ダメな三人組
「あれ新一君…と服部君?」
ポアロを訪れると巷では名探偵コンビとしても名高い二人がテーブルで向かい合わせにコーヒーを啜っていた。以前は東の高校生探偵・工藤新一、西の高校生探偵・服部平次と言われていた彼らだが卒業してからはW高校生Wが抜け、名探偵として今も変わらず活躍している。そんな二人の頬には平手の跡があった。
「えっと…喧嘩して二人とも平手を喰らったのかな?」
梓にアイスコーヒーを頼み、隣のテーブルに座りながらそう尋ねる。否定せずジト目で睨んでくる二人に肯定と取る。
「ふっ…ふふっ、な、んで…くっ…喧嘩、したの?」
平手の跡がなんとも間抜けに見えてしまい、かやは込み上げてくる笑いを堪えながら再度尋ねる。世間では天才やら日本の警察の救世主やら言われている彼らだが、かやからしたらなんら普通の子と変わらない、好きな子で悩むただの男の子である。
「この姉ちゃんいっぺんどついたろか」
「笑いごとじゃねぇっつーの」
「まぁまぁ、仲直りの手助けくらいは出来るかもよ?」
一頻り笑った後、二人にそう告げれば服部は頬杖をついて面白くなさそうに溜息をつく。しかし次には、「まぁ、ここでうだうだ悩んでてもしゃーないしな」とどうやら諦めて話す気になってくれたらしい。
「約束すっぽかして、長いこと和葉待たせたらこのザマや」
「どれぐらい待たせたの?」
「・・・・」
「えっ、言えないぐらいなの?」
「…丸一日」
「えー!和葉ちゃんずっと待ってたの⁉」
「正確には家で起きて待っとった」
「・・・・」
前に和葉から服部に四時間待ちぼうけを喰らわされたことがあると聞いたが…。まさか記録を更新するとは。
「そいでどつかれて家を追い出されてもーてなぁ。仕方なくこっちに来たっちゅうこっちゃ」
「和葉ちゃん心配しただろうに」
逆によく平手ですんだよ。とジト目で服部を見る。
「新一君は?」
「バーロ、いつまでも俺を弟扱いすんな。これぐらい一人で解決出来る」
ほんとにー?とかやは腕を組んで新一を疑わしげに見ると彼は面白くなさそうに下唇を出した。さらにじぃーっと見つめるとこちらも観念したのかもごもごと口を窄めて話し始めた
「お、俺は…その、寝坊してデートの時間に遅れた挙句、映画では寝ちまって…寝ぼけて、その…蘭に…」
濁していう新一にかやは透かさず突っ込む。
「いきなりちゅーしようとして平手喰らったんだ」
「なっ!」
なんでわかるんだよ?と頬を少し染めて声を潜めるように身をこちらに寄せる。まぁ、蘭の性格を考えたら驚いて咄嗟に平手をしてしまっただけだと思うが…。ムードがあれば受け入れていたに違いない。
「君のことは小さいころから知ってるからね。なんでもお見通しだよ。大方キス以上のことを考えて寝不足だったんでしょ?」
「・・・・」
「私はね、あなたたちが付き合うことになったと知った時は舞い上がって夜な夜な一人で赤飯を炊いたんだよ」
「何してんだよ。つーか何の話だよ」
「だから二人とももっと恋人を大事にね!それは怒るのも当然」
「はぁ〜、大事にしてるつもりなんやけどなぁ」
「かやはどうなんだよ?なんか昨日会った時、降谷さんすげー機嫌悪かったけど」
ぎくっ、とかやは梓から受け取ったアイスコーヒーを溢しそうになる。
その反応に二人の目が据わる。
「おいっ…」
「俺たちだけ言うのはなしだぜ、かや」
それにかやは苦虫を潰したような顔をして話し始める。
「…実を言うと、私も今、口を聞いてもらえなくて…」
カラン、とアイスコーヒーの氷が音を立てる。沈黙する二人の視線が痛いほどに突き刺さる。
「何したんだよ」
「遠出することは伝えてあったんだけど、ス、スマホを家に置いたまま出ちゃって…」
ジッと見つめる二人に耐え切れず、かやはサッと顔を横に背ける。変な汗がだらだらと顔に流れた。
