諸伏景光



「諸伏くん…今週の日曜日、一緒に映画にでも…行かない?」

片想い中の相手から突然デートに誘われる。景光は聞き間違いではないかと己の耳を疑い、返事そっちのけで目の前の彼女を凝視する。

「もしかして…用事、入ってた?」

断られると思ったのだろう。黙っている景光に対し、悲しそうに下がる眉を見て慌てて首と手を一緒に振る。

「ち、ちがう!悪い!ちょっとぼうっとしてて…今週だよな!行けるよ」

嬉しそうに顔を綻ばせる彼女に「好きだ!」と人目も憚らずに大声で想いの丈をぶち撒けたい衝動に駆られる。ふぅ、落ち着け、冷静になれ、と胸の内で息を吐く。告白する日は彼女の誕生日と決めていたじゃないか。あと一ヶ月と少し。夜景の見えるレストランでディナーを共にし灯のついた東都タワーの前で片膝ついて花束を渡す。彼女の大好きなドラマのワンシーンをイミテーションしたものだ。ゼロには「ベタベタな上にあのシーンはプロポーズじゃないか」と揶揄われたがそれでも彼女の喜ぶ顔が見たいからこそ、そこは拘りたかった。

「ヒロ、今週の日曜…あの子と出掛けるんだよな?」

彼女との会話を聞いていたのだろう。頷くとゼロは珍しく気にするそぶりを見せた。

「いいのか?」

「え?何が?」

「日曜って確か…バレンタインだろ?」

「え?」

ばれん…たいん…?

浮ついていた心は一気に正気に戻る。あー!バレンタイン!!と景光は頭を抱えた。誕生日に気を取られすぎて、その前に大きなイベントがあることをすっかり失念していた。

「わざわざそんな日に呼び出すんだ。可能性はゼロじゃない」

そうであったら飛び上がる程に嬉しい。そっかぁ…バレンタインかぁ…と気づけば緩んでしまう顔を慌てて引き締める。まだ告白されると決まったわけではないが…もし、万が一、彼女も自分と同じ気持ちで、当日想いを伝えてくれようしているのなら、やはりそこは自分が先に気持ちを伝えたい。

「せめて花束だけでも…!」

「……」

側から見て互いに両思いなのは明白。変に拘らず早く言ってしまえばいいものを…。と考えたところで、いや、自分も想い人に気持ちを伝える時はそうするかもな、と考え直した零であった。





「諸伏くんのこと無事誘えた?」

遠くから見守ってくれていた友達に、うん!と大きく頷き、成功した事を伝えれば友達も嬉しそうに表情を明るくした。

「よかったね!映画に行ったあと告白するの?」

「うん!東都タワーの前で!その時に用意したチョコも渡す」

「頑張って!」

「ありがとう!でも、やっぱり緊張する。フラれるの怖い…」

「その時はその時!もしもの時は慰めてあげる」

まずはデート楽しんでおいで!と優しい親友に背中を押される。気合と勇気を注入してもらい、うん!と胸の前で両手拳を握る。不安もあるが彼とのデートに胸を躍らせながらその日を待ち焦がれたーー…

けれど迎えた当日。約束の時間になっても彼は来なかった。分かりやすいよう映画館の前にしたのだが…もう一度連絡をしてみる。しかしメッセージは返ってこなかった。何かあったのかもしれない、と電話を掛けてみる。

「……」

コール音は鳴るものの繋がらなかった。もう映画の上映時間だ。念の為、次の公演が始まるまで粘ってみる。しかしいくら待てども彼は来なかった。もう一本、あともう一本だけ待って見よう。

「…っ…」

映画館に入って行く恋人たちを羨ましげに目で追う。がやがやと先程まで楽しげに聴こえていた喧騒は次の映画の上映時間が近づくにつれ徐々に薄れていく。最後にはその場にぽつん、と自分だけが取り残される。

「すっぽかされちゃったかな…」

ポジティブになれるほど自分に自信があるわけではない。なにかトラブルがあったのだと思い込みたいのはフラれたと自覚したくないだけ…。泣きたくはなかったが、今日の期待がそれなりにあった為に、ショックも大きかった。堪えきれず、ポロポロと涙が出てきてしまう。映画一緒に観たかった。新しく買ったこの服も見て欲しかった。結構、楽しみにしてたんだけどなぁ。


