萩原研二(1)


「伊達に萩原!」

たまたま教官と廊下で出会わし、呼び止められる。はい!なんでありましょう鬼塚教官!と二人は声を揃えてその場で構えを取る。するとたまたま別の教室から出てきたとある生徒にも目をつけた鬼塚は透かさずその女生徒にも声を掛ける。

「それに…成瀬!」

「え?…あっ、はい!」

彼女も自分たち同様、背筋を伸ばし、その場で足を止めた。何故自分が、とその疑問が顔に出ていたのだろう。鬼塚の眉が少し斜めに上がる。

「なんだ成瀬、何か文句でもあるのか」

「いえ!ありません!」

「ならよし!今から三人で箱に入っている資料を第3資料室まで運んでもらう!」

それこそ伊達班でやればいいのでは…とう疑問は有無を言わせない教官の圧により消える。前夜で起こったコンビニ強盗の一件のせいだろうか。すっかり目をつけられてしまった成瀬。違う班であるのに雑用を押し付けられ少々気の毒に思う伊達であった。





「さっさとやっちゃいますか」

運んだ資料を種類別に分け、棚にしまえとの教官からのお達しだった為に、三人は資料本が入った箱の中を覗く。

「それぞれ分担した方が早そうだな」

「なら伊達班長が資料の振り分けよろしく。俺と成瀬ちゃんで棚に仕舞っていくからさ」

「おう!」

「任せて」

時々雑談を交えながらも作業はスムーズに進んでいく。この調子なら一服するぐらいの余裕を残して次の講義に出られるだろう。

「そうだ。伊達班長も合コンどう?メンバーどうしても足りなくてさ」

「しかしな…」

「酒代は俺の奢り」

「なら行こう」

よし!と萩原はガッツポーズを決める。そして気にするように成瀬を横目に入れ、態とらしく彼の名を出した。

「あとは降谷ちゃんと諸伏ちゃんだな〜」

「誘えば来ると思うが…」

ちら、と伊達も成瀬を見る。彼女は黙々と作業をしていたが、きちんと聞き耳は立てていたようだ。こちらの視線に気づいた成瀬はニコリと笑う。その笑顔に二人ともゴクリ、と喉を鳴らす。なんだろう。笑顔なのに、少し凄みがあるような…。

「彼らの交友関係に私が口を出す権利はないわ」

「あ、あぁ…」

「じゃあ遠慮なく誘っちゃうよ?」

「どうぞ、ご自由に」

「気にならないのか?」

「……いいえ。どうして?」

終始怖い笑顔のままだ。それに伊達と萩原は口の隅をヒクつかせる。何やら降谷の話に触れた途端機嫌が悪くなったような…。

いや、この話はもうやめよう。二人が秘密にしたいのであればそれを尊重しよう。降谷からはあまり隠す気がないようにも見えるが…。もしかしたら二人の関係性は合コンぐらいでは今更揺らぐものではないのかもしれない。余計なお世話だったな、と空気を入れ替えるように彼女に本を渡す。

「これも頼めるか?成瀬」

「任せて、お父さん。あっ…」

いや、実は相当動揺しているのかもしれない。無意識に出た言葉なのか彼女はハッと口元を押さえ顔を真っ赤にしていた。

「ご、ごめんなさい…」

思わず伊達も苦笑いだ。教官に間違えられることはあったが、同年代にお父さんと言われる日がくるとは…

「……くっ…」

「萩原…笑いすぎ」

先ほどから大人しいと思っていた萩原。見れば声を殺し、肩を震わせていた。真っ赤な顔の成瀬はただただ申し訳なさそうに肩を縮こませている。

暫くその状態が続き、萩原が自身を落ち着かせるように大きく息を吐き出した。

「はーっ!やっとおさまったぜ…」

「そんなに笑うか?」

「言いそうにない成瀬ちゃんが間違えるから面白いんじゃないの」

そういうものだろうか。時々萩原と松田は幼なじみだからなのか自分が分からないところで大笑いをする。二人の思考に理解出来ず皆を置いてけぼりにすることもしばしばだ。未だ居た堪れない成瀬は空気にでもなりたいのか終始一言も発しなかった…。





「ヒロ、おかずがまだ残ってるぞ。食べないのか?」

「う…うん、食べるよ」

食堂にて、四人は降谷を見つめる。いつもより皆、口数が少ないのは彼の右頬に注目しているからだ。赤く腫れ、薄ら手形跡のようにも見える。視線に気づいた彼は片眉を上げ、なんだ、と四人を睨む。