「気づいた時にはもう現地に着いてた頃だったし…諦めてそのまま景色を堪能して帰ってきたら、鬼のようなメールと着信が来てて…さらに鬼のような顔をした彼が出迎えてくれました」
「・・・・」
「・・・・」
「すごく怖かった…」
どこか遠い目をして言うかやにただただ沈黙する彼ら。カラン、とまた氷が虚しく音を立てた。
「そ、それでもその日のうちには帰ってきたんだよ?朝早く出かけて夜には帰ってきたの」
「ほぼ一日心配させたんやないか」
「服部のこと言えねぇじゃねーか」
全く言い返せない悔しさに、くっ…!と下唇を噛む。
「余計な心配はさせないようにしてるつもりなんだけど、何故か怒らせるというミラクル」
「あぁー、そら俺もや。よぅわからんとこでキレるしなぁ」
「で、いつの間にか機嫌が良くなっててね」
「その上、こっちの心境も知らずに他の男にナンパされててよ」
「和葉もや。あいつそういうところはほんっとぼけーっとしてんねん」
「モテてる自覚があまりなくてね…」
「せやせや。鈍感なんが余計に腹立つ」
「でも、まぁ?…照れた時のギャップがまた、可愛いんだよな…」
新一の言葉に平次もかやもわかる、と大きく頷く。相手を思い浮かべているのか腕を組んでそれぞれ頷く姿にカウンター越しから見ている梓はあれ?彼女さんの話をしてるんだよね…?とかやに心の中で突っ込む。
「はぁー…俺らこんなとこでうだうだと…冴えんのぉ」
「あ、蘭ちゃんからメールだ」
「なんて⁉」
「喫茶コロンボにいるらしい。今から会いませんか?って。和葉ちゃんも来てるらしいよ」
「か、和葉も来とるんかっ。あいつなんでわざわざ東京なんかに…。大阪に友達いないんとちゃうか?」
「服部君、それ自分にも突き刺さってるからね。とりあえず今から謝りに行こう。私もついていくから」
「いやぁ、そら流石に…」
「あぁ、頼むかや」
「なんやて、工藤」
姉離れ出来てないんわお前じゃ、と服部は心の中で突っ込んだ。
力になれたかどうかは別として、無事仲直り出来た二組を満足に見届け、見上げれば空は夕焼け色に染まっていた。
かやは深呼吸をして、送ったメールの返信があるか確認する。
AM8:48
【零君、心配かけて本当にごめんなさい。反省してます】
AM11:22
【そろそろ、その、声が聞きたくてですね。寂しいです】
PM16:36
【すごく会いたい…です。無理じゃなければ今日ご飯、一緒に食べませんか?何時でもいいので…起きて待ってます。体に気をつけて】
忙しいのかもしれない。どれも返事はなかった。普段ならさほど気にしないのだが今は彼を怒らせているという事実が焦燥感を煽る。
かやは頭を横に振り、美味しいものを作って待っていよう、とスーパーへ向かった。
彼の仕事は昼夜問わず基本危険を伴うものばかりだ。最近はデスクワークが多いだなんて言ってはいるがたまに作ってくるかすり傷にとてもそうは思えなかった。犯罪者はいつも予告なしに現れるし、緊急を要することもしばしばだ。そんな中、彼はどんなに忙しくても合間を縫って出来る限りの配慮をしてくれた。それは申し訳ないくらいに。
普段からそんなに連絡をまめに取る方ではなかったが彼の職業を知ってからはさらに電話もメールも控えていた。あくまで彼が来た連絡に対し返信する程度。それが彼の不安を煽っていたことにも気づかずに…。
熱を出した時をきっかけに二人で話し合い、そしてルールを決めた。
まずかやから掛ける電話は緊急時のみに絞ること。
これはかやから提案した。いくらいつも通りにと言われても今どんな状況かもわからないのに軽率に電話なんて出来なかった。バイブ音でさえ命取りになってしまったらと思うと、例え緊急だったとしても躊躇してしまう。その旨を伝えれば彼は眉を寄せ、しばし考えたあと、かやの番号のみすぐに留守番電話サービスに繋がるようにしてくれるという。着信が鳴る前に履歴に残るし、それが電話となると緊急を要することなのだとすぐ判断出来る。それなら、としぶしぶかやも納得した。
