みんなから元気をもらう

18


コナンはカレンダーの日付を見て、そろそろか、と幼き記憶を呼び起こす。

毎月どこかしらに行っているかやだが、いつも持たないギターケースを持ってどこかに行こうとしている姿は初めてだった。幼き日の新一は好奇心に負け、彼女を尾行した。

暫く電車に乗り、降りた先は潮の香りと波の音が微かに聞こえる場所だった。
景色に惚けているとかやの姿が小さくなっていることに気づき、慌てて追いかける。

海沿いを歩き、石造りの防波堤まで来ると小さな灯台にたどり着いた。錆びていてとても古い。かやは灯台を背にして、海を眺めていた。気づかれないよう灯台を登り上から覗く。

特にギターを弾くわけでもない。歌うわけでもないのに、ケースをそのままにぼんやりと海を眺めていた。少し悲しそうな顔だった。

ふと、柵に何か貼られているのに気づき、丁寧に剥がす。小さな小さな封筒。
中に何か入っているようだった。すると突風が吹き抜け、封筒が手から離れてしまう。宙を舞う封筒に慌てて身を乗り出しパシッと掴んだ。一安心するのも束の間、体はバランスを崩し地面へと落ちていく。




「わわっ!」

その声にかやはいち早く気づき、落ちてくる少年を咄嗟に抱きとめた。

「って、新一君⁉」

驚くかやとは対照的に新一は手に持っている封筒の中身が気になるようで急いで開け始める。

「ついてきちゃったの?」

「それよりもさ」

「それよりも⁉結構ヒヤッとしたんだけど⁉」

「封筒に手紙が入ってたんだけどこれってかや宛だと思う」

「わた、し?」

ハッと気づいて、新一から急いで手紙を受け取りその内容を読む。

【ごめん。仕事で今年も行けそうにない。約束していた歌詞、最後まで完成出来なくてごめん。途中だけど、USBに残しておく】

封筒を逆さにすればコロン、と手の平に落ちてきたUSB。再度手紙を読み返す。文の最後に景光独特のイニシャルのサインを見てかやは悲しそうに目を伏せた。その姿を見て新一は口を開く。

「なぁ、かや。俺にはなんでもお見通しなんだからな」

「え?」

「その手紙男からだろ?彼氏か?」

「か、彼氏なんかじゃないよ…!」

顔を赤くしながらも否定する。小学生とはいえやはりこの子は侮れない。しかしどうして手紙の主が男だとわかったのだろう。ましてやかや宛てということまで当てた。それを新一に問えば少年はわざとらしくため息を吐いた。

「バカにすんなよな。かやが持ってきたギターケースとギター裏についてるH独特の文字。それと手紙に書かれているサインはほぼ一緒。同一人物が書いたと思うのは自然なことだよ」

「さすがシャーロックホームズのお弟子さんだね」

「当たり前だろ。こんなの推理のうちにも入んねーよ。内容を見るにここでその手紙の奴を待ってたんだろ?」

「でもどうして男だって思ったの?」

それに新一ははぁ?と口を大きく開けた。この生意気な顔も可愛いと思ってしまうのは自分は何かの病気なのだろうか。

「かやが前に大好きなヒーローがいるって言ったんじゃねーか」

「言った、けど…」

以前、確かに新一にはそんなことを言った。新一と蘭の恋模様が気になり、話のタネに自分を助けてくれた大好きなヒーローの話をしたのだ。だがどうしてそれが男だと新一にはわかったのだろう。もしかして手紙の主が景光だということもこの少年にはわかっているのだろうか。

「だってそれ、ヒーローのHだろ?」

そう言った新一にポカンと口を開けてしてしまう。少し考えて、あっ、と気づいた。

「なるほど。HEROって書くもんね」

それにかやは拍子抜けして笑ってしまう。流石に景光のことがわかったわけではなかった。大人びていてもやはり子供なのだと安心する。笑っているかやに新一は怒る。

「な、なんだよ!俺の推理間違ってたか⁉」

「間違ってないよ、驚いて笑っただけ。ご名答だよ。これは私のヒーローが書いたものだ」

「フラれたんだな…」

「そうみたいね」

「かやのペンネームはそいつにわからせるためか?」

新一の予期せぬ言葉にかやは言葉に詰まる。あぁ、まったくこの子は。と首を横に振る。

「そうだね。英雄(ヒーロー)に気づいてもらいたくて付けた名前だよ」

泣くのを我慢して笑った顔は少し歪んでいたと思う。

「蘭には泣きたい時には泣いて良いって言ってあるんだ」

その言葉にかやは目を見開く。

「泣いていいぞ。かや」

優しい少年の言葉にかやは泣くつもりなどなかったのに泣きそうになってしまう。膝に顔を埋めて顔を隠すとそんな彼女の頭を新一は優しく撫でた。




遅いと有希子が心配するからそろそろ帰ろうかとかやが言う。新一はふんっと鼻を鳴らした。

「かや一人だと心配だからな。俺が送っていってやるよ」

「あはは!ありがとう、お言葉に甘えるよ。あ、でももう危ないからついてきちゃダメだからね」

「なんでだよ」

「蘭ちゃんが心配するからですー」

「は?なんでここで蘭が出てくるんだよ」

「女性と二人っきりでどこかに行くなんて気が多いって思われちゃうよ」

ジト目でかやを見る。声には出さないが何言ってんだオメェと目で語る。それが伝わったのか新一の頭を思いっきり撫で回した。どことなく寂しそうなかやの手を掴んでやるとかやは嬉しそうに笑った。おそらく手を繋いで帰ったのはこの日で最後だったと思い返す。

