降谷零
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それはまだ自分が高校生だった頃。昔から引っ込み思案だった自分は好きな人が出来ても遠くから見つめることが多く、意中の相手に声すらも掛けられない程だった。しかし今年こそは、とバレンタインで想いを告げることを心に決める。これならば口下手な自分でも伝えられるのではと昨夜手作りのチョコを丁寧にラッピングし、鞄の中に仕舞う。
しかし結局いつもの悪い癖が出てしまい、勇気が出せず、もたもたしていたらあっという間に放課後を迎えてしまった。クラスの女子数人と、男子が居ないのをいいことに好きな人にチョコを渡せたかどうかで盛り上がる。そしていつの間にか話は理想の告白のされ方について語り合っていた。
「私はお花、もらってみたいかも」
家が花屋ということもあり、花を買いに来る男性客は珍しくもない。しかし大体の人が緊張していたり、照れ臭そうだったり、真剣に悩んでいたり…でも必ず幸せそうな顔をしてどんな花ならば彼女が喜ぶかを訊いてくる。その表情を見る度にプレゼントされる女性が羨ましかった。いつか自分もそんな花束をもらってみたい。
「こらー、おまえらそろそろ帰れー」
いつまでも残っている自分らを先生が注意しにやってくる。仕方なしに教室を出て昇降口までやってきたところでチョコを机の中に入れたままだったことに気づく。忘れ物をしたからと友達に先に帰ってもらい、急いで教室へと向かう。
「あった…!」
机の中を覗いて、ラッピングされたそれを一度困ったように見つめ、鞄の中に仕舞う。来年は渡したいな、なんて思ってはいるが臆病な自分はきっと来年も再来年も渡せやしないんだと卑屈になる。下駄箱で靴を履き替え、帰る前に未練がましく彼の靴箱を覗いてみる。上履きが置いてあり、やはり帰ってしまったのだと肩を落とす。
「…っ…」
ジッと彼の靴箱を見つめる。鞄からチョコを取り出し、ゴクリ、と息を呑む。もういっそのことここに入れてしまおうか。その悪魔の囁きにダメ!それだけは絶対にダメ!と頭を横に振る。宛名もないし、ロッカーならまだしも靴箱は流石にない。冷静になり、情けない自分に本日何度目か分からないため息を吐く。
肩を落としたまま鞄にチョコを仕舞おうとしたところで心臓は大きく跳ね上がる。ずっと俯いていたから気づかなかった。良くも悪くも目立つ彼の髪色。夕陽に照らされ、きらきらと反射しているそれは自分の心までも眩しくさせる。彼は昇降口の方に体を向け、下駄箱に背中を預けていた。誰かを待っているようだった。見えている背中に声を掛けるかどうか迷う。手に持つ箱に視線を落とす。渡すならもう、今しかない。一度大きく深呼吸をした後、その背に向かって名を呼んだ。
「ふ…ふるやくん!」
ぶつける様に出た声は緊張で震えていた。息を吸うたびに肺が驚いたように動く。彼が振り返る。夕陽を彩った瞳に見つめられ、体は硬直してしまう。
「……」
「……」
黙って固まっている自分に彼は首を傾げるわけでもなく、何か問うわけでもなく、ただジッとこちらを見つめた。
「う…あの、その…」
じんわりと手にかいた汗が箱をダメにしてしまわないか心配だった。早く渡さなければ。彼が呆れて帰ってしまう。でも、手作りが気持ち悪いと思われるかも…。あぁ、なんで手作りなんかにしちゃったんだろう。けど、今更そんなことで悩んでも仕方な…
「くれないのか?」
「え?」
少し俯いていた顔は彼の声で起き上がる。開けた視界に見えてきたのは手の平を上に向けてこちらに差し出している彼の手。分からず首を傾げていると彼は少し恥ずかしそうに、顔をむすっとさせた。
「…チョコ」
その一言に顔が一気に熱くなる。向けられた手の意味をようやく理解し、手に持つ箱を彼の手の平の上にそっと乗せる。すると彼は満足そうにそれを鞄の中に仕舞い、「ありがとう」と小さく笑って踵を返してしまう。
「ば、ばいばい!降谷くん!」
すると彼は、また明日、といって手を振ってくれた。
「好きです!!」
自分でもびっくりするほど唐突だった。チョコを貰ってくれたことが嬉しくて気持ちが昂ぶり、後先考えずに口を衝いて出てしまった。
「一ヶ月…待ってほしい」
