FBIやミニパトの方達と仲良くなる20
「あれ?蘭ちゃんと和葉ちゃん?」
道端で二人を見かけ、思わず声を掛ける。
「あー!かやさんやぁ!」
ぱぁっと笑顔でこちらに駆け寄る和葉にかやも笑顔になる。久しぶりの再会に思わずハイタッチするかのように手を握りしめ合う。
「どうしたの?二人で」
「錦座四丁目でやってるイルミネーション見に行ってたんです」
「へー!そうなんだ!綺麗だった?」
「もうティンカー・ベルが飛んできそうなぐらい綺麗やったわぁ」
幸せそうな顔で話す和葉にかやもうんうんと嬉しそうに頷いた。いつも一緒にいる彼がいないことに気づき、和葉に尋ねる。
「あれ?服部君は?」
その言葉に先程の雰囲気とは一転、和葉の目が据わる。言ってはいけないことを言ったのかな?と蘭を見る。察した蘭が代わりに口を開く。
「なんかポアロで殺人事件があったらしくて…」
「えっ…」
途端かやの表情は曇りはじめる。
「かやさん?」
「どしたん、顔色悪いで?」
「ちょっと…行ってくるっ」
「えぇっ、かやさんどこへ⁉」
「ちょっ、どこいくん⁉」
急に走り出してどこかへ行ってしまったかやに二人は顔を見合わせ首を傾げた。
ポアロの前にはパトカーが停まっておりかやの嫌な予感は高まるばかり。焦る気持ちについドアを思い切り引いてしまう。カランカラン!とけたたましくなるカウの音に店にいた全員がこちらを向いた。
肩を上下に揺らし、荒れる呼吸の中で視線を巡らせる。服部にコナン、梓と見て、最後に安室の姿を捉えるとヘナヘナとその場に崩れ落ちた。
よかった、みんな無事だ。
「かやさん⁉」
梓が慌ててかやに駆け寄る。
「どうしたんですか?そんな血相変えて…」
「殺、じん…事件が、あったって和葉ちゃんたちから聞いて…」
久しぶりの全力疾走に体がついていけず荒れた息を整えながらゆっくり立ち上がる。和葉の名前を聞いて服部はイルミネーションのことを思い出す。
「早よ錦座四丁目に行かな!」
「行くんは錦座やない…東京駅や!!」
かやより少し遅れて蘭と和葉が後ろから現れる。かやの後を走って追いかけて来たのか息が少しだけ上がっていた。そしてそのまま新幹線の時間に間に合わないからと服部の手を取って高木の静止の声も聞かずに颯爽と行ってしまった。
「じゃあ、私も帰るね」
「も、もう帰っちゃうんですか?」
「うん、心配で立ち寄っただけだから」
「立ち寄ったにしては随分急いで来てくれたみたいですね」
「みなまで言わないで」
ちょっと恥ずかしくなり、目線を梓から外す。それ以上言わないで、と手で制した。その仕草にクスリと梓は笑う。
「明日には通常業務に戻っていますから是非いらしてくださいね」
優しく笑ってそう告げる梓にかやの心も落ち着きを取り戻していく。温かくなる心に笑顔で応えた。
「ありがとう」
去り際にチラリと安室を見てかやは小さく微笑んだ。見ていたコナンは安室を盗み見ると彼は相も変わらず貼り付けたようなニコニコした笑顔だった。
W好意を寄せる方に想いを伝えてもいいのでは?W
それは安室が服部に言った言葉。そう彼は今日和葉に想いを伝える予定だった。イルミネーションを見ながら彼女が喜ぶであろうシチュエーションで。
しかし今日が13日の金曜日だということに告白を渋っていると安室が気にすることはないと助言したのだ。ここは日本であり、たまたま今日が金曜日で13日だっただけのこと。想いを伝えても何ら支障はないと。
あんたは、伝えなくていいのかよ。
コナンは安室を見て、そう胸の内で呟く。確かに彼の立場からしたらそう簡単に告白できないのはわかる。しかしそれとは別の何かが彼を縛っているようにも感じた。かやもかやで必要以上に安室には接触しようとしない。まるで見えない壁が二人にあるようだった。それでも背中を押したいと思うのは野暮なことなのだろうか。
「あー!」
突如、声を上げたのはコナンではなく蘭だった。皆、蘭の方に視線が集まる。
「いっけなーい!私、かやさんにこれ渡すの忘れてた」
蘭が手にしていたのは和葉たちが持ってきた錦座カフェの食事券だった。元は服部の母親が福引で当てたものらしい。それを口実に服部は和葉を誘ってわざわざここまで来たのに何の因果かその彼が事件に巻き込まれたせいで結局使えず、蘭に手渡ったのだ。
蘭は視線に安室を捉えると少し顔を赤くして彼に駆け寄った。絶対心の中でなんちゃら作戦なんて名前をつけてるに違いない。
「安室さん!私の代わりにこれを届けてくれませんか?」
「えっ?僕ですか?」
「お願いします。私たち、夕飯食べ損ねちゃって…ね、コナン君、お腹空いてるよね」
「うん!僕もう、お腹ペコペコだよ!」
「ですが事件後の事情聴取が…」
「そんなの私がやりますから!」
「あ、梓さんまで」
割って入る梓に安室は驚く。何やら蘭と梓の目がきらきらと輝いて見えるのは気のせいだろうか。高木が店の隅で泣いている。
「早く安室さん!かやさんの所に行って!」
背中を押され、店を追い出される。仕方がない、とため息をついて、安室は梓に渡された上着を羽織り、かやに電話する。
「かや?」
《透君?あれ、事情聴取は?》
「あぁ、まったくな」
《はい?》
「変な気を回されたよ」
《話が全く見えないけど…》
「今どこだ?」
《今?えっと…さっき和葉ちゃんたちが綺麗って言ってたから錦座四丁目のイルミネーションに…》
「わかった」
《え、わかった?でももうすぐ終わ…》
「そこにいてくれ」
戸惑うかやの声を無視して電話を切る。走って錦座まで来るとかやがコーヒーを二つ持ってキョロキョロと辺りを見回していた。わざと後ろに回り込み声をかける。
「一人で見るつもりだったのか?」
その声に驚いて振り返る彼女は安室だとわかると表情を緩めた。
「びっくりするよ」
「相変わらず一人が好きだな」
