長野県警新野署


長野県警に配属されて四年目に入ったある日。警視庁にいる元後輩から連絡が来た。

《先輩って確か伊達さんと同期でしたよね?》

電話口から久方に聞くその名に彼の葬式に行ってからもう一年以上経つのか、と朔は意味もなくカレンダーを見つめる。

「そうよ。それがどうかした?」

《伊達さんのロッカーから小包が出てきて…》

「小包?」

《えぇ、その小包の中に差し出し人不明の封筒が入ってたんですけど…》

ガサゴソと恐らくその封筒を出しているのだろう。紙を擦る音が電話口から聞こえる。

《その封筒に貼られてるメモに名前が書かれてるんですけど所々字がにじんでいて読み辛くて…先輩なら心当たりがあるかと思って電話したんです》

「わかった。その封筒の写真、送ってくれる?」

少ししてスマホに送られてきた写真を見て息を飲む。微かにだが、W諸伏Wという文字が見える。

《先輩、どうですか?何か…》

「佐藤」

《はい?》

「一人、心当たりがあるからその人に訊いてみる」

《えっ、本当ですか?助かります》

「またわかったら連絡する」

《はい、お願いします》

零と景光が公安に配属されたであろうことは四年前、異例の異動命令で何となく察しはついていた。

何かの事件に巻き込まれているわけではないのなら、これ以上の詮索は彼らに迷惑が掛かると考え、長野に移ってからは大人しくしていたのだが…

送られた封筒の写真を見て胸騒ぎがした。

字体を少し変えているが零の字に似ている。諸伏で連想するのは景光だが、もう一人、同じ苗字の人物を朔は知っている。高明という名のその人物は先日、県警本部に復帰したばかりで、半年ほど朔が所属するここ新野署にいた男だ。

よくよく目を凝らせば諸伏の次に高明と書かれているようにも見える。


W目元がそっくりだったよW


ぎゅっ、と朔はスマホを強く握りしめた。






半年前ーー…

「おーい、成瀬」

先輩刑事に呼ばれ、朔はデスクから顔を上げる。

「はい、なんでしょうか」

「本日付けで配属された諸伏警部の歓迎会、幹事お前頼むわ」

「いいですけど…喜びますかね?」

彼、諸伏高明はここ新野署でも有名だった。東都大学法学部を主席で卒業する頭脳の持ち主にもかかわらずノンキャリアで県警本部入りした変わり者。数々の難事件を解いてきた凄腕の刑事。

そんな彼がどうして新野署へ異動してきたのか。なんでもある被疑者を追っていた同僚が行方不明になり、その同僚を探し出す為、かなり強引な捜査でその同僚を見つけ出したという。

被疑者も確保され、結果として良かったものの、上司の命令に背き、単独で他県まで足を運んだことの責任を問われこちらに出向してきたのだ。噂のコウメイ警部の下で経験を積めるのは新野署的には大歓迎だが、彼はどうであろう。

「やらないわけにもいかんだろ」

その言葉に確かに。と納得し、朔は早速店に予約の電話を入れた。



「諸伏警部」

ちょうど聞き込みから帰ってきた彼を廊下で呼び止める。

W目元がそっくりだったよW

学生時代に景光の兄に会ったことがあるという零の言葉が即座に思い浮かぶ。
似ている、と思った。

「警部の歓迎会を今夜、このお店でやる予定でして…」

わかりました。と淡々と応える彼の顔をまじまじと見つめる。苗字が同じだと思った時からそうではないかと思っていた。一度そう思ってしまえば血縁者にしか見えなくなってくる。全ての動きが景光を連想させた。時々顎に手を当てる仕草なんかそっくりである。

「私の顔に何か?」

「い、いえ…では私はこれで失礼致します」

訊いてみたいが今は職務中であり、違っている可能性も十二分にある。今夜酒の席でさりげなく訊いてみよう。

「コホッ…」

朔は咄嗟に出てしまった咳を慌てて手で押さえる。二、三日前に引いた風邪が長引いている。しかし今夜は上司の歓迎会。幹事となると休むわけにもいかなかった。




歓迎会も中盤に差し掛かかったところで朔は一度席を立つ。お手洗いから戻ると頼んでおいた水が置かれていた。

そろそろ風邪薬を飲まなくては…。

一度口の中を潤そうと一口、口に含む。

「っ!?」

バタンッ!!

顔面をテーブルに打ち付け、周りの慌てた声が遠くで聞こえる。


そこから記憶が飛んだーー…





「朔、気がついたか?」

零が心配そうに上から覗き込んでくる。

あれ、な、んで…?

