諸伏景光


講義中、突然ガラッと教室のドアが開かれ、顔を覗かせた鬼塚に担当教官は困惑の表情を浮かべる。

「鬼塚教官?ど、どうされました?」

動揺している教官そっちのけで鬼塚は教室内を見渡した。誰かを探しているようだ。すると自分と目があった瞬間、鬼塚の表情が変わる。

「・・・・」

「……?」

ジッと自身を見つめてくる鬼塚に物凄く嫌な予感がした。







「成瀬、どうだ?吐く気になったか?」

「・・・・」

「あいつらは今どこにいる⁉」

テーブルに乗せられているスタンドをこちらに向け、ワザと光を顔に当ててくる。嫌がらせだろうか。だいたい少し前から気になっていた。いくらコンビニ強盗の一件があったからといってここまで邪険に扱われる必要があるのだろうか。

そもそも何故自分は違う教場の教官に取り調べのようなものを受けなくてはならないのだろう。

事の発端は今から三時間ほど前、伊達班員に体育祭が終わるまでの一週間、毎日風呂場の掃除を命じたらしい。しかし様子を見に行けば誰一人としてその場にいなかったとのこと。だからといって何故自分が彼らの居場所を知っていると思われているのか謎である。

朔は考える。命じられたことに文句は言うかもしれないが、途中で投げ出す彼らではない。何かトラブルがあったのだろう。五人全員がいなくなったというのも引っかかる。

なら、自分がすべきことは…

「いいか、成瀬。私情を挟み、あいつらを庇うとロクなことには…」

「教官…」

「なんだ、やっと諦めて吐く気に…」

「教官こそ、私に対して私情を挟んでいるように見えます」

彼らが戻ってくるまで時間稼ぎをすることだ。







降谷たちは急いで警察学校へと戻る。景光の両親を殺害した犯人を確保し、行方不明であった女児を保護。仕掛けられた爆弾を止め、その後の事故処理などで体はヘトヘトであった。

