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静満が此処、両親の墓に寂雷と二人で来たのは三カ月振りだった。
「兄さん、今日は静満君と来ることが出来ましたよ」
墓石に向かい、柔らかな微笑みと共にそう告げる寂雷。晴天の空の下、風は寂雷の美しく長い髪を光と遊ばせる。それはとても綺麗な光景だった。静満は少しだけ眼を細める。自らが腕に抱えた竜胆の花に視線を落とすと、濃紫に開いた花や綻び始めた蕾が、やはり太陽に照らされて艶めいていた。
「静満君、この水を替えて花を入れよう」
『はい、』
寂雷がてきぱきとお参りを済ませていくので、少しだけぼんやりしていた静満も、それを追った。
二人で墓前に並び、手を合わせる。静満は、こういう時、何を思ったら良いのか未だに分からなかったが、それでも、手を合わせている間だけは。誰かに、何かを。赦されている気がしていた。
何と無く名残惜しくて、時間をたっぷり使ってみる。隣で衣擦れの音が聞こえて、寂雷が挨拶を終えたのが分かったが静満は大きくゆっくりとした呼吸を数回繰り返してから、手を離し瞳を開ける。視線を感じて、寂雷の方を向いてみると、寂雷は何とも形容し難い表情で静満を見詰めていた。
「話しは出来たかい?」
『……きっと、』
「そうか。うん。私も、きっと出来たと思うよ」
寂雷は再び墓石に目を遣り、少しだけ目元を細める。静満はその横顔の美しさに、何か冷たい一滴を飲み干したような感覚に襲われる。この神宮寺寂雷と言う暴力的に美しい神様は、やはり自分とは違う次元に居るような気すらする。静満も、再度墓石を見る。そちら側に行けば、今よりこのヒトの近くに行けるのだろうか、と。問い掛けてしまいそうになる程に。
「……さて、静満君」
気を取り直して、とでも言うような声色で寂雷は投げ掛けてきた。静満は静かに視線を向ける。
「この後は私に付き合って貰うよ」
『はい』
そこには優しい微笑みの、生身の神宮寺寂雷が確かに存在していた。
静満と寂雷が暮らすマンションから墓までは、寂雷の車で移動して来たため、再度車に乗り込む。洗練された外観、セダンタイプのこの車は寂雷に良く似合っていた。
どうやら街の方に移動するらしい。忙しい立場である上に、ラップバトルの事もあり、寂雷は多忙を極めている。たまの休みでは買い物などの用足しや趣味の息抜きもあるだろう。静満は、そんな寂雷の大切な休日を潰してしまっているのでは、と思う。墓参りは二人で来るとしても、その後まで同行するのは、果たしてどうなのかと考えてしまう。
「こうして二人で出掛けるのは久し振りだね」
『そうですね』
「私はとても嬉しいよ」
ああ…と思う。こういう瞬間に、静満は、寂雷が医者であることを思い知らされる。無意識なのかも知れないが、寂雷は静満の思考を、罪悪感の深みに落とさない為の言葉を最善のタイミングで使ってくれる。狡い、とも感じる。でも本当にそう思って貰えているならば、喩え叶わない想いであっても、一緒に過ごせる時間は貴重だった。
口下手な静満と、そこまで口数の多くない寂雷の二人で過ごす車内は静かだ。静満は車窓越しに見える、街中を歩く人々の姿やビルが建ち並ぶ様を眺める。男性が七割程度だろうか。土曜日と言うこともあり、友人同士で楽しげに笑い合う姿や、恋人同士で手を繋いで密着している姿、家族連れで子供がはしゃぐ姿など、様々だった。
「そう言えば、静満君は余り友人と出掛けたりしないね」
『そうですね。友人と呼べるのもほぼ居ないので』
「ん?確か大学で仲良くしている子が居たよね?」
『ああ…。今は休学中なのもあってなかなか』
