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蝮は夜明けの夢を視るか [1/24] 目覚めの直後に、旧友である坂口から重苦しい事案を投下された黒岩は、浮かんでは消え、を繰り返す薄暗い思考に終止符を打つべく、自宅から離れた場所に行くこととした。 『どうしたものかなあ』 とは言え、これ迄に承った依頼は既に終えており特に行く宛もなかったのである。 こんな時、黒岩には気軽に行ける場所が余り見当たらないわけなのだが……。その異能力故に、ふ、と漏れ聞こえてきた、よく知る声の集まった場所を、一先ずの目的地として定め、自宅の扉を開けた。 『ふぅ…』 しかしながら其処に脈絡なく直行するのも何だか気が引けるらしく、深いため息を吐く。ゆるゆると歩を進めながら自宅と目的地の中間地点にあるスーパーに寄り道し、手土産に出来そうな商品を物色していた。 『和か洋か……ふむ』 彼処の社員数は何名だったろうか、客人が居るようではあるが、今日は福沢さんはご在室だろうか等と考える。――そう。行き先とは、かの武装探偵社である。常に発動している異能力により聞こえてくる、賑やかな社内の音声を聞き分けながら人数を確認していく。 目の前に綺麗に陳列された洋菓子の箱と、どら焼きや饅頭の箱が現れた、其の時。よく知った足音が聞こえてきた。 『あ、此の音は……』 徐々に近付いてくる上に早まる其の歩みに振り返りかけると、 「涙香じゃないか!!」 『わっ、』 これまた、良く覚えのある感覚の体当たりを喰らった。 ぎゅうぎゅう、と抱き着いて見上げてくる帽子の彼は、武装探偵社の要である存在。 『っと……、乱歩さん、こんにちは』 多少よろめきながら黒岩は受け止める。乱歩は毒気のない笑顔を浮かべ、軽やかに挨拶を返すと、手に持った買い物かごを黒岩に差し出した。 「涙香、これ持って。もう少し買ってから行くから」 『、ええ、』 買い物に付き合えと言うことか、と黒岩はすんなり受入れる。手渡された買い物はずっしりとしていた。嵩の割りには重い、と中身を見ると乱歩の好物であるラムネが5本。其の上に、風船ガムの小箱がパラパラと乗っていた。乱歩は、"あ"と思い出したように言う。 「後、僕はどら焼きな気分だよ」 『……ふふ、はい。分かりました』 黒岩は、乱歩には既に総てがお見通しであることに苦笑しつつ、先程掴んだ社員数よりも数が多目のどら焼き等が入った詰め合わせをかごに入れた。 買い物カゴを渡した時点で……、否、むしろ出会った時点で、彼には分かっていたのだ。黒岩が探偵社まで行こうとしている事を。 乱歩は、鼻唄を唄いながらスーパーを練り歩く。黒岩は其の後をゆっくり着いていった。 「お!あったあった、これだ」 駄菓子のコーナーに行くと、練って色が変わるお菓子や、その他子供が喜びそうな物を次から次へと入れていく乱歩。 『それにしても随分ご機嫌ですね。乱歩さん』 「んん?そうだね。来てのお楽しみさ」 『?』 黒岩が尋ねると、乱歩はご満悦な様子で笑う。どうやら探偵社まで行かなければ真の答えを知ることは出来ないらしい。先程聴こえた声の主が原因だろうか、等と黒岩がぼんやり考えていると。 「此れでよし、じゃ、涙香頼むよ」 『分かりました』 乱歩はお菓子を中心とした欲しいものをカゴに山のように入れると、会計と袋詰めを黒岩に任せて、店内のガラス越しに外の道行く人を観察していた。 『乱歩さん、お待たせしました』 袋詰めを終えた黒岩が声をかけると、乱歩は満足げに笑って答えた。 「うん。行こう、涙香」 黒岩はご機嫌な乱歩のすぐ後ろについて、探偵社への道のりを歩き出す。スーパーからは、ものの数分の距離だ。 近付くにつれて、冒頭から感じていた僅かに異質な存在の気配も強まる。 探偵社の目の前に到着すると、乱歩は階段を駆け上がる。其の後ろ姿を微笑ましく見届けながら、黒岩はゆっくりと足を進めた。 「ただいまあ〜!」 バンッ、と探偵社の扉が開かれる。乱歩は其の勢いを殺さずに社内へ突進していった。 「これ先刻話した練ると色が変わるお菓子!練っていいよ!」 「……」 前のめりな様子で乱歩は着物姿の少女に先程の練り菓子を渡す。其の姿はまるで幼い兄妹のよう。可愛らしいものだ、と黒岩は胸中で呟く。 「他にも在るから挑戦して見ると良いよ。あ、涙香遅かったじゃないか」 『ふふ、お待たせしました。』 「っ、!」 乱歩が入室してきた黒岩を、マイペースに呼ぶ。すると其の少女―――泉鏡花は肩を大きくビク付かせて驚いた。 『久しぶり、鏡花。元気そうで良かった。……お邪魔します』 黒岩は穏やかに微笑みながら、其の場に居る全員に軽く会釈した。鏡花は、黒岩に対して僅かに警戒心を覗かせる。 『大丈夫。鏡花も知っていると思うけど、僕は"恒常的平等"がモットーだからね』 「……、うん」 鏡花と黒岩、二人の間に静かな時間が訪れた。それも瞬間的なものとなり……乱歩が鏡花に駄菓子経験を積ませようと話に入ってきたことで再び和やかな空気を醸すこととなった。両手に買い物袋と紙袋を大量に携える黒岩も、其の様子を見守っていた。 「ほら此れ、此れも面白いからやってみなよ。でも食べるのは僕だけどね」 「あ、」 純粋に楽しんでいるらしい乱歩が鏡花から練り菓子を取り上げると、焦った様子で中島が割り込んできた。 「ちょっ、乱歩さん!そうじゃなくて!黒岩さん細いんですから、こんなに持たせちゃ駄目ですよ!あ、そのっ!黒岩さん、僕があの机まで運びますから」 『ん?あ、中島くん、有り難う』 黒岩は特に何ともない様子だったが、中島の悲壮感漂う圧を受けて買い物袋を手渡した。 「うぐっ、重、」 そんな小さな声が聞こえ、中島はヨロヨロと社内中央の机に辿り着く。肩を回しながら大きく息を吐くと振り返る。ジトッとした視線で言葉を投げたところで。 「抑々どうして彼女が探偵社に?」 「私が呼んだ」 社長である福沢諭吉の登場である。 [前へ][次へ] 14/24ページ [Back] [Home] |