そんな体に鞭を撃ち、猛スピードで泥で汚れた風呂場と脱衣所の掃除に取り掛かる。

「伊達!いるか?」

とある男生徒が風呂場に入ってくる。彼は伊達の姿を見つけると少しホッとした顔を見せた。

「よかった、やっと見つかった」

「何か用か?」

「実は別の教場の女子に君を探してくるよう頼まれたんだ」

「…理由を訊いても?」

「今、君の彼女が鬼塚教官から取り調べを受けてるみたいで…」

「は…?」

彼女はナタリー以外にいない。ナタリーが取り調べを?しかし彼のこの様子だと彼女のことを指しているとは思えなかった。

だとしたら…

伊達は降谷を横目で見る。案の定、片眉を上げ、渋い顔をしていた。彼も成瀬のことだと察したのだろう。

この間の合コンの時にしっかりと誤解は解いた筈であるのに、一度広まってしまった噂はなかなか収束に時間が掛かっているようだ。

「どうして彼女が鬼塚教官に?」

しかし誤解を解くより情報を得る方が先決だと判断した降谷はその事には触れず、話を進める。

「どうやら君たちが関係しているらしいんだけど…」

ちらっと気まずそうに伊達たちを見るその男生徒の視線を受け、降谷たちは顔を見合わせる。

「もしかして成瀬は俺たちが居なくなったことでトバッチリを受けてるんじゃ…?」

「ゼロ、行ってあげて」

「ヒロ、しかし掃除が…」

「あと少しだし、ついでにもうちょい時間稼ぎよろしく」

「松田まで…」

「え、え?彼氏の伊達が行くんじゃないの?」

「はーい!君はちょっと黙っていようか」

困惑している男生徒の口を萩原が後ろから手で塞ぐ。迎えに行くよう皆で降谷に視線を向ける。降谷はそれに応えるように肯き、デッキブラシを置いて走り出した。






「私が君に私情を挟んでいるだと?」

「そのように感じます」

「そうか…」

鬼のように吊り上がっている眉がほんの少しだけ優しく下がるのを見て、朔は肩透かしを喰らう。てっきり怒号を浴びせられるかと覚悟をしていたのだ。

そんな朔を他所に鬼塚は懐に手を差し込み、手帳を取り出した。

「この写真に見覚えはあるか?」

鬼塚が手帳の中から一枚の写真を出し、朔の目の前に置く。随分と古いものだ。彼の意図がいまいち掴めず朔は訝しげにその写真をマジマジと見る。

サラシを巻いた上から特攻服を羽織り、鉄パイプを肩に掛け、ヤンキー座りをしている一人の女性…。なにやら少し自分に似て…

「え…?」

ま、まさか…と顰めた顔のまま、したり顔を向けている鬼塚を見る。察した朔に気づいた彼はにんまりとさらに満足そうな笑みを浮かべた。

「お前の母親だ」

「っ!?!?」

二度見した。

「ガーハッハッ!その顔はどうやら知らなかったらしいな!」

大笑いをする彼は心底満足そうだった。

「君のお母さんと私は同期だ」

「ど、どうき…?」

「結構やんちゃをする人だったよ。同じ班だった私はいつもそのとばっちりを…」

「も、もしかして、必要以上に私に目をつけていたのは…!」

「君のお母さんの日頃の行いを知っていたからだ。正義感に溢れ、曲がったことが大嫌いな君のお母さんはそれはそれはもう至る所で喧嘩を…」

母の…思わぬ一面を、思わぬところで知り写真を手にわなわなと口を開ける。そういえば若い頃の写真が一枚も残ってなかった気がする。特に気にも止めていなかったのだが、こんな理由があろうとは…。昔の母の写真であるのに、自分の傷口も一緒に抉られているのはなんなのだろうか。

「教官が、な、なぜ母のこのような写真を…?」

「昔君のお母さんと腕相撲で勝負してな。それはその時に勝った戦利品だ」

「意味がわかりません!そもそもなんでこんなものを後生大事に持ってるんです!?」

「まー…それは、その…なんだ」

ぽりぽりと恥ずかしそうに頬を掻く教官をみて朔の頬は引きつる。

「も、もしかして…母のこと、好きだったんですか?」

ゴホンッ!と咳払いで誤魔化し、とにかく!とその写真を朔の手から奪い、ズイッと目の前に掲げる。

「どうする?降谷たちの居場所を吐けばこの写真を君に渡そうではないか」

「くっ…」

いや、そもそも居場所を知らないんですけど…と言いたいのをグッと堪える。一気に立場が悪くなり、下唇を悔しそうに噛む。

「鬼塚教官!」

コンコンコンッ!と強めのノック音。零の声だとすぐにわかり、朔は顔の緊張を解く。よかった、どうやら間に合ったようだ。この意味のわからないやり取りもようやく終わる…。

安心したようにホッと息を吐く。零の声に鬼塚も気づいたのだろう。運のいい奴め、と何処ぞの悪役かと思うセリフを吐いた。

ドアノブに手を掛け、部屋を出ようとしていた体はぐりん!とまたこちらを向く。その鬼の形相に朔の背筋は伸びた。

「平等に接しなければならなかった生徒に対し、私情を挟み、過度な教育を行ったことは認めよう。お詫びにこの写真は君に渡すよ」

最後は優しい仏のような笑みを向ける鬼塚に、朔は幽霊でも見たかと思うほどに目を丸くしたのだった。






「諸伏くん、おはよう」

制服に身を包み、制帽を持った景光に朔は首を傾げる。

「開会式まであと30分もないけど…どこか出かけるの?」

「兄さんに手紙と一緒に写真も送ろうと思って。ゼロと松田が手伝ってくれるっていうからあの二人待ちで…ぷっ」

「・・・・」

「わ、悪い!笑うつもりは…」

「いいのよ、思いっきり笑ってくれて。私も迂闊に母の写真を見せたのがいけなかった」

そう言いつつもジト目で睨む朔に諸伏は苦笑いを浮かべる。

「ゼロと成瀬が中学の頃に会ってたことは知ってたけど、まさか君が不良だったとは…」

「…もう、あの頃のことは黒歴史だから忘れて欲しいのに…」

零に悪気はなかったのだろう。何故なら朔が黒歴史だと思っている中学時代を彼は全くそう思っていないのだから。

Wえ、えぇ⁉これ、お前の母ちゃん⁉W

W成瀬ちゃん!これマジ?W

W暴走族から上がって警察官を目指したってことか?W

W君のお母さんが鬼塚教官と同期だったのも驚きだなW

Wって、ゼロは全然動じてないけど…知ってたの?W

W知ってたわけじゃないが、成瀬の中学時代も不良…W

Wわ、わっ!ちょっと待って!!W

慌てて零の口を手で押さえるが、時すでに遅し。知らなかったとはいえ抗えない遺伝子に次には皆で腹を抱えて笑った。顔を真っ赤にしている自分と何故皆が笑っているか理解出来ていない零を除いて…。

