15
静満はカフェ店員としての職務を全うしていた。
漸く、ランチタイムのピークを越えて、空席がポツポツと増えてくる頃。静満ともう一人の店員はテーブルセット等各々の役割をこなして行く。
全ての空きテーブルに新たなお客様を迎える準備が整い、相方の店員を休憩に送り出した、そんなときだった。
カランカラン、
ドアベルが来客を報せた。
奥にいた静満は、入り口へと向かう。進むにつれて逆光が少し和らぐと、見えてきたのはここ最近で見知った赤い髪。あれは間違いなく、不向きな営業職に就いて精神をすり減らしながら日々生きている、寂雷の患者である、観音坂独歩だった。本当にまた来てくれたのか、と思い起こしながら静満は足を進める。目が合って、にこりと微笑み会釈をしながら近付くと、後ろに誰か連れている事に気が付いた。パーカーのフードをすっぽりと被って、俯いている為顔が見えない。
『いらっしゃいませ。観音坂さん』
「こ、こんにちは、静満さん」
『2名様ですか?』
「はい、」
独歩はチラ、と後ろを振り返ってから、僅かに頷いた。
『ではお席に……』
「あ、あの、っすみません…出来れば、奥の方の…隅の席に、お願いしたいんですが」
独歩が再度背後の影をチラリと見るので静満は、何か訳アリなのだろうと理解した。
ぐるり、店内を見渡す。一番閑散としている時間帯だ。お客様は疎らで、奥の席には人はいなかった。
『承知しました。ではあちら、左手奥に見えるソファのボックス席はいかがでしょうか?』
「は、はい、ありがとう、ございます…すみません、注文を付けてしまって…」
『大丈夫ですよ。お気になさらないでください。お席にご案内しますね』
静満は案内として先頭に立ちながら、独歩達の様子を伺う。パーカーの人物は独歩よりも僅かに背が高いので恐らく男性だろう。しかしながら、何故か震えている様子が伺える。チラリと視界に入ったのは、独歩の服の裾を摘まんでいるその人物の指先だった。
『こちらがメニューになります。ただいまお絞りとお水お持ちしますね。』
「ありがとう、ございます」
テーブルにメニューを置いて、席についた二人に声を掛けてから一旦外す。厨房に"2名様ご案内。注文待ちです"と報告し、水を準備する。
そうして静満は独歩達の元へと戻ることとなったが、そこには、混乱が混乱を呼ぶような光景が待ち構えていたのだった。
『お待たせ致しま、し…た……、え?』
先程までパーカーを深く被っていてわからなかったその人が、面識のある人物だったのだ。
「やほやほー!静満ちん!俺っちの事覚えてる?」
「お、おい一二三!うるさいぞ!周りの迷惑だろ!!」
「えー?独歩のケチ〜」
「ケチじゃない!頼むから一二三、静かにしろ!ほ、ほら、静満さんが困ってるだろ!」
静満の視界に突然飛び込んできたのは、最近顔見知りになった観音坂独歩と向き合って座る、つい先日嫌なところを見られて多少言葉を交わしたシンジュクの夜の帝王伊弉冉一二三だった。―――少々、と言うか随分と印象は違うのだが。
『…伊弉冉さん、先日はどうも』
「覚えてんじゃん〜!てか独歩ちんと知り合いとかマジで?的な!俺っちめっちゃビビったし!」
静満は良く通る騒がしい声を聞きながら、印象と言うよりは最早人格が異なるのでは、とすら思考を過らせる。
「ああもうだから一二三!…ホントマジですみません静満さん……て、え?一二三と、知り…合い…?」
「そそっ!実は〜?ひふみんと静満っちは知り合いでしたー!」
「どういう…」
そして更に、随分と仲が良さそうなこの二人の接点がまるで解らず、静満は困惑していた。何故なら、陰鬱なサラリーマンと綺羅びやかなホストとでは、全てが噛み合わないような気がしたからである。
「えー?独歩っぽ聞きたい〜?」
「いや…別に、そんな、あれだけど…」
呆れ顔で疲れきった赤色と、太陽のような笑顔を絶やさない光色が余りにも当然のように会話をするものだから、静満も思考を元に戻して肩を竦めた。
『以前僕がここのバータイムの勤務から帰る時、少しお世話になったんです』
「―――ま、そゆこと!」
一二三の返した言葉には間が合ったものの静満の意図を汲んでくれたようで、静満は内心ホッとした。先日夜に出会った一二三であれば何の心配もなかったのだが、今目の前に居る一二三は軽薄そうに見えて、どちらが本当の伊弉冉一二三なのか分からなくなってしまったからだった。
「ふーん…。このお店、バーもやってるんですか」
『…ふふ、はい』
「えー!?独歩ちん酷い!俺っちに対するコメントが無い!」
「お前はホント黙れ…」
独歩がさらりと一二三の発言を流して投げ掛けてくれば、静満は少しだけ穏やかな心持ちで切り返すことが出来た。二人のやり取りの切れ目を縫って、店員としての声かけをすれば。
『ご注文はお決まりですか?』
独歩は悲壮感漂う様子で"お仕事の邪魔をしてしまってすみません!!"と言ってメニューに視線を落としていた。
―――――
夕方、今日のカフェの仕事を終えた静満は、突如視界に現れた知った顔に思考停止せざるを得なかった。
「静満!」
相手方もどうやら驚きを隠せないでいるようで、比較的大きな声がシンジュクの大通りを歩く静満の名を呼んだ。
『二郎くん…?』
何で、シンジュクに?そんな気持ちを込めて返せば、二郎くんこと、山田二郎はホッとした様に表情を緩めた。
「兄ちゃんの頼みっつーか手伝いでさ、ちょっと来てたんだ」
『そうなんだ。久しぶりだね、二郎くん』
「だな。…でもそれ、静満が来ねえからだろ」
『そっか…、ごめんね』
二郎は唇を少しだけ尖らせて言う。静満は僅かに眉尻を下げた。
『三郎くんは元気?』
「あー?まあ普通じゃね?学校はあんま行ってねーみてえだけど」
『そう…、二郎くんは?』
「あ?あー…まあ、俺は適当に行ってるかな」
二郎が余りにも所在無さげに答えるので静満は"そっか、頑張ってるんだね"と声を掛けた。二郎は平静を装いながら耳を赤くしていて、静満は少しだけ笑いが込み上げるのがわかった。
「つーかさ、静満ウチになんで来ねえの?兄ちゃん誘ったっつってたぞ」
『あ、そう言えば…』
「三郎も静満来んの楽しみにしてるし、…まあ、俺もなんつーか…別に、来たら良いと思ってる、し…」
明後日の方向を向いて二郎は口の中でボソボソと言う。やっぱり可愛らしいな、と静満は目尻が下がるのを感じた。
「あ…!なあ、静満この後暇?」
『えっ?あ…、まあ…』
「じゃあウチに来いよ!なっ?」
『で、でも…』
「頼む!話したいことあるんだ!」
『………、そっか、わかった』
「っっっしゃー!!兄ちゃんに電話しよ!!」
静満は困ったような気持ちになりつつも、元気で懐いてくれている二郎の嬉しそうな顔を見て、"仕方無いな"と肩を竦めた。そして自分も寂雷に連絡をしようとスマホを取り出したのであった。
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