まぁ、もう高学年だったしな、とコナンは苦笑いする。

もう、今日が終わろうとしていたその時間帯に突如スマホが震えた。表示されている名前にコナンは慌ててトイレに篭る。



「え?帰ってこない?」

《そうなんだ、夜には戻ってくると言っていたんだが、門限が過ぎても帰ってこなくてね。連絡しても繋がらない》

「ちょっと待ってて、僕も連絡してみる」

沖矢との電話を切り、かやに電話をかける。やはり繋がらなかった。電源を切っているらしい。時計を見て、電車はもう終電を示す時間帯だった。スケボーは今阿笠の家に修理に出しているし、連絡して車を出してもらうか、と阿笠に電話をする。しかし、もう寝ているのだろう。出る気配がなかった。再度かやに電話してみる。

「コナンくーん?まだ起きてるの?もう寝なさーい」

「は、はーい!」

蘭の声に慌てて切る。蘭が寝静まった頃にいくしかないようだ、とトイレから出ようとしたところでかやから着信があった。

「かやお姉さん、大丈夫⁈」

《コナン君ごめんね、スマホの充電切れそうで、少なくなったところで電源切ってたんだ》

微かな…風の音と、波の音

「今どこにいるの?昴さん心配してるよ!」

《ごめんね、ぼんやりしてたら終電逃しちゃって…。明日の朝には帰るからって昴さんにも伝えてくれないかな》

「本当に大丈夫なの?」

《うん。心配かけてごめんね。今日はどこかに泊まろうと思う。電池がもうなくなりそうで、そろそろ切るね。おやすみコナ…》

「え、あっ、ちょっと…」

そう言って変な切れ方をした。本当に電池がわずかだったのだと悟る。とりあえず沖矢に心配しないようメールし、コナンは着替えてそっと階段を降りる。

「あれ?コナン君?」

もう、ポアロは閉店してからだいぶ経っているというのに、安室が店から出てきた。

「安室さん⁉なんでまだここにいるの?」

「マスターに許可をもらってデザートを試作するのに厨房を使わせて貰ってたんだよ。コナン君こそ、こんな時間にどうしたんだい?」

コナンは、迷った。安室に話すかどうか。完全にかやのプライベートな部分に触れるし、それを勝手に、新一ならともかく知らないはずのコナンが話していいものかどうか、と。

「コナン君?」

今日きっとかやはあの場所に行っている。そして今もまだあそこにいる。

何があったかはわからない。本当にぼんやりして終電を逃してしまったのかもしれない。だけど、隠していてもどこか声は沈んでいて、無理に笑っている顔が思い浮かんだ。どうしてもあの灯台に行って来ない人の代わりに迎えに行ってあげたかった。でも、それは自分の役目ではないような気もしていた。かやが心から信頼を寄せている人に迎えに行って欲しい。

コナンは、賭けることにした。

「ねぇ、ゼロの兄ちゃん。かやお姉さんを迎えに行ってあげて」



□□□


Wかやお姉さん、ぼんやりしてたら終電逃しちゃったんだって。スマホの充電も切れちゃったみたいで繋がらないし。それでね、たぶんここにいると思うW

そう、コナンに言われた場所は駅ではなかった。ナビに入力した住所に映し出された地図を確認すると、周りには建物らしきものはなく海が隣接していた。本当にこんな処にいるのだろうかと疑ってしまう。いや、彼女ならやりかねないと安室は短くため息を吐いて、車を走らせた。偶然にもそこは安室が幼少期に親友と過ごしていた町と近かった。

目的地にたどり着き、車を降りる。人一人歩いていないこの場所に本当に彼女はいるのだろうかと飲み込まれそうな黒い海を見つめる。石造りの防波堤を歩き、小さな灯台を見つけた。

潮風に混ざり、微かに聞こえる歌声とギター。その旋律に向かう足を速めた。この曲はやはり景光が口遊んでいたものだ。

少し乱れた呼吸を整えて、一歩一歩灯台へ近づいていく。灯台に隠れ、彼女の揺れ動く肩が少し見える。こちらの気配に気づいたのか歌が止まる。ギターを弾く手も止まり、座っていた彼女はこちらを振り向く。

「あ、むろ…さん…?」

ゆっくり開かれていく瞳。いったい、どれぐらいの時間歌い続けていたのだろう。酷く掠れた声で彼女は言った。

「どう…して、ここに…」

「コナン君から迎えに行くよう言われたんだ」

「コナン君、が?」

「ずっと、ここにいたのか?」

「うん、ごめんね。歌詞でわからないところが、あって…悩んでたら終電逃しちゃった…」

持っているギターに目が入った。ギターの裏に刻まれているイニシャルがチラリと見え、安室は息を飲む。

Wあれヒロ、アコギはどうしたんだW

W知り合いに譲ったんだ。ベースがあるし、置き場所にも困るからさW

Wあんなに大切にしていたのにか?W

Wまぁ、もう古かったしなW

景光らしくない、とその時は思った。それを彼女が大事そうに抱えているのを見て安室は確信に変わる。あぁ、やはり彼女は景光と繋がりがあった。

「そ、のギターはどうしたんだ?」

「え?ギター?」

「教えてくれ」

「えと…昔、海外に行く時、友達が自分の変わりに持っていってくれって…くれたものなの」

「どんな、奴か聞いても?」

「どうして、そんなこときくの?」

「今、歌っていた曲と、何か関係があるのか?」

「な、んで…そんなこと…」

彼女の目がだんだん見開いていく。信じられないというように、口を微かに動かした。

「ゼ…ロ…?」

まるで幽霊でもみているかのような目で安室を見る。彼女はかつて親友が呼んでいた愛称で再度問うた。

「あなた、ゼロなの?」

真っ直ぐ安室を見る黒い瞳。その目を見て否定することなど出来なかった。口がからからに乾いている。喉に張り付いて、声が出ない。うまく言葉を発せない変わりにゆっくりと頷いた。