帰ろうーー…


後ろ髪引かれる思いもあったが、この顔ではこれ以上ここに居られないとその場を後にした。





「くそ!」

いくらタップしてもバキバキに割れたスマホ画面は反応を示さなかった。花を買うため、いつもより早く家を出た。その道すがらにまさかのひったくり犯に遭遇。捕まえる際、スマホを地面に落としてしまいこの有様だ。被害にあった女性は頭を打っていたために病院まで送り届けた時には約束の時間をとっくに過ぎていた。急いで待ち合わせの映画館に向かう。だが当然そこに彼女はいなかった。

まだ近くにいるかもしれない。映画館の中を探してみるか、建物周辺をもう一度回ってみるか悩んでいるところに突然、膝裏を誰かに軽く蹴られた。かくん、とバランスを崩して体は前のめりに一歩前に出る。

「な、なんっ…」

「なぁなぁ、あんたもしかして女の人と待ち合わせしてた?」

小学生ぐらいの男の子が自分を見上げている。足を蹴ったのはこの子で間違いないようだ。咎めるよりもさきに彼の言動が気になった。

「どうしてそのことを?」

詳しく話を聞くために景光は膝を曲げ、目線を合わせる。

「俺と青子が映画見終わったあともその人、中に入んないで、ずーっとここで待ってたからさ」

「その子、どこにいったかわかる?」

「最後は泣いてあっちの方に行っちまったぜ?」

「…っ…」

泣いていたと聞いて景光の心は痛む。早く行って弁明しなければ。けど、許してもらえるだろうか。暗い顔をする景光の前に、少年は拳を前に出す。首を傾げる景光に少年はニッと口隅を斜めに上げて笑ってみせた。ぽんっ、と弾ける音。少年の小さな手に握られている一輪の薔薇に瞼を瞬かせる。

「男に渡す趣味はねぇけどさ、青子がすげぇ気にしてるから…。まぁ、女はこういうの好きだろ?仕方ねぇからあんたにやるよ」

仲直りできるといいな、と少年は青子と呼ばれる少女と手を繋いで走ってどこかに行ってしまう。

「頑張ってねー!お兄さん!」

そう、遠くで女の子が手を振ってくれた。手渡された一輪の薔薇に視線を落とす。景光は決意するように大きく頷き、少年が教えてくれた方角に走り出す。だが当てもなく探してもきっと彼女には会えないだろう。彼女が行きそうな場所を必死に考える。ふと視界に入った東都タワー。もしかして…と景光は走る速度を上げたーー…




泣き腫らした目で東都タワーを見上げる。家にも帰る気にならず、ついつい未練がましくここに来てしまった。ここで好きな人に告白するのがずっと夢だった。まさか告白する前にフラれてしまうとは…。友達からデートはどうだったとメッセージが来ていた。【ダメだった…】と文字を打ち、送信するところで指先は止まってしまう。ぽたぽたと画面の上に雫が落ちる。手の甲で涙を拭い、送信をタップしようとしたところで後ろから誰かに抱きしめられる。

「っ!?」

驚いて手に持っていた鞄を落としてしまう。

「遅くなってごめん…!」

その声に、涙がまた溢れ出てくる。息遣いから走ってきてくれたのだとわかった。背中に当たる温もりが心をじんわりと温かくしていく。

「ふ、ふられたのかと…おもっ、た」

吃逆して上手く喋れない。口を開くとみっともなく声を上げて泣いてしまいそうだった。

「本当にごめん!言い訳しても許されないと思ってる」

抱きしめられている腕が緩み、彼は向き合うように移動してくる。濡れた頬を指先で拭ったあと、彼の手が自分の左手を掴んだ。

「本当は…もっと大きな花束を用意するつもりだったけど…」

目の前に差し出された一輪の薔薇に目を丸くする。片膝をつき、彼は掴んだ左手を口元に寄せた。

「オレと付き合ってくれますか?」

「う、うぅ〜」

今度は嬉しくて涙が止まらない。自分が以前好きだと言ったドラマのワンシーン。せっかく彼が再現してくれているのに涙で滲んでよく見えない。

「それともオレの事、嫌いになった?」

上手く声が出せなかった為、頭を思い切り横に振る。どうしよう。幸せすぎて涙が止まらない。泣きすぎて、息をするのも辛かった。けど…


「だい、すき…!」


どうしてもこの言葉だけは声に出して言いたかった。約束の時間に来なくても、彼は汗だくになって自分を探しにきてくれた。遅れた理由がどんなものであっても彼を嫌いになる理由には決してならない、と貰った一輪の薔薇を見つめ、幸せそうに微笑んだ。


2021.2.14
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