13


結局、静満が乱数の事務所を出発できたのは翌日の夕方だった。乱数がデザインした新ラインの服を、次々と着せ替え人形の如く脱ぎ着させられ、どこからか登場したカメラマンに写真を何百枚と撮られ。最終的には乱数から「データが上がったらまた連絡するから事務所に来てね!」と軽やかに言われて頷いたのがほんの少し前の話。
静満は、いつになく疲労を顔に浮かばせた姿で、電車に揺られることとなったのだ。

足掛2日間滞在したシブヤの街は賑やかで鮮やかで。静満の網膜や鼓膜にも、残像が焼き付いて離れない程に鮮烈なディヴィジョンだった。静満のホームタウンであるシンジュクだって不必要なくらい人はいるのに、やはり2つの街の雰囲気は全く持って別物だ。静満には別段、どちらが好き、と言う感情は無いもののやはり、慣れ親しんでいると言う意味ではシンジュクの方が遥かに安心できて呼吸がしやすい街だと改めて思わされる切欠となった。


シンジュク駅に到着した静満はサクサクと足を進めて目的地である寂雷宅へ向かう。数分前に来ていた寂雷からのメッセージで、後2時間ほどで帰宅する事が分かったため、静満は家を空けた分溜まった家事を済ませ、更に学会で疲れているであろう寂雷が少しでも早く休めるように手筈を整えようと考えていた。



しかしながら。
――それは、もう少しで目的地である灰色の鉄の箱に到着する、と言うタイミングだった。

「おう、随分と遅え帰りじゃねェか?静満よォ」

掛けられた言葉は、聞き覚えのある低くハスキーな声。顔を上げた静満の視界には、薄闇の中にぼうっと白く浮く、その姿。鋭く光る、赤い目。

『……、?さ、まとき、さん?』

困惑の中で答えを出した静満は、零すように言葉を発した。

「他に誰が居んだよ」
『いえ…お久しぶりです、左馬刻さん』

静満が静かにペコ、と頭を下げると対峙するその人、碧棺左馬刻は、黒塗りの車に寄り掛かりながら片方の口の端をくい、とつり上げて笑った。

「お綺麗な顔しやがって、てめぇ昨日の夜から今まで、ドコで誰と何してやがった?」
『昨日、?』
「ッチ、惚けてんじゃねえぞ。」

突然現れた上に、謎の質問を投げ掛け、困惑している相手に向けて舌打ちをする。この数分の間でかなりの迷惑指数を叩き出している目の前の相手は、幾ら知った顔とは言え正真正銘のヤクザである。静満は僅かに眉尻を下げて左馬刻を見詰める。
すれば、左馬刻はく、と顎を上げて背後の車を示したのだった。

「とりあえず、乗れ」
『え、と…でも、寂雷さんが、』
「ア?」
『…分かりました』

静満は左馬刻の提案を何度も断ったり覆そうとする事は面倒の元であると知っていたため、小さく息を吐いてから頷いた。

『失礼します』

静満がそう言って静かに後部座席に乗り込むと、左馬刻はそれを押し込もうとするかの如く、背後にピッタリ張り付きつつ車内に向けて声を掛ける。

「おい銃兎ォ、この辺適当に流しとけ」
「あぁ?てめェ左馬刻、俺を何だと思ってんだコラ。ブタ箱にブチ戻されてえのかァ?」
「ァア?俺様が出せっつってんだろうが!早くしろ!!」

静満の隣に身を滑り込ませた左馬刻がズガッ、と助手席の背を蹴った。車全体がグラリと揺れた。

「オラ、銃兎!!」
『左馬刻さん…』
「あ゙?」

怯んだ静満が小さく呼び掛ければ、左馬刻はそのままの剣幕で振り返り、静満を視界に入れた。

「……ンだよ、静満」
『いえ…、少し怖いのと、僕に用事があったのでは無いかと思ったので』
「ッチ、」

静満の率直で尤もな言葉に黙りこみ、車の外に視線を遣った左馬刻をルームミラー越しに見て、銃兎は頬をヒクリ、と痙攣させる。

『、あの…すみません、』

静満は運転席に向かって呼び掛ける。真後ろの席に座っているため、良く見えないが、スーツと眼鏡、そして、赤いグローブが印象的だった。

『その、銃兎?さん?でお間違い無いですか?お邪魔してます。神嵜静満と言います』
「…ええ。お見苦しいところをお見せしてしまいましたね。私はヨコハマ署組織対策部巡査部長の入間銃兎と申します。以後、お見知り置きを」
『…ソタイ、』

