ようこそ遊園地へ


太陽が照る青い空の下はポカポカとしていて暖かい。3人の顔面偏差値60を超えるイケメンに囲まれて人ごみを歩く私は、自然と俯き気味になっていた。それはアイドル達と自身の顔面得点の差もあるが、なによりも。気分が晴れないせいだった。

「あっはは〜今日もいい天気だなぁ!!」
「明星、あまり騒ぐな。はぐれても知らないぞ」
「あはは、明星くんは、元気だなあ……」

スバルは今日も元気いっぱいらしく、ロケットのような勢いで進んでいるスバル。その後ろ姿は、既に離れてしまって人ごみで隠れつつあった。ああも能天気な性格だったら私もこんな苦労しなかったのだろうか。もっとも、それは隣を歩いている浮かない顔の眼鏡の青年にも言える気がするが。

「真くん、本当にごめんね」
「え!?いや、そんな謝らないでよ!!名前ちゃんにはいつも助けてもらっているし。寧ろこれで名前ちゃんが助かるなら安いもんだよ。確かに泉さんがいるのは不安ではあるけど、何よりみんなで遊園地なんてすごく楽しみだし。泉さんがいなければ……ほんと最高なんだけど」
「うん……私に先輩の食物に毒入れる度胸があれば良かったんだけど、本当にごめん」
「名前ちゃんも意外と過激なこと言うね!?」
「名前はもともとこんな感じだよ〜ウッキ〜!!」

おい、スバルなんてこと言ってくれるんだ。アイドルでない私であっても、一応好感度は保持していたいんだぞ。そんな意を込めていつの間にか戻って来ていたスバルへじとりとした視線を送るが、まるで効いていないようでスバルは相変わらず楽しそうにはしゃいでいる。

「そうなの!?意外だな。だけどなんか親近感というか頼もしいというか」
「おい、見えてきたぞ」

ホッケが指差した先、建物の間から垣間見えた観覧車。高い位置にある円状のそれは、ゆっくりと時計回りに動いていた。普段の私ならここで大はしゃぎするのだが。

「いよいよだね……」
「うん……真くん、もし何かあったらすぐ私を呼んで」

ところが今回は大魔王泉から真くんを守るという使命がある。そうはしゃいでなんかいられない。普段であれば飛び跳ねるほど喜ぶところだが、今はその夢と娯楽のテーマパークも、最早地獄にしか見えないのだ。

「なんか名前ちゃんかっこいい!?それに比べて僕は……」
「いや……こうなったのも元はと言えば私のせいで。故に真くんを危険に晒してしまったのは私であって。責任を持ってあの怪物泉から守るからね!」
「怪物!?確かに泉さんのメンタルと恐ろしさは怪物レベルだけど、そんなこと言って大丈夫?」
「この場にいないから問題ない」

そう、なんたって今先輩はこの場にいないのだから、文句も悪口も言いたい放題である。暴言のオンパレードも無効化される素敵な状況なのだ。それを良いことに「打倒泉だ!!」とはっきり言葉に出して意気込む。

「おぉおお!!……あれ?でも写真みたいにキラキラして無くない!?」
「まだ明るいからな。イルミネーションがつくのは暗くなってからだ」
「なんだ残念。じゃあそれまで騒ぐぞ!それで、そう言えばサリーは?」

スバル越しに見える観覧車……言い換え魔の地のシンボルが、先ほどより大きく見えてきた。それに向かって進むにつれて徐々に瀬名先輩との合流も近づいている、そう思えてごくりと息を呑んだ。

「真緒なら、多分凛月と来ると思う」
「そっかぁ、ところで名前はなんでこっちにいるの?」
「えへ……やっぱり駄目だった?」
「いや、寧ろ嬉しいくらい。Knights専属になってからあまり話せてなかったからね」

ニコッとあどけなく笑った彼に、胸が締め付けられる。そう、knightsにもこういう純粋がほしかった!!「スバルありがとう」とそのフードのパタパタさせてスキップしている背中に飛びつこうとするが

