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ファミリーレストラン、通称ファミレスと呼ばれる若者達の憩いの場。そして家族が気軽に団欒出来る、暖かくも賑やかである場所。乱数率いる静満を含めた四人は、駅近でポッセの行きつけになりつつある店舗に来ていた。

静満は、通された角のソファ席に腰掛けながらふと、不思議な感覚が過るのを感じた。何とも言い表せない、これは何だろうか。
ぼんやりしながら、見慣れない店内の様子に視線を巡らせていると、ズシリ。頭の上に柔らかい重み。ゆらゆらと揺れていた頭が正面で静止する。

「お止めなさい、キョロキョロと。はしたないですよ」

掛けられた声の方に静満が視線だけ向ければ、その重みの主は幻太郎の手で。
もう少し奥によってください。小生が座れないでしょう。そんな声掛けと共に、頭の上から手が離れる。その綺麗な手はヒラヒラと、野良犬を追い払うような動きで静満に指示した。

『すみません、』
「ええ。お隣失礼します」

静満が座る位置をずらしながら静かに頷けば、幻太郎はふわり、白檀の薫りをさせながら和服の裾を整えて腰かける。
向かいの二人掛けソファには、乱数と帝統がそろそろと身を滑り込ませた。

「ちぇ〜っ、幻太郎いいなあ。静満の隣」

乱数は頬を膨らませ、テーブルに手を付いて身を乗り出しながらぴょんぴょん、と跳ねる。その横に身を置く帝統は、乱数の動きに"げ"、と眉を寄せた。

「うっせーよ乱数……なあ幻太郎、じゃんけんもっかいしよーぜ。俺この席ムリ」

帝統は眉を寄せて乱数を流し見てから幻太郎に投げ掛ける。静満は所在無さげに三人のやり取りを見守っていた。
幻太郎はそれを横目に肩を竦める。

「知らないようなので教えてあげましょうか帝統。じゃんけんは古来より神々に捧ぐ神聖な儀式として存在していますので、一度決まった結果を覆せば天罰が下るのですよ」

帝統がピシ、と固まり――幻太郎はその翠色の目を細めて光らせる。そこへ空かさず乱数が声をあげた。

「ええ〜っ!?そうなの幻太郎っ、ねえ帝統聞いたあ??」
「あ、ああ…」
「因みに、天罰は最短三日、将又何十年も後に下される事も在るそうです。ともすれば、幼き頃の戯れ言も甘くは見られませんねえ」
「ひぃっ……」

男に二言はないと常々言ってはいるものの、帝統にはどうやら心当たりがあるらしい。普段通り、歌うように話す幻太郎の言葉に顔色を青くしている。

何度も繰り返しているお馴染みの流れにも関わらず、帝統は綺麗に素直に騙される。翠色と、水色の二つの瞳は、細めた視界の端を交差させた。
静満はきょとんと三者を見つめるだけだったが、幻太郎と乱数の間に何らかの意志疎通が図られていることを理解していた。

「――まあ。嘘ですけど」
「おいいいいっ幻太郎!!!」
「あっはははは!良かったねえ帝統〜」

帝統が吠えたと同時に、若い女性店員が水を置きに来る。有名人相手だからと顔を真っ赤にしたその女性に向かって、乱数はとびきり可愛らしい微笑みを見せてから、"とりあえずドリンクバー四つとフライドポテトね〜。"と声を掛けた。

「他の注文はゆっくり決めよーねっ、静満っ」
『はい、』
「ねえ静満ファミレス来たことあるー?」
「は?」「はい?」

乱数の質問内容に真っ先に反応したのは何故か本人ではなく外野だった。本人である静満は、至って真面目に首を横に振る。

『え、と…無いです。』
「は!?」「はい!?」

乱数は静かに頷いているものの、やはり帝統と幻太郎が大きく反応する。

「大学のトモダチとかともー?」
『はい、余り外では会いませんし…』
「そっかあ。じゃあボクたちポッセが初なんだね!」

静満は乱数の嬉しそうな声を聞きつつ、そうですね、と頷いた。幻太郎や帝統は新人類を見るような目で静満を見てくるものの、詮索の意図を感じるような不躾な視線ではないため、静満は困ったように肩を竦めるに留めた。

