温かいお日様の下、頭上にある桜の木がざわざわと音を立てている。小さな子のはしゃぐ声、どこかの部屋から聞こえる笑い声。こんな幸せな世界もいつか終わりがくるのだと、少女は静かに感じていた。

「もう、皆と会えない……」

悟ってしまえば最後、苦しいだけなのに。そう桜の木にすがるようにして泣く少女。その隣に現れた青年は、穏やかに優しく微笑みこう言った。

「大丈夫」



「……っと、ちょっと…!」
「んぅ…。む……?」

ふと目を覚ます。机にうつ伏せになっていた私は、黒板にずらずらと並んだ数字の羅列が生んだ睡魔に勝つことができなかったらしい。

「早く書かないと消されちゃうよ」
「うん〜……」
「もう、気付いたらすぐ寝てるんだから……」

やれやれと呆れた表情でこちらを見ている隣の席の青年、堀川国広。毎度授業中睡魔に負けてしまう私を起こしてくれる彼には本当頭が上がらない。眠気眼をこすりつつ、再び机の端に転がったシャーペンを握りなおしては黒板に向き直る。それにしても、不思議な夢をみていたような……。



「言わんこっちゃない」
「ごめんごめん」

結局私はその後も襲ってくる睡魔に負け続け、放課後のみんなが部活やら帰るために教室を去っていく中、教室に残り、堀川のノートを書き写させてもらっていた。流石優等生、そのノートはきれいな文字でまとめられておりもはや参考書レベルである。

「にしてもよくあれだけ寝られるよね。ほんとに夜寝てるの?」
「寝てる寝てる」
「授業中なのに気持ち良さそうにすうすうと……」
「それほどでも」
「ほめてない。ほんと君は猫なんじゃないのかなって時々心配になるよ」


(主さんはほんとにどこでも気持ち良さそうに寝るよね、まるで猫みたい)

突然頭に流れた優しい声。まるで前にも同じことがあったかのような、懐かしい感覚。いや、まさか。思わずノートを書き写す手を止めて堀川の顔をみつめる。頬杖を突きながら教室の外を見つめるその横顔が、私のものじゃない誰かの記憶と重なる。見たことのある、この横顔。確信をしてしまえば最後目を離せない。

「ん?どうしたの?」
「いやなんか、堀川って懐かしい感じが、して……昔から知ってるみたい…」

なんて言った瞬間、ハッとする。目を真ん丸にして仰天している堀川に肝を冷やす。そりゃそうだ、高校で一緒になった人間にそんなこと言われたら誰だって面食らうわ。変な空気になる前にごまかしてしまおう、そう思って口を開けばその刹那、予想外にも彼はどこか満足そうに口角を挙げた。

「へえ……。やっと思い出した?」

隣の席で私がノートを書き写すのを待っていた彼、その椅子をギギギと引きずって私の真横に移動する。その口許は何処か嬉しそうに笑みを浮かべて、頭には疑問符が浮かぶばかりだ。

「ほ…堀川……?」
「もしかしたら一生気付いてくれないんじゃないのかと思いながら待ってたんだけど」

一瞬何のことかわからなくてフリーズするが、混乱している頭の中、その答えはもう見つけているようだった。何故か不思議と口が動く。

「堀川……あの時私に大丈夫っていったのは、貴方なの?」
「はは。もう、遅いなぁ……」

寂しそうに笑う彼はどこか泣きそうで。

「会いたくて会いたくて。待ってたんだよ、僕。ずっと」

“大丈夫、また会える”

そう言った昔の彼と同じように目の前の堀川もまた、慈しむような優しい顔で微笑んで、暖かい涙で濡れた私の頬をそっと撫でた。