伊達航(2)


ぐぅ、と鳴るお腹に自室で本を読んでいた朔は顔を上げ、お腹に手を添える。そろそろ夜も深まろうとしているこんな時間に小腹が空いてしまった。

このまま寝てしまえばいいのだが一度頭に浮かんでしまったWうまくてヘルシーWがキャッチコピーのナウチキが頭から離れない。考えれば考えるほど口の中がそれを欲してしまう。しかし朔はわかっている。どんなにヘルシーと謳われても揚げ物がヘルシーなわけがない。我慢しよう、とそのままベッドに潜り込むが、お腹が空いてなかなか寝付けない。

仕方なく、起き上がりせめて何か小腹に満たせるものを買ってこよう、と朔は上着を羽織った。




W改装中Wの張り紙を見て肩を落とす。悩んでいる間に来ればよかった、と後悔する。まぁ、今回は縁がなかったということで大人しく寮に…

ふと、目に入った店内。誰もいないことに疑問を抱く。業者もいなければ店員もいない。

商品が陳列されている棚から微かに見える人影。男がちらり、と顔を覗かせる。こちらの様子を窺っているようだった。不自然なそれに朔はガラス扉をコンコン、と叩いた。

「あの、すみませーん!」

すると商品棚の裏にいる男ではなく、奥の扉から店の服を着た男が慌てて出てきた。朔は息を飲む。遠目からであったが扉が閉まる瞬間、ライフルのようなものを持った男が何やらモニターを覗き込んでいた。

店員が訝しげな表情をして近づいてくる。閉まった自動ドアを手動で開け、顔だけ出してきた。

「ちょっとお客さん!この張り紙見えないの?」

こんなことされたら困るよ!とこちらはまだ何も言っていないのに男は急いたように怒鳴る。早くこの場から立ち去って欲しいようだった。

「昼にこのコンビニで財布を落としたものです」

朔の言葉に店員はようやく口を閉じる。

「この時間に取りに行くと連絡を入れたはずなんですが…」

「そんな報告は受けてない」

「そんな…!ちゃんと確かめてよ!財布があるっていうから来たのに!」

「だから知らないって!」

もう、帰ってくれ!と店員は怒鳴った後に扉を閉めてしまう。朔は一旦その場を離れた。店員はガラス扉から朔が去るのを睨み付けるようにしてみていた。明らかに様子がおかしい。

どうする。中に人質がいるかもしれない手前これ以上の刺激は不味い。かと言って見過ごす訳にもいかない。せめて人質がいるかどうかわかれば…

フッと辺りが暗くなる。上にあった看板の明かりが消えたようだった。先ほどの男がもう客が入って来ないよう消したのだろうか。しかし数秒しないうちにパッと電気はつき、また少しすると消える看板。壊れているのだろうか。可変長に繰り返されるそれに朔は思う。

まるでモールス信号のよう…だ…

途端朔の目つきは変わりもっと注意深くその看板を観察する。

タ ス ケ テ

朔は目を開く。それは中に囚われている人からのメッセージだった。フッと背後に気配。朔は身の危険を感じ、振り向き様に拳を繰り出すとパシッと手の平で軽く受け止められてしまう。その人物に朔は目を瞬かせる。

「ま、つだ君?」

「よっ!」

ナイスパンチ、とそのまま朔の拳を握り、片手を上げて挨拶してくる。諸伏の姿もあった。その隣にいる少し髪の長い彼が恐らく萩原という人物であろう。犯人では無かったことに息をつくのも束の間、事態が変わったわけではない為、朔は頭をすぐ様切り替える。

「実は今そこのコンビニのことなんだけど…」

「大丈夫だ、成瀬。俺たちも一部始終見てた」

「じゃああの看板も…」

「モールス信号…だろ?」

既に状況が分かっている三人。場所を変え、作戦会議に移る。萩原に店の中の様子はどうだったかと訊かれた。

「話した店員以外に確認出来たのは二人。一人はたぶんライフルを所持してる。それ以外はわからなかった」

「でもなんでわざわざ立て篭もんだ。レジの金が目的ならもう立ち去ってる筈だろ?」

松田の言った疑問に朔は確かに、と犯人の目的を探る。同じく顎に手を添え考えていた諸伏が口を開いた。

「ATMの現金補充の金…じゃないか?」

三人の視線を受け、諸伏は補足する様に言葉を続ける。

「コンビニの殆どのATMは契約してる警備会社が現金補充・回収の業務を一手に引き受けてるから銀行が閉まっていても関係ない」

「なるほど。あの店員がグルなら防犯映像で収支をチェックするのも簡単って訳だな。大まかな残高がわかれば警備会社が補充するタイミングも掴める」

萩原の言葉にライフルを持った男がモニターを覗き込んでいる姿を思い出す。あれは収支をチェックしてたのか、と朔は一人納得したように頷いた。あの改装中の張り紙はその警備会社がくるまでの時間稼ぎ。逆にいえばあの張り紙があるまではこちらにもまだ時間がある、ということだ。