「悪かったね、寂しい女で。はい、コーヒー」
安室は礼を言って快く受け取った。ベンチに座り、コーヒーを飲みながらかやを盗み見る。ここしばらく元気がないように見えたが、嬉しそうに目を細めて景色を眺めている彼女に少なからず安堵する。
「君がこういう所に興味があるとは思わなかったよ」
「どうして?」
「自然の景色を好むだろう」
「確かに。でもこの景色と同じぐらいのキラキラした恋人たちを見てるといい歌詞が書けそうだなって思って」
「なるほど、つまり仕事で来たんだな」
「仕事だと思えばどんなところでも一人でいけますよ。っていうか何か用事があったんじゃないの?」
「あぁ、そうだった。蘭さんにこれを君に渡すよう言われたんだよ」
「錦座カフェの食事券?」
「見覚えは?」
「いや、ないかな…なんだろ?」
「やはりな」
呆れたようにため息を吐く安室の表情にかやは何となく察しがついた。
「ふふっ、蘭ちゃんに図られたんだ」
コーヒーに口をつけて笑う彼女とは対照的に安室は面白くなさそうにコーヒーを啜る。
「君こそ、殺人事件と聞いただけであんな血相変えてポアロに来るか?」
「だって…なんか、心配になっちゃって…」
「しかも情報に誤りがある。正確には殺人未遂事件だ」
「うん、さっき道行く人がそう話してたの聞いた」
「梓さんや、コナン君それにあの高校生の彼が犠牲になったと思ったのか?」
「透君のこともすごく心配したよ」
「わかってる」
間髪入れずにそう応えた安室にかやは眉を下げて笑った。
もう残り5分もないこの空間がそうさせるのかはわからないが、安室は手に持っている食事券を見つめる。
「せっかくだから使わせてもらうか」
食事券を彼女の前に掲げ、そう告げる。
かやは嬉しそうに頷いた。
ポアロに息を切らして来た彼女の表情は景光のことが過ぎったのか心配で堪らなかったという顔をしていた。安室の顔を見た途端に安堵の表情に変わり、去り際に向けられた笑顔にはすぐ様追いかけて腕の中に閉じ込めてしまいたかった。そんなことが出来るわけもなく、誰にも悟られないようにまるでお面でも被っているかの如く変わらない表情で無心にやり過ごす。
こちらの心境を知ってか知らずか蘭や梓、コナンまでもが手を組み今のこの状況に呆れて笑ってしまう。仕方ない雰囲気を装って彼女の様子を一番に見に来たかったのはどこのどいつだ。人に流され過ぎだと彼女に指摘したばかりなのに、これでは人のことを言えないな、と自嘲気味に笑う。
隣を歩く彼女を見る。寒さで頬と鼻が少し赤かったが嬉しそうに微笑んでいた。そんな彼女の表情に安室も見られないように眉を下げ、小さく口角を上げた。
夜空に浮かぶ星を打ち消すほどのこの景色。きらきら光るその道を二人でゆっくり歩いた。
21
今日は日本酒に合うつまみが食べたい。
そう思い行きつけの店の前まで来たはいいが閉まっているシャッターに頭を垂れる。そして張り紙を凝視する。
W妻と喧嘩したため休みますW
奥さんいないじゃない!とツッコミを入れ仕方なく今日は自分で作るか、とスーパーへ行く。
日本酒に合うつまみ…
大根の煮付け、きゅうりの漬物、焼き魚…はホッケかししゃもがいいな、
どっちにしよう。あ、でも子持ちししゃもが安い。一人じゃ多い気もするけど、昴さんもつまむかな?マヨネーズに七味をかけて…早く食べたいな。卵も買ってだし巻き卵も作ろう。
最後に日本酒を入れ、カゴの中身を見る。塩分少し高いかな、と思いつつも見て見ぬ振り。会計に並んでいるとチョコが目に入り思わずカゴに入れる。また、安室に栄養云々と言われるかな、なんて思いながらも心はウキウキである。
「おや?かやさん?」
ビニール袋を下げ、帰路についていると後ろから声をかけられる。
「昴さん!帰りが一緒になるの初めてですね」
「荷物持ちますよ」
「じゃあお言葉に甘えて、日本酒が入ってるこちらの袋をお願いします」
沖矢は興味深しげにかやが持ってる袋の中身を覗き見る。
「今日は何か作る予定で?」
「日本酒に合うものが食べたくて」
「ほー、日本酒に。ちらっと見えるのはチョコレートですか?」
「思わず買っちゃいました」
「チョコだったらウイスキーも合いますよ」
「ウイスキーですか。私あんまり飲んだことないんですけど、どんなものがオススメですか?」
「工藤邸に置いてあるのはスコッチ、ライに、それにバーボン…」
「たくさん置いてあるんですね」
「ぜひ、飲んでみて下さい。オススメですよ」
家に着くとかやは髪を縛りエプロンを着ける。手を洗い、鍋に水を入れ乾燥昆布を入れる。次は大根、と皮を包丁で剥いていると沖矢が背後にやってくる。ふわっと香る香水に大人の色香を感じる。
「包丁捌きお上手ですね」
「大根の皮剥いてるだけですよ」
「それでも手慣れてるように感じます」
「これでも祖母には雑だなんだとしこたま怒られましたよ。普段すごく優しいのに料理の時は人が変わったように厳しくて。そのお陰といってはなんですが和食なら大抵のものは作れます」
「食べてみたいものですね」
「ちなみに米はガスで炊いてました」
「ほー、それは興味がありますね」
「保温が利かないのがあれですが、炊飯器で炊くよりおいしいんですよ」
「今日はないんですか?」
「ご要望とあらば炊きましょうか?お米浸す時間を考えると夕飯少し遅くなりますが…」
「ぜひ君の手料理を食べてみたい」
「じゃあ予定を変更して、ちゃんと作りますか」
「何か手伝えることありますか?」
「では切った大根の面取りをお願い出来ますか」
「わかりました」
ダイニングテーブルの上に次々と二人で作った料理を置いていく。
「メインの魚、ししゃもで申し訳ないですが、無事ご飯も炊けたので、いただきましょうか」
味噌汁を置き、向かい合わせに座って手を合わせた。いただきます、と重なる声。久々のその感覚にかやは自然と口角が上がる。
