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差し出されたマイクを反射的に手に持ったものの、2人は困惑顔だ。二郎が恐る恐る、一郎に尋ねれば。
「…え、えっと兄ちゃん、このマイクは」
「お前ら二人のスキルを俺に見せてくれ」
一郎は楽しそうに笑って、言う。
その言葉に、いち速く反応したのは三郎で。手中のマイクの電源を付けた。
「…!分かったよいち兄、まずは僕からやらせて貰うよ!!」
上品な弦の音が入ったビート。テンポはスロー。しかしながら、刻まれる言葉は力強い。その頭脳を駆使した言葉運びで翻弄される。
静満は一郎の顔を盗み見る。彼は満足げな顔をしていた。
「良いじゃねぇか。三郎らしいリリックで」
「次は俺のやつを聞いてよ!兄ちゃん」
三郎のラップが終わり一郎が誉めると、二郎は待ちきれないと言うようにマイクの電源を付けた。
二郎のビートはテンポの早い細かく刻んだ電子音が特徴的のビートだった。そこに乗っていく言葉は二郎らしく、攻める姿勢と、一郎へのリスペクトが詰まっている。
「力強いフロウと切れのあるライムで驚いたぜ!」
一郎は2人の弟を誇らしげな顔で見て言うと、少し考えるようにして視線を下げる。そして、一郎の手が彼のマイクへと延びていくのが見えた。
「……確かにお前らのラップは一定以上のものだっつーのは理解した。だが、お前達が思っている以上に、代表チーム同士のヒプノシスマイクを使ったバトルは優しくない。今から俺のラップをヒプノシスマイクを使ってやるから、それに耐えきったら俺からチームに誘わせて貰う」
「「はいっ」」
『一郎くん、』
「大丈夫だ静満、分かってるよ」
静満は心配になって思わず一郎に呼び掛ける。すれば、ホッとさせてくれるような笑顔で一郎は静満の頭をガシガシと撫でた。静満が小さく頷くのが分かると、一郎はマイクを取り出して電源を付けた。
重厚なビート。テンポはスロー。それですら、彼が元TDDの一員で合ったことを証明するかの様な音。そこに叩き込まれる言葉は、ビートと戯れるようで有りながらそのスキルを詰め込んだ結晶のようにして突き刺さってくる。
「うぅ…っ」
「ぐっ…」
三郎と二郎が苦しんでいる。手加減したとはいえ一郎のラップを直接食らっているのだから当然だ。膝を付きながらも、恐らく思考のどこかで一郎を求めて、こちらに戻ってこようとしているのだろう。静満は2人から目を逸らしたいような、見ていたいような、複雑な心境でそこにいた。
「…やっぱりまだ早かったか、」
一郎はその様子を見て、小さく呟く。すると―――、
「……っ、ギリギリ、戻って、きたよ」
「僕は、一兄と並び立つ男になるんだ…っ」
二郎、三郎の順に言葉が返ってきて。静満は一郎を見る。この世の歓喜を全て詰め込んだような顔をして、2人を見て笑っていた。
「二郎、三郎、どうか俺とチームを組んでくれ。そんで世界を、俺達兄弟で変えてやろうぜ」
「「よろしくお願いします!!」」
これが、イケブクロ代表チームBuster Bros!!!結成の瞬間だった。静満は何故かそれを目の当たりにすることになったのだった。
『…おめでとう、みんな』
二郎、三郎共にとても幸せそうな顔をしていた。この兄弟の絆でどこまで行けるのか、静満は既にとても興味が沸いていた。
一郎がすぐ横に来て肩を竦める。
「ありがとな静満。つーか悪りぃ。放っといちまったな」
『ううん…、あ、一郎くん。もし良ければ僕、夕飯作るよ。2人とも疲れてるし一郎くんも心配でしょう?』
「んーそうだな。ただ、客人だけに作らせるってのは本意じゃねえ。俺も一緒に作るわ」
『…そう?じゃあ一緒に…』
「え、あ…でも今日の飯当番俺だよ兄ちゃん」
