景光と私



幼少期に見つけた、とっておきの場所。
ある女の子に会って、そこはその子とだけの秘密の場所になった。



夜更けになっても眠ることが出来ず、ふと夜道を自転車で走りたくなった。誰にも気づかれることがないように静かに家を出る。自転車に跨り、当てもなく漕ぎ続けた。

星がとても綺麗な夜だった。

当てもなく、と思っていても深層心理では知っている道を選んでいたようで着いた先は親友とよく釣りをしに来ていた場所だった。

今日はもう少し奥に行ってみようと普段はあまり釣れそうにないからと避けていた場所へ自転車を走らせる。

見つけた古びた小さな灯台。

端にあるせいか地元民でも気付かないような場所にそれはあった。

冒険心が疼き、自転車を適当なところに乗り捨て、灯台の中に入る。海の潮風に当てられているせいか、錆びた鉄の臭いがした。螺旋状の階段を登る。カンカンと足音が響き、隙間からは風がゴォッと音を立てて入ってくる。

錆びた鉄の扉。ゆっくりその扉を引いた。

「わぁっ…!」

視界いっぱいに広がる満天の星。輝きわたるそれはまるで万華鏡のようにキラキラしており、目が眩むほどだった。


すごく綺麗だ。


ここは僕のとっておきの場所にしよう。明日、ゼロにも伝えよう。絶対に気にいる!と一人優越感に浸っていると犬を連れた女の子が走って、灯台下までやってくる。

なんだ…自分だけが知っているわけではなかったのか、とがっくりと肩を落とす。

その子は灯台に登るわけではなく、地べたに座って、手に持っているスケッチブックを開いて何やら描き始めた。時々聴こえる変な鼻歌に思わず笑ってしまいそうになる。

こんな夜更けに、しかも誰も出歩いていないような時間帯に子供が二人、同じ場所にいるのが景光にとって何か特別で、運命めいたものを感じた。

あの子も眠れないのだろうか。

暫くしてその子はスケッチブックを仕舞い、立ち上がる。歩き出したその子に合わせて犬も起き上がる。しかしその犬は女の子について行かずチラッと景光がいる上を見て尻尾を振った。

ヤバイ、気づかれた?

「レイー!いくよー!」

女の子の声に反応してその犬は返事をするように吠え、尻尾を振って女の子の元へ駆け寄る。バレないように上から覗き見ると、その犬は走りながらその子に思いっきりタックルした。

えぇー⁉

思わずそう声が出そうになり手で押さえる。

女の子は当然受け止めることが出来ず後ろに尻餅をついてしまう。

「もうー!」

怒りながらも優しく笑って飼い犬の頭を撫でた。顔をさんざん舐められた後、女の子は立ち上がって困ったように笑いながら帰って行った。

変な子。でも、ちょっと可愛かった。
またここに来たら会えるだろうか。

そんなことを思いながら景光は自転車に乗って家に帰った。その日の夜はぐっすりと眠ることが出来た。

翌日親友に会っても昨夜の事は何故か言えなかった。




その日から眠れない夜は必ずあの灯台に行った。どの頻度であの子が来ているのかはわからなかったが、星空が綺麗に見える日は必ず来ていたと思う。そして必ず絵を描いているその子を上から眺めるのが一つの楽しみになっていた。

いつも何を描いているのだろう。目の前は暗い海だけだ。次会った時は思い切って声を掛けてみよう。




「いつも一人でなに描いてるんだ?」

上からいきなり声が聞こえて余程驚いたのだろう。描いていたスケッチブックを地面にバサっと落とした。柵に足を掛けて飛び降りれば、彼女は口をあんぐり開いてまん丸に目を大きく開いていた。

