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――発車します。締まるドアにご注意ください。

アナウンスと人々の雑踏が響くホームの横を、黄緑色の線が描かれた車体が風を切って通り抜けていく。
静満は渋谷駅に到着したのだった。

『(とりあえずこの改札から出て、スクランブル交差点を抜けてから……)』

静満は、スマホの画面と駅構内の案内書きとを見比べながら、往来をゆらゆらと擦り抜けていく。
目当ての改札口でピピッと電子音を響かせてから、人と色彩が溢れる鉄の箱の中から漸く脱出した。大きく渋谷駅、と書かれた看板が主張する壁際に一時避難してから、ふう、と息を吐く。そして再度、スマホ画面に乱数の事務所への行き方を表示した。
先程検討を付けた通り、この後は交差点を渡り幾つかのブロックを直進してから曲がれば到着するようだ。静満は少しだけホッとして、画面に向けていた視線を上げる。

眼前に広がる渋谷の街は、恐ろしいほどの色で溢れ返っていた。赤や黄色、青と言った三原色は勿論、その他の曖昧で絶妙な色達も、伸びやかに主張し合う。一見雑ざりあって濁ってしまいそうだが、一つ一つが独立し、干渉せずキラキラした色を保っていた。

『(乱数さんのテリトリー、だ)』

脳裏にそう過らせて静満は、足を進める為に進行方向を見た。の、だが―――

「もし。貴方が乱数の言っていた方でしょうか」

――突如、視界いっぱいに現れたのは、見知らぬ美しい顔。

『、え』

誰なのだろう、静満は困惑する。柔らかそうな茶髪に新芽のような翠色の瞳を湛え、和服を綺麗に身に纏った青年の顔を真っ直ぐ見詰め返しても、見覚えがなかった。

「どーみてもそうだろ、幻太郎!なあ、お前が静満だよな?」

今度は右から。勢いのあるハスキーな声が聞こえて顔を向ければ、深い青色の髪に不思議な色の指した瞳を持つ、カーキのジャンパーを着た青年が居た。

『あ…、え?』

静満は再び困惑しながら、頭を働かせる。先程、この和服の青年は"ラムダ"と言わなかったか?それに、こっちの青髪の青年は自分を名指ししなかったか?と。

「…はあ、帝統。そんなに勢いよく声を掛けては…。怖がっているではありませんか」
「はあ!?てめーだって急に声かけたじゃねえかよ!」

声量のある切り返しに和服の青年は大きく息を吐いて、再度静満に向き直ると、甘やかな声で言った。

「この空け者が申し訳ありません。小生は夢野幻太郎。怪しい者では御座いませんのでご安心を。乱数のチームメイトです」
『チーム、メイ、ト…』

まあ、それでも充分に怪しい訳であるが。静満は鸚鵡返しで言葉を咀嚼する。なんとなく、この二人が声を掛けてきた理由について合点がいってくる。確か、カフェに置いてあった少し前の週刊誌に"元TDD 飴村乱数、ラップバトルには作家の夢野幻太郎を勧誘か!!?"という見出しがあったはずだ。静満は本物の夢野幻太郎を見たことは無いが、目の前にいる彼の、書生のような装いと丁寧な言葉遣いに、この人がそうなのだろうな、と思い至っていた。

「おうよ!俺はあ――――」
「彼は有栖川帝統、変人ギャンブラーです」
『変人…ギャン、ブラー?』

新しい語感に、静満はもう一度鸚鵡返しを試みる。

「おい幻太郎!!てめ、自己紹介くらい自分でやるっつーの!!つーか変人とか付けんな!」
「やれやれ。此れだから野蛮人は。――はてさて、神嵜静満さんでお間違い無いでしょうか?」
『、あ……は、い』

賑やかな二人のやり取りに圧倒されて是と返答する。静満は既に、二人が本物の乱数のチームメイトであることは脳の片隅で理解していたが、困惑は隠せなかった。
頷いた静満に微笑んだ幻太郎は、視界に帝統を入れる。静満もつられてそちらを見れば、帝統はいつの間にか何処かに電話をしていたようで。

