ーほどかれた指 01ー



季節は巡り、太陽が煌めく夏を迎えていた。葉は青く茂り心地の良い日陰を作る。低温高温に弱いティナはその木陰でのんびりと過ごすことが多かった。

「またここに居たのかい?ティナ。」
「シスターが図書室に新しく入った本を貸してくださったから読んでいたの。貴方も座って。」
「なんの本だい?」

覗き込めば時計を持ったウサギの絵が慌てふためき駆けている。不思議の国のアリスようだ。
静かにページをめくるティナは面白そうに時折笑い本を読む。それをトムは満足そうにながめた。
シスターのティナびいきはこの半年でさらに加速し一種の宗教じみたものさえ感じさせた。子供達もそれを知っていてティナに危害を加えるなんてことはしなかったしトムもその現状に満足している。
それはトムとティナが仲がいい事をシスター達がとても好ましく思っていたことが大きかった。ティナに甘いシスター達はティナが微笑む姿が好きだったし、トムの良くないこともティナがいると一切起こることはなかったから一種の安定剤なのだろうと納得していたのだ。

やっぱりティナは特別だ。
他の奴らなんかと格が違う。時間を経てティナの顔(かんばせ)は更に輝きを放ち絵画の中の大天使ような神々しさを放っている。その神々しさは人を魅了し誘惑する。
一種の才能だとトムは密かに思っていた。凄まじいカリスマがティナには有るのではないかと。ほんの少し不思議なことが起こるだけの自分と比べては小さな劣等感を感じ始めていた。

「ティナの目は綺麗だね。」
「そうかしら?でも私はトムの目の方が好きよ。私なんかよりよっぽど綺麗。」
微笑むティナはトムの小さな劣等感なんて気付かず本に夢中だ。時折トムの顔を覗きこんでは満足そうに笑った。
ティナは自分を蛇人間、スネーカーだと言っていた。自分はミュータントだと。

ミュータントとは何かとティナに聞いた時、ティナは心底驚いて本当に知らないの?と繰り返した。ティナのいた地域ではポピュラーな物のようで数は少ないが認知度は確かだったらしい。そのせいで迫害されていたようだった。

「ミュータントは突然変異よ、ニンゲンの進化の形だってお祖母様が言ってたわ。」

ティナにとってあまりいい思い出でないらしい。悲痛に顔を顰めるティナを見てられなくて話をそらしてしまったため、それ以上の詳しいことをトムは聞けずにいた。きっとティナなりに大きな問題を抱えて生きてきたんだ。ズケズケと聴くには余りにもその問題は大きすぎるとトムは感じた。

自分と同じだと、この赤い目を綺麗だと言ってくれるティナ。
微笑んでいつも僕に優しいティナ。
僕の名前を呼んで駆け寄ってくるティナ。

それだけでトムにとってはこれ以上ないくらい十分なものだった。生まれて初めて感じた愛おしいという感情は優しく心を蝕んだ。ティナ以外見えなくなる。トムを盲目にさせるにはその恋は十分だったのだ。




「ティナ、ティナは僕が守るよ、永遠に。」
「トム?」
「だからずっと僕の隣にいてね」

僕の横で笑っていてね。
にっこり微笑んだティナはとても綺麗だった。




《9/18》
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