「いつもここで描いてるよね」

放心している彼女を他所に落ちたスケッチブックを拾う。

「な、なんでここに人が…」

「まぁ、君だけの場所じゃないしね。時々上にいたの気づかなかった?」

その子はブンブンと顔を横に振る。するといきなり横から飛びかかってきた犬に受け止めきれずに倒れてしまう。ペロペロと顔を舐め回された。すごくくすぐったかった。

「うわ!なんだよ!あはは!」

「こ、こら!レイ!」

彼女が首輪を後ろに軽く引っ張るとレイはお座りし、景光の立ち膝に手を乗せる。その仕草に頭を傾げる。

「ち、ちがうよレイ、その人はエサ持ってないよ」

なるほど、お手をして餌をねだっていたのか。慌てる彼女と飼い犬の行動が可笑しくて腹を抱えて笑った。

「僕、諸伏景光っていうんだ。君は?」

「私、如月かや」

やっとこの子の名前を知ることが出来た。景光は口角を名一杯に上げる。

「じゃあかやでいい?」

「うん。諸伏君のことはなんて呼んだらいい?」

「俺のことはみんなヒロって呼んでるよ」

「ヒロ…」

何度も呟く彼女に何故だか少しむず痒い気持ちになる。照れ臭く、誤魔化すように話を続けた。

「かやのところの犬の名前ってレイって言うの?」

「そうだよ。死んだじいちゃんの名前から取ってつけたって、ばあちゃんが言ってた」

「へー!実はさ俺の親友の名前も零って名前なんだ」

「おんなじだ」

「すごいんだそいつ。ヒーローみたいでさ!あだ名でゼロって呼んでるんだ」

女の子と二人で話すなんて今までになく、緊張からいつもより口が達者になる。ゼロの話を真剣に聞いて頷くかやの姿がなんだか嬉しくてその日景光は親友の武勇伝を得意げにたくさん少女に話した。



「スケッチブックの中見てもいい?」

ある日、そうお願いしてみると彼女は躊躇いがちに渡してくれた。あまり人に見せたことはないという。丁寧にスケッチブックを受け取り、中を捲る。ここではない様々な場所の風景画が描かれていた。

「すごい上手いね!僕のクラスの子でここまで描ける子いないよ!かやって、絵描くの本当に好きなんだね」

「ば、ばあちゃんがね…かやは絵を描くのが上手だねって、褒めて…くれたから…」

彼女は指先を擦り合わせ、少し照れ臭そうにいつも絵を描いている理由を教えてくれた。

素直に可愛いと思った。独り占めしたい。この場所を二人だけの秘密にしておきたいと思った。

ゼロに出来た初めての秘密だった。

月日が流れると眠れなくなることは徐々に減っていき、かやともすれ違うことが多くなる。小学生男児というのは女の子よりも釣りとか虫とか冒険が好きで毎週と言っていいほど通っていたその場所は小学校を卒業するころには殆ど訪れなくなっていた。

