輩の頭をわしゃわしゃしてみると、案の定げんこつが降ってきた。これが、かなり痛いので思わずうずくまる。だから、私にはにんまりと弧を描いた凛月が、何か企んでいることに気付けなかったのだ。





「ねぇ、やっぱり止めない?」
「知ってた?男に二言はないんだよ?」
「知ってた凛月?私女なんだよ」

朝に見た魔のシンボルとも思えるような観覧車。それは夜のイルミネーションのせいで煌びやかに彩られた、朝以上の存在感を誇っている。まさかこうして魔のシンボルを怪物的危うさの2人と見上げ、あろうことか乗ることになるなんて誰が予想しただろうか。

「嫌な予感しかしない」
「ねぇちょっと、本当に乗るわけ?」
「セっちゃんは来なくてもいいよ」

先程からガッチリとホールドされている私の右腕。さて、凛月はこんなに力が強かっただろうか。それとも夜になるとパワーまで上がってしまう体質なのだろうか。

「あ、でも名前は駄目だよ、逃がさないからね」
「逃げないから離して」
「嘘つきにはお仕置きが必要かなぁ?」
「待って。ごめんって。顔近づけんな」

ゆっくりと小さな密室の扉が開かれる。いまじゃ「どうぞ、足元気を付けていってらっしゃい」とほほ笑む案内のお姉さんの整った顔まで恨めしい。そんな中そっと離れようとする瀬名先輩の手首を捕らえる。「ちょっと!俺いらないでしょ!?」ぎゃんぎゃん騒ぐ先輩を無視すれば、今度は凛月の強い力に為すすべなく芋づる式で連れていかれる。

ゆっくりと閉められる扉。相変わらずいい笑顔のお姉さんの顔を殴りたいと思う日が来ようとは夢にも思わなかった。傍から見たらイケメンに挟まれた平凡な娘なのだろうが、現実そうじゃない。これじゃあまるで

「生贄だわ」
「食べていいの?」
「元祖化け物助けて!!」
「くまくん、食べて善し」
「イエッサー」





「ねぇ凛月」
「なに」
「そろそろ足痛くない」
「痛い」

なのに腹部に回った腕の拘束は相変わらず強い。

「そっか、辛いでしょ」
「名前意外と重いね」
「じゃあ離せ」

ならば何故、私は凛月の細い足の上に乗せられているのか。目の前にはつまらなそうに此方を見ている瀬名先輩。少しは助けてくれてもいいんじゃないか。

「暖かいからやだ」
「じゃあ瀬名先輩だっこしよう!?私より暖かいよ?」

只今真くん効果でメラメラ燃えていますから。

「え、俺男に興味ない」
「意外と凛月って寝ぼけた顔して肉食だよね」
「それ俺も思った」
「ですよね、だから助けて先輩」

試しにバタバタと暴れて、凛月の細い足にわざと負担をかける。腹部が一層締め付けられることもいとわずじたばたとしていくと、唐突に手が離れてあっけなく中央の隙間に落ちた。

「いって……」
「脱出成功」
「あぁ〜逃げちゃったか」

痛がる凛月を他所に、足なんて組みながらその様子をにやりとして見つめる先輩。その様といえば騎士どころか最早女王だ。ゾッと背筋をさせながらも、瀬名先輩側の最端に腰かける。

「ちょっとぉ、なんでそんな端に行くわけ」
「無論、まだ命が惜しいからです」
「俺の隣は危険だって言いたいわけ?」
「そうです」

ぶっちゃけてしまえば、袋のネズミ状態な時点で危険なことこの上ないのであるが。ようやく顔をあげた凛月が透明なガラス窓に頭を預ける。黒い髪がふわりと端整な顔に落ちた。

「へぇ、言ってくれるじゃないの」
「本当のことです」
「俺を引っ張りここまで巻き込んだア・ホ・は・誰・だっけ?」
「間接的に言うと凛月ですね」
「直接的に言うと名前でしょ」

ぼんやりとした様子の凛月が間髪入れず告げる。そんな冷静にツッコめるんならこっち(苦労側)に来てほしいんだが。

「それなのに今更邪険に扱うとかさぁ〜」
「ごめんなさい私が悪かったです」

だからにこやかな顔して脇腹摘ままないで。

「大体アンタは考えなしに行動しすぎ」
「ゆうくんまっしぐらな瀬名先輩には言われたくないです」
「今日1日でどんだけ俺達がアンタ探したかわかってんの」
「5回くらい」

その瞬間だろうか。真っ暗な夜空が広がる中間地点くらい。パシャッと軽快な音と共にフラッシュがたかれたのは。明らかにこんなところでそれが出来るのは、1人しかいないわけで。いや、でもなんか

「何故に凛月」
「セっちゃんから借りたんだ〜」
「借りた張本人写さなかった今?」

瀬名先輩も驚いたのか、僅かに動揺した様子で凛月を見ている。凛月はというと、ふふふと上機嫌な様子で撮った写真を見ているのか、カメラに夢中なご様子で。

「瀬名先輩」
「なに」
「あれ、いつから貸してました?」
「結構序盤から」

くるりと後ろを向いてカメラを高く掲げた凛月。ピースをしながらいる凛月の器用な左手によって再度フラッシュの光が眩しく光る。

「だからあの時上機嫌だったのか」
「そうだね、なかなか気に入ったみたいだから」
「瀬名先輩って意外とお優しいのですね」
「意外……と?」

横で私に突き刺さるような殺気を送る先輩、彼もツッコミが増えたように思えるのは気のせいだろうか。今度は遠くなってしまった地上に向けてパシャリとシャッター音が鳴る。

「……取りあえずどうします」
「あれはあのままでいいよ」
「そうですね、楽しそうだし……瀬名先輩」

隣の先輩に目を向ける。足の長いためか彼とは座高がさほど変わらなくて泣きたくなった。瀬名先輩の不愛想がいつもより近くにある。

「……ゆうくんの写真は何枚」
「そんなの決まってるでしょ」
「凛月、そのカメラ貸して。データ消す」
「は、ふざけんなよ」

立ち上がって凛月に近寄る。背後の先輩の低い声は無視できたが、衝撃的な赤い瞳の言葉は流石に無理だった。

「え、名前の写真があるから?」
「さっきの1枚?」
「俺がずっと撮ってたやつ」
「カメラ壊していいですか!?」

悪戯心にもほどがあります、丁度観覧車が最上部を通過する頃。3人の醜い争いが巻き起こったのは言うまでもなく。





「あ、あれ?なんか揉めてないかアイツら」
「そうねぇ…きっとじゃれてるのよ」
「それにしては物凄い剣幕だぞあの先輩」

心配して後に観覧車に乗り込んだ2人が、その様子を見ているなど露知らず。高級な瀬名先輩のカメラ争奪戦を繰り広げていた。これは家へたどり着くまでに、もう一悶着ありそうだ。

END



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