「おい静満、乱数が代われってよ。ほれ」
『え、はい。』

静満は差し出されるがままにそれを受け取り、耳に当てた。

『――もしもし』
「静満ごっめーん!ビックリしちゃったよね?」
『乱数、さん…』

画面の向こうから、よく知った声。静満はあからさまにホッとしたような声で乱数を呼ぶ。

「うんうん。乱数だよ〜っ。無事にげんたろーとだいすに会えたんだね!その二人、ちょ〜っと変わってるけど、ボクの自慢のポッセなんだ!だからだいじょーぶ!一緒に事務所までおいで〜!」

乱数は普段通りの明るさを保って声を掛ける。静満が感じた少しの不安が伝わっているのか、乱数は静満が欲しい説明を全部入れて返答していた。

『乱数さん…、分かりました』
「うんっ、静満、待ってるよ」

静満はきゅ、とスマホを握る。安心感からくる溜め息をひとつ、吐く。

「あ、帝統に代わって貰える?カーキのジャケット着てる方ね!」
『はい』

乱数に言われ、静満は顔を上げる。左側に幻太郎、右側に帝統が立っていて。

『あの、帝統さん…?』

勿論右側に手元のスマホを差し出したのだが。

『あ、』
「何だ、乱数」
「はああー」

伸びてきた帝統の手がスマホに触れる直前で、静満の背後からもう一つの影が伸びてきて、それを拐う。別人のような低い声で、幻太郎は電話口にでる。帝統は諦めたように大きな溜め息を吐いた。

(「あ!もー!幻太郎!静満が混乱するでしょ〜!メッ!だよ!」)
「はて、何の事やら」

幻太郎が耳に当てているスマホから、乱数の声が漏れ聞こえてくる。窘めながらも楽しそうな声色に、静満は肩の力が少し抜けるのを感じた。

『あの、帝統さん』

静満は隣で、頭の後ろに両腕を組み詰まらなそうにしている帝統を振り返る。

「あー?」
『乱数さんに、電話してくれてありがとうございました。最初少し、驚いていたので…』

帝統は静満を観察するようにジッと見詰める。

「別に?つーか、少しって感じじゃ無かったけどな」
『…、』

申し訳なさそうに下げられた静満の眉を見て、帝統は、普段は勝ち気なその眼差しの目尻を細めた。

「ま、俺らも急に声掛けたから仕方ねーよな!」

帝統は、ニッと鋭い八重歯を見せて笑った。そして静満の頭をポンポンと軽やかに叩いてから、さらり、髪をすく。それはまるで、野良猫が飼い猫の世話を焼いているようにも見えた。

「帝統ぅ〜?妾を差し置いて、他の者と仲睦まじくするなんて……」
「けっ、」

電話を終えた幻太郎は、そんな帝統と静満の間に入り込んでいく。静満はその横顔へおずおずと声をかけた。

『幻太郎、さんも…、声を掛けてくれてありがとうございました』
「……、貴方本当に乱数の御友人なんですか?」

余りに素直な感謝の言葉を受けて、幻太郎は軽く瞠目した。反対に静満は、幻太郎が零した疑問に閉口して、言葉の主を見詰め返す。

「恐ろしい程清らかで…、小生は背筋が寒くなるような心持ちです」
「幻太郎…、お前」

神妙に呟かれる幻太郎の言葉。それは捉え方に因ってどうにでも解釈できる言葉だった。帝統がヒヤリとして、横目で静満の表情を盗み見る。しかしながら静満は特に顔色を変えること無く幻太郎を見詰め返していた。

「――ま、嘘ですけど」
「っ――嘘かよ!静満、こいつ嘘つきだから気にすんなよ」

幻太郎が微笑むと、帝統は僅かに焦りを見せながら静満にフォローを入れる。

『そうなんですか?…、分かりました』

静満はキョトン、とした表情で頷いたところで、幻太郎は苦笑する。

「嘘のつき甲斐がありませんね…」

そして独り言ちると、さて、と二人に声を掛けた。

「進みながら話しましょうか」
『はい、』
「まっ、そーだな」

三人並んで、人々の行き交うスクランブル交差点に向かって行った。

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