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あれよあれよと言う間に、静満はイケブクロ駅まで来ていた。相変わらず二郎は一郎信者で、三郎とは仲が余り良くないままの様子が電車内での話から伝わって来て、静満は何故か少しホッとしたのだった。
先程、二郎が一郎へと連絡を入れている間に、静満は寂雷へ"カフェの仕事が終了し、これからイケブクロへ行くことになった。"と言う内容のメッセージを送信している。恐らく寂雷はそこから推察して帰宅後を過ごしてくれることだろう。
イケブクロは利用者の多い駅だ。はぐれることを避けると言う点も鑑みたらしい二郎は、静満の細い手首を確りと掴んでホームを抜け、改札を抜け、ダンジョンとも呼ばれる構内を出た。
静満が理由を問い掛けることは無かったが、二郎は何かに急いでいるらしい。静満より高い身長故の長い足でずんずんと進んでいく。静満は小走りで付いていくのがやっとな程だ。息が上がって少しだけ苦しい。それでも静満はこの状況を楽しいと感じていた。――その感情が、どこから来ているのかはイマイチ分からなかったが。
いつもイケブクロ三兄弟達がサイファーを行っている公園の脇を抜けて、細い道に入る。ここまで来れば"萬屋山田"はすぐそこだ、と静満は思った。
萬屋山田の事務所兼山田家には、何度か来たことがある。寂雷のTDD時代に、年が近かった事も理由の1つとなり一郎と会う頻度が高く、良くこの場所で話をしていたのだ。
よく知った一軒家が見えてくる。玄関前に到着した時には、二郎も静満も息が切れていた。ふう、と大きく息を吐いた二郎が事務所の玄関を勢いよく開ける。するとほぼ同時に、三郎が2階から駆け降りてくるのがみえる。その手にはクリアファイルに挟んだA4用紙を持っていた。二郎の隣に静満が居ることを認めると、元より丸くて大きな瞳をより一層見開いた。
「兄ちゃんただいま!静満連れてきたよ!あと、寂雷さんが探しているストーカー女のこと、分かったよ!」
「何でお前みたいな低能が静満さんと居るんだよ!…あの!いち兄!乱数さんが知りたがっていた夢野幻太郎のこと、分かったよ!」
「………マジで?……てか、おう、静満」
『…うん、何か、邪魔してごめんね…』
第一声は二郎。そして競うように三郎が一郎への報告をしている。何だか知っている名前が幾つも上がってぎょっとしつつ静満は、この三兄弟の会話にどうしたものかと思考する。
「あー…とりあえず静満、ここに座っててくれ」
『ありがとう、一郎くん』
見かねた一郎は静満を隣の1人掛けソファに座らせると、再び2人の弟達に向き直った。
「まだ一日しか経ってないのにもう終わったのか」
「「うん!!」」
「…とりあえず、報告を聞かせて貰おう。まずは二郎」
「探していたストーカー女はなかなかヤバい奴だったよ。なんでも、シンジュク歌舞伎町のホストを包丁で刺して警察に追われているらしい。そのストーカー女は色々な場所を逃げ回っていて、探すのに苦労したよ…シンジュクディヴィジョンの外れにある安ホテルの1010号室に居るって話」
二郎が語る内容に、静満は再度ぎょっとさせられることとなった。寂雷、歌舞伎町のホスト、と何となく知ったようなキーワードが並んでいく中で、静満の脳裏にはつい先程カフェに来た、あの光色の男が過ったからだ。
「警察に追われてる奴を良く見つけられたなあ」
「もちろん!だって俺は兄ちゃんの弟だからね!兄ちゃんみたいにダチは多くないけど、それでも頑張って、兄ちゃんみたいに各ディヴィジョンにダチを作ってたんだ。で、シンジュクディヴィジョンにいる情報屋をやってる半グレな奴を頼って探しだしたよ」
「ッハハハハ!二郎、スゲェなあ」
一郎が二郎の頭をガシガシと豪快に撫でる。二郎は気の抜けたような、蕩けた表情でそれを甘受していた。―――そこで殺気立つのは三郎である。
「っ……!いち兄!報告して良いかな?」
「おう、頼む」
「これが、夢野幻太郎を纏めた資料になります」
「マジかよ…一日で良くここまで詳しく調べられたなあ」
差し出された書類に目を通した一郎は、大きく目を見開いて感嘆する。三郎は照れたような、誇らしげな顔で、続けた。
「別に、これくらいなんて事無いですよ。とある裏サイトで情報を収集して、最後にその裏を取るために夢野幻太郎の関係者に会って情報の正確さを確認しましたので、間違いないです!」
「一通り目を通したがきれいに要点が纏められてて分かりやすい」
「あの…頭……、」
「三郎、スゲェなあ」
三郎が一郎に頭を傾けると、にっこり笑った一郎はその丸い頭をガシガシと撫でる。幸せそうな三郎の表情を見て静満は、自分までふんわりと包まれるような心持ちになった。
「早速この情報を二人に渡してくるから少し待っててくれ。静満も悪りぃな、弟達と過ごしててくれ」
『うん。分かったよ』
静満が頷いたのを確認した一郎は、事務所を出ていく。彼が言う二人、とは乱数と寂雷の事だ。双方に情報を渡すとなればそれなりに時間が掛かるだろうな、と静満は思う。――ふと、視線を感じて顔をあげれば、その持ち主が三郎だと分かって。