「いいんだよ二郎。三郎も、お前ら2人暫く休んでろ。その代わり出来上がったら運ぶの手伝えよ。今日は静満も一緒に晩飯だからな」
「「はいっ」」
夕飯を作ってお暇しようかと思っていた静満はこの展開は申し訳無さを感じて一郎を見る。
『いいの?こんな大切な日に…』
「だからこそだろ。寂雷さんにはさっき言ってきたから、大丈夫だぞ」
一郎が何でもないように切り返すので、静満も『あ、うん』なんて言う腑抜けた返答をするしかなかった。
キッチンの中、一郎と並んで料理。不思議な図である。
「お前マジで料理上手くなったなあ」
『ん…そうだね。寂雷さんに負担を掛けたくないし、不味いもの食べさせられないから…』
一郎は静満の手際の良さを以前と比較して誉めていたが、返ってきた言葉が余りにも昔と変わらないものだから、小さく噴き出した。
「ぶっ、ホント寂雷さん好きな?」
『うん。すごく好き』
「は〜。ったく…」
『一郎くん、みりん取って』
「ほらよ」
『ありがとう』
何ともスムーズな調理場面。うら若き青年2人が並んで行う作業とは思えない流れだった。
「なんか悪りぃな。甘やかしてやるっつったのに、こんなんして貰って」
『ううん。むしろ僕の方こそ、兄弟水入らずでの大切な場面にお邪魔してごめんね。僕はすごく良いものを見せて貰ったけど…』
「ああ…アイツら、すげえよな」
『うん。2人とも一郎くんの良いところを引き継いで、自分らしさに変えてた。絶対に良いチームになるって思った』
「……ありがとな、静満。寂雷さんとも敵同士で戦わなきゃならねえが、俺は胸張って弟達連れてくぜ」
静満は、一郎の強い言葉を聞いて薄っすらと微笑みながら頷いた。
4人で食卓を囲む。食べ盛りの3兄弟はガツガツと頬張って、テーブルの上を片付けていく。静満は始め驚いては居たものの、最終的には美味しそうに食べてくれている現状にホッとした。
静満が洗い物を買ってでると、三郎が僕もやります、と即座に言って来たのでシンク前に2人並んで静満が洗い、三郎が拭いた。
「静満さん、」
『どうしたの?三郎くん』
「……あの、僕。進学を迷っていて…」
小さく小さく、リビングの方を気にしながら放たれた言葉。静満は先程までの三郎の姿とのギャップに目眩がしそうになる程だった。
『、そうなんだ』
静満は、三郎がどんな考えでそれを言っているのか尋ねる。すれば、三郎は静かに語った。そもそも、するしないで迷っていて、しないと考える理由は"学校と言うものに参画する意味"と"お金のこと"だった。前者については集団生活が苦手な人間は誰しも考え得ることだが、後者は聡い三郎だからこそ、考えてしまうところなのだろう。この女尊男卑の世界では、男性の教育費についてもかなりの問題になっている。静満は余りにも大人な三郎に、眉尻を下げた。
「いち兄は、進学するように言ってくれていますが…負担を考えると、」
『そうだね。…ただ、何となくなんだけど。三郎くんがそれで迷うってことは何かしら行きたいと思わせるものがあるんじゃないかな?』
三郎が僅かに視線を上げる。静満は、違ったらごめんね。と言いつつ続けた。
『もしあるなら、それを我慢させることの方が一郎くん、辛いと思う。僕ならそう思うかな、って』
「……静満さん、ありがとうございます。やっぱり、そうですよね。もう少し調べてみます……あの、また、相談してもいいですか?」
『もちろん。あ…でもこんな大学休学中の僕より適任が他にも…』
「いえ、僕は静満さんに話したいので。また、お願いしますね」
静満は三郎が意外なほど力強く言うので、またもや『あ、うん』等と言う腑抜けた切り返しをするはめになったのである。
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