ナガレ様


「うぅ…」

スッと下腹部を摩る。朝から嫌な予感はしていた。月に一度は必ずくるあれ。そう、生理痛だ。毎月それなりに辛いが薬を飲めばなんとか耐えられた。

それでも何ヶ月かに一度、かなり重いのが来る。こういう日は薬も効かないし、ずっとお腹は痛いしで一日中辛い。そしてその重い日というのが今日来てしまった。

なんでよりにもよって今日なのだ…。

しかも彼がシフトに入っている日に。けれど裏を返せばご褒美であると思ってもいいのかもしれない。会えると思うだけで笑顔になれる!

ふぅ、と息を吐いてから、ロッカーの扉後ろに付いてる鏡で笑顔を作る。よし!と気合を入れてからバックヤードから出ようとするとスマホがブブッと震えた。なんとなく嫌な予感がしてメッセージアプリを開くと意中の男性からだった。

【すみません、今日お休みしても大丈夫ですか?】

ガーン、と肩を落とす。ズキリ、と下腹部が強めに痛み出した。

この正直者め、なんて意味もなくお腹に手を当てて言ってみる。仕事は一人でもなんとかなる。今までだって少ない人数でやってきたのだ。それは問題ない。

がっかりしたのは…楽しみにしていた彼に会えないとわかったから…。

大丈夫。大丈夫だ。

【こちらは大丈夫ですよ。探偵のお仕事頑張ってください】

彼にそうメッセージを送り、スマホをロッカーにしまう。もう一度息を吐いてから名前は笑顔でバックヤードから出た。







「お、おわったぁ…」

無事締めまで終わり、へなへなと崩れるように客側のカウンターテーブルの上へと突っ伏す。

失念していた。安室目当ての女性ファンと梓目当ての男性ファンとで以前よりも客数が増えていたことを。目当ての人物が居なかったせいか、長居する客が少なく、回転率が上がりいつも以上に忙しかった。

ひんやりとしたカウンターテーブルでさえ今は不快。でも立つことが出来なかった。

ズキズキと下腹部が痛くて、腰も痛い。ちょっと気持ち悪かったからお昼抜いちゃったんだよなぁ…と苦笑いを浮かべる。悪循環なのはわかっているが、こういう日は何も口に出来ない。

