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他愛もない話をしながら歩き、ある程度打ち解けた、と言えるようになる頃、静満達一行は乱数の事務所に到着したのだった。静満はこの場所に来たのは初めてだったので、興味深げにくるりと視線を回していた。幻太郎がその姿を横目に、「どうぞ」と言いながら扉を開ける。すると、――
「静満〜っ!いら〜っしゃい!!」
――静満の視界に鮮やかなピンクがいっぱいに広がり、ポスッと軽やかな音と共に衝撃。よろめいた静満の背を、帝統が軽く支えた。
『わ、乱数さん』
扉が開くことを今か今かと待ち構えていた乱数が、静満に飛び付いたのだった。幻太郎と帝統は、やれやれと言った顔でそれを見るが、乱数はお構いなしで静満に頬擦りしている。
「相変わらず可愛いねえ〜えいえいっ」
『…ふ、擽ったいです』
首筋に乱数の髪が触るのか、静満は小さく噴き出して言う。それに目を見開いたのは外野の二人だ。
「笑った…」
「…笑いましたねえ。ここまでの間、にこりともしないのでてっきり感情が無いのかと思いましたが思い過ごしでしたね。……おや、帝統?」
帝統は大きく口を開けたまま固まってしまう。しかしながらその視線は確りと静満を捕らえていて。幻太郎はそんな様子を横目に、興味深げに口端をつり上げた。
「これは中々…」
―――――
ここで騒ぐのも難ですから、と幻太郎が提案した事で漸く事務所の中に招待された静満は目を何度も瞬かせ、色彩の暴力とも言えるこの室内を受け入れようとしていた。
視覚的情報としては――紙、布、紙、布、布、ペン、ハサミ…布、……時々、床。パステルカラーを中心に、どんな色もそこにはある。まるで渋谷の街の縮図の様な部屋だ。
「静満っ、あの二人に変なことされなかったぁ?」
『?はい、とても親切で…。帝統さんは僕と同い年だそうです』
静満の腕に巻き付いている乱数は、楽しそうに尋ね、質問の意図を読みきれていない様子で静満は答える。
「ええ〜っ!?そうなの、帝統ぅ〜?」
「あ…、おう!そうみてえだぜ。こいつ、反応薄いから絡みにくいかと思ったけど、そんなことねえし、良い奴だな!」
「えっへへ〜、でしょお?良かったねえ、静満!」
話を振られた帝統は、動揺を見せながらも配慮ある返答をしたため、幻太郎は"可愛い奴"の間違いでは?等と揶揄したくなる衝動をグッと抑えた。静満は乱数に頷いて言う。
『それに、幻太郎さんはすごく面白い方でした』
「面白い〜?!あ、まさか幻太郎、静満にもいつもみたく嘘ついたの?!」
「…麻呂は記憶にごじゃりませんのぅ」
「んも〜!」
乱数の怒ったポーズをいつものおふざけで躱す幻太郎。色に溢れた室内は、人の声にも溢れている。
『賑やかで楽しいですね。僕は乱数さんにも久しぶりに会えて嬉しいです』
「あ〜っほんとのほんとに可愛くってだ〜いすきっ!」
乱数は再び静満へ飛び付く。勢いが強くてよろめく静満を、やはり帝統が支えたのだった。
『わっ、あ…帝統さんありがとうございます』
「おう、」
背後に気付いた静満は帝統にペコリと頭を下げる。帝統は肩を竦めて何でもないように答えた。
静満が事務所に到着してからそこそこの時間が経過しているにも関わらず、未だ終わりそうにない乱数の静満を構い倒す時間。そこに終止符を打ったのは幻太郎だった。
「さて、乱数。感動の再開はここまでにして、静満さんには仕事の件で来ていただいたのでしょう?」
「おーっとそうだね、幻太郎!じゃあ静満、ついてきて!」
『分かりました』
乱数は素直に応じて、静満に呼び掛けて、ひとつ奥の作業部屋へと移動していく。
「では帝統と小生はこちらでゆるゆるとさせて頂きますよ」
「うんっ!じゃあ後でね〜!」
――――――――