中学に上がった時、静かにできるギターの練習場所を探して、ふとあの場所に立ち寄った。


「ヒ…ロ…?」

犬を連れた同い年くらいの女の子に声をかけられる。面影のある顔に見覚えのある綺麗な毛並みの犬。記憶が一気にフラッシュバックし、一瞬でかやだとわかった。

少女のあどけなさを残しつつも成長したかやに初め戸惑ったが、昔と変わらずにあのスケッチブックを持っていることに安堵した。

話の流れで彼女にギターを教えることになる。昔に戻ったようですごく楽しかった。

ある日の夜、なんとなくあの場所に呼ばれている気がして灯台を目指した。

すると彼女が、灯台の柵に足をかけて高く、高く飛んだのが見えた。



思わず見惚れた。



決して白い下着に釘付けだったわけではない。ドテッと鈍い音を立てて着地したかやに我に帰って慌てて駆け寄る。

彼女は血が滲んでいるのをお構いなしに泣きそうな顔をしながら徹夜で綴った曲を景光に見せる。

どうすれば祖母を助けられるか、必死に考えたのだろう。血が滲んでいる楽譜を見て、そう思った。

かやは祖母が助かったのは景光のお陰という。だけど景光は相談に乗っただけで、解決したのはかや自身の力だ。それでもかやは景光にありがとうと言った。

「ヒロはいつだって私のヒーローだよ」

照れた顔でそう口にした彼女。ボッと爆発したように顔が熱くなる。今思えば初恋だったのかもしれない。

自分にとってのヒーローはいつも親友であった。だけど彼女はそんな自分をヒーローという。彼女は時折こそばゆく、胸がキュッと痛くなるようなことを言うのだ。






「ほい景光、これおみやげー」

楽器屋を訪れるうちに仲良くなったかやと同級生で同じ学校のそいつは仕事中だというのにひと目も気にせず土産を渡してきた。

「また店長に怒られるぞ」

「いーの、いーの。まだ今日来てねーし」

「どこ行ってきたんだ?」

「京都だよ。修学旅行」

「へぇ、いつ?」

「先週のちょうど今日あたり」

「え?」

「ん?なに?」

「いや…」

こいつが修学旅行だったならかやもそうだったはず。しかし彼女とはその日もギターの練習であの灯台で会っている。景光はもらったお土産をゆっくり下ろす。

あぁ、なんで気づかなかったのだろう。

彼女の性格を考えれば、大事な祖母と愛犬を残してどこかに行くわけないじゃないか。それがたとえ3日間といえど。
彼女は大事なことに限っていつも言わない。

付き合えばこのもどかしさも消えるだろうか。勢いでかやに想いを伝えそうになって、口を噤む。

自分は卒業してもうじきここを出て行く。ずっと傍にいてやれないもどかしさもあるが、かやとの関係が崩れるのも怖かった。気持ちは伝えずにそのまま寮に入った。




かやの曲で再ブレイクした男。いきなり数百万で曲を買ったというのが引っかかっておりかやには内緒で調べていた。

そしてずっと気になっていることがある。それは彼女の名前がどこにもないことだ。作詞作曲をしているのは彼女のはず。ではなぜ、その名前の記載がどこにもないのか。本名で活動していないにしろ、明記されているのはあの男の名ばかりなのである。

祖母を思って書いた曲をあの男がさも自分で書いたように適当な解釈で語っているのを見て、憤りを感じた。

帰省を機にかやに確かめようと家へ向かう。途中、楽器屋でバイトしている友人にたまたま会った。そこで初めてかやの祖母が亡くなったことを知る。

本当に大事なことは何一つとして教えてくれない、と急いでかやの家へと向かう。しかし玄関の電気は点いているのにいくら呼び鈴を鳴らしても誰も出て来る気配がない。

よからぬ想像がつい頭を過ぎってしまい、不安からドアを叩く力が強くなる。瞬間、鍵の回る音がして、ホッと息をつく。

躊躇いがちにドアは開かれ、少し疲れた表情のかやが顔を出す。景光だとわかると目を大きく開いていた。

「ど、どうしたの?」

「俺、知らなくてごめん!かやが辛い時に…そばにいなくて」

「そんな、ヒロが気にすることじゃないよ。私も連絡しなかったしさ」

その言葉にツキリ、と胸が痛くなる。
ツライときくらいツライと言って欲しい。

「大丈夫、なのか?」

うん。と頷く彼女。そんなやつれた顔をして大丈夫なわけないだろ。

訪れる死を回避することは出来ないが彼女が好きな音楽だけは、どうしても守ってあげたかった。だから考えろ。最悪な場合になったとき、どうすれば彼女を守れるか考えろ。考えろ。

例の男がかやを血眼になって探していると楽器屋の友人から連絡があった。念のためパスポートを取らせておいて正解だった、と景光は後日またかやの元へ訪れる。

かやはぼんやりと縁側に座って夕焼け空を眺めていた。指先や、顔に土がついているのが気になった。

「かや?」

その声にかやはゆっくりと顔をこちらに向けた。

「門のところを覗いたらたまたま見えて…大丈夫か?レイは?」

「あ…えと…」

困ったように、目を泳がせる彼女に景光の表情は曇る。

「パ、パスポート…言われた通り、作ったよ」

話を逸らす彼女に、景光は確信し痛む心臓の変わりにギュッと拳を握る。

「あと…今日卒業式でね、無事…そつ…ぎょ、うっ…できっ…た」

ポロポロと我慢できなかった涙が彼女の目から零れ落ちてくる。

「あは、はっ…ごめんね、なんかやっぱ…さびしくて」

無理に笑う彼女が弱々しく、痛々しかった。

「ごめん、ひろ…今日、は帰っ…」

あぁ、とうとう彼女は…

「何も言わなくていい!」

独りになってしまったのだと、堪らず抱きしめる。小さく細い体。今にも壊れてしまいそうだった。少しでも彼女の悲しみが減ればと景光は優しく抱きしめた。

彼女の手の中にあるものはとても少なく、だからなのかその中にあるものをとても大事にする。

そんな彼女の大事なものの中に入りたかったのかもしれない。




旅立つ日に彼女から受け取ったものは二人の思い出の曲。かやがソングライターとして歩み始めた原点。何度も口遊んでは大切に言葉へと変えていく。

時折ギターで弾いては、ああでもない、こうでもないと頭を悩める。どうしても彼女宛ての歌詞になってしまい、書き綴る度に羞恥心に苛まれ中々進まなかった。お陰で何年もかかってしまう有様である。