先程と打って代わって物腰穏やかで丁寧な様子と、告げられたその肩書きに静満は混沌を感じつつ現実として受け入れようとしていた。

「静満。コイツは俺の新しいチームメンバーだ」
『そう…なんですね』
「ええ。まあそう言う訳で、持ちつ持たれつでやっていますよ」

静かに会話に入ってきた左馬刻にホッとする。静満は相槌を打ちながら、最近は色々な人と会うな、等と考えていた。

「おい、」
「オーライオーライ、ったく仕方無ねえな。静満さん、シートベルトの着用をお願いしますね」
『あ、はい。分かりました』

左馬刻が銃兎に呼び掛ければ、呆れたような返答と共に、警察らしい声掛け。静満はその不思議さを噛み締め、銃兎の指示に素直に従って、カチ、とベルトを装着する。
銃兎はそれを確認すると、ウィンカーを出して車を発車させた。

「――で?」

暫く沈黙が続いていたが、左馬刻がただ一文字、言葉を発する。静満は自分に対する言葉だと理解して口を開いた。

『昨日からさっきまで、乱数さんの所に居ました』
「ァア?乱数だァ?」
『はい。仕事の依頼があったので、その打ち合わせを兼ねて』
「先生は知ってんのかよ」
『いえ。寂雷さんは学会で横浜に出張だったので』
「そうだよなァ」

静満は、何一つ嘘偽りなく答える。左馬刻は乱数の名前に眉を寄せたものの、静満が本当の事を言っているのが分かったようだった。

「ハマで会ったぜ、先生によォ」
『そうでしたか』
「ああ。嬉しそうにてめぇが選んだとか言うネクタイ見せびらかして来やがった」
『話のネタにしてくださったんですね』

僅かに口角を上げて話す左馬刻に、静満は柔らかく言葉を返す。運転席の銃兎は、成る程なと胸中で呟き思考する。

――神嵜静満、神宮寺寂雷の従甥。かなり近い距離で幼い頃から育ったのか、物腰はメディアを通して観たことがある神宮寺寂雷に良く似ている。
左馬刻はTDD時代から神宮寺を彼なりに敬って居たこともあってか、この静満と言う人物に対しても比較的穏やかな応対が見られる。

それにしても。と、銃兎はルームミラー越しに静満を盗み見た。この人形のような顔、何処かで見たことがある。そう過ったからだった。
思案しながら見詰めていると、バチリ。静満と目が合った。

『あ…すみません銃兎さん、煩かったですか』
「いえ。普段の左馬刻の方が余程騒がしいので全く問題ありません。」
「ァア?」
「ただまあ、随分と仲が良さそうだなと思いましてね」

静満はキョトン、として左馬刻と銃兎を交互に見比べる。

『僕からすれば、左馬刻さんと銃兎さんもとても仲が良さそうに見えます』
「ハッ、やめろ静満。寒気がするぜ」
「奇遇だな左馬刻、俺も願い下げだ」

一通りの軽口が済むと、銃兎は改めて口を開く。

「――ところで静満さん、お時間は大丈夫ですか?」
『そろそろ、戻れたら良いなとは思っていますが…』
「だとよ左馬刻。車回すからな」
「チッ」

左馬刻は舌打ちで返すと、再び黙り込んで窓の外に視線を遣る。静満も流れていく見慣れたネオンを見て、心静かになるのを感じた。

程なくして、銃兎が運転する黒塗りの車は寂雷と静満の住む灰色のマンションに到着したのだった。

「着きましたよ」
『はい。ありがとうございました銃兎さん、』
「ええ。……おい左馬刻。いつまで不貞てってんだ」
「ッチ、」

銃兎に促されると、左馬刻は何度目かの舌打ちをする。そして、鋭い視線を静満に流して、

「静満」
『はい、』
「近い内に面見せに来い。イイモン見してやる」

コク、静満は小さく首肯く。左馬刻はその紫色の髪をくしゃくしゃと乱して、片方の口の端をつり上げた。


車を降りて、二人を見送る。黒い高級車が夜の闇に霞んで見えなくなった頃、静満はマンションに入ろうと足を踏み出した。

『…何か用だったのかな』

結局、左馬刻が何故ここに来たのかが分からないで終わってしまった。疑問符が浮かぶ中、エントランスに一歩踏み入れた時。

「静満君」
『…、寂雷さん、おかえりなさい』
「うん。ただいま」

静満の大好きな神様が、帰ってきたのだった。

- 15 -

*前次#


ページ:



ALICE+