沖矢が料理を口にし、手が止まる。
合わなかっただろうかと心配になるが、次にはガツガツと米を掻き込んだ。
「うまい…!」
「あはは、よかったです。安心しました」
「お米、ガスで炊くと違いますね」
「そうなんですよ!炊飯器より甘味が増すというか、食感も違うんですよね」
「あなたが料理を作れるのは意外でした」
「これでも一人暮らしが長いですからね。あ、でも洋食はからっきしで…」
ピンポンと突如なるチャイムにかやは口を閉じる。
「どなたでしょうか?」
席を立ち、玄関を開けると背の高いガタイの良い男性とジョディが立っていた。
「え、えぇ?かやさん?」
かやを見て驚くジョディ。
「工藤君、に用事ですか?」
かやもジョディがここを訪れる理由は新一しか思いつかず首を傾げる。すると後ろから沖矢が現れた。
「あぁ、もしかして私に用事ですか?」
「え、えぇ…まぁ…」
「あ、そうなんですね。沖矢さんとジョディ先生ってお知り合いだったんですね。ちなみにそちらの男性は…」
「キャメルと言います。ジョディさんと同じ職場なんです」
「はじめまして私は如月かやです。同じ職場ってことは英語教師?」
「え、あっ、まぁそんなところです」
「あれ、何かいい匂いがするわね」
「ちょうど今夕飯食べてまして…ってすいません。沖矢さんに用事なんでしたよね。私は上にいますからどうぞ中へ…」
「いえ、かやさん一緒にいてくださって構いませんよ」
「え、でも…」
「まだ夕飯途中じゃないですか。君たちもどうです?彼女のご飯美味しいですよ」
その言葉に二人とも目を合わせて、どうするか悩んでいるようだった。かやも扉をもう少し開けてどうぞ、と招き入れる。
「新婚みたいですね」
ぽろっと出たキャメルの言葉にジョディはキャメルの足を踏む。
「いっ…!」
「お言葉に甘えるわ!」
何やら少し怒っているジョディに続きキャメルもいそいそと中へ入る。
横を通ったキャメルの背の高さに思わず見上げてしまう。目が合うとぎこちなく会釈された。こちらも笑って会釈する。見かけによらず内気な性格らしい。
かやはせっかくだからと日本酒を出し、お猪口に人数分注ぐ。
「では、乾杯?」
未だぎこちない空気のまま、乾杯、とバラバラにそれぞれ言いぐいっと一気に飲み干す。まるでショットのような飲み方にかやは笑ってしまう。
「日本酒はちまちまゆっくり飲むものです」
大根の煮付けとだし巻き卵、それにほうれん草のお浸しを少量に分けて二人の前に出す。
「お、美味しい」
「よかったー、本当はもう少し煮込みたかったんですけど…」
「いやーいい感じに味染みてますよ」
「あはは、外国の方に言われるとなんだか嬉しいですね」
「この日本酒にすごく合うわね」
「飲むのが今日の目的だったので、それに合わせた味付けにしちゃいました」
「お袋の味って日本ではいうんですよね」
「キャメルさんよくご存知ですね。どっちかっていうとばあちゃんの味で申し訳ないですけど」
進む箸に皿が次々と空いていく。同時に酒の進みも早く、最後の一滴を注いで殻になった日本酒の瓶を見つめる。
「ねぇ、ねぇ、なんならウイスキーも開けちゃいましょうよ」
ジョディの言葉に沖矢はウイスキーをいくつか棚から出す。
「ライとスコッチが増えてる。お酒買い足したんですね」
「かやさんが前に飲むと言ってましたからね。飲み比べ出来るように買い足したんですよ」
「ありがとうございます。すごく楽しみです。ちなみにジョディ先生は何飲まれるんですか?」
「んー、この種類なら、ライ…かな」
「キャメルさんは?」
「僕もライです」
「え、ライ大人気」
「あか、えと、昴さんは最近バーボンがお好きなんでしたよね」
キャメルが笑いながらチラリと沖矢を見る。
「えぇ、まぁ。前まではスコッチ一筋でしたが」
「皆さん、何で割るんですか?氷?ソーダ?水?」
それに皆声を揃えて「ロック」と答えた。息がぴったりの三人にかやは笑ってしまう。
「かやさんは、あまりお酒強くないならソーダ割りにした方がいいわ。何飲む?」
「迷うな。ライ、よりスコッチにしようかな…あ、でもバーボンって原料確かとうもろこしなんですよね」
「そのはずよ」
「じゃあまずは馴染みのあるバーボンからにします。ウイスキーに合う新たなおつまみが必要ですかね」
「かやさん、チョコ買ってましたよね」
「買いました買いました!ナッツもあるので持ってきます。あ、冷蔵庫にチーズもありましたよ」
「すごいわ、自宅なのにまるでお店のようね」
話も弾み、ゆっくり時間が過ぎていく。夜も少し深まったところで、かやの頬は少し赤く染まっていた。
「乗り換えたのは、飽きちゃったからですか?」
いきなり言われ、なんのことかとかやを見れば、かやはスコッチです、と沖矢を見て言った。
「うーん、バーボンの魅力にも気づいた。ってところですかね」
「せっかく一途に思われ続けたのにスコッチはフラれちゃったんですね…」
「かやさん、酔い始めるとそんな感じで絡むのね」
「かやさん、お米も美味しいです」
「あはは、キャメルさんありがとうございます。ずっと食べてくれてる。でもお酒に米って合わなくない?合うの?」
「あぁ、だから夕飯の時は日本酒一緒に飲まなかったんですね」
「原料が米なんで、なんとなく…。あと締めのイメージがついちゃって…」
「日本人は何故か締めに炭水化物選びますよね」
「はい、お水」
酒の代わりにジョディに水を出される。
ふー、とかやは赤くなった顔を両手で覆う。
「いやー、さすがに皆さんお強いですね」
「日本人は体の造り的に弱い人が多いと聞くわ」
「さすがにウイスキーはきますね。すごく美味しいですが。日本酒皆さんからしたら甘かったんじゃないですか?」
「これはこれですごく美味しかったわ」