警察学校に入ってからは色々忙しく、大事な試験と重なったりしてあの場所にいくことが徐々に難しくなってきていた。

「それ、ペア時計だろ?」

目敏い萩原が二人きりのときそう訊いてきた。うっ、と咄嗟に時計を手で隠す。そうなのだ。かやが旅立つ日にギター以外にどうしても何かプレゼントしたくて時計屋に2時間、買うか買わまいか悩んで結局勢いで買ってしまったペア時計。親友でさえも気づかなかったマイナーなメーカーを選んだというのに。

景光の反応に萩原の目は途端に興味を示す。

「なになに?彼女?」

「ちっ、がう」

「えっ?彼女もいないのにつけてるの?」

「うーるーさーい!もう、うるさい!」

「わっ、なんだよ、どこ行くんだよ!諸伏ちゃん!」

萩原に真っ赤な顔を見られたくなくて急いでその場は逃げ切った。


警察学校を卒業してからはますます忙しくなり、行けない日のことを考えてかやがいつ来てもいいようにUSBと手紙を残した。潮の香りと波の音に耳を澄ませながら変わらずにある古びた小さな灯台を目指す。久々に入った中は幼少期に感じた時よりだいぶ狭く感じた。手紙とUSBが入った封筒を灯台の柵のところに貼り付ける。最後のフレーズの歌詞だけはどうしても恥ずかしくて埋められなかったな、と苦笑いを浮かべ幼少期に見た景色に思いを馳せながらその場を後にする。




しばらくして、ふと有線で流れてきた音楽になんとなくかやを思い出す。興味で調べて出てきたのは英雄という名前のソングライター。

Wヒロはいつだって私のヒーローだよW

かやの言った言葉が頭を掠める。

いやいや、まさかな。

聴いてみるだけでも、と英雄という人間が作詞作曲したという曲を片っ端から聴いてみる。

時折入るギターの手癖。かやが選びそうはフレーズやスケール。独特なコード進行…

日本に、帰って来ている?

そうだったらいい。そうであったらいい。彼女が今も音楽を続けられてると思うと胸が熱くなった。


会いたかった。


しかしその時にはもう…潜入捜査の話が出ており、景光という存在を皆の前から消さなくてはいけなかった。

過去を消すため私物を処分しに帰省する。偶然にもその日は約束をした日であった。

潜る前に、と封筒を回収しにあの場所へ訪れる。

英雄という人物がかやである確証はないし、まだ海外にいるならここを訪れるわけがない。

だから来ないで欲しいし、このまま何もなく終わって欲しかった。それなのに会いたいという気持ちの矛盾が心を渦巻き、一瞬の躊躇いが生じてしまう。

封筒をわざわざ見つけにくい柵に貼ったのは見つけてもいいし、見つからなくてもいいと思ったから。でももし、見つけてくれたら…

そんな欲が少しだけ出てしまう。いつ死ぬかもわからない人間を待っていて欲しい、なんて…。

残酷なことをしている、と景光は思い直し、やはり回収しようと踵を返す。 

ある女性が視界に入る。
灯台に近づいていた。

肩まである綺麗な黒髪が風で靡く。遠目でもわかる黒いギターケース。

思わず口元を手で押さえた。

かやだ。

変わらずに今もスケッチブックを持っている。そんなかやに景光は目を細める。あぁ、彼女は変わらない。あんな、手紙がなくとも彼女はちゃんと景光を待っていてくれた。

黒いギターケースを横に置き、地べたに座る。なんだかその姿が幼少期からよく見掛けたかやとレイの姿を彷彿させる。毛色だって全然違うのにそう見えたのは、かやが時折ギターケースをレイのように撫でるからだと思う。

風で靡く髪を時折耳に掛け、露わになる横顔。

大人になったな。とても綺麗になった。

会わなくていい。
これでいい。
このままでいい。

この様子だと彼女は封筒に気づかないだろう。時を見て、また回収しに来よう、と背を向けようとしたところで足はまた止まってしまう。

小学生くらいの子供が灯台にやって来る。かやに気づかれないように動いてるのを見て、彼女の知り合いなのだろうか。そして灯台の中へ入っていく少年にあぁ、マズイ。と景光は顔を曇らせる。

相変わらず上に人がいるなんて思ってもいない彼女は少年の存在に気付かない。

案の定、少年は封筒に気づいてしまう。そして予想外のことが起こる。風で飛ばされたそれを掴もうとしてそこから落ちてしまったのだ。

間に合う筈がないのに体が動く、しかしかやが気づいてぎこちなく抱きとめた。

ホッと息をつくのも束の間、少年はすでに封筒の中身を出していた。

遅かった。なんでもっと早く回収しに来なかった。

期待していたんだろ?