メールに関しては今まで通り気兼ねなくしてくれて構わないと言われた。「安室透の時だってそうしてただろ?」と言われてしまえば妙に納得してしまう。
Wほぼ一日心配させたんやないかW
服部の言葉が胸に突き刺さる。本当に人のことを言える立場ではないな、と乾いた笑いが「ハハハ…」と口から虚しく漏れ出る。
買い物を終えて家に帰る。玄関を開けるとほわっと香る美味しい匂い。キッチンに立つ彼の姿にかやは茫然と玄関に立ち尽くす。
「れ、零君?あれ?だって仕事…」
火を止め、持っていた包丁を置いて少し気まずそうな顔で彼はかやの方を向く。かやは持っていた買い物袋をゆっくりと下ろした。
「君から…寂しいとメールがきたから…」
「うん…」
「会いたい、なんて言うから仕方なく…」
「うん…」
あんなにぐるぐると悩んでいたというのに彼が目の前にいるという安心感で全て吹き飛んでしまった。迷走して忘れた時用のスマホをもう一台買おうとしていたぐらいだ。
「うんって…それだけか?」
「零君…」
「なんだ…」
「すごく会いたかった…。ぎゅって…してもいい?」
エプロンを外し、しぶしぶ手を少し広げてくれた彼にゆっくり近づく。腰を掴んで、鼓動を確かめるように、そっと胸板に耳を当てた。
「言っとくけど、まだ怒ってるからな」
言葉とは裏腹に優しく抱き締め返してくれた彼に少し泣きそうになる。かやはコクン、と頷いた。
「ごめんなさい。もう、絶対こんなことないようにする」
「本当だな?」
「うん、本当」
「…すごく心配した」
「うん…本当にごめん」
腰を掴んでいた手を背中に回す。ぎゅっとかやなりに力を入れた。久々に感じる彼の温もりと、優しい匂いに包まれながらもう一度「心配かけてごめんなさい」と言った。すると彼は「いや、違うんだ」と、首を横に振ったのがわかった。
「本当は…こんなことで怒って、君の行動を制限したり、縛りつけるつもりはないんだ。君の仕事はインスピレーションが大事だし…いつも通り自由でいて欲しい」
そういう所は嫌いじゃないし…と小声で言った彼にかやは目を開く。
「いつも心配をかけているのは僕の方だ。それでも笑顔でおかえりと言ってくれる君に感謝してる」
少し、ぎこちなく話す彼にかやは顔を上げようとする。しかし、彼の手が後頭部に回り顔を胸板に押しつけられる。まるで見せないとでも言うように。
「それなのに、たった一日…君と連絡が取れなくなっただけであそこまで狼狽る自分が許せなかったんだ」
返信しなかったのはそんな自分に驚き、なんと返していいかわからなかったという。
「僕こそ、少し大人気なかった」
言いすぎた、と彼はかやの頭を撫でた。かやは目尻を下げる。本当に大切にしてもらっている。彼の優しさやら愛やらで胸がいっぱいになる。零れ落ちるほどのそれは息をするのも苦しいくらいだった。
だからこそ今回彼に余計な心配をさせてしまったことをすごく後悔した。
「…零くん」
「なに?」
「…キス、していい?」
ようやく緩んだ手から顔を動かしチラッと様子を窺うように彼の顔を見上げる。
「……いいよ」
まだ少しぶっきらぼうな言い方の彼にかやは苦笑いする。
「少しだけ、屈んで?」
少し膝を曲げてくれた零にかやは嬉しそうに目を細めて、彼の頬を両手で包み込む。目を閉じてくれている彼の顔を観ながら、形の良いその唇に出来るだけ優しく唇を寄せた。
彼の手がまたかやの後頭部を支えるように添えられる。腰に回された手がさらに体を密着させた。かやは安心するようにゆっくり目を閉じた。
end
2020.4.14
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