キスの日に間に合わなかった話。景光


時刻を見て、はぁ、と小さくため息をつく。

「終わっちゃった…」

「なにが?」

いつの間にか風呂から出てきていた彼はタオルで頭を拭きながらソファに座る私の顔を後ろから覗き込んでくる。スマホに夢中になっていた私は驚いてスマホを落としてしまう。急いで拾おうと伸ばした手は別の手によって拾い上げられてしまった。

「あ、ダメ…!」

時すでに遅く、拾い上げたことで見えてしまった画面に彼は固まった。

「キスの…日?」

うっ…と羞恥心で自分の膝を見つめた。彼がこちらを見ているのが視界の端でわかる。まぁ…もう見られてしまったものは仕方がないかと諦めたように小さく息を吐き出した。

「そう、もう日付変わっちゃったけど、そういう日らしいよ」

「へぇ」と興味なさそうにスマホを渡してくる彼に胸の内で肩を落とす。付き合ってひと月、お泊まりしても体を合わせることはなく、それどころかキスもまだな私たち。その記録は順調に更新しており今夜こそは彼と先に進むため『「今日はキスの日らしいよ」とさり気なく話題を振ってキスするんだぜラブラブ作戦』が失敗に終わった。

「なぁ…」

「なに?」

こうして一緒にいられるだけでも十分楽しいし、幸せなのだからいいではないかと思う自分ともっと深いところで彼と愛し合いたい自分がいる。私ってそんなに魅力ないのかなぁ。みんなちゅっちゅちゅっちゅしてて羨ましい…。と悲しい気持ちに蓋をするようにSNSのつぶやき画面を閉じ、生返事をする。きっと明日のデートのことだろうとピックアップしてあったお店を開く。

「し…してみないか?」

「へ?」

訊き返すように彼を見る。頭に被せてあるタオルが邪魔で顔がよく見えない。剥ぎ取ってしまいたい衝動を必死に抑え、彼の次の言葉を待つ。

「してみないか…キス」

ぶわっ、と頭からつま先まで一気に熱電流が走り、体全体が熱くなる。

う、うそ…作戦、うまくいっちゃった?

待ち望んでいたことなのに途端そのチャンスが舞い込んでくるとパニクってしまう。指先や足先にまで鼓動を感じ、きゅっとその先を丸めた。

「う…うん」

ゆっくり頷くと彼の片膝がソファの上に乗り、体が斜めに沈む。ボディーソープの香りが鼻先をくすぐる。肩に触れる手が熱いのは風呂上がりのせいだろうか。艶のある黒髪の先から滑り落ちてくる水滴が私の頬を濡らしていく。彼の親指がそれを拭い、被っているタオルが私の顔をも隠していく。

「明日、君が行きたがっていたお店には行けないけどいい?」

ん?と疑問を口にする前に私の唇は彼に塞がれてしまったのだったー…


おわり
2021.5.24
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