すると、ポロポロと涙を流す彼女に安室は驚き、放心してしまう。

「生きてた…」

その言葉に思わず拳を強く握り締める。

「ゼロ、生き…て、た…」

大粒の涙を流して泣き崩れる彼女を気づけば抱きしめていた。

「ヒ、ロが死んだって…今日、聞いて…」

あぁ、だからここでずっと動けなかったのか。こんなに冷たくなるまで。

「ヒロに書いてもらった歌詞、最後のフレーズの歌詞だけが抜けてるの。何度考えてもわからなくて、ずっと歌ってるのに、出てこなくて」

景光が口遊んでいた曲は彼女が作ったものなのだと気づく。二人を繋ぐものが見え、安室はさらに優しく抱き寄せた。

「どんな歌詞か、見せてくれ」

耳元で呟けば、彼女は使い古した手帳を出した。書き写してある歌詞に安室は大切な物を触るように指で文字を辿る。手紙のようなその文面に目を細める。


【いつも僕に助けられたと君は言うけれど、
絶望の縁に何度立たされても
綺麗に咲き誇るその姿に
勇気をもらっていたこと
君は知らないだろ?
その姿にどれだけ元気付けられたか。
いつも花が咲くように優しく笑うね
何度触れたいと思ったことか
そんな君の特別になれたらと何度願ったことか
もう一度君に会いたい
その時は伝えようWーーーーWと】


文字は震え、ところどころついた染みの跡に泣きながら書き写したのだと悟る。

「歌って…みて、くれないか」

体を離し、俯き加減にゆっくり頷いた。手の甲で涙を拭き、景光のギターを右足に乗せた。構える仕草に景光を重ねる。安室も横に座り、彼女の声に耳を澄ました。

静かに、
ゆっくり、
彼女は口を開いた。


「♩♫♩〜」


彼女の透き通るような声。
優しく降り注ぐような音。
景光とそっくりな弾き方。
景光の言葉をかやが歌う。
大切に、優しく、愛でるように

最後の一音が弦をはじく。名残惜しむように鳴り響いた。音が消え、波の音だけが支配する世界に戻り、安室は閉じていた目を薄く開いた。

「愛してる」

「え?」

「W愛してるWだと、思う。最後に入る言葉は…」

「な、んで…?」

「僕が、ヒロの親友だから」

だから、わかるよヒロ
君が、彼女をどう思っていたかなんて。
一度も相談されてなくてもわかる。
その大切なギターを彼女に渡した時点で、君の心は彼女に預けたんだな…。
恥ずかしくて、歌詞にすら出来なかった言葉を最後に僕が伝えるよ。
内緒にしていた罰だ。
だから許してくれ、ヒロ
少しでも彼女を愛おしいと思ってしまった自分を。

「そう、だったら…私も嬉しいな…」

地平線を見つめ、どこか寂しそうな表情でかやは呟いた。次にはカクン、とまるで糸が切れてしまったように寝てしまった。寄りかかる彼女の肩を抱こうと寸でのところで止める。伸ばした手を握り、地面に降ろした。