「日本の味を一つ知れました」
「焼酎や泡盛とかもあるので、今度はそっちも飲みましょう」
うつらうつら言うかやにジョディはクスクス笑う。
「ふふ、かやさん、寝ちゃいそうね」
「宅飲みだと、どうしても飲み過ぎてしまいますね…」
「じゃあ私たちはそろそろ帰りましょうか」
「つい、長居してしまいましたね」
「お見送りします」
「ふふ、大分酔ってるからここで大丈夫よ」
「でも…」
「少し話しもあるのでかやさんは先にお休みになってください」
「昴さんすみません…じゃあお言葉に甘えて」
「また飲みましょうね、かやさん」
「お世話になりました」
「こちらこそ楽しかったです。また飲みましょう」
ひらひらと締まりのない顔で手を振るかやに二人もつられて同じ顔で手を振る。三人で外に出て玄関の扉を閉めたところで、ジョディは赤井に耳打ちする。
「で?いったいどういうことか説明して」
「次の家が見つかるまでの間少し居候することになったんだ」
「ちょっと大丈夫なわけ?」
「今のところは問題ない」
「赤、いや、昴さんが正直羨ましいです」
ドンッとまたジョディがキャメルの足を踏む。涙目のキャメルを放ってジョディは話を戻す。
「先に説明して欲しかったわ」
「すまない」
「まぁ、かやさんは悪い人ではなさそうだから安心したけど…」
「しばらくの間だけさ…心配しなくていい」
「なら、いいけど…」
「また来てもいいですか」
「キャメル、あなたにはさっきから下心が見えるけど?」
「な、なに言ってるんですか」
ジョディは腰に手を当て、はぁ〜と長いため息を吐く。
「まぁ良いわ。また来るわね」
「あぁ」
ジョディたちを見送り家に入るとダイニングテーブルに突っ伏して寝ているかやを見つける。気持ちよさそうに寝ているかやを横抱きにして二階まで運ぶ。
かやの部屋の扉を開けると沢山の譜面が床に散らばっていた。
それを踏まないようにゆっくりベッドへ横たわらせる。顔に掛かってる髪を指先で払い、顔をまじまじと見た。
彼女は覚えてないかもしれないが、あれはグリーンカードを取得し、アメリカに住んでいた頃、一度だけ彼女に会っている。
酒場でアコーディオンのバイトで生計を立てていた時だ。ある日悪酔いした客が路上で歌っていたという彼女を無理矢理連れてきて、ここで歌えと舞台に立たした。困惑する彼女を他所に周りも次第に冷やかしに変わり、仕方なくとギターを取り出す日本人女性。下手くそな英語で自己紹介し誰も期待していない中、爪弾くギターの音色が酒場に轟く。歌い始めた彼女の歌声に皆、鎮まり帰った。話すのは下手な癖に、歌は別だった。
その夜は他の奏者も客も、その場に居た全員が彼女の声に魅せられ、忘れられない夜となった。もう二度と会うことがないと思っていたが、こんな形でまた会えるとは。
あの降谷零が執着している彼女だ。いったいどんな人間なのかますます興味が出てきた。
「…ひろ」
つっ、と涙が伝う。悲しい夢を見ているようだった。優しく親指でその涙を拭ってやる。寄せられた眉の力は抜けて今度は気持ちよさそうに寝ているかやの頭を優しく撫でた。
22
馴染みの大衆酒場へと足を運び、空いているカウンターへ座る。店主に熱燗と焼き鳥、それとつまみになるものをいくつか頼み、渡された温かいおしぼりで手を拭く。ふとカウンター端に目がいく。二つ結びの若い女性がビールを片手に酔い潰れていた。見た目からして20代そこそこだろうか。周りの男性がチラチラとその女性を見ており、連れもいなさそうだったので店主に一言言って席を詰めた。
「あなた、結構酔ってるけど大丈夫?」
「だ、大丈夫れす。私のことはほっといてくらはい」
「ちょっと待ってね、おじさん、お水」
「あいよ」
店主から水を受け取り、お酒の代わりに水を飲ます。
「私は如月かや。あなたは?」
「私は三池苗子れす」
「苗ちゃんって呼んでもいい?」
「好きに呼んでくらはい」
「じゃあ苗ちゃん、そんな酔っ払って、何か嫌なことでもあったのかな?」
机に突っ伏していた体を起こし、据わった目でかやを見る。
「嫌なことれすか?」
「うん、仕事?それか恋の悩み?」
「実は、、小学生の時から好きな人がいてれすね」
「あ、恋の方だったのね」
「大人になってあってんれすけろ」
「大人になって再会したであってる?」
「向こうは全然私に気づかなくて…」
「それは寂しいね」
そうなんれす!っとドンっと机を叩いてズイッと体をかやのほうに伸ばす。かやは食べていた焼き鳥をポロリと落とす。
「しかも、私には会っても気づかなかったくせに、私の幼なじみのことはすぐにわかって…」
グスッと泣いてしまった苗子にハンカチを渡すと小さく鼻をかまれた。
「・・・・」
「でね!」
「うん。大丈夫、聞いてるよ」
「向こうは小さい頃から全然変わってなくて、正義感があって、かっこよくて、優しくて」
「大好きなんだね」
「大好きなんれす!」
瞬間バタン!っと前に額を机に打ちつけピクリと動かなくなる。慌てて体を揺すると、すー、すー、と気持ち良さそうに寝息を立てていた。
「寝ちゃったのかい?そのねーちゃん」
「みたい。おじさん、この子のこと知ってる?」
「実は初めて来た客でさ。来た時にはすでに酔ってたんだ」
「参ったな、起きそうにないや」
「もうすぐ店終いだけど、どうする?」
「私から声をかけたし…これも何かの縁だと思ってこの子をお持ち帰りします」
「変な気起こさないでよ。かやちゃん」
「どんな心配されてるの私。あ、この子のお会計、私と一緒にして」
「相変わらずだねぇ」
「なんかほっとけなくて」
苦笑いしながら、酔い潰れた彼女を背負い店を出る。とりあえず工藤邸まで運ぶか、と家まで歩く。途中寝言で、逮捕するー!とか赤信号ー!とか言っている。すると一台のパトカーが路肩に停まり、婦人警察官と私服の女性が降りてきた。警察、というだけで何も悪いことはしていないのに背筋が伸びる。