もう一人の自分がそう語りかける。帰省する次いでなんてよく言う。偶然なんかじゃない。なんだかんだ言い訳してこの日に合わせたのはどこのどいつだ。

手紙の内容に少しだけ眉尻が下がっているかやを見て、後悔する。
そんな顔をさせたかったわけじゃない。
寂しい思いをさせたかったわけじゃない。

ここに…いるよ、かや。

悲しい顔をしている彼女に小さく声にもならない声で呟いてみる。

景光の変わりに少年がかやに話しかける。よく聞こえないがなにやら手紙について指摘しているようだった。一瞬惚けた顔をした彼女だったが次には困ったように眉を下げ、声に出して笑った。

笑った。

暫くして手を繋いで帰った二人の背を遠くから見届ける。独りじゃない彼女の姿にどこか安心し、笑った顔を思い出しながら景光もその場を後にする。

翌年、景光は名を捨て組織への潜入を果たした。



走馬灯のように蘇るなかで彼女との思い出はとても短く、淡く儚いモノである。それでも過ごした時間は色濃く記憶に残っている。


兄さん、かやに会いに行ってくれるかな。泣くだろうな。だけど、こうでもしないと君はおばあちゃんになるまで待ってるだろ?

そんなの…可哀想だ。

手紙なんて残さなければよかった。
ごめんね、かや。俺のことなんて忘れていいからね。

ずっと待ってなくていい。 
君を悲しませて、ごめん。



自分で打った弾は胸を貫き、体はだらりと糸が切れたように動かなくなる。心臓が止まっても、脳はしばらく生きている、というのは本当らしい。目蓋も開けられないし、感覚もなにもないのに何故だか貫いた胸が暖かかった。


「スコッチ!」


降谷の声が胸元で聞こえる。



近くに、いるのか…?



ゼロ、ゼロ、



ずっと一緒にいたのに、
 

散々言葉を交わしてきたのに、



覚悟はしていたのに、



別れはやはり、つらい…



先に逝くことを許して欲しい。



君に、彼女を会わせたかった。
会わせればよかった。



優しい子なんだ。
きっと気に入ったと思う。


絵を描くのが上手で
家族が何よりも大切で
人に甘えるのが下手で
どこかちょっと抜けてて
俺の大切な初恋の人

好きだよ、かや。
愛してる。





彼女に




遇えるといいな




逢えるといい




どうか、巡り会ってーーー…





波の音が聴こえる。彼女と出会った時に見た降るような星が見える気がした…。










かやは荷解きを終え、体を伸ばしながら窓に寄る。

今日は天気が良い。

カラカラと音を立てて窓を開けると風が頬を撫で、ひらひらと白いカーテンレースが靡く。

かやの足元に立て掛けてある零のギターが目に入る。あっ、と思い出し、買ったばかりのギタースタンドを零のギターの隣に置く。

かやはHのサインが入ったギターケースを持ってきて、ゆっくり開ける。優しくギターに触れ、大切に取り出した。

かやは嬉しそうに、ただ…ほんの少しだけ眉を下げて、零の隣に景光のギターを置く。やっと隣同士で置くことが出来た、と肩に手を置くかのように二本のギターを両手で触れる。

おかえり、と小さく口角を上げる。

「かやー、こっちの荷物はどうするー?」

遠くで零が呼んでいる。返事をして立ち上がり、踵を返す。



暖かい風がかやの背を押すように吹き抜けた。



『ただいま』



ふと聞こえた声にかやは目を見開いて振り返る。ばさばさと、白いレースが揺れる。

寄り添うギターに景光がいるような気がした。

目尻に涙を溜め、かやは嬉しそうに目を細めた。





「おかえり、ヒロ」




end
2020.4.27
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