ヒロ、これでもう彼女に触れるのは最後にする。だから許してくれ。

安室はかやの頭に、軽く口づけをしたーーー・・・





空が白んで来たところでかやを起こす。寝惚け眼を擦り、差し込む朝日に目を細める。

「起きたか?」

「わ、ごめん!いつのまにか寝ちゃってた!」

寄りかかっていた体を起こし、目元は赤いがいつもどおりのかやの反応に安室は安堵し、立ち上がる。

「起こさないで待っててくれたの?」

「気持ちよさそうに寝ていたからな」

「本当にごめんね」

「まぁ、実際僕も寝てたから気にするな」

本当は彼女の寝顔をずっと見ていたからとは言えずそう嘘をついた。

少し離れた場所に停めてある車まで二人で歩く。景光のギターを持ち、後ろをついてくるかやに優しく目を細めた。

「コナン君が心配してる。車の中で充電できるから、早く連絡するといい」

「あ、そうだ!昴さんにも連絡しなきゃ…!」

その名前に安室はピクリ、と眉が動く。

「彼は連絡しなくてもいいんじゃないか?待たせてればいい」

「そんなわけにいかないよ。って前から思ってたけど昴さん、苦手なの?」

むしろ嫌いだ、とは言わずに安室はそれには答えず話を変える。

「彼の名字、言えるか?」

「え?」

「変だと思ってたんだ。コナン君が彼を名前で呼んでいたから、名前の覚えが悪い君はそれを真似して呼んでいるだけ。違うか?」

だらだらと汗を流して、安室と目を合わせないようにしているかやに当たりだと呆れた顔で彼女を見る。

「い、一緒に住んでるんだし流石に覚えてるよ」

その言葉に思わずこちらもムキになる。

「なら、言ってみろ」

うっ、と餅を喉に詰まらせたような顔をするかや。自信なさげに口を開く。

「お、おき…」

「・・・・」

「沖田さん!」

「正解だといいな」

合ってるとも何も言わない安室にかやは悔しそうな顔をする。




車を走らせ、かやは流れる朝の景色に目を向けながらぽつりと口を開く。

「降谷零君、とは呼ばない方がいいんだね」

その名前に握るハンドルの力が強くなる。

なんで、こんな時だけちゃんと名前を呼べるんだ、と。一緒に住んでる男の名前は間違えるくせに、会ったことすらない奴のフルネームは言えるなんて…。

不意打ちのかやの言動に安室は騒ぐ鼓動を無理やり押さえ込んだ。

「あぁ、今まで通り頼む」

その応えに、反射して窓に映る彼女の表情は少し寂しそうに笑った後、わかったとだけ言った。かやはそれ以上何も聞かないでいてくれた。

「名前、覚えてたんだな」

その言葉に、彼女はふっと笑いを零した。

「ヒロの大事な親友だもん。さすがに覚えるよ」

「…そうか」

「ねぇ、透君って呼んでもいい?」

「構わない」

今度は嬉しそうに微笑んだ表情が窓に映る。景色に目を向けている彼女を良いことに安室も表情を緩めた。

温かい、けどどこか寂しさが残る静寂が二人を包み込む。何も話さない、それでもお互いの心は少しだけ満たされていたと思う。

景光のギターを乗せて、ゆっくり車を走らせたーー・・・。



19


W弟は事故に遭いこの世にはいませんW

景光の死を聞いて、何も考えられなかった。地面にひれ伏し、声にもならない声を上げて泣いた。

灯台に立てかけてあった鞄が風で倒れ、中身が出る。カラカラと音を立てて出てきたUSB。

数年前にそれに残された歌詞を見て、すぐパスワードを設けた。何度も何度も繰り返し読み、この手紙のような歌詞は、誰に向けて書いたものなのだろうと自問自答した。自分に向けてだったらいいのに…と欲をかいてしまう。そうであったら嬉しいのに、と。仮に違くても、本人にいつか聞けばいいと思っていた。誰にも見せたくなかった。自分だけの宝物にするつもりだった。

Wすごいな!自分で作ったのか?W

涙を拭いてそれを握りしめながら抜けた歌詞を探すように手帳に歌詞を書き殴る。もう、覚えてしまっているそれを肌身離さず持っていたのは景光がくれたものだから。ギターも時計も景光がくれた大切なものだ。

何度も何度も手帳を読み返して、寒さで手が切れようとお構いなしに何度も何度もギターを弾いた。それでもわからないのは当たり前なのかもしれない。景光がどうしても書けなかった部分を自分が埋めていいものではない。だけど、あえて抜けているようにも見えた。願望なのかもしれない。だけど、、どうしても知りたかった。

高明は景光がいつ亡くなったのかわからないと言った。どういうふうに亡くなったのかも知らないままだ。

苦しんだのだろうか。
即死だったのだろうか。
痛みはあったのだろうか。
一人、だったのだろうか。
ゼロは、一緒だったのだろうか。
傍にいてくれたのだろうか。

もしかして一緒に事故に巻き込まれてーー…?

そんな、残酷なことが頭を過ってしまう。振り切るように声を出して歌った。
黒い海に向かって、どこに向かえばいいかわからないその歌声は、その闇に飲み込まれていった…。


人の気配がして、振り向けば安室が立っていた。聞けばコナンに頼まれて来たという。ここの場所は新一しか知らないはず。コナンが彼に連絡をして、場所を教えたのだろうか。

Wそ、のギターはどうしたんだW

持っているギターに安室は目を向け、そう言った。まるでこのギターを知っているかのよう。それをかやが持っているのが不自然な言い方だった。

W今、歌っていた曲と、何か意味があるのか?W

なぜ、景光しか知らないこの曲をあなたが知ってるの?どうして…?

だって、まさか、と頭に過ぎる人物に目を開く。景光と繋がりのある人といえば一人しか思い浮かばなかった。

Wあなた、ゼロなの?W

ゆっくり頷く安室に、息を飲んだ。

ヒロと繋がりのある人。
ヒロがヒーローと呼んだ人。
ヒロの大事な唯一無二の人。

ぎゅっと景光のギターを握りしめる。

驚きももちろんあった。しかし生きている、という安堵感のほうが勝っていた。気持ちが抑え切れず涙となって溢れ出てくる。ここに景光がいないことがより悲しかった。

あんなに誰にも話さず、見せもしなかった歌詞を彼に見せてしまった。歌ってくれと言われ、まるで景光が望んでいるように錯覚してしまう。あんなに、飲み込まれそうだった黒い海は、今は少しだけ穏やかに見えた

W愛してるWと親友が繋ぐその言葉は、かやの空いた心も埋めてくれた。そうだったら嬉しい。そうであったらいいと願った。

どうして、安室透と名乗っているのかはわからない。景光と一緒に警察官を目指していたはずだ。何があったのかはわからないが、身分を隠す必要があるのだろう。かやがそうであったように。いつか、彼の本当の名を呼べる日が来たらいい、と胸の内で密かに願うーーー・・。




「昴さん、ご心配お掛けしてすみませんでした」

リビングで待っていた沖矢にかやはいち早く謝罪した。

「いえ、無事で何よりです。ですが、今回のような事態は事前に連絡を下さい。迎えに行きますから」

安室の顔が思い浮かび、胸の内で苦笑いする。なぜ、安室が沖矢のことを嫌うのかかやにはわからなかった。理由もなしに人を嫌う人ではないため、安室のその行動がより不思議だった。沖矢も悪い人に見えないため余計にだ。今回だってかやが帰るのを寝ないで待っていてくれた。