「ちょ、みつけた!あんた!今までどこ行ってたの⁉」
かやにはその女性に見覚えが無かったため、きっと背負ってる苗子の知り合いだろう。
「苗ちゃん、お知り合いみたいだよ」
「ふぇ?」
「あんた、三池の知り合い?」
前髪をアップにしている私服の女性はかやを怪訝そうな顔で見る。
「あ、いえそこの居酒屋で酔い潰れているのを見つけて、起きそうもなかったので私の家まで運んでたんです」
「本当に?この子に変なことしてないでしょうね?」
とんだ言いがかりである。だが、友達が知らない人におぶられどこかに連れてかれそうだったら疑う気持ちにもなるか、と少し悲しい気持ちになりながらも納得する。
「店主も事情を知ってますし、後日気になるようでしたら私に連絡ください。これ連絡先です」
「なら…あんたを、信じる…けど」
苗子を背中からゆっくり降ろすとふらふらと私服の女性に寄りかかる。
「苗ちゃん、お迎えきたみたいだから私は帰るね。覚えてたらまたお酒飲もう」
「ふ、ふぁい。かやちゃん、おやすみ」
「あはは、おやすみ」
ひらひら手を振って、かやはその場を立ち去る。またどこかで会えたらいいな、と思いながら。
数日後、ポアロに入ろうとするところでクラクションを鳴らされる。反応して振り向くとミニパトが停まっていた。窓が開くと同時に少し顔を出しておーい、とこちらに手を振る婦人警察官にかやは目を瞬かせる。前髪をアップにしているその女性はどこか見覚えのある顔だった。
「あ、あの!私のこと、覚えてますか?」
少し恥ずかしそうに二つ結びの婦警が車から降りてこちらに駆け寄ってくる。蘇る居酒屋の風景にかやはあっ、と口を開く。
「もしかして先週、居酒屋の…」
「はい!そうです!三池苗子です!」
「そうそう!苗ちゃん!」
「その節はご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
「大丈夫だよ。大した距離でもなかったし」
「後日店主に確認したら私の分のお代も払ってくれたみたいで…。あの、いくらでしたか?払います」
「いーよ、いーよ。ビール一杯だけだったし」
「私もごめんなさいね。あなたのこと変に疑ったりして。私は宮本由美、よろしくね」
車から降り握手を求められかやは笑顔でそれに応える。
「いえ、私も怪しかったと思いますし」
「あの日私と飲んでたんだけど、飲ませすぎちゃってさー。会計している間に居なくなっちゃって。たまたま通りかかった仕事仲間の車に乗せてもらって探してたのよ」
「本当にすみません」
「偶然でもあの場にパトカーが通って良かったよ。よかったらまた飲も?私は大歓迎だから」
「はい!えと、かや…さん?」
やはり素面だと年上のかやをフレンドリーには呼んでくれないか、と少し寂しそうに笑い、小さくうん、と頷いた。
「ねーねー!じゃあ改めて連絡先交換しよう!」
由美の提案にかやは嬉しそうに頷いた。連絡先を交換して二人は仕事に戻って行った。
「何かやらかしたのか?」
店内で様子を窺っていた安室はかやが席に座るや否やそう問い詰める。
「いや、この間ちょっとね。あ、でも悪いことはしてないよ」
「酔いつぶれた女性を介抱して、挙句飲み代まで払うなんてお人好しすぎるんじゃないか?」
「聞こえてるんじゃない」
「たまたま聞こえてきただけだ。店先で話してれば嫌でも耳に入る」
「なんか妹みたいでほっとけなかったの。まぁ、私一人っ子だけど」
「今回たまたまあの婦警が誠実で良い人だったからよかったものの、どんな奴かもわからない人を簡単に家にあげたりするなよ」
「き、肝に命じておきます」
あげようとしたんだな、とかやの表情を見て察する。まったく、と短くため息を吐いた。
コーヒーをかやの前に置いて、彼女を見た。新しい飲み友達が出来たことが嬉しいようで彼女の口元は上がっていた。少し面白くないと思うのはどうしてだろう。
「今夜、飲みにでも行くか」
気付いたらそう口にしていた。その言葉にかやは一瞬惚けたが、見る見るうちに笑顔になっていく。
「焼き鳥の美味しいお店、紹介するよ!」
先程の表情よりも満面の笑みを向けるかやに安室も満足そうに頷いた。
22.5
「あずちゃんさ、合コンって行ったことある?」
「合コンですか?私はあまり行ったことないですけど…ってもしかしてかやさん、行かれるんですか?」
「いや、断った」
「あ、断ったんですね。かやさんが合コンに行くの想像出来ないかも」
「前にどんなものか知りたくて一度だけ行ったんだけど、雰囲気に慣れなくて途中で帰った」
「ははっ、かやさんらしいですね。でもどうしてそんな話を?」
「実は最近友達になった子が明日行くんだけど、近頃はどんな感じなのかなって思って…」
「私も人伝でしか聞いたことないですけど、最近は合コンよりマッチングアプリで出会いを求めてる人が多いそうですよ」
「そうなの?じゃあ昔みたいな感じではないのかな?う〜、なにか良からぬ想像ばかりしちゃって、こんなんなら断らなければ良かったかなって今思い始めてる」
かやは頭を抱え、ぐしゃぐしゃと髪を乱す。
「かやさんがそんなに心配するなんて、よっぽと放って置けない子なんですね。ちなみにどんな子なんですか?」
「物事ははっきり言う子なんだけど、意外と奥手なところもあって、相手の手の上で転がされてるのを知らずに転がってることもあるというか…」
「変な男の人に騙されないか心配なんですね?」
「そうなの!」
「かやさんがそんなに心配するなんて珍しいですね」
「なんか…ほっとけない…」
「まるで恋が始まる前兆みたいじゃないですか」
「あはは、そうかも」
「覗きに行っちゃうっていうのも一つの手かも」
「覗きに…」