「俺らは今朝からその頬に対してどう突っ込んでいいのかずっと迷ってるわけよ」

松田が赤くなっているそこを行儀悪く箸で差す。決して見えるわけはないのに右頬を見るように視線を落とす降谷。そして何を思い出しているのかわからないがだんだんと眉間に険しさが増していく。

「転んで…ぶつけた…」

へぇ…

四人の声は重なる。諸伏もこの件に関しては何も聞いていないようだ。

「つーか、成瀬にやられたんだろ?」

陣平ちゃん!と後ろから萩原が松田の口を手で塞ぐ。もがもがと苛立たしげに萩原の手を取ろうとする松田に対しこれ以上余計なことを言わせないために必死に押さえる。

「喧嘩でもしたか?」

伊達は降谷が話しやすいよう極力柔らかい口調を心がけた。しかし降谷は口を噤んだままだ。昨日の雰囲気からは想像が付かない。これではまるで立場が逆になっているようだ。

「気分転換に次の休み、皆で飯にでもいかね?」

皆の視線が萩原に注がれる。事情を知る伊達だけはズズッと味噌汁を啜った。

「お前が野郎とただで飯に行くとも思えねぇ。どうせ合コンだろ?」

というかそんな話を数日前女子と掃除の時間にしていたではないか。と呆れた目を向ける松田。彼の性格からして素直に来てくれるとは萩原も思っていない。しかし興味はあるはずだ。金で釣ってもいいがそこまで金銭的に余裕があるわけではない。故に酒代を出すのは伊達までだ。

「じゃあさ、今から陣平ちゃんを笑わせることが出来たら、合コンに付き合ってよ」

「はーッ?」

そう、萩原には秘策があった。

「まぁまぁ、笑わなければいい話だから」

「…まぁ、確かにな」

よし、掛かった!と胸の内でガッツポーズを決める。じゃあいくよ、と途端真顔になる。萩原の真剣なその眼差しに松田以外もごくりと喉を鳴らした。

「さっき成瀬ちゃんがね、伊達班長のこと間違えてWお父さんWって呼んでた」

「ぶっは!!」

「・・・・」

「・・・・」

「・・・・」

食器が揺れるくらいにテーブルをバシバシ叩く松田。それを見て萩原も思い出し笑いをしている。ゲラゲラと腹を抱えて笑う二人に何がそんなに可笑しいのかと三人は目を点にする。

「あいつあんな澄ました顔してっ!お父さんて!!……あっ」

あー!くそ!笑っちまった!!と悔しそうに頭をガシガシと掻く。ドヤ顔の萩原をジト目で睨む。悔しいが勝ったのは萩原だ。責めても仕方がない。だが、むしゃくしゃする為にその矛先は降谷へと向けられた。

「責任取れよなゼロ」

「はっ⁉なんで僕が…」

「成瀬ちゃんからもオッケーはもらってるし」

「だからなんで成瀬に許可なんか…」

「まぁ、いいじゃんゼロ!それなら俺らもいこーよ」

「ヒロまで…」

「よし!きーまり!」

あれよあれよという間に話が進んでしまった。まぁ、朔に話がいっているのなら行っても問題はないだろう。きっと今は何を話しても逆鱗に触れてしまいそうだ、と昨夜のことを思い出す。彼女が何度ダメだと言っても聞かずに、服の中に手を入れた瞬間平手を喰らった。拳にしなかったのは彼女なりの優しさだったのかもしれない。

Wこ、こんなところで何考えてるのよ!!バカー!W

顔を真っ赤にして寮に戻ってしまってからは目も合わせてもらえない。いや、ルールを破ったのは自分だ。彼女が怒るのは当然である。

しかし、時々自分だけが彼女を求めているような気になってしまう。触れたい、と思うのは自分だけなのでは…と。

自分を好いてくれていることは態度を見れば分かる。しかし彼女から言葉にされることは少ないし、甘えられたこともあまりない。

言い訳にもならないが不安からつい急いてしまった。どんな理由であれ、昨夜の己の行動は彼女の気持ちを無視したものだ。怒るのも当然。

彼女の怒りが治まるのを待つ間、自身も頭を冷やそう、と降谷は温くなってしまった味噌汁に口をつけた。




2021.1.4
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