「しかしまあ、そんな人種が存在するのですねえ。」
『すみません…』
「別に謝るこたねえけどよ…なんつーか、まあ、珍しいよな!」

ニカッ、と帝統は八重歯を見せて笑う。幻太郎が、見上げたフォロー力ですこと、と呟くと同時に帝統は騒ぎ立てた。

「てか、んな事より俺腹へったんだけど!早く飯、頼もーぜ!」
「も〜!しょーがないなあ」
「っしゃー!俺ステーキ!!」
「小生は秋鮭と茸の和風パスタで」

ポンポン、とテンポ良くスピーディーに告げられる料理の名前に静満は目を白黒させる。乱数は楽しそうに、静満とメニューを覗いた。

「二人とも決めるのはっやーい!ねえねえ静満なに食べる〜?」
『ええと…』
「ボクねえ、これとこれで迷ってるんだけど、どっちが良いと思う〜?」

乱数はページをペラペラとさせながら、迷っていると言う料理を交互に示す。静満は静かにそれを見詰めると、

『オムライスとリゾット、ですか?…それじゃあ、僕、このリゾットにします。乱数さん良かったら分けませんか?』

そんな提案を乱数へと投げ掛けた。

「えーっ!良いの??静満やっさしー!じゃあボクはオムライスねっ」

注文、注文〜っ、と乱数は元気良く呼び出しボタンを押す。直ぐに来た店員へ注文を伝え終わると、入れ替り立ち替りでドリンクバーに向かった。

それから数時間、ドリンクバーとデザートの注文でゆっくりと滞在させて貰った四人。外が少しずつ暗くなり始める頃合いになると、帝統はギャンブルへ行くと言って退席し、幻太郎は本業の為に帰宅すると言って去った。
乱数と静満は二人で事務所へと帰ることとなる。

「あ〜乱数ちゃんだ〜!かわいい〜!」
「オネーさん達こんにちは!今日もとってもカワイイねえ!」

乱数は当然ながら街で大人気だ。一歩進む度、取り巻きの面々が変化する。人数も増える。静満が困惑しながら距離を取ろうとするのを察知して乱数は静満の手を引いた。

「乱数ちゃん隣の子は〜?」
「え、超カワイイけど誰?」
「手繋いでるしめっちゃ仲良しじゃん!」

目敏い"オネーさん達"は、絡められた手を見詰めて、キャッキャと騒ぐ。乱数は上手くいったとばかりに静満と距離を詰めて、愛嬌を振り撒いている。

「えっへへ〜!良いでしょ?この子はボクの弟みたいな、とっても大切な子だよ!」





**



一つのベッドに二人で寝たい、と言う乱数の希望に答えた静満。今正に、二人は至近距離で向き合いながら仲良く横たわっていた。乱数は静満の髪をさらさらと弄りながら声をかける。

「ねえねえ静満」
『なんでしょう』
「寂雷との生活はどうなの?」

静満は、乱数の口からその名前が出て来たことに面食らって、硬直する。

「へへへ、ビックリしてる」
『…、どう、かと言われても、余り分かりません。僕の変化と言えば、料理が出来るようになったことくらいです』
「カフェでもバイトしてるよね」
『ご存知でしたか』
「うん。この前ちょっと覗きに行った」
『え、』

このカラフルな有名人が最も啀み合うシンジュクに現れたとなれば、大騒ぎだったのでは、と頭に過る。乱数は、"変装したから誰にもバレなかったから大丈夫!"と先手を打つ。

「…ちゃんと頑張っててエライね。でもボク、ちょっと寂しくなっちゃった」
『寂しく、ですか』
「そう。静満が、ボクの知ってる静満じゃなくなっちゃったら、ってさ」
『…僕、は…』

その静かな言葉にどう答えるべきか、静満は分からず言葉を途切れさせる。

「―――、ねえ静満。これ以上灰色に…、寂雷に、染められないでね」
『乱数さん、』
「色を失くしそうになったら、ココに来て。ボクがまた色を付けてあげるから。静満の、世界に。」

乱数は手を伸ばし、静満の頭を引き寄せる。そしてその丸い額に優しく口付けた。

「一緒に良い夢を見ようね。おやすみ」

静満は普段の乱数とは違う様子に僅かに戸惑いつつ、おやすみなさい、と小さく答えてから目を閉じたのだった。


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