彼の手が朔の頭を優しく撫でる。わかるのは胡座を掻いて座っている彼の膝に頭を乗せているということだけ。

確かみんなでご飯を…

「わ、たし…」

呂律があまり回らない。くらくらと視界も若干回っている。

「あー…成瀬平気か?」

「まつだ、くん…?」

「間違えて陣平ちゃんのお酒飲んじゃったの覚えてる?」

あぁ、そうだ。風邪気味で鼻が詰まっていて酒の匂いに気づけなかった。口に含んで初めてそれが焼酎の水割りだと気づいたのだ。その後の記憶が全くない。

「松田君、萩原君も…迷惑かけてごめんなさい」

「いや、謝んな。俺も紛らわしいところに置いておいたのが悪かった」

「おーい、タクシー来たぞ」

「成瀬、大丈夫か?」

「伊達君も諸伏君も…ごめんね」

「気にすんなって」

「ハハッ、おでこ赤くなってる」

景光の手が朔の額に触れる。

「帰ったらちゃんとここ冷やしなね?」

可笑しそうに笑いながら彼はそう言ったーー…






「うん…ひや…す」

「成瀬さん」

揺すられる感覚に眉を寄せ、薄らと目を開ける。

「具合はいかがですか?」

ぼんやりとした視界。真上に景光の顔があった。先程そこにいたのは零だった筈…?おでこが痛い。

「もろふしくん…なんで…敬語…?」

先程まで普通に話してたではないか。
高校からの仲なのに。
今更そんな他人みたいに、さん付けなんて…

「そんなの…寂しいよ…」

「私は誰に対してもこういう話し方です」

「ふふっ、へん…な、……」

のーー!っと心の中で叫んでガバッ!!!と起き上がる。

見下ろしていた彼はいきなり起き上がった朔に気づいてぶつからないよう体をヒョイっとのけ反らせた。

「ゔっ」

頭がガンガンするうえにくらくらする。
が、そんなことを気にしている場合ではない。自分は今、重大な問題に直面している。恐ろしい案件を目の前に抱えている。

涼しい顔をして胡座を掻いて座っている上司に汗がダラダラと流れる。

直前まで景光の夢を見ていたが故、とんでもない勘違いをしてしまった。

上司には髭が生えてるのに何故彼と間違えたの…⁉︎

膝枕をさせてもらっていたであろうその格好に切腹する勢いで思い切り額を床に擦り付ける。

「も、申し訳ありません…!!」

「いえ、私も気づいていたのに止めるのが遅かったので…」

土下座する朔に、あまり動くと気持ち悪くなりますよ、と優しい声が頭上に降り掛かる。

「貴女が全く飲めないことを部下から聞いたのはその後だったもので、もっと必死に止めるべきでした。すみません」

「い、いえ!こちらこそ!こうして介抱してくださって有難い所存で御座います!」

多分、まだ酔ってる。
言動が変なのが自分でもわかる。

恥ずかしさで顔を挙げられないでいると彼がフッと小さく笑った。

「お水、飲めそうですか?」

「は…い」

「アルコール摂取量と同じぐらい飲んでください。出ないと明日二日酔いになるかと…」

出された水を受け取り、おずおずと頭を上げる。

「有り難く頂戴致します」

それに彼はまたくすりと笑ったのだったーー…



なんてことがあったのだ。
今でも思い出すと遠い目になる。

事故とはいえほぼ初対面の上司の前で酔い潰れ挙句タメ口を効き、膝枕までさせてしまった。しかもその姿を新野署全員が目撃している。土下座では済まされない。もう気軽に景光くんのお兄さんですか?なんて訊けない状態であった。

幸い変な噂が流れることはなかったが、これ以上迷惑を掛けない為にも朔は彼と仕事以外での接触は極力避けた。

彼は新人の部下を連れて行動することが多かった為、彼が配属されていた半年間、班も違った為か朔と関わることはあまりなかった。


行動を共にしたのは後にも先にもあの一度だけーー…


過去にW希望の館Wと呼ばれていたその館で殺人事件が起きた。三年前に女性の遺体がそこで発見されてから今では地元民にW死亡の館Wなんて呼ばれている。

現場の一部の壁が赤く塗られ、餓死した状態で発見されたその遺体の第一発見者が高明とその部下だった。

「あれ、皆さんどうされました?」

「成瀬さん…」

別の事件で聞き込みを終え、署に戻ってきたら青ざめ泣きそうな顔の部下を強面先輩刑事が取り囲んでいた。何やら不穏な空気のその現場に朔は一度開いた扉を閉めそうになる。

「た、助けてください…!」

弱々しいその声に、まったく、と短くため息をついて、その輪の中に無理やり入り、事の経緯を聞く。




「…つまり手袋もせず初めての現場に興奮してベタベタといろいろな所を触ってしまった、ということ?」

「はい…」

部屋に閉じ込めれ餓死した状態で発見された害者。普通は外に出ようと扉のノブに手をかけるはず。しかしそこに付着していた指紋は害者ではなくまさかの今説教を食らっている部下のものだったらしい。因みに現場に残されていた赤いスプレー缶にも彼の指紋が付着していたそうだ。ダイイングメッセージで壁が赤く塗られていたならばそのスプレー缶に害者のものが付着していないのは不自然だ。いったいどういうことなのだと現場は今混乱しているらしい。

「それで今、県警本部に呼び出された所だ。成瀬」

「はい」

「俺はこいつを本部まで連れて行くからお前はちゃっかり現場に行ってしまっている諸伏警部のところに行ってくれ」

「わかりまし…」

「い、いやだ!成瀬さんがいい…!」

ぐいっと朔の腕を掴み、懇願する彼に朔は困った顔でどうします?私が行きますか?と先輩刑事を見る。青筋が立っているのが見え、朔は思わず苦笑を浮かべた。

「誰のせいだと思ってる!甘えてんじゃねぇよ!本部でも説教されてこい!」

いやだー!と雄叫びを上げながら首根っこを掴まれ連行される彼を朔はひらひらと手を振って見送った。


そこで工藤新一とそっくりな少年、江戸川コナンに会ったのはまた別の話。



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2020.8.11
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