「ありがとうございます。本当にすみせんでした。これからはこんなことがないように気をつけます」

「お風呂沸かしておきましたので温かいお湯にでも浸かってあなたも今日はゆっくり休んで。僕も少し休みます」

「何から何まですみません。ありがとうございます」

部屋に戻る沖矢に深々と頭を下げて、かやは沖矢の言葉に甘えて風呂に入る。お湯に浸かりながら目を閉じるとつんっと鼻の奥が痛くなった。勝手に溢れ出そうになる涙を堪える。景光のことをまだ乗り越えるには時間がかかりそうだった。

曇った鏡にW英雄Wと書き、いなくなってしまったヒーローを惜しむようにその文字に触れたーー…。




数日後ーー…

かやは自室で脱力したように机に突っ伏していた。

何も曲が思い浮かばない。

次の納期が迫っている。何とかしなければ、と凝り固まった体を伸ばして窓に寄る。あと数時間で日が昇る。上着を羽織り気分転換に外に出る。

当てもなく、まだ誰も起きていない朝の道をゆっくり歩く。霧が濃い。

公園のベンチに座りコーヒーを買って一服する。ぽつ、ぽつと頭に滴が落ちる。
雨が、降ってきた。

「あ"ぁー…」

ズルッと体が少しずり落ちる。曇天の空を空虚な目で見つめた。



何も、思い浮かばない…。



□□□

今日は一日中雨だと天気予報で言っていた。けたたましく降る雨に灰原は眉を寄せ本屋から出た。

でもまぁ、今日発売のファッション雑誌とお目当の付録も手に入れられたので良しとするか、と嬉しそうに袋を掲げた。

ようやく阿笠の家の前までたどり着き、門に手をかけたところで雷が鳴る。思わず肩がビクつき、雷の方角を見た。
瞬間悲鳴を上げそうになる。濡れた長い髪の女が傘もささずにその場に立っていた。

「こんにちは、哀ちゃん」

聞き覚えのある声に誰だか分かると灰原は怒鳴った。

「ちょっと!驚かさないで!!」

思わずそう叫ぶと、彼女は前髪をかき上げ、困ったように眉を下げた。

「頑張ってここまで帰ってきたのに、その言い方はひどいなぁ」

じゃあね、とゆっくり歩いて工藤邸に向かう彼女の手を灰原は掴んだ。

「ん?どうしたの哀ちゃん?濡れちゃうよ?」

「中にはいって」

「え、えぇ?」

引っ張られるがままにかやは阿笠の家に招かれた。

「おかえり哀君…って後ろにいるびしょ濡れの女性はかや君か?」

彼女の姿に阿笠も驚いていた。

「ごめんね、博士。タオル貸してもらえないかな」

「あと、お風呂も沸かしてちょうだい」

灰原の言葉にかやは驚く。

「えぇ⁉私隣の家だよ!」

「ほれ、かや君タオル」

「あ、ありがとう!博士」

阿笠が持ってきてくれたタオルで頭を拭きながら灰原と同じ目線になるようしゃがむ。

「で?どうしたっていうのよ?」

こちらが口を開く前に灰原がした問いにかやは戸惑う。むしろこちらが聞きたかったことだ。

「どこか私…変、かな?」

「変よ」

「そう?」

「雨に降られたからってずいぶんゆっくり歩いて帰ってきたのね」

「途中疲れちゃって…」

「今日はずっと雨なのに傘を持たずに外に出たわけ?」

「早朝に出た時はまだ降ってなかったんだよ」

「途中コンビニぐらいあったでしょう?傘は買わなかったの?」

これではまるで尋問である。かやは頬を掻いて、諦めたように息を吐いた。

「ごめん、白状すると今ちょっと仕事がキツくて…出た時に雨が降ってなかったってのは本当なんだけど、傘をさすのも億劫でさ」

「風邪ひくわよ。もういい大人なんだから自己管理できてなくてどうするの?」

「耳が痛いです」

「かや君、風呂出来たぞー」

「ほら!ちゃっちゃと入ってきなさい!」

かやを風呂に放り込み、大人しく入っているのを音で確認して、灰原はスマホを耳に当てる。

「あ、江戸川君?お願いしたいことがあるんだけど…」



□□□

風呂から上がり、阿笠の服なのだろうか…それにしては少しサイズが小さい気もしたそれに手を伸ばす。それでも自分には少し大きく、腕と裾を捲った。

「哀ちゃん、博士、服までごめ…」

「あ、かやお姉さんだ!」

「お前ドジだなぁ。傘忘れてずっと彷徨ってたんだろ?」

「途中で傘買わなかったんですか?」

いつのまにか少年探偵団の子たちが来ており、戸惑っているかやを他所に子供たちはお構いなしに話しかける。

「みんな約束してたの?」

「いえ!コナン君に呼ばれたんです!」

光彦がコナンを見てそう説明してくれる。彼は小首を傾げ困ったように笑った。そして子供たちが興味津々に見ているギターケースにギョッとする。驚いているとコナンが裾をひっぱり耳元で囁いた。

