コーヒーカップ


「よーし、行くぞ〜!!」
「おぉー!!」
「君達どうしたよそのテンション」

天高く拳を上げたスバルの後を、スキップしそうな勢いで続くのは、knightsの末っ子こと朱桜司。その人物で間違いないはずなのだけど。

「どうしたのですか、お姉さま?さぁ参りましょう!!」
「お、おぅ」

あれ、こんなキラキラしたキャラだったっけ?目を輝かせているその姿にふとした疑問を抱く。彼との思い出を漁ってみるが、やはりこんな司くん見たことない。

「お姉さま?どうしたのですか?」
「いや、え?テンション高くないですか?」
「これが普通なのでは?」
「それが貴方の普通ではないのでは?」

一体何本買ったのかと問いたくなる量のチュロスは、流石御曹司と言ったところなのか。あれだけ食べても、余ってしまったチュロスを武器のように掲げながら首を傾げた司くん。これはまず食べ物の扱い方から教えるべきなのか。それともただ単にツッコミ待ちなだけなのか。

「…遊園地とはこのように我を忘れてはしゃぐ場ではないのですか?」
「え、普通に楽しむところだと思うけど…」
「……明星先輩」

細めた視線を、ギロリ。前方で楽しそうに周りを見渡しているスバルに向けた司くん。それがどことなく瀬名先輩の怒ったときの瞳と似ていてヒヤリとした。

「なにキャシー?」
「騙したのですね?」
「え、なんのこと?」
「遊園地というのは馬鹿のようにはしゃぐのが普通だとおっしゃっていたではありませんか!?」
「えー?そっちの方が楽しいでしょ?」
「まさか……」

だめだ、ツッコむところがありすぎる。なんだキャシーって。司くんもさぞ当たり前のように返事しているけど、なにこれ、私が可笑しいの?顔色を変えた司くんがスバルの手にある小さな紙を奪い取る。

「お姉さま!!このStampcardは!?」
「え……スタンプカード?」

差し出されたカラフルなカードには、ほとんどの枠にスタンプが押されていた。いやぁ、こんなのあったのか、全く気が付かなかった。スバル達はちゃんと色々なアトラクションを回って遊園地を満喫していたんだな。感心しながら見ていると、ふと気が付く。汽車だのメリーゴーランドだの。まるで、いや確実に。

「これ、小さい子向けのやつだよね」
「oh……いやぁ……」

すごい、こんな司くんの絶望した顔初めて見た。対照的にスバルは「ばれたか〜」なんて言って呑気に笑っている。これ、ひょっとしたら修羅場になるんじゃないか?そう思いながら恐る恐る司くんの顔を窺うと、案の定口元が引きつっていた。

「明星先輩、貴様という人は……なんてことを…」
「いや〜ごめんごめん。どうしても景品のキラキラスタンプ欲しくてさ。でもキャシー楽しかったでしょ?」
「楽しかったかそうでなかったかは問題ではありません!!重要なのは私が子供の中に紛れて汽車やら馬やらに乗っていたことです!!」

まじか、司くんあれに乗っていたのか。
スバルのキラキラへの執着凄まじいな。

「でも楽しかったでしょ?」
「はい!!」
「なら結果オーライだね!!」
「ですが今となっては死ぬほど恥ずかしいです!!」

そりゃそうだよね。カードに書かれているアトラクションの名前を見て、しみじみと考える。汽車ポッポとか、明らか高校1年の男子に似合わない。スタンプのお姉さんも、ちびっ子たちに交じってスタンプを貰いに来た司くんを見てさぞ驚いただろうに。

「でも、あと一つだしさ?」
「もうしませんよ!!私は怒っているんです!!」
「まあまあ落ち着いて」
「これが落ち着いていられますか!!」

というかすごい見たかったな。汽車に乗っている司くんとそれを見守るスバル。絶対スバル笑ってたでしょ。私も、もしそこにいたら腹筋崩壊じゃすまなかったと思う。見たかった、とても。

「最初から司くんたちと回れば良かったな……」

気が付けば呟いていた。子供に紛れている我らが末っ子の姿、見たかった。瞬間スバルに物凄い剣幕で怒っていた司くんの肩がピクリと跳ねた。ギギギとブリキの如く重い首がこちらを振り返る。

「お姉さま……」
「すみませんでした」

ゆっくりと振り向いた司くんの表情のドス黒さといったらとんでもなくて。ギロリと殺気を帯びた瞳と視線が重なれば、命の危機すら覚えた。しかし。

「その言葉本当ですか?」
「え?う……うん」

なんだか様子がおかしい。突如ぱあっと明るくなった表情に思わず本心のまま肯定してしまう。あれ、なんか変なスイッチ入った?そう感じたのも束の間。

「さぁ明星先輩、次のアトラクションへ行きましょう」
「え、でもキャシーさっき……」
「さぁ!」

そうしてスバルの背中をぐいぐいと押していく司くん、こころなしか嬉しそうに見えた。





「で、これが最後のスタンプと」
「お姉さま、これは一体なんですか?」
「コーヒーカップって言うんだよ〜」
「明星先輩には聞いていません!」

目の前の低い柵の向こう。くるくると優雅に回っているティーカップの乗り物。これなら小さな子供たちに混ざって大人も参加しているし難易度もそう高くない。しかも複数で乗れるため司くんが恥ずかしい思いをしなくても済みそうだ。少し手狭にはなるだろうけど3人で乗れそうだ。

「よし、じゃあ行こっか名前」
「え、うん」

ゲートが開かれてアトラクションを満喫したであろうお客さんが次々と出てくる。入れ替わりに、次のお客さんが流れるように入っていく中で、スバルに手を差し伸べられる。あまりにもスマートな動作に、戸惑いつつ、つい手を出そうとすると、すごい勢いで司くんが合間に立ちはだかった。