「まぁ、そこまで寂しくはないんだけどねっ!!ぎゃ」

即座に予定変更、フードを掴み思いっきり目深くかぶらせる。前言撤回だ、こんな純粋は結構である。同時ポケットに突っ込んでいたスマホがぶるぶると震えだした。表示された画面には嵐ちゃんの文字で。

“ついたわよ〜、入口付近で司ちゃんと凛月ちゃんと真緒ちゃんと待ってるわね”

「もしかして他のメンバーからか?」
「うん、嵐ちゃんから。司くん、凛月、真緒と入口に着いたって」

なにかが足りないと思うのは気のせいだろうか。「了解、他のTrickstarと向かってます」と打って送る。すると間もなく既読の文字が現れた。

「1、2、3……あれ?」

スバルが指折り数えて首を傾げる。

「じゃあ泉さんは……?」

怯えた様な声で真くんが漏らした言葉に思わず場が凍り付いた。最もそれは私の錯覚かも知れないが。冷や汗をかきながら猛スピードで「泉先輩は?」と送るが、嵐ちゃんたちは雑談で盛り上がっているのだろうか、暫く待っても既読が付かない。一方で隣にいる真くんの顔が青ざめていき焦りが募る。これはなにか言わねば……

「も、もしかしたら!!」

通行人のいくらかがこちらを向いたが気にしない。

「か、風邪引いて寝込んでるのかも!!」

不安そうな真くんの瞳はうっすらと潤んでいた。

「でも、あの人健康管理しっかりしてるし……」
「それは、意気込みすぎて眠れなかったとか!!」
「あの先輩なら這ってでも来るんじゃないの?」
「ちょ、ホッケ!スバルの口塞いで!!」

何故追い打ちをかけてくれるのか。先輩も先輩だ。化け物の居所がわかっているならまだしも、突然後ろからででーんと現れようものなら、ホラー映画よろしく、間違いなく真くんが失神してしまうというのに。空気を呼んで大人しくしていてほしい。

「い、泉さんが、もしかしたら近くに……」
「いないいない!!きっと自宅で寝てるよ!!」

やばい。真くんのメンタルがそろそろ限界だ。涙出そうになってるよ。脳裏にちらつくのは瀬名先輩の爽やかに見えて危険極まりないあの笑顔。

「じゃあなんで連絡来ないの?」
「それはきっと嵐ちゃんに……」

丁度スマホがブルブルと音を立てて、すぐさまメッセージを確認する。そこで画面に映された文章に目眩がしそうになった。

“あら、そっちにいるんじゃないの?”

「……名前、お前まで顔が青くなってるぞ、大丈夫か」
「は、はは、大丈夫……」
「その様子だと泉さんやっぱりいないんだね」

スバルが頻りにキョロキョロしている。足を止めて身を潜めたいところだが、大人しく待ってくれている嵐君達をこれ以上待たせるわけにもいかない。

「本当に毒薬でも盛っておけばよかった……」
「はは、それはちょっとマズいと思うよ〜」
「あの阿保なら毒ですら美味しく召し上がるはず……」

頭を抑えながら歩く真くんの足取りが少し危うくなってきたので、そっとその手を取ってみる。一瞬強張ったように思えたが抵抗はなかったので、そのまま引いていくことにした。これはここ最近で私が生み出した“凛月大人しく連行術”である。少しでも真くんが落ち着ければと思ったのだ。一応弁解しておくがやましい気持ちはない。そこでスマホから聞き慣れた着信メロディが鳴り響く。

「もしもし」
「あ、名前ちゃん!?良かった、返信がないから心配したのよぉー」

電話の後ろからは、良かったと安堵する司くんと真緒の声が聞こえた。電話越しに聞こえるガヤガヤとした賑やかな音は、恐らく遊園地が混んでいる証拠なのだろう。

「あ、ごめん少しテンパっちゃって」
「その様子だと泉ちゃんそっちにいないのね。困ったわぁ」
「本当だよ!!あの単細胞……いるならいるで厄介だけど、いないのがこんなに恐怖だとは思わなかった」
「あら、名前ちゃん随分と気が立っちゃってるわね。それにしても泉ちゃん、事故とかじゃないといいんだけど」
「事故?はは、んなわけないよ。寧ろトラックにぶつかられても跳ね返しそう」