「って冗談ですよ?かやさん」
真剣に考え始めたかやに梓は大丈夫かな、と心配そうに彼女を見つめた。
合コン当日ーー…
苗子たちが駅で待ち合わせしているのをかやは物陰に隠れながらそっと見守る。
トントン、と肩を叩かれ、肩が跳ね上がる。振り返るとかやのよく知る人物が立っていた。
「尾行か?にしてはなってないな」
なんでここにいるのだという目で安室を見る。彼はその視線に気づきご丁寧に説明してくれた。
「梓さんが君を心配して、ついて行くよう言われたんだよ」
「あずちゃんが?なんで?」
「変な気を起こして、女の子を持ち帰るんじゃないかって」
「どんな心配されてるの私」
全く梓に信用されていないことにショックを受けていると苗子たちが移動したことに安室が気づく。
「ほら、移動した。いくぞ」
こちらの気持ちを他所に、勝手に先へ行ってしまった安室の背をかやは慌てて追いかける。
一方その頃、苗子は店に向かう途中とぼとぼと浮かない足取りで歩いていた。
「先輩、私やっぱりこの雰囲気慣れません」
「なーに言ってんのよ!あんたの為に集めたんだからね!」
話を少し遡ると実は先日かやを含めて宮本由美と三池苗子の三人で改めて飲みに来ていたのだ。恋の話で盛り上がり、苗子のために自分を覚えていない男なんて捨てて他の男も見るべきだと由美が言い始めた。
「かやも彼氏いないなら行こーよ」
「私はパス!差しで飲みたい」
「えぇー」
「それはそれで積極的…」
「っていうか千葉君に言っちゃえばいいじゃん」
「由美タン、それはロマンがないよ」
「三池、お前だな、その呼び方教えたの」
青筋立ててぐにっと頬を掴まれている苗子をかやが慌てて止める。
「まぁ、でも他の男を見て、改めて千葉君の愛を確かめるのも一つの手なんじゃなーいー?」
由美にそう言われ、洗脳され始めた三池は「愛を、確かめる」と頬を赤くして呟いた。
「由美タンの手の平の上で転がされてるよ!」
「かや、あんたこそ来なよ」
「行かな…」
「私!行きます!!」
「えぇ⁉苗ちゃん!」
「よし!決まり!」
「っていう流れがあって…」
由美たちの団体に気づかれずに後ろを歩くかやたちは安室にことの経緯を説明する。心底どうでもよさそうな呆れ顔でかやの話を聞く。
「君は合コンの経験は?」
「昔試しに一回行ってみたんだけど、向いてなかった」
「今回合コンを頑なに断ったのはそれが原因?」
「それもあるけど、純粋に出会いを求めていないから」
きっぱりと告げるかやに、安室はふーん、と面白くなさそうに呟く。
「あ、お店の中に入った。私たちも入ろう」
少し時間を置いて、安室たちも店に入る。窓際に案内され、カウンターになっているその席はちょうど苗子たちの団体からは背を向ける形になった。少し距離もあるしバレる心配はなさそうだ、と安心する。
雰囲気のあるお洒落な店内を見渡す。BGMにクラシカルなジャズが流れており、ビールでさえお洒落なグラスで出てきた。
男性陣たちはこの店に馴染んだ落ち着いた雰囲気の人たちで、勤めている会社、所有している車に株の話、趣味のゴルフと富裕層な匂いを感じさせた。苗子は少し居心地が悪そうだ。
「見過ぎだ」
安室にそう言われ、体を前に戻す。
「透君はあの三人の男性陣だったら誰が安心出来ると思う?」
アラカルトを食べていた手を止めて、安室は横目で彼らを見た。
「君はどう見る?」
「私…?」
「君に男を見る目があるか確かめる」
うわー、と半目で安室を睨む。だが、苗子がもし、例の千葉という男より良いと思う人があの中にいたら、先に悪い人かどうか見極めたい気持ちもあった。
「私に洞察力はないから完全に独断と偏見になるけど?」
「構わない」
「そう?まぁ…話を聞いてる限りはお金には困ってなさそうだよね。でも、なんだろう…好印象にはならないかな」
「浪費が気になるか?」
「私だってたまに自分のご褒美に贅沢するよ?自分で頑張って稼いだお金だし、何してもいいんだろうけど…」
「魅力を感じない、か?」
「どちらかというとお金で本心が見えない、が正解かな。高い靴にブランド物のスーツと時計は素敵だけどなんだか鎧みたいで…」
「他はどうだ?右端の彼は話し好きなようだが?」
「うーん…話は居酒屋のおっちゃんのほうが面白い、かな?」
それにぷっと吹き出す安室にかやは恥ずかしそうに肩を窄める。
「だから言ったじゃん。私に合コンは向いてない」
「あぁ、行かないほうがいいな」
「まぁ、中には誠実な人もいるんだろうし、寧ろ着飾ることで本心を隠すのは女性の方が上なのかも」
「男にだって本心を隠してる奴なんて沢山いるさ」
そう口にして、己に突き刺さる。何を言っているんだとビールを一口含んで気持ちをリセットし話題を変える。
「君は着飾ったりしないのか?」
「いや?好きな人がそれでこちらを向いてくれるなら見に纏うよ」
「僕の前でも?」
咄嗟に口から出てしまった言葉。以前からかやの前でちょくちょくこういうことがある。自分らしくない。これではまるで彼女が自分に好意があると思ってるみたいじゃないか。まさかビール一杯で酔ったとでも?と安室はやれやれと首を横に振る。
「悪い、今のは…」
「透君の前で着飾っても見抜かれちゃうじゃない、って今なんか言った?」
「い、いや…なんでもない」
全く気にしていない風の彼女に安室は肩を落とす。全く君は僕の気も知らないで、と八つ当たりに近い感情をかやに向ける。もう一度ビールを一口飲み、元の会話に戻る。
「君はすぐ嘘が顔にでるよな」
「あー…でもこれってつまりは同じ穴のムジナってことだよね」
「君は、彼らとは違うさ」
「そんなこと言ってもここは奢らないからね」
「バレたか」
バンッと大きな音に慌てて後ろを振り返る。苗子が顔を真っ赤にして席を立っていた。他の客も同様、驚いてその席を見る。由美も驚いて苗子を見ていた。