「ごめんね、僕が勝手に持って来ちゃった」

「えぇ⁉」

「ねーねー!かやお姉さんってギター弾けるの?」

「えと…」

「これギターのケースですよね?僕、駅前でこういうケース持ってる人よく見かけますよ」

「う、うん…」

「なー!これ弾けんのか!?」

三人に手を引っ張られ、弾いて!とせがまれる。コナンがあんまり困らせるなよ!と言った一言に皆、不満の声を上げる。

「持ってきたのコナン君でしょー!」

「そうだぞ!お前まさか自分だけ聞くつもりなんじゃねぇのか」

「絶対そうですよ!」

「えぇー!歩美も聞きたーい!」

コナンも交えてみんなで言い合いが始まってしまった。阿笠が止めに入るがより収拾がつかなくなってしまう。その様子にかやもあたふたしてしまう。問題のギターが目に入り、何を弾こうか迷う。だけど、何も、思い浮かばないのだ…。




ヒロ…。





ーーーーー♩




「…あ」





ーー♫♩




「…れ?」




ーーーーー♫




降ってくる音に、ピクッと体が反応する。流れてくる旋律にかやは躊躇いがちに黙ってケースからギターを取り出す。ゆっくり椅子に座ってそれを右足の上に乗せた。



♩♫♩♫〜



ぎこちなく奏でる音に、皆、こちらを向いた

一音、一音確かめるように、

丁寧に、優しく、弦に触れる。

目を閉じて、かやはその音に言葉を乗せた。


「♩♫♩〜」




ねぇヒロ、



ギター上手くなったでしょ?



フレットを見なくても弾けるようになったんだ。


コードチェンジだってスムーズに出来るようになった。


たくさん、練習したの。


あの場所で会えなくてもまたどこかで会えると信じてた。当てもなくどこへでも放浪するようになったのは君のせい。いつもどこかで君を探してた。


でも、その旅も、もう終わりにしなきゃいけないね。


針で刺されてるんじゃないかと思うほど心が痛いし、すごく辛い。

だけど、ちゃんと、送り届けなくちゃ…お別れをしなくちゃ…いけないね。


私の大好きなヒーロー


いつも助けてくれてありがとう。
背中を押してくれてありがとう。
話を聞いてくれてありがとう。
勇気も、温もりも、優しさも、全部君から貰ったものだ。



友よ…



どうか、安らかにーー…。



「かやお姉さん、泣いてるの?」

歌い終わると歩美が駆け寄る。かやを心配そうに見上げた。目尻に溜まった涙を手の甲で拭う。

「大丈夫、なんでもないよ」

「お前、今日なんか元気ねーぞ」

「もしかして、フラれてしまったんですか?」

それに歩美も元太も、そうなの?という顔を向けてくる。

「フラれた、か。そうかも、フラれちゃったのかも…」

その言葉に歩美は驚く。

「えー!そうなの?」

「相手は誰なんです?」

「きっとあのポアロの兄ちゃんだぜ」

勝手に話が進んでしまい、安室にフラれたことになってしまった。

「ふふっ、あははっ!」

可笑しくて、声を出して笑った。安室からしたらとんだとばっちりである。

「あー!かやお姉さんやっと笑ったー!」

「やっぱりそうでないと僕らも気を遣いますよ」

「なぁなぁ!テレビゲームしようぜ!」

「うん。しようか、ゲーム!」

それから散々ゲームをして楽しんで、阿笠が揚げたドーナツを食べて。食べ終わったらまた遊んで、最後には力尽きて寝てしまった。

コナンは仕方ねぇなと大きめの毛布を持ってきて、ソファーで彼女を囲うようにして寝ている四人に掛けてやる。かやも子供たちと同じような寝顔で気持ちよさそうに寝息を立てている。あまり寝ていなかったのだろう。