真くんとつないだ手が一瞬ぴくっと跳ねる。想像でもしたのだろうか。うんわかるよわかる。きっと腹筋ムキムキとか想像したんだろう、かわいそうに。そう思うだけで特に気に留めなかった。

「そもそも死ななさそうだしねあの人。万が一逝っても絶対蘇ってくると思うんだ。あの人の執念すごいもん。あ、でもいないならある意味好都合…真くんを危険な目に合わせないで済む」
「ふふ、確かにそうね」
「あ、もうそろそろ着くよ。……ふぅじゃあそろそろ切るね、ごめん嵐ちゃん愚痴っちゃって……」
「いいのよ〜これくらい。それより、周りには気を付けてね」
「うん、馬鹿泉の事でしょ任せて」

じゃあね、そうして通話終了ボタンを押しカバンにしまう。

変わらず前をスバルとホッケが歩いている。見渡す限り恐怖の猫っ毛頭はないようだ。ふと安堵の息を洩らす。いよいよ遊園地の入り口が見えてきて、ぞろぞろと列をなしている人々に歓声を洩らしたスバル。

「すごい人だかりだね……ん?」

合流するための連絡を入れようと、スマホを取り出そうとカバンに伸ばした右手を誰かに取られた。サッと血の気が引く、何故なら

「そうだねぇ、名前」

聞き覚えのある声の悪魔の囁きが聞こえたからだ。頬が引きつるのが自分でもわかった。肌に刺さるほど右から漂う真っ黒いオーラ。ブリキと化した首をギギギと回すと、そこで視界に入った想像通りの銀色の猫っ毛に思考が停止する。

「こんな人だかりだから見つけるのに苦労したけど……まぁ探して正解だったねぇ」
「……幻かしら」
「なるくん達といないからおかしいと思ったけど、こっちにいたんだねぇ」
「あ、これまじだ。まじか」
「ふふ、目が合わないのは俺に後ろめたいことがあるからなの?」

どうしよう逃げたい。しかし、しっかりと掴まれた右手のせいでそれは叶わない。ちらりと一瞥すれば、こちらを凝視する綺麗なアイスブルーの瞳とばっちり視線がかち合う。狂気の浮かぶ目に全身から汗が噴き出る。硬直して引きつった顔をしている私とは対照的に、般若の顔した瀬名先輩がふふふと不敵な笑いをこぼしている。

「後ろめたいことなんて……ま、まさか……」
「俺のゆうくんとこうして繋いでいる手、悪い子だなぁ。ねえ、名前?」

途端に手に馬鹿にならない圧力がかかる。

「ぐっ、これは、えっと深い、いや浅い事情が」
「だれが、トラック跳ね返す阿保な化け物だって?」

なんと聞いてらっしゃったようだ。溢れ出す殺気が物凄い、ここは魔界かなんかか。ああ、あの時調子乗ってあんなこと言わなきゃよかった。でも本音だし本当の事だし仕方がないんじゃないか。そもそも化け物ってオリジナルだよね。そんなこと声に出そうものなら間違いなく殺られるが。

「ゆうくんを驚かすのが目的だったけど、気が変わった」

これはヤバい。逃げるように逸らした視線を、追うように少し屈んだ先輩と再度視線が近距離で交わる。穏やかに弧を描いた口元とは反対に、笑っていない目はどす黒い殺気を帯びているようで、短い悲鳴を上げる。

「覚悟、できてんでしょうね?」

開園から間もない遊園地でまだジェットコースターが動いてもいないのに悲鳴が聞こえたと首を傾げるお客さんたちの耳は至って正常だ。


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