ようこそ玉狛へ

「えぇ!?ネイバーの子帰っちゃうの!?」
「そう、本来ならね」

雪の話を聞いて、ピンときた。“これからもきっと楽しいことはたくさんあるさ、お前の人生には”そう言った迅の考えていることが分からなかった。幾度も見てきた本当のことをいう時の迅だ、きっと何かを視たんだろうがどうも腑に落ちないでいた。近界へ帰る遊真の未来を、何故そうも自信ありげに言えるのかがわからなかったのだ。

「本来ってどういうこと」
「変わるんだよ、これから」

そう、今まさに変わっているんだ。たどり着いたのは林藤さんの部屋の前。乱雑にコンコンと鳴らして、どうぞという返事すら待たずに扉を開く。

「なんだ、お前達か」
「ちょ、え、生緒ちゃん!?」

なに勝手に開けてるの!?困惑している雪をそのままに、来るのがわかっていたかのように平然とした様子で微笑んでいる前方の2名に対して詰め寄る。

「なんだ、じゃないよ!」
「どうした、またそんなに怒って」

迅がはははと笑う。「今回はお前を無理やり引っ張って来てないぞ〜」なんて呑気に林藤さんの横で笑顔を浮かべているこいつは完全に確信犯である。

「知ってたでしょ!全部こうなること!」
「いやー?そんなことないぞ?」
「嘘!なんで教えてくれないの!」

ドンっとその手のひらを付いた真横。机の上にきれいに並べられている3人分の書類、それが動かぬ証拠だ。

「ど、どういうこと?」
「迅と林藤さんは最初から分かってたんだよ」

困惑した表情を浮かべて、状況を察せていない雪に、今度は静かに口を開く。そう、迅と林藤さんはこうなることをすべて見越していたのだ。ここに遊真がいる意味はもうなくなってしまった。しかし、それも三雲君と千佳ちゃんなら変えられるのだ。そうしていま、きっと三雲君が遊真を説得している。ここにいる意味を与えようとしているのだ。

「遊真は残る」
「お前も随分勘が良くなってきたな」
「……元からでしょ」

おずおずと歩く雪が見落とすそこに入隊と転属用の書類が3つ。それにピンと来たのか雪が目を丸くしている。

「こんな大事な場面に立ち会わせてくれないなんて、水臭いんじゃないの?」
「ふむ。無理に引っ張ってきても、こなくても俺は怒られるのか」
「説明不足なんだよ、毎回」

きっと、私がここに来ることなんてずっと前からお見通しだったんだろうな。私でさえ知らない自分の未来を読まれていることに無性に腹が立つ。つねってやろうか、それとも蹴ってやろうか。なんて物騒なことを思い浮かべながら睨みつけていると、廊下から複数の足音がして、それはだんだんと近づいてくる。

「とりあえず、端に寄ろう?」
「むう……」

雪に肩をぐいぐい押されるままに、林藤さんの横、迅の反対側に立ち、これから入ってくるであろう3人を待ち構える。

「おう遅かったな」
「何が遅かったな、だ」
「3人分の入隊、転属用の書類だ」
「……ムカつく」

待ってましたと言わんばかりの林藤さんに、3人は瞳を丸くして驚いたような表情をしている。三雲君なんかは、その口をあんぐりと開けるほど驚いている。反対側の迅もそれをしたり顔で見てるに違いない。そう思って迅を見れば案の定、得意げな顔つきで立っていた。

「迅さん……この未来見えてたのか?」
「言っただろ?“楽しいことはたくさんある”って」

ふくれっ面をしていると、もしや……と言いたそうな三雲くんと目が合ったので、ふいと顔を反らす。生憎、私は知らなかった側の人間ですよ。心の中で悪態をついている私の不機嫌な理由を、きっと三雲くんは察することができないだろう。

「ずるいよね。わかってるんならさっさと言えばいいのに」
「俺が言ったら意味ないだろ」
「なんでよ」
「ネタバレはドラマでもゲームでも厳禁だ。常識だろ」
「よし、3人とも。こいつらの痴話喧嘩は気にせず書いてくれ」

“痴話喧嘩”という単語は納得できないところではあるがこの際もう気にしない。せっかく林藤さんが話を勝手に進めてくれているのだ。ここぞとばかりに迅に噛みつかせてもらうとしよう。

「大体いつもいつも、回りくどいんだよやり方が!」
「いやいや、俺はちゃんと流れに沿ってだな」
「ああ言えばこう言うのも気に食わないの!」
「まぁ、お前が遊真がいなくなって寂しそうにしてたのはわかったけど」
「ちょっとなんでそう言うこと言うの!?」

日本語にまだ慣れていない遊真に代わって雪が書類を書いている。「空閑遊真くんだよね?誕生日はいつかな?」なんて言う姿はもう完全に保育士である。そっちに気が向いているなら好都合と思ったのだが、さすが遊真。迅の言葉を聞き逃してくれず「ほう」と此方へ視線を向けてくるものだからぎくりとした。なんできこえてるんだよ。

「そんなに俺のことが恋しかったのか」
「ねえ、何で文字もかけないくせに口は達者なの?」
「喜べ、俺もこれからボーダーだ」
「聞けよ!」





正式な入隊は保護者の書類が揃ってからだが、支部長として、ボーダー玉狛支部へ歓迎する。林藤さんが書類をコンコンと揃えながらそんな挨拶じみた台詞を吐いている。普段は見ないような支部長らしい姿にらしくない、そう思った。

「そういえば雪」
「ん?」

こちらこそよろしくお願いしますだとかそういう挨拶を交わしあう彼らを部屋の隅で眺めながら、こっそりと雪に話しかける。どうしても聞いておきたいことがあったのだ。それは本日まだ日が明るい時、聞き逃してしまっていたこと。遊真がネイバーだと言ったとき“男の子の方なんだ……”そうこぼした理由についてだった。

「初めに千佳ちゃんのことをネイバーだと思ってたね?」
「ああ、そういえばそうだね」

3人中遊真と三雲くんは男子であるため、雪の言う女の子に該当する人物は千佳ちゃんしかいなかったのだ。雪にはサイドエフェクトがある。私が極度のコミュ症であり気の弱い彼をボーダーへ引きずり込んだ理由であり、また彼が人を避けるようになってしまった原因でもあるサイドエフェクト。

「あの女の子、トリオンがすごいんだ」

たぶん、生緒ちゃんくらい。そういった雪のサイドエフェクトは、人のトリオン器官を視覚化できる能力である。この会話は恐らくわちゃわちゃと和やかな雰囲気で談笑する彼らには聞こえていないのだろう。戦闘スキルのずば抜けた遊真とトリオン怪物である千佳ちゃん、そしてその2人の中心となるメガネくん。なんだかおもしろいトリオが結成されたと、こっそり笑う。このメンバーじゃそりゃ面白くなるわけだと、先ほど迅が言っていた言葉の意味がようやく理解できた。

「たった今からお前たちはチームだ」

このチームでA級昇格そして、遠征部隊選抜を目指す。良い笑顔で林藤支部長の台詞を聞いていた遊真を見ながら、私の中で込み上げてくるワクワクを、早くみんなにも教えたいなと、玉狛第一の顔や遠征隊で遠くに行っている蒼井隊の顔を思い浮かべていく。これは何としても彼らの未来を守ってあげたい。そこで脳裏を過るのは城戸さんたちのこと。

“でも。お前は自分の意志で助けてくれるよ”

その真意をようやく見つけた気がしていた。