「千葉君はそんな人じゃありません!!」
「ちょ、そんな大声出すなよ…恥ずかしいだろ?」
男は苗子にそう言った。
「ほら早く座って、なんなんだよいったい」
「取り消して」
「は?」
「今の言葉!取り消して」
「なんだよ!君たちもあんな間抜けな人たちが上司で大変だねって言っただけだろ?笑い話さ、ジョークも通じないのかよ」
舌打ちする男に臆さず、苗子の目は真っ直ぐ男を捉えていた。その瞳に男の方が居心地が悪くなったのか顔を歪ませ、苗子に手を伸ばした。
「チッ!いいから座れよ!」
肩に触れようとしていた手はバシャッとかけられたビールでぴたりと止まる。
「あ、あんた!なんでここに…」
驚いている由美と苗子をほっといてかやは空になったグラスをドンッとテーブルに置く。
「一生懸命、命張ってお仕事してる人たちを間抜け呼ばわり?いいご身分ね」
そう言い残してかやは店を出た。凍りついた店の雰囲気をぶち壊すように由美が大笑いした。
「あははは!最高だわ!」
「ちょっ、せ、先輩!」
「さ、私たちも帰るよ」
すっきりした顔で捨て台詞を吐き、放心している男性陣を放って由美は金をテーブルに置いて苗子の手を引く。
ざわざわと店の中が騒つく中、ビールをかけられた男はギリッと奥歯を噛み締めた。
「な、なんなんだよ!あの女!訴えてや…」
「その前に僕とお話ししましょうか」
ニコニコして声をかける安室に何故だか背後に般若を感じた男性陣たちであった…。
「おーい、ちょっとかやー!」
呼ばれて大股歩きで歩いていた足を止める。由美と苗子が走ってこちらに来ていた。
「あんた、なんであそこにいたわけ?」
「な、苗ちゃんが、心配で…」
「かやさん…」
姉でも見るような眼差しでかやを見る苗子。かやは冷静になったのか申し訳なさそうに眉を下げる。
「ぶち壊してごめん」
「いやー正直スッキリしたわー。なんかずっと気に食わなかったし」
「せ、先輩もですか?実は私もずっとあの人を小馬鹿にした感じが嫌で…それであの発言で押さえが効かなくなって…」
「集めた私にも責任あるし、今から三人で飲み直す?」
「あ!やば!私連れといたの!置いてきちゃった…」
「っていうか私たちも後輩を一人置いてきちゃいました」
「あの子はあんたが大声上げた瞬間にもう居なくなってたわよ」
「えぇ⁈」
「あ、私お金も払ってない」
「見かけによらずドジねー」
「カッとなっちゃって」
「んじゃー、私たちだけで飲み直しますか」
「ごめんね。また誘ってね」
かやは二人に別れを告げ元来た道を戻る。走って店先まで来るとちょうど安室が出てきたところだった。
「透君!」
名を呼ばれ安室はジト目で彼女を見る。
「全く、残された身にもなれ。下手したら暴行罪で訴えられてたぞ」
「ぼっ…ご、ごめん!謝ってくる」
青ざめて店に戻ろうとするかやの前に立ちはだかる。困惑している顔の彼女と目が合う。
「落ち着け。最後は納得して帰ってもらったよ」
「えぇ⁉ごめん、尻拭いまでさせちゃって…」
「梓さんに頼まれてたしな」
「お金いくらだった?せめて奢らせて」
「いや、飲みなおそう。その時でいい」
「いいの?」
「あぁ」
「なんか…機嫌良い?」
その問いに安室は答えることはなく、惚けているかやの手を取ろうとして我に返り咄嗟に肩にかけている鞄を取った。
「え?あっ、ちょっと鞄っ」
慌てて後ろを着いてくる彼女にわからないよう安室は口角を上げる。
君は僕が公安に勤めているなんて知らないはずで…
もしかしたら警察官になりたいと言っていた景光を思って怒ったのかもしれないけど、
それでもかやの行動に嬉しいと思うなんてどうかしている、と安室は心の中で自嘲気味に笑う。
23
久々に事件に巻き込まれてしまった。
ポアロのシフトが終わった安室と飲みに行く流れになり二人で店を出る。するとこれから夕飯を食べに行くという毛利一家に会い、一緒に食べに行く流れになった。蘭とコナンは終始遠慮していたが安室の肩を抱き、颯爽と歩いていく小五郎の後ろ姿を蘭とコナンは薄目で睨む。その様子にかやは首を傾げながらも大勢の食事は久々だと一人浮き足立っていた。しかしお店に入るや否や店内から悲鳴が聞こえる。駆けつけた時にはもう手遅れだった。
その後警察が来て蘭と壁際に寄り、事の経過を見守る。普段より口数の少ないかやに蘭は心配そうに覗き込んだ。
「かやさん大丈夫ですか?少し顔色が悪い気が…」
「大丈夫、大丈夫。蘭ちゃんこそ大丈夫?」
「私も慣れは全然しませんが、普段お父さんやコナン君といると巻き込まれる事が多くて…」
「小五郎さん、探偵だもんね」
話しながらもキョロキョロと周りを見渡す蘭にくすりと笑う。
「コナン君?」
「すーぐ目を離すと居なくなる…」
「私も探してくるよ」
「ありがとうございます。私はあっち側を探して来ます」
蘭とは別の方向に足を運び捜査の邪魔にならないようコナンを探す。棚の隙間、扉の後ろ、ゴミ箱を覗いた所で安室に声をかけられた。
「探し物か?」
「うん、コナン君見かけなかった?」
「その探し方でまさかあの少年を探してるとは思わなかったよ」
覗いていたゴミ箱を恥ずかしそうに背中に隠して振り向く。気まずくて黙っているとちらりと覗き込むようにかやの顔をまじまじと見てきた。それにかやはたじろぐ。
「なんか、顔についてる?」
「顔色が少し悪いんじゃないか?」
「そんなことないよ。照明が少し暗いからそう見えるだけだよ」
「・・・・」
「透君、見過ぎ…」
「死体、見たのか?」
喉がヒクつく。思わず視線を安室から外してしまう。これではそうだと言っているようなものだ。何か、言わなければ…。しかし頭を過ってしまう先程の光景。無意識に手が喉元にいく。血を流し、青白い肌にだらりとした体。命を失ってしまった人の、生気のない表情。死んでしまったのだと、殺されてしまったのだと、その現実が酷く足元をぐらつかせた。深く呼吸をし、安室を見る。落ち着いて、普段通りに答える。