『久しぶり、三郎くん』
「はい、お久しぶりです!静満さん。お元気でしたか?」
『うん。三郎くんは?』
「僕も元気ですよ。」
可愛らしい、年相応とも言えるだろうか。そんな笑顔と共に、三郎は静満に言葉を掛ける。二郎は心底気に食わないと言うように、表情を歪めた。
「チッ、良い子ぶりやがって」
「はっ、……そう言うのを負け犬の遠吠えって言うんだよ、二郎。1つ勉強になったな?」
「んだとォ!?」
いつもの応酬。静満は、2人が余りにもヒートアップしては対処できないと考えて、水を指すように声を掛ける。
『あ…そう言えば2人とも、萬屋の手伝いをするようになったの?』
「いえ、それはまだ…ですが、今回は今度のラップバトルに出るいち兄のチームに僕と二郎どちらが入れて貰えるかの勝負をしていたんです」
『そっか、さっきの聞いていたけど…2人ともやっぱり一郎くんの弟だね…』
静満は感心だ、とばかりに溢せば2人はバチバチと交わしていた視線を外して静満に振り返った。
「あ、そう言えば静満さんは今日、いち兄と約束があったんですか?」
「俺が連れてきたんだよ、三郎よォ」
「はぁ?僕はお前には聞いてないんだよ二郎、わからなかったのか?」
「アァ?」
静満は苦笑したいような溜め息を吐きたいような、どちらとも言えない不思議な感覚に襲われながら、口を開く。
『僕が仕事終わりで帰る途中、二郎くんとバッタリ会って。それで急ではあったんだけど連れてきて貰ったんだ。でも今日は特に忙しそうだから何だか申し訳無いね…』
「いーんだよ、静満!」
「おい低能!なんでお前はそんなに上から目線なんだよ!静満さんに失礼だろ!」
『いや、大丈夫。僕は平気だから気にしないで』
三郎が余りにも二郎に強く出るため、静満は眉尻を下げた。そして2人の肩にそっと手を添えて再度落ち着いて貰おうとした。
「あ!静満さん、今お茶をお持ちしますね!」
『さ、三郎くん、お構い無く…』
「静満はそこ座ってて」
『…ありがとう二郎くん』
「おう」
三郎が「お待たせしました」と言って、静満の前に茶を置く。静満が礼を述べると三郎は頬を緩ませてから、少し離れた椅子に腰掛けた。
「静満さんはさっきの、僕と二郎どちらが勝ったと思いますか?」
「あ、おい、んだよそれ」
『勝ち負け…?』
「はい。いち兄が帰って来る前に静満さんの印象を聞きたくて…」
「おいおい自信ねえのかよ三郎」
「そっちこそ、さっきからいちいち突っ掛かってくるのは焦りからじゃないのか?」
静満に振られた話のはずが、悉く2人の口喧嘩へとすり替えられていく。最早そこに訂正の余地を見出だせなくなってきた静満はぼんやりと2人の様子を観察し続けることにしたのである。
「まっ、俺の依頼の難易度の方が高かったから?俺の勝ちは決定だな」
「はっ…笑える冗談だねえ。どう考えても僕の勝ちだろう?あの資料を見れば一目瞭然だねえ。…二郎、お前は口頭で終わらせてるが、僕は資料をちゃんと作って纏めている仕事ならばどちらを評価するなんてわかりきってるだろう?」
「っは!自信無い奴ほど良くしゃべるってのは正に今のお前の事だなあ俺に負けるのが怖くてベラベラ喋ってんだよなあ」
「っく…ははは!そこまで勘違いしているなんて逆に称賛ものだ二郎。拍手してあげるよ」
「っぐ…ははは!三郎、中坊の癖に精一杯虚勢を張るなんてスゲェじゃねぇか誉めてやんよォ…」
暫く二人の様子を見守っていると、だんだん両者のテンションが可笑しな方向に向かっていく様子が見えた。容姿の良い未成年男子が向き合い、青筋を浮かべながら口許だけは弧を描き。互いに拍手を送りあっている様はさながら地獄のような絵面である。
気の長い静満も流石に誰かに助けを求めたくなってきた頃合いに、救世主は帰還するのであった。
「お!良いじゃねぇか。お互いの健闘を称え会って拍手してんのか。兄弟はやっぱこうじゃねえとな」
「「おおわっ」」
救世主こと一郎は、謎の状態に陥っていた弟達を両肩に引き寄せてガシガシと頭を撫でる。そして嬉しそうに言うのだった。
「お前ら、知らねえ間にだいぶ成長してたんだなあ。流石は俺の弟達だ」
静満がホッとしながら一郎を見るとニッと歯を見せた一郎が視線を投げてきていた。3人の姿は正に、暖かい家族そのものだった。眩しいな、と静かに静満は思った。
二郎も三郎も、自分が勝者だと信じて一郎に問い掛ける。しかしながら、一郎は勝敗を付けるための依頼ではなく、飽くまでも"試す"ためのものであったと話した。更に言えば、2人がこの依頼を達成できるはずがないと高を括っていたのだと告白したのだった。
何よりも信頼している兄からの発言に困惑を隠せなくなってきている弟達。一郎は、そんな2人の本気に応える覚悟をしたようで。
「……ほらよ、」
一郎はどこからともなく2本のマイクを取り出して、二郎、三郎それぞれに手渡す。どう考えてもそれは正規のヒプノシスマイクだった。静満は、胸の辺りがきゅ、となるような気がして、目の前の光景から少しだけ目を逸らした。
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