振られたわけではないが、心はその返答にちょっぴり沈む。わかった、と頷けば彼はありがとうと言ってその場を去ってしまった。それから一ヶ月、処刑を待つ罪人のように心はずっと落ち着かなかった。気づけばホワイトデーを迎えていた。今日振られるかもしれないと思ったら気が気じゃなかった。
「おはよう」
教室を訪れた彼。手に持つ一輪の薔薇を見て目を丸くする。自分の前に差し出し、「付き合ってください」と言った彼。卒倒する寸前だった。公開告白にクラス中が響めく。しかし冷やかす生徒の声よりも彼の表情に釘付けだった。薔薇を受け取り、「はい、よろしくお願いします」と返事をすると彼は嬉しそうに笑ってくれた。
その日から彼はずっと自分を大事にしてくれた。自分も彼を大切に愛した。しかし月日が経ち、彼が夢の警察官になった頃から仕事が忙しいのか連絡が途絶えがちになる。気づけば自然消滅となってしまった。
あれから数年。自分は今、実家の花屋を継いで店を切り盛りしている。するとサングラスをかけた男性が何やらソワソワと落ち着かない様子で店に入ってきた。
「いらっしゃいませ」
お探しですか?と声を掛ければ彼はサングラスを外し、それを胸ポケットに仕舞った。
「彼女に…花を贈ろうと思ってんだけどよ…ほら、何だっけ…なんか花によって意味があるんだろ?」
「花言葉…のことですか?」
「そう、それそれ」
「どのような花を贈る予定ですか?」
「なんか…前にローズ系のハンドクリーム使ってたから…赤い薔薇にしようと思ってる」
「赤い薔薇でしたらWあなたを愛しますWという意味もあるので問題ないと思いますよ」
自分の言葉に男性客は気恥ずかしいのか少し顎を前に出し、照れ臭そうにポケットに手を突っ込んだ。
「じゃあそれで。花束にすんのはガラじゃねぇから一本にしようかと思ってんだけど…変か?」
「一輪の薔薇にはW一目ぼれWやWあなたしかいないWという意味もあるので素敵かと思います」
うっ…。と言葉を聞いて何故か顔を赤く染める男性客。普段は愛を囁くのが苦手な人なのかもしれない。苦手ながらも彼女の為に花を買いに来たのだと思うと少し微笑ましく感じてしまった。
「じゃぁ…それで、ラッピング頼むよ」
「かしこまりました」
「お届けものですー」
「あ、はい。こちらに」
配達人が届けてくれた品物を見て、男性客は不思議そうな顔をする。
「花屋に花か?」
「えぇ、毎年そうなんです」
包装された一輪のW白いW薔薇。男性客は物珍しさそうにマジマジとそれを見つめた。そう、彼との連絡が完全に途絶えたその翌年あたりから毎年バレンタインの日に必ず一輪の白い薔薇が届く。
「あ?なんだ、よく見たら枯れてるじゃねぇか。枯れた白い薔薇なんて嫌がらせか?」
「いいえ、違います」
男性客の言葉に表情を緩め、小さく首を振る。
「これには特別な意味があるんですよ」
彼に意味を伝えれば、キザな野郎もいたもんだな、と言葉とは裏腹に優しい表情を見せる。自分もそんな彼に顔を綻ばせた。赤い薔薇を贈られる彼女さんとの幸せを祈りながらラッピングをさせてもらう。お幸せに、と言葉を添えて花を手渡せば「あんがとよ」と笑って男性は店を去った。
誰もいなくなった店で、先程届いた枯れた白い薔薇を手に取る。宛名は不明。けれど添えられているカードにはメッセージの代わりに彼の愛称でもあるW0(ゼロ)Wのマークがひとつだけ記されている。教室で、いつもは冷静な彼が初めて見せた照れ顔。薔薇の様に頬を赤く染め、何故だか眉は少し寄せられていた。教室で愛の言葉を象るように動いたその唇は思い出すと今でも淡い気持ちへと誘っていく。当時、どうしてあんなことをしたのか。後に訊けば彼はバレンタインのあの日、放課後に話していた自分たちの会話を聞いていたんだそうだ。
愛おしそうに白く枯れた花弁を見つめ遠い記憶に想いを馳せる。
「…うん。待ってるよ、零くん」
小さくその薔薇に囁いた声は誰にも届きはしない。けれどその薔薇が届く限り自分は彼を永遠に待ち続けるのだ。
枯れた白い薔薇の花言葉…
W生涯を誓うW
おわり
2021.2.14
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