るるる様


「彼女は?」

本庁内。風見は降谷に頼まれたデータを渡すと彼はそのデータの入ったUSBを懐に入れながら風見にそう尋ねた。彼女、とは恐らく最近よく気にかけている部下の名前のことであろう。

「まだ上で報告書を作成しています」

風見の言葉に降谷は腕時計に視線を落とす。

「まだやってるのか」

短く息を吐き出した後、向かい出した先を見て風見は慌てて降谷を呼び止める。

「か、彼女には彼女のペースがありますので…」

聞いているのかいないのか。彼は背を向けたまま、わかってるよとでも言うようにこちらに手を振った。

大丈夫であろうか。名前はあまり要領が良い方ではない。何もないところでよく躓くし、何故かよく転ぶ。そんな彼女を見兼ねてか降谷は彼女のことになると少々熱くなるというか、指導に行きすぎる面があるというか、構いすぎるというか…。私が彼女の教育係なんですが、という言葉を飲み込んで仕方なしに風見はその背を見送った。





「うわ、もうこんな時間…」

はぁー…と両手を上に精一杯の伸びをする。固まった体を解し、再度パソコン画面に向き合った。誰もいないオフィス。カタカタと自分がキーボードを打つ音しか聞こえない。

「これが終わったらご褒美…これが終わったらご褒美…」

ぶつぶつと呪文のように唱え、最後にエンターキーを押す。

「やったー!終わったー!」

両手を上げて終わった喜びを最大限に表現する。すると突然ガシッと誰かにその両腕を掴まれた。

「ひぁっ!だ、だれ⁉」

手は直ぐに解放され、慌てて首だけ後ろを振り向く。上司の姿に顔面は蒼白になる。

「ふ、ふふ降谷さん!」

「相変わらず君は要領が悪いな」

どうしたらこんな手間取る、と彼は着ていたスーツのジャケットを脱ぎ、袖のボタンを外す。腕まくりをした後、名前の後ろから手を伸ばし、マウスを掴む。

今し方出来たばかりの報告書を彼は早速読み始めた。

パソコン画面を覗き込むようにして見るものだから彼との顔の距離が大分近い。どうしてここに…なんて開きかけた口は彼の真剣な横顔を見ることに夢中で閉じるのを忘れてしまう。

ドキドキ、と心臓が脈を打つ。「ここが違う」、「ここはこうじゃない」などの聞こえてくるダメ出しの嵐を右から左に受け流していると鼻を摘まれた。

「聞いてないだろ」

「す、すみません!」

素直に認め、謝罪する。ギロリと睨まれ、名前は肩を落としながら摘まれた鼻を摩る。

「まぁ、直すのは明日でいい」

その言葉にパッと顔を上げ、やっと帰れる、とつい嬉しそうな顔をしてしまった。あ、せっかく指導してくださったのに良くなかったかな、とチラッと見上げると彼もなんだか嬉しそうな顔でこちらを見下ろしていた。

「わっ!」

いきなりイスがクルッと回る。彼がイスの背もたれを掴んで思い切り名前の体を後ろに向けたのだ。

彼と向かい合う形になり、見下ろす彼と目が合った。

「あ、あの、降谷さん…?」

「ご褒美…欲しいんだろ?」

「ど、どうしてそれを…!」

いったいいつから居たのだろう。独り言を聞かれていたと思うととても恥ずかしい。

「欲しくない?」

「ほ、欲しいです…!」

帰りにコンビニのスイーツ買って帰ろうぐらいにしか思ってなかったのに…!

彼は暑いのか、ネクタイを少し緩めシャツの一番上のボタンを外した。普段は隠れている鎖骨がちらりと覗き見え、思わずガン見してしまう。

「どこ見てる」

不意に顎を持たれ無理矢理合わせられた目に心の中でわぁぁ!と絶叫する。

近い近い近いよー!

「降谷さん待って、ここだと…」

「二人っきりのときは?」

うっ、と言葉に詰まる。そう、私たちは皆に内緒でこっそり付き合っている。普段は悟られないよう上司と部下の関係を徹底しているというのに…。

なのに、こんなこと…。

それにここは職場で、誰かがくる可能性だって…

「名前」

名前を呼ばれる。それは早く己の名を呼べと催促されているみたいだった。

「零…」

少し恥ずかしそうに名を呟けば彼は嬉しそうに目尻を下げた。ゆっくり近づいてくるその端正な顔立ちに耐えられず名前はきゅっと目を閉じた。

「んっ…」

優しく触れるようなキス。下唇を甘く挟まれ、少し開いた隙間から彼の舌が歯をなぞる。

「名前、舌」

その言葉にカァッと顔が熱くなる。少し控えめにチロリと出せば彼はその上に自身の舌を乗せ、絡めとっていく。時々唇に挟まれては軽く吸われた。

「んっ、はぁ…」

求めるように奥へ、奥へとだんだん深くなってくるそれは名前の酸素まで奪っていく。

く、苦しい…と目で訴えれば彼の手が優しく名前の頬を包み込むように触れ、生理的に出た涙を親指の腹で拭ってくれた。

名残惜しそうに唇は一度離れ、酸欠と恥ずかしさで恐らく真っ赤になっている顔を見た彼が小さく笑ったあと「暑いのか?」と名前のシャツに手をかけた。

「ちがっ…ん、零、まって…」

一つ一つ外されていくボタン。肌に触れる彼の唇が首筋から徐々に下がっては赤い花を散らしていく。

あぁ、待って。ここじゃダメです、なんて目で訴えても彼は嬉しそうな顔をするだけだった。

「名前、愛してる」

耳元でそんな言葉を囁かれてしまえば何もかも許してしまう。名前も受け入れるように目を閉じたーー…







「降谷さん!何やら彼女が全く仕事に身が入ってないんですがどれだけ昨日厳しく指導したんですか!」

後日珍しく降谷は風見に怒られた。


終わり
2020.10.11
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