「殺されてしまった人の家族や残された人のことを考えると、やるせないって思っただけだよ」
だが彼は納得していないようで、ジッとかやの顔を見る。
「・・・・」
「もー、そんな見ないでよ」
その時小五郎に小さく、おい、と呼ばれたが、二人は気づかず会話を続けた。
「君のそういうところは正直言って良くないと思う」
「そういうところってどんなところよ?」
「言わないとわからないのか?」
「またそうやって…」
「だーー!!」
少し大きめの声に驚いて二人で振り向く。
「やめろ」
青筋を立てて怒っている様子の小五郎に理解できない二人は同じ方向に小首を傾げた。
「それだ!それをやめろ!現場でいちゃつくんじゃねぇ!」
その言葉に安室もかやも慌てて弁明する。
「ご、誤解ですよ、毛利先生」
「そうですよ!別に今のは睦み合っていたわけではありません」
それにジロリと安室に睨まれる。
「そういう言い方をするから誤解をされるんだ」
「さ、先に声をかけてきたのは透君じゃない」
「君を心配したんだ。僕が悪いのか?」
「なっ…!」
「だいたい、君の方こそ…」
「二人とも…お父さんが泣いてるからその辺にしたげて…」
黙ってぐすぐす泣いている小五郎に若干引きながらも蘭が仲裁に入る。かやはなぜ泣いているのか理解出来ず、安室に助けを求めるように彼を見たが彼もまた不可解だというように眉を寄せて小五郎を見ていた。
遠くの方で一部始終見ていたコナンは呆れたように肩を落とす。
「だめだこりゃ」
小さな少年が発した言葉は誰にも届かず小五郎のすすり泣く声だけが現場に響く。途中「俺のかやちゃんが…」と言っているのが聞こえ、蘭は薄目で小五郎から離れる。目暮や高木もどん引いていた。しかしその数分後には何事もなかったかのように事件を無事解決し、幕を閉じた。
「かや、家まで送る」
小五郎たちに別れを告げ、帰り道に歩みを進めていると、安室が後ろから追いかけて来た。
「歩きなのにいいの?送ったら遠回りじゃない?」
てっきり彼は沖矢の住むあの家に近づきたくないのかと思っていたが、意外と家の前まで送ってくれる。時々家の中を訝しげに覗いては彼のことを聞いてくる。毛嫌いしているように見えて本当は興味があるんじゃないだろうかとかやは思ってしまう。
「念のためだよ。もう、夜も遅い」
それにかやは礼を言い、二人並んで夜道を歩く。安室はチラッと横を歩くかやの表情を覗き見た。
「顔色、だいぶいいな」
その言葉にかやはやはり気にさせてしまったのだと、申し訳なさそうに眉を下げる。
「ごめん」
「やっぱりしんどかったんじゃないか。なんで隠す」
「別に隠していたわけじゃ…」
「嘘をつくな」
冷たい風が吹き抜ける。
安室の真剣な声に笑顔が消える。思わず止めてしまった歩みに安室も振り返る。彼の瞳がかやを捉える。真っ直ぐなその瞳に耐えられず下を向く。
ぽつり、とかやは言葉を落とす。
「甘えてしまいそうで、怖いの」
風が頬を掠めていく。冷気を含んだそれに少し痛いと思った。何も言わずに黙って耳を傾けてくれている安室にかやは指先を弄りながら、少しずつ話す。
「ヒロの、ことがあって…すごく気にかけてくれるよね」
本当は、あなたも苦しい筈なのに。
自分よりも、もっと景光の近くにいたこの人が辛くない筈ない。
「透君は口では厳しいこと言うけど、その根底には優しさがあるってわかるから…すごく嬉しいし、心が温かくなる…だから、」
次の言葉を飲み込むように開きかけていた口を閉じた。
「だから…?」
まるで催促するようなその口振りにかやは言いかけた口を噤む。
彼は喫茶店のウェイターで、かやはただのその客で。時々ご飯を食べに行く。敬語もなくなり、互いを気軽に呼び合う仲までになったが、彼のことはあまりよく知らない。
紅葉で初めて見せた彼の弱い部分。別に何かを聞いたわけではない。抱きしめ返して上げるのが精一杯だった。だからこれはあくまで想像に過ぎないが、景光のことを一人で背負っていたように、景光がそうだったように、見えないだけで多くのものを背負い込んでいるのだろうと思った。
そんなこの人の足枷にはなりたくなかった。
だけど、いつかあなたは自分の命まで犠牲にしてしまうような気がした。
ならば、
だからこそ、
伝えなければならない。
きちんと安室を瞳に捉え、正直に告げる。
「あなたにもしものことがあった時、耐えられる自信がない」
あなたがそれで少しでも自分の命を顧みるのなら
「もう、誰も…失いたくない…」
私が君の足枷になるよ。
「ーーくんは生きてね」
悲しそうに目尻を下げてかやは安室を見つめた。
安室は息を飲む。本当の名は声に出さず、口の動きでW零Wと言ったのがわかった。安室はぎゅっと拳を握る。
今すぐ抱きしめて、その口を塞ぎたい。
安室は歩み寄ろうとする足に力を入れ、触れたくて伸ばしてしまいそうになる手をさらに強く握り締める。
どうして彼女は赤井とは全く別の衝動を起こさせるのだろう。立場を忘れ、自分さえも理解が出来ないほどに感情がむき出しになる。
安室は思考を振り切るように深く深く、息を吐いた。
「約束する。君を置いて行ったりはしない」
それにかやは憂いを残した表情で小さく微笑んで頷いた。景光の分も生きてほしい、とその瞳が訴えてくる。
彼女の目には景光しか映っていない。
そう、わかっているのに彼女に惹かれていた。しかし、気づかないフリをする。気持ちに蓋をして、何もわからないフリをする。景光が愛したこの女性を守ることが己の使命でもあるのだと、必死に言い聞かせた。
冷たい風が、二人の間を裂くように、悲しく通り過ぎていったーーー。
next
いいね♡