思いもよらないところで黒歴史を明かされる日が来ようとは。まぁ、あの時の自分があったからこそこうして今皆に出会えたと思えば痛い代償だが悪くはない、と無理やり自分を納得させた。

「成瀬…」

「なに?」

「いつも、ゼロのそばにいてくれてありがとう」

「え、な、なに?急に…」

突然の諸伏の言葉に朔は目を瞬かせる。そんな畏って言われてしまったらこちらも照れてしまうではないか。

「なんか…最近のゼロ見てたら特にそう思ったからさ」

そう言って優しく笑う彼。どこか憑物が落ちたようなその笑みに朔は思う。あぁ、きっと…彼の中でようやく何か吹っ切れたのだと。

「成瀬が居てくれたから今のゼロがあるんだと思う」

諸伏とは高校からの付き合いであっても互いの過去を話したりするような仲ではなかった。だから朔は彼の過去になにがあったか詳しくは知らない。ご両親が殺され、親戚の家にお世話になっていることぐらいしか知らなかった。

そして、それは零もだった。きっと二人の間では言えて、自分には言えないことがたくさんあるのだと思った。朔には入れない領域が、信頼が、二人の仲にはある。

だから…

「それは違うよ、諸伏くん」

「え?」

「私は…彼の相棒が務まるのは今も昔も諸伏くんしかいないと思ってる。零が安心して背中を預けられるのは君だけだよ」

私はそんな二人の仲には絶対に入れない。培ってきた二人の時間がとても尊く感じるのは今も昔も変わらない。

「ずっと…一緒にいた諸伏くんの前だからこそ零も素直になれるんだと思う」

「ちょっと妬いてる?」

「えぇ、だいぶ」

「ハハッ!」

わざとらしく口を尖らせてみる。朔の表情を見て彼は少年のように可笑しく笑う。こんな、心の底から笑っている彼を見たのは初めてかもしれない。朔は嬉しそうにその綻んでいる顔を見つめた。

「じゃあ、私は先に行ってるね」

「あぁ、またあとで」



諸伏は手を振り会場へと向かう彼女の背中を見届ける。

成瀬は高校の時、ほんの少しの間だったが、零と付き合っていることで女子から嫌がらせを受けたことがあった。成瀬の根も葉もない黒い噂を耳にすると仕返しが怖かったのか少しの期間で治ったが、零はこのことがずっと頭にあったのだろう。ここで交際を隠そうとした理由の一つだと諸伏は考えている。

別の教場の女生徒が成瀬を追いかけ回していたと聞いた時は高校の頃の記憶が蘇ったのだが、それは杞憂に過ぎなかった。合コンの時に彼女たちから詳細を訊くと、ただ単に成瀬と話すきっかけが欲しかったのだと彼女たちは打ち明けた。逆にそのせいで成瀬から少し距離を置かれてしまったと少し反省している様子に悪い子たちではないのだと安心した。コンビニ強盗での一件で成瀬が犯人を素手でぶっ飛ばしたことにより少しずつ話すきっかけが増え、卒業間近ではすっかり打ち解けている成瀬がいた。

ゼロと付き合うことで成瀬はいい方向に変わった。そしてそれはゼロも一緒だ。あの気難しい性格の彼が、角が少し丸くなったのは君と出会ってからだ。

君が、ゼロの彼女でよかった。
この先、もし自分がゼロのそばから離れることがあったとしても君だけはずっとゼロを想っていて欲しい。

何があっても…

そばに、いて欲しい。

そんなことを諸伏景光はこのとき願ったのだったーー…




2020.1.17
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