うぅ…頭まで痛くなってきた。

スッとお腹を摩る。少しでも和らげばと足先をすり合わせた。

あー…なんで薬、効かないんだろう…

一カ月だいたい30日ぐらいあるのに。一年は365日あるのに。別に今日じゃなくてもよかったじゃない。

「会いたかったなぁ」

ポツリとそんなことを呟いてみる。

彼は探偵をしながら少しでも毛利小五郎の近くに居たいとの理由でここポアロに働きにきている。いずれ自立して自分の事務所をもつのだろう。

そう、つまりはいずれ居なくなる人なのだ。ならば彼に頼ってはいけない。

ここをいずれ離れるのであれば…
別れがくるのであれば…

この気持ちはしまっておかなければならないーー…

「あ、むろ…さん…」

頑張った。よく頑張ったよね。
安室さんに褒めて貰う妄想をして、少し休んでから帰ろう。

だからもう、薬よ…いい加減に効いておくれ。

貧血もあったせいか、名前は気絶するようにしてそのまま目を閉じたーー…





ふわふわと、体が浮いている感じ。
あれ、あのまま本当に寝ちゃったのかな。

「名前さん、起きましたか?」

会いたいと、思ったから、
最後に妄想なんてしたから、

こんな都合の良い夢を見ているのだろうか…。

「あ…むろ…さん?」

安室さんにお姫様抱っこされてる気がする。

「荷物勝手に持ってきちゃいました。これで全部ですか?」

車らしき助手席に名前を優しく座らせてから、背もたれを少し倒した彼。近い距離の彼をここぞとばかりに薄らと開けた目でまじまじと見る。

彼と目が合うと、パッと逸らされた。
夢でも仕草がリアル…。

「は…い…」

夢だからかな。あんなところで寝たせいか上手く声が出せない。

助手席を閉め、運転席に彼が乗り込めば車が少し揺れた。

ジッと見る名前に気づいた彼はシートベルトを閉めようとしていた手を離す。

そして無意識に下腹部に添えていた名前の手を掴み、もう片方の手で名前が先ほどまで添えていたその下腹部に触れる。

驚いた顔をするが、彼の手は暖かく、ポカポカとしていて、名前の気持ちを和らげた。

大分、冷えてたんだなぁ私。

「どうして今日体調悪いこと、言ってくださらなかったんですか?」

優しい声。だけど少し怒っているようにも聞こえた。

「だって…」

だって、これは一カ月に一度は必ず来るもので。ずっと付き合っていかなきゃいけなくて。ましてや男の人になんて…

そんなことを言おうと思ったのに、口を衝いて出た言葉は違うものだった。

「安室さんは…いなくなる、から」

握っていた手が弱まった気がした。

「いつか…ここから居なくなる。だから頼っちゃ、ダメなんだよ?」

きっとこれは深層心理で安室に言って欲しかった言葉なのだ。だから自分に言い聞かせるようにそう呟いた。

「でもね…今日…あまり、いいこと…なかったけど…嬉しいこと、あったでしょ?」

「嬉しい…こと?」

きゅっ、と彼の手が名前の手を強く握る。リアルな夢だなぁ。

「夢でも…安室さんに会えたよ」

「それって、いいこと?」

「うん、すごくいいことじゃん」

何言ってんの?と意味合いを含めてそう返す。

「でもいいことがあまりなかったのって、僕が急に休んで、君に負担をかけすぎたせいですよね?」

「ううん…」

そんなことまで私は心の奥で思っていたのだろうか。違う、違うもん。

「一番辛かったのは…今日安室さんに会えなかったこと…」

「……っ…」

ギュッと力強く握る彼。眉を寄せ、悲しそうな顔でこちらの顔を覗き込んでいた。

なんだかその顔に…この雰囲気って…

「出産に、間に合わなかった旦那さん、みたいな顔してる…」

ぱちり、と彼は目を瞬かせ、ポカンと口を開けた。

「どんな、顔ですか…出産経験おありなんですか?」

「ふふ、ないです」

「…あんまり我慢できなくなること言うのやめてください」

彼は手を離し、名前の首に抱きつくように優しく抱き締めてくれた。

すごく暖かい…

不思議だな。あんなに痛かったのに。
今はもう殆ど痛くない。

「ふふ、大好き」







「ここで、寝ますか…」

すー、と耳元で寝息が聞こえ、まさかと思って見てみればすごく幸せそうな顔で寝ている彼女がそこに居た。

顔色も先ほどより大分良い。

たまたま車でポアロの前を通った時、彼女の顔色が悪いことに気づき、急いで抱えていた案件を終わらせ店に向かった。とっくに閉店時間を迎えていて、店の照明も落ちていた。居るわけがないと思いながらも、ガラス張りから暗い店内を見渡した。カウンターに突っ伏している彼女に気づき慌てて店に入る。

そうだ。もともと今日は梓もマスターも用事があって来れない日。仕事が出来る彼女に頼ってしまったばかりに無理をさせてしまったと反省する。

Wふふ、大好きW

脈がないと思っていた女性から盛大な告白をされ、こんな可愛い寝顔まで見せられたら抑えることなど出来るわけがない。

「君が、起きたらちゃんと…伝えます」

伝えるから、今からすることをどうか許してほしい。

重ねる唇。
微かに動く君。

ねぇ、頼むから、早く起きて。
その可愛い声で僕の名前を呼んで。
その綺麗な瞳で僕を見て。


寝てる間に奪った唇を、どうか許して


おわり
2020.10.12
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