「ちょっと何してるんですか!?」
「え、だってキャシー。もう乗りたくないんでしょ?」
「そんな抜け駆けさせませんよ!!」

なんだか司くん、今日は喜怒哀楽激しいな。思わずくすくすと肩を揺らしながらスバル相手に吠えている彼を見守る。だがそろそろ進まなくては、後列の人たちに迷惑がかかってしまう。2人の背中を無理やりにぐいぐい押す。

「わわっ、お姉さま押さないでください!」
「いいからいいから!」
「はは!なんだ名前。そんなに楽しみなの?」
「違うわ」
「もう、仕方ないなぁ」
「違うっての!」

今、司くんが怒ってしまう理由が、なんとなくわかってしまったような気がした。


「3人で乗るには些か狭くないです?」

なんて、乗ってから言う台詞ではないのだが。幸いなのは同乗している男子2人が小柄であったことだろうか。とはいっても片方170あるが。これが瀬名先輩やら凛月だったら狭いの前に、性格的に恐ろしいことになっていたはず。それはそうとして。

「もう少し離れてくれるかな司くん」
「な、なななんですこの乗り物は!!上へ参るのですか!?」
「上へは参りません。回るんだよ。さっき見てたでしょ?」

私の腕にしがみつくようにして怯えている司くん。騎士の末っ子は噛みついたり怖がったり忙しそうだ。まるで犬のような……そこで同級生の某わんこを思い出す。良く朔間先輩にかみついているツンデレのわんこである。この子もいつかはあんな感じに育ってしまうのかな。いや、うちにツンデレはもういらないかな。

「はは、そんな怖がらなくても大丈夫だよキャシー!!」
「そうそう……ん?スバル」
「ん、なに名前」
「その手はなんだい?」

真ん中のハンドルに両手を置いた彼。何やら嫌な予感がするのは私だけだろうか。

「え、知らないの名前?」
「知ってるからこそ聞いてる」
「そっか!!ふふ、こう見えても俺、バスケ部だから腕力はあるんだよねぇ!」

不敵な笑みをスバルが浮かべたと同時。ゆっくりとコーヒーカップに似せた乗り物が一斉に動き出す。それを待ってました、と言わんばかりにスバルが真ん中に設置されていたハンドルを回し始めるものだから。

「おぉお!?動きましたよ!!?」
「スバル!?落ち着いて!?」
「キラキラだぞ〜!!」
「しない、回しても光らないから!」

すごい勢いでハンドルを回していくスバル。まるでおもちゃでも扱っているかのように軽々と回していく様子に頭が真っ白になった。あれ、これってあれだよね?回っちゃうんだよね?ゆっくり回るカップの上、すっかり委縮してしまっている隣の司くんを見て声を上げる。

「末っ子ちゃんが乗っているんですよ!!」
「明星先輩……これを回すとなにかあるのですか?」
「楽しくなるよ」
「なるほど。ならば私もお手伝いします」
「いやぁ……」

司くんまで回しちゃったら収集付かないじゃないか。徐々にスピードを上げて回っていくカップ。景色がぶれて周りが何が何だか分からなくなった頃、近くからホッケと真くんの声が聞こえた気がしたが、最早それどころではなくて。

「まぁたぁあ騙したのですね!!!」

そんな司くんの叫び声だけがはっきりと耳に響いていた。





「朱桜くんも名前ちゃんも大丈夫!?」
「わ、私は大丈夫……」
「だ、だだぁいじょうぶで…うぷ……」

ふらふらと千鳥足になってしまっていた私を支えてくれたのは、真くんだった。あの声、どうやら聴き間違えではなかったらしい。一瞬天からの迎えかな?なんて思ったりもしたのだが、本物で良かった。そんな真くんは今、リバースしてしまいそうな様子で口を抑えている司くんの介護をしている。本当に彼らが来てくれて助かった。真っ青な司くんの隣で若干くらつく頭を抑えながら考える。

「明星、わかっているな?」
「あ、はは……。ごめんなさい」
「後輩や女子を巻き込んでどうするんだ」
「大変申し訳ございませんでした」

ホッケのあんな鬼のような顔初めて見た。段々と縮まっていくスバルを見かねて、仲裁しようと立ち上がる。しかし、つい先ほどまで千鳥足だった私の情けない足が、そう短時間で真っすぐ立てるようになるわけもなく。足が言うことを聞いてくれなくて、数歩歩いたところで、身体がふらりと傾いた。真くんが「危ない!」と声を上げたが、司くんの介抱していた彼の伸ばした手が間に合うはずもなく……。

「おぉっと……セ〜フ」

少し気の抜けたような声。ポスッと身体を受け止められた頭上に降ってきたものだった。合わない焦点、徐々に定まりはっきりとした視界に映ったのは意外な人物で。

「あれ……凛月?」
「そ〜。スーちゃんの怒声が聞こえたから来てみたんだけど、すごい光景だね」

私を見下ろす紅い瞳が優雅に弧を描く。受け止められた体の安定感に思わず力を抜くが、それでも凛月は、重さに戸惑うことなく身体を起こしてくれた。流石男の子。というか、彼がここにいるということは……

「ちょっとかさくん」

ですよね。もちろんいらっしゃいますよね。見る見るうちに顔色の悪い司くんと、その背中を撫でていた真くんの顔色がシンクロしていく。

「ゆうくんに介抱してもらうとか、覚悟できてるよね……?」
「瀬名先輩…それ以上司くんをつつくと……」

限定チュロスが戻ってきます。やめてください。もう一度うぷっと怪しい声を漏らした司くんに、一同慌てふためくのは数秒後。


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