「一旦寮に戻ろう。犯人の人数が把握出来ない以上は少人数での突入は不利になる」

ついでにゼロと班長にも協力してもらおう、と言った諸伏に三人は頷く。

「成瀬!なるべく人数が必要だ。女子寮でも声をかけてくれないか」

走りながら言われた諸伏の言葉に朔は任せて、と笑顔を見せる。後ろを走っていた松田は二人のやり取りを見て片眉を上げた。







寮を訪れると降谷と伊達の姿がなかった。まぁ、配電盤を使ってモールス信号を送るなんてことを考えつく人間などそうそうおらず、二人に違いないと踏む。

犯人の注意をこちらに向ける為にもなるべく派手な格好で乗り込む必要がある、と言った萩原。派手な格好…と悩む景光に萩に借りればいいと提案する松田。

自室に招かれ、「取り敢えず諸伏ちゃんはこれ!」と手渡された派手な柄の服をマジマジと見る。あまり自分では選ばない柄だ。時間もない為、大人しく着ている服を脱ぐと、同じく隣で着替えている松田がふと口を開く。

「あいつ女子と上手くいってねぇのに大丈夫かよ?」

「ぶっ!」

あいつ、とは恐らく成瀬のことだろう。クローゼットからサングラスを取り出していた萩原は吹き出していた。

「ちょっと、ちょっと陣平ちゃん?何デリケートなことを訊いてるの?」

「成瀬は友達がいないだけで、話す程度の子なら何人かいるよ」

「って諸伏ちゃんの方が言ってること辛辣なんですけど」

澄んだ目で何言ってるの?と呆れた顔で手渡されるサングラス。あまりこういうファッションをしたことがない景光は躊躇いながらもそのサングラスを掛ける。すると二人がジッと見つめてくる。どこかへんなところがあるだろうか。

「お利口さんめ」

上までしっかりと閉めているシャツのボタンを松田が外し、きっちりと締めたネクタイを萩原が黙って緩めた。




物音一つでも立てたら殺すと言われている為、閉じ込められた人達は息を潜め、ただただ生きて帰れるよう祈った。降谷はひたすらに配電盤のスイッチを上下に動かす。寮に戻る為にはこのコンビニの近くを必ず通る。運が良ければ松田たちと出かけたという景光が気づいてくれるかもしれない。

すると部屋の外が何やら騒がしいことに気づく。外から回されるドアノブ。皆に緊張が走る。降谷と伊達は用心し、人質を守るようにしてドアの前に立つ。

ガチャッと開いたドアから顔を覗かせたのは降谷のよく知る人物であった。やはり景光だったか、と張り詰めていた緊張を解き、親友に笑顔を向ける。

「待たせたな、ゼロ!!」

「ヒロ!」

困惑している伊達に景光が看板のモールス信号を受けて助けに来たのだと告げる。誰も傷つけることなく救い出す為、力でなく数で犯人を制圧しにきたのだ、と。そう、それは当時伊達の父親がしたように…。昔、彼が取った行動は店の中にいた客を守るためだったと萩原が告げると伊達はようやく己の勘違いに気づく。

「親父が…」

「ちゃんと連絡してやれよ」

「あぁ、そうだな。今夜電話する」

松田の言葉に伊達の目尻が優しく下がる。その表情に四人も嬉しそうに口角が上がる。これで一件落着、と思いきや突然松田の携帯が鳴る。思い出したように景光が口を開く。

「あ、そうだゼロ、成瀬も手伝ってくれたんだ」

店員に顔を覚えられてるから別行動だったけど、と景光が告げる。

警備員が店内に入る前に不審に思われたら車で逃げられてしまう。警備会社の車が到着する前に改装中の張り紙を剥がさなければならない。かといって早めに剥がせば客が入って来かねない。ならある程度のところで車が来た事を知らせる犯人が別にいると踏んで彼女にはそっちに行ってもらった。勿論何人かの生徒と一緒に。

「今成瀬から連絡入った。確保してこっちに向かってるって」

事情はわかった。だが、何故景光ではなく松田なのだ。いつの間にか連絡先を交換している二人に降谷は内心モヤついた。

「安心しろゼロ。今のが初メールだ」

降谷の表情を見て松田はフォローしたつもりだったのだが逆に深くなる眉間のシワに松田の片眉も上がる。

「萩も諸伏も携帯の充電切れてたから仕方なく、だ。何かあった時、連絡取れなかったらやべーだろ?」

「彼女の交友関係に僕が口出しすることじゃない。好きにしたらいい」

全く良しとしてないのが態度に出ている。そんな降谷に諸伏、伊達、萩原は苦笑いを浮かべる。素直ではない降谷に松田のこめかみに青筋が立つ。

「あーそうですか!じゃあこれから成瀬とはメール三昧だなぁ!」

「寮内での携帯使用は禁止されてる」

「んなこたぁわかってるつーの!」

「みんな!良かった、無事だったのね」

なんと間の悪いタイミングで来た彼女。思わず口の端がヒクつき、彼女のことで言い争っていた二人は固まってしまう。

「おわっ!」

しかしその声に皆の表情は変わる。事態は一変。取り押さえていた犯人の一人が隠しナイフを持っていたようで、この気の緩んだ一瞬の隙をついて取り押さえていた男生徒の手を振り解く。ナイフの先が腕を擦り、驚いた男生徒が拘束を解いてしまった。自由になった男はナイフを振り回しながらあろうことか朔目掛けて突っ込んだ。気づいた降谷は走り出す。