「悪いわね。みんなに連絡してもらっちゃって」

「初めおめーから連絡あった時はびっくりしたけどな」

「賑やかなほうがいいと思ったのよ。私も時々この子たちの明るさに救われるもの」

「珍しいなお前がそこまで肩入れするなんて」

「仕方ないじゃない。家の前で、あんな姿でいられたら迷惑だもの」

「相変わらず素直じゃねーなぁ」

「服も助かったわ。博士のだと大きすぎて微妙だし、私のだと逆に小さすぎるし。毛利小五郎の服にしては若そうだけど…」

「いや、おっちゃんのじゃねぇんだ。服を持っていく理由が思いつかなかったから蘭にも借りれなかったし。ここ来る前に昴さんに借りたんだよ」

そう、と灰原はもうその話題には興味なさそうに呟いた。

「あなたは知ってるの?」

不意に問われ首を傾げる

「彼女が落ち込んでる理由」

その言葉にコナンは肩が揺れる。しかし、次にはなんでもないように困ったように笑って肩を上げた。

「いや、俺は何も知らねーな」

コナンの言葉に灰原はそう、とだけ言って彼女を愁いを帯びた表情で見つめた。と思いきや次には気持ち良さげに眠るかやの鼻を摘んだ。おいおい、と心の中で突っ込む。

「ほら!あんたたち起きなさい!!博士が送っていくから身支度して!」

寝ぼけ眼で、もそもそと準備をする三人にコナンは笑ってしまう。かやも眠たい目を擦って起きてきた。

「おはよう、かやお姉さん」

コナンがそう声をかければかやも笑って挨拶した。目元が少し赤く腫れていた。安室とあの日どうなったかはわからない。だけど、安室はちゃんとかやを連れてきてくれた。

灰原から連絡があったときは驚いたが、様子が少し変だと聞いて、やはりあの日何かあったのだと悟る。

「今日はみんな楽しかったよ。気をつけて帰ってね」

皆が帰る時間にはもう、雨は上がっており、阿笠の車に乗り込んだ子供たちを見送る。

「博士に送ってもらうから大丈夫だよ!」

「かやお姉さんも元気出してくださいね!」

「安室の兄ちゃんにフラれたからってもうメソメソすんじゃねーぞ」

「あ、いやっ透君にフラれたわけでは…」

弁解する前に車が発進してしまい、じゃーねー!と三人は手を振って行ってしまった。

「じゃあ、私も隣の家に帰るよ。今日はありがとう哀ちゃん、コナン君」

「小嶋君の言葉じゃないけど、いつまでもメソメソしてんじゃないわよ」

「はい、そうします」

哀ちゃん、と声をかければ彼女はぶっきらぼうに何?と応えた。

「ありがとう、今日」

きっと、子供たちを呼んだのも灰原が頼んだことだとわかっているのだろう。
それに彼女は何も言わずに歩き出し、背中を向けて手だけ振った。相変わらず素直じゃない彼女にかやとコナンは目を合わせて笑ってしまう。

「コナン君、この間は心配かけてごめんね」

「ううん、無事で良かったよ。でも安室さんにフラれたっていうのは違うんでしょ?」

「うん。みんなには誤解されたままだけど…。あ、新一君からはどこまで聞いてるのかな?」

「えっと、あそこでずっと誰かを待ってるってことぐらいしか…」

「そっか」

「その人に何かあったの?」

察しの良いコナンにかやは苦笑いした後、コナンと同じ目線になるようしゃがむ。

「実は…事故で亡くなってたみたいでね。流石にちょっと応えちゃって」

「…え?」

「あ、でもね今日みんなのおかげで元気になったよ。だから心配しないでね」

「本当に平気なの?」

「うん。いつまでもメソメソしてられないしね!」

泣き腫らした目で子供の姿のコナンに無理に笑って見せるかやにコナンは思わず提案する。

「あ、あのさ!明日、ポアロでお昼一緒に食べない?」

「え?」

「ね!食べよう!」

「ふふっ、ありがとう。ぜひご一緒させて」

「絶対だよ!」

「うん!12時ぐらいで大丈夫かな?」

「わかった!じゃあまた明日!」

「うん、また明日」



□□□

カランカランと鳴る店のドアに安室はいつもの笑顔でお客を出迎えた。

「いらっしゃいませ。おや、コナン君一人かい?」

「あとでもう一人くるよ!あ、それと安室さん」

「なんだい?コナン君」

「一応、念のため、万が一、億が一のために聞いておくけど…」

「そんなに念を押さなくても…」

「この間、かやお姉さんとどうなった?」

それに安室の心は動揺する。表には出さないが、心臓は少し跳ね上がった。だがいつものポーカーフェイスで安室は答える。

「いや?とくに何もなかったよ。彼女を見つけて無事家まで送り届けた。彼女がどうかしたかい?」

「何もなかったんならいいけど…。かやお姉さん、安室さんのこと名前で呼ぶようになってたから少し気になって…。それに昨日かやお姉さんすごく落ち込んでてね。泣いてたんだ」

泣いていた、という言葉に安室は眉間を寄せる。検討はついていたが、敢えて的外れなことを少年に告げる。

「あの、沖矢昴って人と何かあったんじゃ…?」

「いや、それはなさそうなんだけど…」

店のドアがまた開き、話は途絶えてしまう。

「いらっしゃいませ」

入ってきた人物に笑顔が一瞬固まる。安室と目が合い、軽く笑って会釈したあと店内を見渡した。コナンが手を振ると彼女も手を振りこちらへ駆け寄る。

「コナン君もう来てたんだね。待たせちゃったかな?」

「僕が早目に来ただけだから気にしないで」

なるほど後でもう一人来る、というのは彼女の事だったのか。わざと彼女が来る前にこの話をしたわけだ。コナンにカマをかけられたのだとわかると心の中で顔を引きつらせる。

「テーブルはいっぱいですのでカウンターへどうぞ」

横並びに座った二人はメニューを見て何にするか悩んでいた。今の時間帯、梓はいないためお気に入りのカラスミパスタではなく、サンドイッチとコーヒーだろうと予想する。かやを盗み見れば目元が赤く、周りも少し腫れていた。泣いた、というのは本当らしい。多分景光のことだろう。彼女にとってそれほど深く、彼の死は心を抉ったに違いない。

「二人とも注文は決まったかい?」

案の定かやはサンドイッチとコーヒーで、コナンはグラタンとオレンジジュースを頼んだ。安室は時間のかかるグラタンから作り始める。

「そういえば昨日借りたあの服って誰のかな」

オレンジジュースを飲む手を止めて、コナンはギクッと肩を揺らした。

「そ、それってここで話さなきゃだめ?」

「最初博士のものかと思ってここ来る前に哀ちゃんに聞いてみたんだけど…ポアロでコナン君に聞いてみてって言われて…」

あいつ楽しんでやがるな、とコナンは口元をヒクつかせる。

「一応洗って今日持ってきたんだけど…この服って小五郎さんの?」

「え、えと…ちが、う」

「え?小五郎さんのでもないの?じゃあ、誰?」

「す…昴、さん」

安室に聞こえないように小声でそう応えればこちらの気遣いも知らずにかやは普段のトーンでその名を口にする。なんなら普段より大きい気がする。

「えっ、昴さんのなの⁉」

バンッ!とオーブンを強めに閉めた安室にかやもコナンも驚いて目を向ける。

「あ、安室さん?」

前髪が邪魔で彼がどんな表情をしているかわからない。心配でコナンが声を掛けるが次には笑顔でこちらに向き直る。

「ごめんよ。オーブンの締まりが悪くて」

「え、あ…そ、そうなんだ」

目が点になっているコナンと不思議そうな顔をするかや。


コトッと二人の前に料理を置く。いただきますと手を合わせる。しかしかやはサンドイッチを頬張る仕草で固まってしまった。不自然に思い安室は視線の先を辿った。ガラス張りの窓に張り付きジッとこちらを覗き見る少年探偵団たちの姿に安室は目を瞬かせる。

