「空閑の親父さんが上層部の人たちと知り合いなら、空閑はもう大丈夫ですよね?」
「うーん、どうかな」
「えっ……」
会議室を出て、本部の通路をそんな話をして歩いている2人の後ろ姿を、ぼんやり考え事をしながらついていく。まさか空閑くんのお父さんが、忍田さん、林藤さん、城戸さんボーダートップ3人と知り合いだったとは。空閑有吾、言われてみれば聞き覚えのある名前な気がする。思いもしなかった彼がこの町に来た目的、さっきいた3人のうち誰かに会いに来たんだろうか。だったらいいが……。そっとポケットに手を突っ込んでトリガーに触れてみる。
「お父さんも、知り合いだったのかな……」
当たり前だが返事はない。しかし、ポケットの中でカチャリと音を立てて揺れたそれは、微かに温かみがあるように思えた。少し前方では迅がボーダー内の派閥の説明を三雲君にしているようで「今ボーダーは大きく分けて3つの派閥に割れてるんだよね」言いながら私に視線を向けた迅に手招かれるままにその横に並ぶ。
「ネイバーに恨みのある人間が多く集まった“ネイバーは絶対許さないぞ主義”の城戸さん派」
「例えばさっき戦った三輪隊なんかがそうだね」
「ネイバーに恨みはないけど街を守るために戦う“街の平和が第一だよね主義”の忍田さん派」
「ここは前に中学校で会った嵐山隊がそうかな」
「そして“ネイバーにもいいヤツいるからなかよくしようぜ主義”の我らが玉狛支部」
「ここは三雲君と面識ある人はたぶん迅だけかな」
「まあウチと城戸さんところは考え方が正反対だからあんまり仲がよろしくないわけ」
三雲君はどこか納得のいったように、なるほどと頷いた。大方、“玉狛と仲が悪い”その言葉に三輪君あたりの迅への反応を思い浮かべて、どおりで、とでも思ったのだろう。その横顔を見つめていたら、ふと何か言いたそうな視線と目が合う。
「生緒さんは確か……いろいろな支部を回ってるって言ってましたよね」
「そうそう、どこの派閥にも所属してないんだ。そういう隊も少なからずいるよ」
「そうなんですね」
「まあ、生緒達みたいに色々回っているのはいないけどな」
話を戻して、と間髪入れずに言って仕切り直した迅。珍しく強引に話を変えたのは恐らく、三雲君が“どうして私達だけが色々なところを回っているのか”という質問をさせないようにしたんだろう。なので黙って彼の強引な軌道修正に乗る。
「城戸さん派は一番大きい派閥だから、今までは玉狛が何やっても王者の余裕で見逃してもらえてたんだよ」
「だけどブラックトリガー所有者の空閑くんが玉狛と組めば、パワーバランスはひっくり返るから、今度ばかしは見逃してくれないだろうね」
そう言えば、メガネ君は驚いたように目を丸くして私を見つめる。信じられないとでも言いたげな顔に「吃驚するよね」と小さく笑う。
「空閑1人でそこまで……」
「メガネ君。黒トリガーっていうのはそういうものなの」
「命の代償だから、ね」
届いているのかわからない小さな声で呟いてそっと目を伏せる。迅の視線がこちらを向いたのが横目に見えたが、目を合わせることなく胸にかかる靄を外へ出すように静かに息を吐いた。
「城戸さん派的には戦力差がひっくりかえることは避けたいからね」
「そう、だからどうにかして黒トリガーを横取りしようとするだろうな」
「ほんと自分勝手」
空閑くんのトリガーを奪うためにどんな手を使ってくるか、それはなんとなく想像することができた。城戸さんのことだしどうせ恐恐突破で戦闘を仕掛けて奪おうとするに違いない。ブラックトリガーを奪いたいなら、ブラックトリガーを用いて対抗するのが理想的だが、ボーダーの元にあるブラックトリガーは4本。生憎そのうち3本は此方の手にある。残りの1本はその性能上そう易々とは使わないだろう。そうすればブラックトリガーにも太刀打ちできそうなメンバー揃えて送り込んでくるのが妥当。となれば恐らく白羽の矢が立つのは今遠征中であるA級上位の隊と、向こうに派遣されている……ああ、頭が痛くなってきた。
*
「おっ、来た来た。オサムと迅さんと生緒」
「ちょっと待ちなさい」
どうして私の名前は呼び捨てなんだ?人気の全くない商店街、当然といった顔で言ってのけた白い頭を呼び止める。何故商店街なのに、私たち以外誰もいないのか。それは建物の割れた窓、しまったシャッター、ひび割れている外壁、その廃れた景色がすべてを物語っている。
「えーと、僕。今何歳?」
「15だな」
「私17、お姉さんなの」
お分かり?15にしては小さい容姿の彼へ諭すように問いかけてみれば、空閑くんは顔に難色を示しながら、首を傾げる。最近のネイバーは目上の人間に対しての尊敬だとか敬意だとかもわからないのか。
「なんか、さんって感じじゃないんだよな」
「……仕方ないからちゃんでもいいよ」
「いや、大丈夫だ。生緒でいく」
「こっちが良くないんだよなぁ?」
何だろう、滅茶苦茶この子私に対しては生意気じゃないか?どこぞの双子がもし後輩だったらこんな感じなのだろうか。ぼんやりと頭に思い浮かべていると、一足前を進んでいた迅が「色々考えたけどこういう場合はシンプルが良い」だとか言いながらふと振り返る。
「遊真、お前。ボーダーに入んない?」
「俺が?」
まあそう来るよね、突然の誘いに対して驚くことはなかった。ボーダーに入れてしまった方が城戸さん達から守りやすい。ここまでならギリギリ想像はついた。でもこれを玉狛に入れてどうするつもりなのかわからない。黒トリガーのバランスが城戸1と玉狛2でまた釣り合わなくなってしまう。そこで自信が所有する黒トリガーの存在が脳裏をよぎる。
「迅、まさか……」
「大丈夫、お前もちゃんと守ってやるから」
「……」
もう離れ離れは二度とごめんである。「ならいいけど」そう言いながら目をそらす。迅の大丈夫という台詞に安心していいはずなのに、どうにも浮かばれない思いでいるのは何故なのか。
「遊真をボーダーに入れる……!?」
「おっと、本部に連れていくわけじゃないぞ?!」
「玉狛の支部へ来ないかっていう御誘いね」
この子が入ったらただでさえ小南や陽太郎のせいでカオスな玉狛が、更にすごいことになってしまいそうだが大丈夫なんだろうか。個性のたまり場というか、癖がえらいことになる予感がして、私がもし玉狛に所属している人間だったら絶対この時点で泣いている。
「玉狛の隊員はネイバーの世界に行ったことある奴も多いからお前が向こう出身でも驚いたりしないよ」
「それどころか何も変わらず通常運転だろうね」
小南とかとりまるとか、「へえそう。……で?」とか言ってきそうである。
「取りあえず来てみたらどうだ?」
そう言えば、少し悩んだ後「千佳と修が一緒ならいいよ」遊真がそういうと、迅は笑顔をそのままに「よし行こう」と言って歩いていく。元よりそっち方面へと進んでる当たり、視えてるんだろうな、なんて思いつつ、その隣へ並ぶために小走りで追いかけた。