「死ねぇぇ!」

「朔!」

男がナイフを振るう。しかし朔はそれを軽々しく避け、犯人の足を引っ掛ける。バランスを崩し、前のめりになった犯人のボディーに一発。

「ぐはっ!」

そのまま次のモーションに入っているのを見て降谷は慌てて止めに入る。

「まて!ダメだ、成瀬ッ!」

そのままフィニッシュを掛けるように彼女の渾身の右が男の頬を抉る。体をツイストしながら吹っ飛ぶ男にコンビニ内に居た全員が唖然とするように口をあんぐりと開けた。約二名を除いて。あー…やってしまったか…と降谷と諸伏は額に手を置く。幸い男生徒の怪我は大した事なく、そのまま気絶した犯人も数分で意識を取り戻したが、彼女は説教部屋と言われる部屋へと連れて行かれた。






「怒られたそうだな。しかも何故か鬼塚教官に…」

共有施設にて仁王立ちしている降谷の前に肩を小さくしている成瀬の姿があった。それを四人で遠目から静観している。

「はい。その後自分の教場の教官にもご指導頂きました」

「逮捕術を習った後だから尚更だな。過剰防衛の一つに入るから手加減するように約束したじゃないか」

「はい」

「逮捕術の神髄は?」

「己はもちろん、相手をも無傷で制圧することです」

「ちゃんとわかってるのか?君の悪い癖だ。すぐ熱くなる」

「はい…」

それゼロが言う?なんて潮らしく反省している彼女を見て景光は心の中で突っ込む。

「その辺にしてやれよゼロ」

「ちょっと言い過ぎなんじゃない?降谷ちゃん」

「もう二人の教官にこってり絞られてる。彼女も十分反省していると思うが…な?諸伏」

「そうだよゼロ。それに成瀬がいたから店員もグルだってわかったんだ。そのお陰で俺たちも早く作戦を練ることが出来たし…」

「それとこれとは別だ」

「そうですね」

あっさり引き下がる景光にえぇ⁉と伊達は驚く。

「それに彼女は人の説教を右から左に聞き流す癖がある」

ぎくり、と肩が動いた彼女を見て、今回もそうである事が窺えた。降谷の顔はさらに険しくなる。

「ほらな。反省してない。だから僕の説教が一番効くんだ」

ギロリと彼女を睨む。睨んではいるんだが、何故だろう。何故かは知らんが惚気られた気分になる。

はー、解散解散!やってらんねぇ!なんてそれぞれ言いながら皆寮に戻っていく。二人きりにさせられ肩を萎ませている彼女を景光は最後に見る。

誰も居なくなったのが分かると彼女の手を引き何処かに連れて行ってしまった。まったく、結局成瀬に一番甘いのは誰だよ、と景光は可笑しそうに肩を震わせた。




どこに連れて行かれるのかと不安そうな顔をする彼女。あと、数分。門限が来れば彼女は自分の寮に戻らなければならない。

「んっ…」

連れた来た屋上のドアを閉めるなり、彼女の唇を奪う。逃さないようしっかりと腰に手を回し、強く引き寄せた。

「まっ…」

「待たない」

言葉を奪うように彼女の舌先を吸う。切なそうに寄せられた眉は降谷の心を熱くさせる。

「心配させた罰だ」

いつの間にか松田や、伊達、萩原と交友関係を広めている彼女。いいことだと思う。高校の頃よりも彼女の性格は徐々に明るくなっていっているのもいい傾向だ。だが、変わろうとしている彼女を応援する反面、いざ別の誰かと楽しそうに話している姿を見ると寂しさを感じる。

自分から交際していることを隠すように言った手前、こういう行為でしか彼女を独占出来なかった。まぁ、あの三人には既に気付かれているが。

腰に這わせていた手はゆっくりと背中を這っていく。徐々に上へと移動していくそれに指先に当たる微かな金具の感触。親指と人差し指で服の上から器用に外しに掛かろうとすれば流石の彼女も気づいたのか慌てて両手で降谷の胸を思い切り押す。ダメだと言うように首を横に振る。

「ふ、降谷く…」

「名前…」

「で、でも…!」

「誰もいない。だから呼んで?朔」

未だ呼び慣れないのか耳まで赤く染める彼女。催促するようにさり気なく指先の動きを再開させれば、彼女は慌てて降谷の耳に唇を寄せた。

「零…これ以上は、ダメ」

咎める言い方をしたのかもしれないが甘い吐息とともに囁やかれた彼女の声は降谷の鼓膜を震わした。

それで我慢など出来ようか。

「悪い、朔」

え?と彼女が言った時には既に押し倒していたーー…




2020.12.17
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