「と、透君!」

グッと腕を引っ張られ彼女は耳元でこう言った。

「話、合わせて?」

「は?いったいどういう…」

店に入ってきた子供たちは安室に話があると言い出しカウンターに座った。オレンジジュースを皆に出し、話を聞く態勢に入る。ジュースで喉を潤したあと、光彦はコホンッとわざとらしく咳をした。

「安室さんはどうしてかやさんをフったんですか?」

ゴフッと安室のかわりにかやとコナンが吹き出す。本人がいる前でいきなり核心をついた質問である。

安室は訳がわからず横目でかやを見る。両手を合わせてごめん、と口パクで謝られた。

「ど、どうしてと言われてもね…」

本当にどうしてと言われてもだ。告白もされていないし、振ってもいないのにどう答えろと?とジロっと彼女を睨めば彼女はサッと気まずそうに顔を背けた。

「確かに、かやお姉さんは少しドジだし」

「ゲーム下手だし」

「大人としては頼りないですけど」

「皆フォローする気ある?」

「お歌、すごくうまいんだよ!」

「ギターも上手でしたし」

「お土産もくれるしな」

その言葉に三人はうん!っと力強く頷いた。

「かやお姉さん、餌付けしたね?」

コナンの言葉にかやは明後日な方向を見る。

安室は短くため息をついて、子供たちに本当のことを言う。

「みんな何か勘違いしているよ。僕は彼女から告白もされていないし、振った覚えもない」

その言葉に三人はえっ?とかやの方を向く。気まずく彼女は頬を掻く。

「かやお姉さん…」

「ごめんね、昨日話す前にみんな帰っちゃったから…」

「告白気づかれてないんじゃありません?」

「かやお姉さんかわいそ〜」

「もう一回気持ち伝えた方がいいんじゃねぇのか?」

ずるっ、とかやとコナンの肩が落ちる。これには安室も目が点になってしまう。なるほど、これはなかなか話をわかってもらえない。

安室のスマホが震える。隙を見て画面を確認すれば、かやからだった。【うまく振ってください】と書いてある。その文面に眉を寄せ、彼女を見る。何を勘違いしたのかかやは大きく頷き、次には律儀に席から立ち上がり大きく息を吸った。

「と、透君!大好…ぶっ!」

かやの顔に両手でトレーを押し当て顔面ごと口を塞ぐ。コナンも、歩美も、元太も光彦も、今入ってきた梓も、店にいる他の客も、全員固まった。

ゆっくり離れるトレー。かやも放心状態で動かない。

「え、えと…安室…さん?」

店の不穏な雰囲気に梓はたじろぐ。

「君は、嘘でもその言葉を簡単に口にするのか?」

少し怒っている安室にかやは冷静になったのか、すとんっと落ちるように座る。心配する子供たちにすぐ様パッと顔を上げて笑顔を見せる。

「みんな、ごめん。ここではちょっと流石の私も恥ずかしくて言えないや」

「えぇー!告白見てみたかったのにー!」

「お前らいい加減にしろよ!かやさん困らすんじゃねーよ!」

「でも…」

「でもじゃねぇ!ジュース飲んだらさっさと帰れっ」

「なんかコナン、すげー機嫌わりーぞ」

「仕方ないですから帰りますか」

「かやお姉さん!元気出してね!」

「やけ食いすんじゃねぇーぞ」

嵐のように店を去っていく子供たち。微妙な空気だけが店に残る。

「あむぴさん…」

「・・・・」

「怒ってる?」

「君は子供たちに振り回されすぎだ」

「…はい」

「ま、まぁでも今回はあいつらも悪ノリしたところがあるしさ!かやお姉さんは別に悪くな…」

「甘やかさない」

ピシャッと言い放つ安室にコナンもはい、と背筋を伸ばして返事をしてしまう。喫茶ポアロで見せる安室透とは全く異なる雰囲気にコナンも戸惑った。

W安室さんあぁ見えて私には結構厳しいこと言うんだよW

以前かやがそう言っていたと蘭から聞いた時はまさか、なんて思ったりもしたが…。安室さん、もしかして無意識なのか?とコナンは下から覗き込むように彼を見た。

「うぅー、反省してます」

額に手を添えて落ち込んでいるかやに梓も心配そうに覗き込む。

「まぁ、反省してるならいい。ケーキ食べるか?」

「……食べる」

もう元の雰囲気に戻っている二人に梓とコナンは置いてけぼりだ。この二人、気づいてないのか?わざとなのか?周りが見えてないのか?

コナンの心境を知ってか知らずか安室は自分の前にもケーキを置いてくれた。思わず安室を目で追ってしまう。ケーキを食べるかやを愛おしそうに見つめる彼の表情にコナンは言葉を失う。

かやに近づくメリット。ずっと謎だった。頭の切れる彼が時間を割いてまで彼女に会う理由。


安室さん、あんた…まさか…


そうならいい。そうであって欲しいとコナンは密かに願う。



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