件の事で、大学にも行きづらい日が続いた為に一旦休学の手続きを取ることにしたのだ。とは言え、半年も休むと行く気力を作り出すのがまず難しい。
寂雷が指摘した通り、大学在学中に良く話したり、時折遊んだりしていた友人は数人居て今もポツポツ連絡は入るものの、静満の方で既読スルーか、出来るときには短文返信もしくはスタンプで返している。相手も静満の身に起きたことをある程度知っているせいか、塩対応にも寛容だった。
『でも時々連絡は入っています。後は一郎くんも気にかけてくれています』
「そうなんだね」
寂雷は何処かホッとしたような声で返答する。粗方、静満が孤立しきって居ないことに安堵したと言う所か。静満は切り替えるように、ゆっくりと瞬きをした。
車の速度が下がり、ウインカーが出る。立体駐車場に停めるようだ。空車の文字がある。特有の薄暗闇に飛び込んで、空いているスペースを探す。意外にも直ぐに見付かり、寂雷の愛車は休息の場を与えられた。
「先ずは洋服を見に行こうか」
『はい』
車を降りて、エレベーターに乗り込む。幾つかの百貨店やファッションビルが並んでいる街並みに降り立つと、寂雷はその背の高さや美しい完璧な容姿故に、周囲の視線を集めていた。
「あの店に行ってみよう」
寂雷が周囲の視線を意に介さず、優しく静満に呼び掛ける。するとその視線は静満にも集まるようになる。どんな風に見えているやら分からないが、余りにも不躾な視線でない限りは受け流そう、と静満は誓った。
寂雷が静満を連れて入ったのは、黒を基調とした上品なパターンが並ぶ店だった。スーツも数多く取り揃えているようで、寂雷がこんな服を着ていたら、どうしようもなく素敵なのだろうな、と静満は思い巡らせた。基本的に寂雷はそこまで自分自身の外見に拘らないようで、ザ・お洒落です。と言うような主張の強い服は余り着ない。部屋と同じく、シンプル・イズ・ベストな思考ゆえか、色味は黒の服を選ぶことが多い。しかしながらそれが最高に似合うので静満を始めとした周囲は閉口するしかないわけである。寂雷が今日この店に何を見に来たのか、静満は興味津々だった。
「静満君、これはどうかな?」
『は、い……?』
「うん。私はとても似合うと思うのだけれど、」
静満が店内をぐるりと見渡していると寂雷が声をかけてくる。洗練された容姿の店員を背後に連れて、寂雷が差し出してきたのはグレー地に細いストライプの入ったベストだった。
『…?』
「カフェの仕事でも使うようだからね、」
『僕、ですか?』
「うん。合わせてこのシャツとスラックスはどうかな」
静満が混乱を極めていると、寂雷は上機嫌に後ろを振り返り店員が恭しく差し出す二品を薦めてくる。
グレーのベストに、黒のスラックス、そして黒地の長袖シャツ。確かに、仕事でも使うし、静満の好むタイプの物ではあるが。
『寂雷さん、僕ではなくて寂雷さんの買い物を…』
「僕が買いたいんだけれど…困らせてしまうかな?」
『…、』
困る。現在進行形で困っている。でも、それを淋しそうに言われてしまっては、どうにも断れないので、静満はより一層困ると言うループに一瞬で陥った。
『いえ…』
「ありがとう。一度試着しておいで」
寂雷に言われるがまま、店員に案内されるまま、試着室へ。あれよあれよと言う間に、店員に見送られて………寂雷の手に大きな紙袋が一つ。
『寂雷さん、すみません』
「うーん。こういう時はありがとうの方が嬉しいのだけれどね」
『あ…ありがとうございます、』
「はい。どういたしまして」
寂雷は蕩けるように微笑むと、優しく静満の髪を撫でた。買って貰った衣類が入った紙袋を、何度も自分で持ちます、と静満は言ったが許可は得られなかった。
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