作業部屋に移動してから数十分、元々の依頼だった新公式サイトの全容が出来上がってきていた。実際の作品を見たり、作者の意図を知ったりすることで、よりイメージに近い完成を目指せる。静満は、楽しそうに話す乱数の言葉の中で鍵になりそうな物をメモに残したり、時にはサンプルとして服を写真に納めたりして脳内で完成図を作りつつあった。
「―――でねでねっ、これが新しいラインの服!」
満を持して、と言うように乱数は新作の服を次々と見せてくれる。それは、乱数らしいカラフルさを残しつつ、どこかスパイスを混ぜたような、そんなデザインで。
『これまでとは少し雰囲気が違いますね』
「でしょでしょ〜っ?だから、これまでのと、新作と、全部が引き立つようにしたいんだよねっ」
静満が静かに感想を述べれば、乱数はにっこりと頷いて一番の希望を述べた。
『数日中にサンプルお出ししますね』
「さっすが静満〜っ!よろしくねっ」
乱数の言葉にしっかりと頷いた静満は、思い出したように"あ"、と口にする。
『それから、別件と言うのは?』
「えっへへ〜!よくぞ聞いてくれました!――実はね〜っ?この服着た静満を、撮らせて欲しいなぁって!」
静満は楽しそうに宣言する乱数を見たまま動作を停止した。背景は大量の疑問符で埋め尽くされている。
「そしてそれを、サイトとかスタイルブックに使いたいなぁ〜って!――つまりねっ、静満にウチの新ラインのモデルをしてほしいんだけど、ダメかなぁっ?」
乱数は自分自身の可愛らしさを全面に押し出したポージングと、その大きな瞳にうっすらと水の膜を張らせて静満を見詰めた。困惑する静満に、乱数は胸中で"あと一押し"と笑う。
『―――え?駄目と言うか、何故、僕なんですか?今までのモデルさんは…』
「えーんえーん!忘れちゃったの?静満が言った言葉!これまでとは雰囲気が違う、って!」
『それは、はい…でも、』
「このラインの服が出来たとき、静満が頭に浮かんじゃったんだもん…。ボクは静満が良いんだけどなぁ……ダメかなぁ?」
意気消沈する様子を見せる乱数。静満はそれの大部分が演技であると頭の片隅で分かってはいるものの、振り切れないのだ。
『………、乱数さん、の頼みなら…』
「やっっったあ〜!!静満だ〜いすきっ!」
結局折れた静満に、乱数は先程の比ではない位に力一杯抱き着く。
『うっ、…あ、でも、顔は、顔を全体的に出すのは、』
「そ〜んなのお安いご用だよっ!じゃあ決まりねっ!」
『あ…はい、』
やはり乱数には敵わないのだな、と静満は息を吐く。でも、そう。寂雷との事もあるだろうに、乱数がそんな感情の中でも自分の存在を思い出して選んでくれた事が、静満は心底嬉しかった。
静満は自分が求められる事には出来る限り応えたい、そういう思考なのだ。乱数はその擽り方を良く知っていた。
「よーっし、今日のお仕事はこれでおーっしまいっ!静満っ、幻太郎と帝統のとこ行こっ!」
『そうですね、』
「みんなで何して遊ぼうかな〜っ。げんたろ〜!だいす〜!」
一足先に乱数は作業部屋を出ていく。静満はその背を見て、急激に寂しさの波が押し寄せて来るのを感じた。
普段感じない位の賑やかさを間近で受けたからだろうか。耳に残る明るい声と、室内の静けさのギャップに少しだけ眩暈がした。
「おい、静満?」
キィ、と静かに扉が開いて帝統に呼ばれる。静満は顔をあげて今行きます、と返答するもまだ立ち上がれるまでは整っていなかった。その様子を訝しんだ帝統は、そのまま近付いてきて顔を覗き込む。
「調子わりぃか?顔、真っ白だ」
『あ…、ちょっと立ち眩みがして』
「はぁ?女かよ!」
『…ふ、違います』
静満は帝統の切り返しが新鮮で、口の端が少しだけ上がるのを感じた。帝統は一つ息を吐くと静満の髪をくしゃくしゃと乱雑に撫でてから、手を差し伸べる。
「、知ってるっつーの。ほら、行くぞ。あいつら飯食いに行くっつってたからよ、置いてかれんぞ」
『はい、』
その手を掴んで引き上げられ、立ち上がる。その時にはもう、思考の波は何処かに追いやられていた。
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