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蝮は夜明けの夢を視るか

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流れのままに芥川の背を見送った黒岩だったが、彼の進行方向の先から見知った人間の声が聞こえる事に気付いた。

『此の声は、谷崎と……樋口さん?』

一体どんな組み合わせだろうか。そもそもこの二人が仲良く並んで歩くはずがないのに。何故ならば其々が敵対する……武装探偵社の社員であり――ポートマフィアの一味であるのだから。

『成る程……谷崎兄妹と小虎君が一緒に居るのか』

此の音声が指し示す未来、――則ち。

―――ドガガガガガガッ

銃声、そして、谷崎の叫ぶ声。そして―――異能力の発動音。

『細雪……。小虎君の異能力を見極める良い機会かな』

黒岩は知人の危機と言うのに、走るでもなく、ただただ、音の鳴る方へと進む。伍分程でその建物には到着し、建物同士の隙間に待機して様子を伺うことにした。

「お初にお目にかかる。やつがれは芥川――そこな小娘と同じく卑しきポートマフィアの狗――」
「芥川先輩!ご自愛を――此処は私ひとりでも―」

樋口の言葉は最後まで続かず、芥川が彼女の頬を張る鋭い音で遮られた。

「人虎は生け捕りとの命の筈。片端から撃ち殺してどうする、役立たずめ」
「―済みません」

"抜き身の刃"――嘗て彼の男が芥川の上司として存在していた時、芥川の事をそう表現していた。検討違いで無ければ彼の男があちら側に居た時よりも刃が研ぎ澄まされている。

「人虎……?生け捕り……?あんたたち一体、」
「元よりやつがれらの目的は貴様一人なのだ人虎。そこに転がるお仲間は――いわば貴様の巻添え」

困惑する小虎君―基、中島は、芥川の言葉の暴力に圧倒されていく。

「僕のせいで皆が――?」
「然り。それが貴様の業だ人虎。貴様は―生きているだけで周囲の人間を損なうのだ」
『(―――小虎君)』

黒岩は中島の胸の内を想った。彼に関する調査をする中で当然出て来た孤児院の出来事。物陰越しに見える彼の蒼白な顔は、恐らく其れを想起しているに違いないのだ。

「羅生門」

芥川は自身の異能力を発動し中島がヘタり込んだ、が。

「うわあああああ」
「玉砕か―――詰まらぬ」

叫び声と共に走り出した中島、芥川が迎撃しようとすると其れを交わして銃で応戦。何発もの銃弾が芥川の黒く蠢く背中に命中、したかに見えた。

「そ、んな……何故……」
「今の動きは中々良かった。しかし所詮は愚者の蛮勇」

銃弾をパラパラと散らせながら中島と再度相対する芥川は淡々と続ける。一方で中島は、絶望的な表情で立ち尽くす。

「やつがれの黒獣は悪食。凡るモノを喰らう。仮令それが『空間そのもの』であっても」

芥川は尚も淡々と、続ける。
その黒獣はゆらゆらと蠢き続け――

「そしてやつがれ、約束は守る」

中島の右足が飛んだ。

『っ、』
「ぎゃああああああ―――」

その慟哭に、黒岩は傍観者で居続けることに耐えられず現場に身を投じそうになった。それと同時に、背後から柔らかい布のようなもので両目を覆われて進めなくなった。

『なっ、』
「シッ――、もう少しだけ…」
『だざ……』
「うん。もう少しだけ、見てて」

背後から忍び寄っていたのは太宰。瞳を覆ったものを早々に外すと、静かな声、穏やかな色の瞳で言った。黒岩の両目を覆い隠したのは、彼の専売特許である包帯だった。
中島は虎化し、驚異の速さと再生能力で芥川の羅生門に対抗していた。其処に谷崎の細雪が加わり――双方が王手を掛けた瞬間。

「はぁーい、そこまでー」

黒岩の横をスルリと通った太宰が、戦禍の中央で気の抜けた仲裁の文句を述べていた。

『ああ……バレて仕舞ったか、』

黒岩はポソリと呟き立ち上がると物陰から身を翻す。気配を消したまま、家路に付こうと足を向ける。太宰の物であろう視線が背にぶつかるが、気にしまい。
困惑する中島と、波立つ感情を抑え悟ったように話す芥川の声が随分先まで足を進めても耳に付いてきた。

「然り。外の誰よりも貴方はそれを悉知している―――元マフィアの太宰さん」

芥川のそんな言葉が聞こえてきたところで、思わずため息が出る。

『人にあれだけ情報操作させておいて此れか……、特に龍之介には―――』

そう、特に芥川への此の情報取扱はとてもナイーブに扱ってきたつもりでいる黒岩にとって、今回の太宰の荒療治とも言える遣り方は苦々しいものだった。

『慕う人間が突然に姿を消す悲しみをお前だって良く分かっているだろうに―――何故こんな』

黒岩の独白は風に消えていく。


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